路地裏の極楽2
鮮血の、嵐だった。
人間という容器から、大量の血液が吹き出る。
まるで、昔縁日で取って遊んだ水風船が、地面に落下して破裂したかのようだった。
「アッ?……あアッ!!……ッ」
サラリーマンは状況を把握する事もできず、陸に上げられた魚のように口をぱくぱく開閉し、体をびくんっと跳ねさせた。
声にならない声を上げて、失禁したかと思うと絶命してしまった。肉の塊となった体は、力を失う。
滴り落ちる大量の血液が、瞬く間に地面に水たまりを作っていた。
その壮絶な一連の光景に、思わず僕は口を両手で覆う。そうでもしないと、胃液をブチまけてしまいそうだったからだ。
強烈な吐き気と、目眩。全身から、イヤな汗の粒が浮き上がる。
命というモノは、こんなにも儚いものなのか。
こんなにも簡単に、散ってしまうものなのか……!!
「な、何を……ッ!?……罪の無い人を、殺すなんてッ!!」
自然と声が裏返る。
髑髏はこちらを振り向くと、未だ腕にめり込んでいるサラリーマンの男を、軽々とこちらに投げて寄こした。
鈍い音を立てて、地面に落ちる死体。飛び出た臓物が、一緒にバウンドする。
数メートル離れているというのに、何て腕力だろう。最早、人の力とは思えない。
胎児のように首だけを曲げたその亡骸は、折れた枝のようにくの字になっていた。
「さぁ、化けの皮を剥がしなさいな。
その死体をよく見てごらんなさい。どう?さっきまで生きていたのよ?まだ暖かいわ……でも、次第に冷たくなっていくの。儚い命が散ったのよ。
貴方はそれを、どう思う?」
色気を孕んだ髑髏の声。
人を殺して、恍惚だとでも言うのか。
「く、狂ってる…!」
こちらに近寄る髑髏。
僕は、必死に後ずさろうとする。
しかし、それを壁が阻む。それでも、後ろに歩を進めようとした。
最早、思考など回ってはいない。
「…まだ自分を偽るのね。見た目の割には、強情な男だこと」
呆れたように、髑髏はため息を吐く。
生憎だが、こちらには呆れられる筋合いも、ため息を吐かれる筋合いもない。
「偽るも何も、これが僕だッ!僕は平凡だ!特別じゃない!特別になりたいわけじゃない!
死体を見てどう思う?どうも思わけないだろ!!怖いよ!……今すぐ逃げ出したいくらいだッ!」
「怖い?なら、貴方は何故、笑っているのかしら?そんなにも愉しそうに」
「なっ……!」
わざとらしく、首を傾げさせる髑髏。
その言葉に、絶句する。
慌てて自分の口元に、手を這わせてみた。自分でも驚くほどに、口角がつり上がっている。前歯が、思いきり露出するくらいに……今この両手で触っている顔は、本当に自分のものだというのか。
……悪魔の顔を、触っているのではないかーー?
「何故、僕は笑っている!?人が死んだのに、僕は愉しんでいるというのかッ?!」
「それが貴方の本質なのよ」
後頭部を、鉄バットで思いきり殴られたかと思った。
それくらい衝撃のある言葉に、力が抜けて膝を地面に着いてしまう。
「これが僕の、本質…」
亡骸の双眸が、恨めしそうに僕を睨みつけていたーー。