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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
プロローグ
16/74

友恵3

 一階のフロアに生徒達の教室は無く、主に多目的教室や、学食兼購買スペース、そこをぐるりと回って行けば体育館。

 フロアの中央には、二階へと通づる大きな階段が佇んでおり、脇には歴代の生徒達が勝ち取った優勝旗や賞状などが飾られている。

 その中には、去年私も参戦した剣道部の全国大会において、団体戦で準優勝に入賞した際に貰った賞状も飾られていた。

 今となっては、無意味な紙切れなんだけど。


 そんな事よりも、今は早急に購買でカツサンドを入手するのが先決だ。

 購買がある場所は、体育館へと続く廊下の途中。広い学食スペースの片隅に、購買があるのだ。

 売っている品物は主にパン、牛乳などの乳製品。近所のパン屋さんが朝一で焼いたものを仕入れており、購買のスタッフもパン屋さんの店員がやっている。

 要するに、学校へ出張してパンを売っているというわけだ。


 種類は、あんぱんやサンドイッチなどの基本的なものから、プリンといった変わり種まで取り揃えており、特にカツサンドとプリンが人気メニュー。

 営業時間は、朝から昼まで。最も、焼きたてのパンはやはり生徒達に人気があり、信じられない競争率で昼過ぎには必ず完売しているので、店員はパン屋に撤収する他ないのだが。

 というわけで、何か食べたいパンがある時は、朝の段階で買ってしまうのが定石なのだ。

 そんなこんなで購買に着くと、驚くべき光景が視界に入り、私は思わず一人戦慄してしまった。

 既に、カツサンドが残り僅かになっているっ……!


「お、恐るべし……カツサンドの人気!」


 やはり、考える事は皆同じなのだな。

 とは言え、問題無くカツサンドをゲット。お目当のモノを入手できて達成感に満たされている私の横で、茉瑠奈はフルーツ牛乳を購入した。

 私は、おや、と首を傾げる。


「あれ、いつものクリームパンは買わないんだ?」


「へっ!?」


 私が横でそう言うと、茉瑠奈は肩を震わせてフルーツ牛乳を落としそうになる。

 わたわたと動揺しつつも、フルーツ牛乳を落とさんとして、まるでお手玉のような状況に。一人大道芸に興じる茉瑠奈の様子を眺めて、私は冷静に分析する。

 ふむふむ、なるほど。本当に茉瑠奈はわかりやすい。


「もしかして、またダイエット?」


「……う、うん」


 私がそう聞くと、無事フルーツ牛乳を胸元で収めた茉瑠奈がバツの悪そうな顔で頷いた。

 そんな茉瑠奈を見て私は、またかとため息をついた。


「茉瑠奈、私はわざわざ食事を制限して、無理に痩せる必要はないと思うけど。

 今のままでも、充分女の子らしい体型じゃない。それくらいの方がちょうど良いって。それ以上痩せたら、骨になっちゃうよ」


「と、友恵はスリムだしいくら食べても太らないから良いけどっ、私は食べたら食べた分だけ太っちゃうもの。

 最近ちょっと食べ過ぎる事が多かったから、お、お腹周りがそ、その……」


 そこまで言うと、茉瑠奈は顔を赤面させて口を噤んでしまった。

 茉瑠奈のお母さんの作るご飯は、どれも美味しい。

 家に遊びに行った時には、必ずのようにご馳走を振る舞ってくれるもんだから、私も重々承知しているつもりだ。

 故に、食べ過ぎてしまうのもわからなくはないのだが。

 それにしても、普段は大人しい茉瑠奈だけど、ダイエットの話になると途端に自分を曲げず頑固に自分を突き通すなぁ。

 こうなってしまうと、もう私が何を言おうが全て徒労に終わる。

 ここは大人しく引き下がるとしよう。


「そう、まぁ無理はしないでね。

 朝ご飯はしっかり食べないと、体に良くないよ。頑張り過ぎて、体を壊しても意味ないしね」


 引き下がりつつも、一応釘は刺しておく。

 無論、これは大切な親友の体を労わっての事だ。

 それを察したのか、茉瑠奈は少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「うん、気をつける。

 でもっ、せめてあと三キロはーー」


 と言いかけたところで、茉瑠奈の横をある生徒が通り過ぎた。

 瞬間、茉瑠奈は即座に言葉を途切れさせて、かつ顔から湯気が出るんじゃないかと心配になるほど、顔に赤みを(ほとばし)らせた。

 そしてしばらく無言のまま、ぷるぷると震える。

 私は、全身からはてなマークが乱舞しそうなほど状況が飲み込めず、ただただそんな茉瑠奈を前に呆然と立ち尽くす。

 程なくすると、茉瑠奈は顔を赤や青や黄色にさせ、私に飛びついて両手を握ると、上下に激しく降った。


「とっ、とと、友恵!!

 今の話っ、聞かれてたかなぁ?もしかして、ダイエットのところから聞かれてたのかなぁ!?」


「えっ、何が?何の話し!?」


 長年連れ添った親友の間柄であるが、未だかつて見たことのない親友の乱れっぷりに、私は動揺してしまう。

 そして、話の筋が全く理解できない。

 私は、茉瑠奈の両肩に手を置いて、とりあえず落ち着かせる。


「茉瑠奈、落ち着いて。一体どうしたっていうの?」


 若干息を荒げる茉瑠奈は、一度深呼吸をした。

 一息つくとだいぶ落ち着いたようで、それから改めて口を開く。


「今、通ったよね……私の隣」


「あ、ああ、そうね、確かに誰か通ったかも」


 そう言われれば確かに通ったな、くらいの曖昧さだが。

 女か男かと聞かれたら、男だった。

 しかし、友恵側からだと背中しか見えなかったので、顔は全く認識できていない。

 反対に、茉瑠奈側だと顔もしっかり確認できる角度だったのだ。

 茉瑠奈の顔が、またもや赤くなる。その大きな瞳が微かに潤んでいて、見ているこちらまで息が苦しくなりそうなくらいだ。


 ……まさか。


 私の頭の中に、ある憶測が(よぎ)った。

 まぁ、あくまで憶測に過ぎないのだが、ここはひとつ試しに聞いてみよう。

 そう思って、私は何故か妙な重たさを感じながら口を開く。


「も、もしかして……好きな人でも通ったとか?」


 今や誰もいない学食スペースに、私の声がこだまする。

 暫しの沈黙の後、茉瑠奈はこくりと頷いた。


「う、うん」

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