茉瑠奈2
すごいね、なんて。
普段は切れ長で、綺麗な瞳を真ん丸にして、友恵は白い息を吐きながら心底驚いている様子だ。
まるで、自分が人外の存在になってしまったんじゃないか、と思ってしまうほど。大袈裟なくらいに、見事な驚きっぷりだった。
「えへへ、そりゃあ私だって寒いよ?
でも、友恵ほどじゃないかな」
そんな友恵がなんだか可愛らしくて、我慢の限界に達し、思わず笑ってしまった私は、友恵の白い手を取って自分の手と擦り合わせる。
すっかり冷え切った手が、私の体温と友恵の体温とが交わり、次第にぽかぽかと暖まっていくのがわかる。
初めはきょとんとした様子で、されるがままだった友恵は、目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、茉瑠奈。だいぶ暖まった」
口数はあまり多い方ではなくて、それほど表情を変えない友恵は、一般的に冷たいイメージを持たれる事が多い。
よく小耳に挟む言葉を簡潔にまとめると、なんだか近寄り難い存在なんだとか。
でも、彼女の親友である私はよく知っている。
友恵は、笑うと本当に可愛くて、綺麗な女の子なのだ。
それを知っている人が少ないという事実に、私はどうしようもなく寂しい感情を抱く。
「将来、茉瑠奈と結婚する男はきっと幸せなんだろうね」
「……へ?どうしたの、急に?」
思いもよらない友恵の言葉に、私は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
にししと笑う友恵は、歩き出す。
方角は、私達の学校へ。
「ま、待ってよ、友恵!」
すたすた歩いて行ってしまう友恵に、私は慌ててついて行く。
「茉瑠奈は、私と違って女の子らしい。
ふわふわな髪の毛とか、真ん丸い目とか、お人形さんみたいで可愛い。
それによく気配りもできるし、明るいし、料理も上手だし優しいし。
将来、男に尽くしてあげる、良いお嫁さんになるだろうなって思ったの、今。ただ、それだけ」
「そうかなぁ……っていうか、お嫁さんって」
淡々と、頬が熱くなるような言葉を並べていく友恵。
なんだか、むず痒い感じになる。が、言葉は耳に入っていくものの、頭で合致しない。
私って、そういうイメージなんだ。
そんな自覚がなかったし、正直友恵の買い被り過ぎなんじゃないだろうか?
「私、知ってるよ。二年生に上がってから、何人かに告白されたでしょ?」
心臓がきゅっ、と音を立てて絞まる。
息が止まるかと思った。
「し、知ってたんだ」
「そりゃあ、私は茉瑠奈の親友ですからね」
……確かに、告白されたのだ。
バスケット部やサッカー部の部長さんとか、学年でも上位に食い込む成績優秀な、同じクラスの男の子とか。
でもなんだか気恥ずかしくて、友恵には言えずじまいでいた。
まさか、知られていたなんて。
まぁ、学校というネットワークの狭い環境だ。
それだけ噂が広まるのは早いだろうし、当然と言えば当然の事なんだろう。
私は、顔を俯かせた。
「ご、ごめんね。隠そうとしてたわけじゃないんだけど……なんだか言いづらくて」
「ううん、それはいいんだけど。誰とも付き合ってないんだね」
「う、うん」
「私の知ってる限りだと、顔は悪くないやつばっかなのに。あ、もっとカッコいいのが良いんだ?茉瑠奈って、意外と面食い?」
友恵はそう言うと、いたずらっぽい笑みを浮かべて、白い歯を露わにする。
私は、慌てて手を振る。もちろん、否定の意味を込めて。
「カッコいい、カッコ悪いとかじゃなくてっ。その、なんて言うのかなぁ……なんか、違うなぁって。
たぶん、この人じゃないんだろうなって、そう思って断ったの!」
「ふぅん、なんか、違うか。
要するに、茉瑠奈にとって、この人と付き合いたいって思う人がいなかったわけか」
うんうん、と頷きながら顎に指を添える友恵。
「まぁ、そんな感じ」
正直、どうして私なんだろうって思った。
みんな、確かにカッコいい人達だったと思う。それに、女の子からの人気だってすごいんだって聞かされていた。
だからこそ、私じゃ釣り合ってないんだろうなって思ったのだ。
この人達には、もっと相応しい人がいるはずだって。断った本当の理由としては、それに尽きる。
昔から、自分に自信が持てない。私の悩み。
引っ込み思案で、上手く自分を主張できなくて。
よく笑顔が良いって言われるけれど、それは自己主張がないから、笑顔で誤魔化しているに過ぎない。もちろん頭が良い方ではないし、言わずもがな運動は壊滅的。
唯一得意なものと言えば、料理に裁縫、昔から好きだった絵を描く事ぐらいで。
つくづく、自分の魅力というものがわからない。
私を可愛いって友恵は言ってくれるけれど、自分を可愛いなんて思った事は、人生でただの一度もない。
友恵。
あなたの方が、私なんかよりもよっぽど素敵だよーー。