ワルサー
もうお前にかける言葉はない、と言うように肩をすくめるワルサーは、依然として睨み合っている二人に向き直る。
まったく、どうしてこうも仲が悪いのかと更に呆れて、重い口を開いた。
「とにかく、仲間同士の衝突はご法度。
これは絶対……破れば多大なペナルティが課せられる。
何か互いに気に入らない事柄があるのなら、必ず会議を申請して話し合う。そういう決まりでしょう?」
緊迫した空気には場違いのような、あどけない身振り手振りを加えて、ワルサーはこの場を丸く収める意見を投げた。
そのワルサーの背後で、そうだそうだとハイエナが同意する。
間髪を入れず、ワルサーは続けた。
「最も、いくら相手がギルドの下っ端と言えど、『死神喰らい』の情報を得られる可能性があったにも関わらず、生け捕りにしなかった。
これでは、会議をする必要もないわけなのですが、どうしますです?とにかくですねぇ、今日は見逃してやるから、大人しくお家へ帰れってんですよ」
自信に満ちたワルサーの言葉の羅列を聞き、『死神殺し』は震えるくらいに拳を握り締め、鈍い音を立てて奥歯を噛んだ。冗談じゃない、と言いたげに。
そうして、殺意の孕んだ視線をワルサーに向ける。
ワルサーは当然それに気づくも、動揺などしない。平然とした表情で『死神殺し』を見る。ふふんと鼻を鳴らして、腰に両手を添えて。
「こいつら……やはり、ここで殺しておいた方が後々のためか」
『死神殺し』は、今にも爆発しそうなほどの怒りを内包しつつも、しかし冷徹な調子でそんな言葉を呟く。
ハイエナの手の内は、よく知っている。知り尽くしていると言っても、それは過言ではない。
ハイエナとは、血に塗れた地獄のような景色を醸し出す、恨み辛みの交差する死線を何度も渡り歩いて来たのだ。
ならばこそ、初手でこちらがどう仕掛ければ、奴はどう切り返すのか。
奴がどう切り返した後、どう追撃を仕掛けてくるのか。
それをこちらがいかに躱し、どう首を刈り取るのか。
実際に刃を交え無くとも、まるで詰め将棋のように、擬似戦闘は容易に出来る。
が、それは相手も同様。
だとしても、敗北の余地など毛ほども無い。とは言え、楽に勝てる相手でもないのも重々承知している。
いくらか手傷を負うのも、覚悟の上だった。
そんな『死神殺し』の思惑を少なからず察してか、先ほどまで沈黙を貫いていたリクが近寄り、静かに言葉を投げ掛けた。
「失礼を承知で我が主、ここでハイエナと交戦する意味はないかと。
もしハイエナと交戦するのであれば、必然的に魂の消耗は免れません。
ここで無駄に消耗するよりも、貴方にはやるべき事があるのではないですか?」
実に淡々とした口調。
が、故に沸騰した頭に言葉がすっと入り込み、熱された頭が次第に冷めていくのを感じる。
何より、リクが自分の意見を口にするのは珍しい事もあり、冷却に拍車をかけた。
ほどなくして、『死神殺し』の思考はすっきりと正常に回り始める。
図らずして、この場はリクに救われたというわけか。
「お前が俺に意見するのは珍しいな。
いいだろう、お前に免じてここは大人しく引き下がるとしよう。
すまないなワルサー、有り難く見逃してもらう事にするよ……行くぞ、リク」
「はい」
悠然と歩き出す『死神殺し』に対し、静かに頷いてその後をついて行くリク。
外灯が二人の背中を照らし、次第に暗闇へと飲み込まれていき、すっかり姿も気配も無くなってしまった。
辺りが、本来の静寂を取り戻す。
「ーーったく、最後の最後まであのビックマウスっぷり。本当にムカつくぜまったく!」
自らの腿を拳で殴り、ハイエナは怒りの感情を吐き出す。
そんなハイエナを横目に、ワルサーはハイエナの尻を引っ叩いた。
「痛ッ!!な、何すんだワルサー!!」
「貴方、私が出て行かなかったら本当に『死神殺し』とやり合ってたですねぇ?言っときますが、今回は貴方にも非があると思いますですよ?」
背後にドス黒いオーラを漂わせるワルサーは、引っ叩いた尻を更に指で捻り上げて追撃を加える。
人外なる力による攻撃。予想を越えた激痛に、ハイエナは絶叫を上げた。
「いでででででッ、悪かった!悪かったってぇぇ!!!
もげるッ、尻がもげる!!」
「よろしい」
ワルサーはハイエナの反省の言葉をしかと聞き届け、ようやくその手を放す。
対して、解放されたハイエナは、両膝を支えに手をつき、息を荒げる。
まったく、いつの間にやらワルサーの尻に敷かれっぱなしだな、と頭をうな垂れさせた。
「……でも、もしですよ?もし本当に『死神殺し』と交戦したとして、ハイエナは勝てると思いますか?」
ワルサーはそう言って、息を呑む。
何故、自分がそんな事を聞いてしまったのか。
驚いて目を見開かせるワルサー自身、わからない。
しかし、口から飛び出てしまったのだ。飛び出してしまったのだから、仕方ない。
その言葉を聞いて、ハイエナは即座に答えた。
「勝つよ。あいつとは、何度も肩を並べて戦ってきたんだ。当然、ヤツの弱みも知ってる。
それに、俺とお前ならやれるさ。だろ?」
「……そうですね」
その言葉を聞いて、ワルサーはどこかホッとしたような笑みを浮かべる。
「さぁて。まずはハイエナらしく、死体の掃除をしましょうかねー、と……」
静かな夜空の下、ハイエナは両手を頭の上で組み、伸びる。
ハイエナという名前の通り、本来の仕事に取り掛かるべく、気分を換えるために息を吸って吐く。
「ハイエナ、今日は仕事が終わったら飲みに行きましょう。
たまには付き合いなさいです」
「しゃあねぇ、一杯だけな。
じゃあ、ちゃちゃっと終わらせますか!」




