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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
プロローグ
12/74

茉瑠奈

ーー2015年。4月。

 ーー春。


 ーー早朝。


 私は、眠たい目を擦る。

 春とはいえど、まだ寒い空気が体の芯まで凍てつかせ、おかげでいくらか眠気が冷めるものの、それでも眠いものは眠いのだ。

 電線で羽を休める小鳥達の忙しない合唱を聞きながら、私はそれを眺めてあくび混じりに歩く。


 長い長い坂道。


 私の通う学校へと続く、通学路だ。

 前と後ろに、私と同様に通学する学生達が、やはり眠そうな半開きの目で、白い息を吐きながら歩いている。

 中には、友人と元気に談笑を交わしている学生達もいて、朝が強くて羨ましいなと心底思う。


 脇で立派に桜色の花びらを蓄えた桜の樹が、惜しげもなくその花びらを散らしていた。

 私は、その花びらをを手のひらに乗せてみる。

 本日は快晴。

 なんて、気持ちの良い朝だろう。

どこまでも広がる、雲ひとつ無い鮮やかな青空に、燦々と輝く太陽がぽっかりと浮かんでいる。

 私はその光を浴びて、手袋をはめた両手を広げてみた。

 特に意味はないのだけれど、なんとなく。

そうして、ふと思った。

 このまま、青空に飛んでいけたのなら、学校に行かなくていいのかな。つまらない授業を受けなくてもいいのだろうか。

 なんて、子供遊びじみた妄想を膨らませていく内に、なんだか可笑しくなって一人で笑ってしまった。

 あぁ、可笑しい。

 いくら願ったって、そんな妄想が叶いっこない現実なんて、子どもの頃に痛いほど思い知っているじゃないか。


 坂を登りきると、自宅から学校までちょうど中間地点に位置する、見通しの良い大きな十字路に着いた。

 そこまで来て、私は一息ついて足を止める。

 ここは、私の親友との毎朝の待ち合わせ場所。

 ここで落ち合い、一緒に学校まで行くのが私達の日課だ。


 私は、ベージュ色のスクールコートのポケットから、スマートフォンを取り出す。

 ディスプレイに表示された時刻は、七時五十分。


「わ、ちょっと早く着いちゃったかな」


 ディスプレイとにらめっこして、私はむぅと唸った。

 待ち合わせの時間は、八時ちょうどだ。

 約十分も早く、待ち合わせの場所に到着してしまったらしい。

 いつもなら時間ぎりぎり、むしろ数分ほど親友を待たせてしまい、ばたばたとした登校になってしまうのが恒例なのだが。


 主な理由としては、二度寝。私は朝に弱い。

 しかし今日は、お母さんによる妨害作戦に打ち負けた事によって、二度寝ができなかったのだ。

 それにより、普段のサイクルが必然的に早まってしまい、こんな時間に着いてしまったというわけか。

 なるほど、納得。

 私は、手のひらにポンと拳を乗せた。


「しょうがないか、ゆっくり待とう」


 私はそう呟いて、車道と歩道を隔てるガードレールに腰を下ろした。

 桜を眺めながら、ゆったりと親友の到着を待つのも悪くはない。だけども、動きを止めると急激に冷えるなぁ。

 首に巻いたマフラーにスクールコート、手にはめた手袋。

 なるたけ防寒具を装備しているつもりだけど、それでも今日は一層冷え込んでいる。風が吹くと、やはり寒い。

 私は手と手を擦り合わせ、息を吐いて温める。


 そんな私をよそ目に、桜の花びら達が楽し気に不規則な軌道を描いて、やがて歩道に落ちる。

 その光景をすっかり眺めふけっていた私の肩を、誰かが軽くつついた。

 たったそれだけで、私はつついた犯人が誰なのか、すぐに察知した。

 今、私の顔はみるみる笑顔に変わっているだろう。


「おはよう、友恵(ともえ)


 私はそう言ってつつかれたほうを向くと、やはり予想は的中した。

 一度視界に収めると、二度とその記憶を忘却する事が困難な存在感。儚気な春の景色など、一切合切吹き飛ばしてしまいそうなくらいに、高校生とはかけ離れた美しさ。

 だと言うのに、目の前の女の子は自らの美しさなどいざ知らず、寒そうに鼻水を垂らしている幼さ。

 人目を惹きつける美しさと、どこかまだ幼い仕草をするアンバランスさが同居する、綺麗な女の子が立っていた。

 彼女は友恵、私の親友だ。


「おはよう、茉瑠奈(まるな)

今日はさびぃね……」


 茉瑠奈。


 私の名前。

 友恵はぶっきら棒にそう言うと、乙女にあるまじき音を立てて鼻をすするのだ。

 同時に、肩を越すくらいまで伸びた髪の毛が揺れる。

 私はそれを見て、思わず吹き出してしまった。

 制服の上から緑色のコートを羽織り、小鹿のように細いが筋肉質な、艶かしい足を黒のニーソックスで包み、ベージュのマフラーを口元まで巻きつけた、がちがちの完全防備なのだが。

 それでも友恵は、両手をコートのポケットに突っ込み、がたがたと震えている。思えば、彼女は昔から寒さに弱かった。


「寒そうだねぇ」


「うん、寒いよ。何、茉瑠奈は寒くないの?すごいね」

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