第九話:ふふふふふふふふ……
「これは立派な建物だな……」
俺は案内された『グリムガル商会』のピュリア支店の前で立ち止まり、思わず感嘆の声を上げた。
例えるなら、歴史の教科書で出てくる明治初期の西洋建築といったところだろうか。
広大な敷地面積に建てられた二階建ての建物。
とんがった三角の屋根に赤茶色と白色のコントラストは、異国情緒があふれている。
それだけではなく『花の街』に建てられた建物だからか、あちこちに綺麗な花の彫刻が掘られているのが分かる。
敷地内の庭には『頭に生えている』のではない、ごく普通の花壇もあってちょっと安心した。
「タカ様、ありがとうございます。ふふふ、この街の支店は私共の支店の中でも特にキレイなことで有名なんですよ」
そう、おっぱいの……、いや銀髪の少女サーシャさんがニコニコしながら教えてくれる。
どうやら俺が立ち止まったのに気付き、彼女一人で門のところに戻ってきたようだ。
ちらっと彼女の顔色を横目で確認する。
先程、街の門を出た時は顔色が悪い気がしたが今はすっかり元通りだ。
夕日かなにかを見間違えたのかもしれないな。
そんな会話を支店の前で交わしていると、フィーとアーニィも何だか楽しげに建物、というか『敷地全体』をしげしげと眺めている。
「どうした? フィー、アーニィ」
俺は少し気になったので尋ねてみる。
「あ、お兄さん。えっとね、この建物、キレイな色とりどりの糸が沢山重なってドームみたいになっててすっごいキレイなんだよっ!」
「うんうん面白いよね。なんだか糸で出来た半透明の鳥とか犬とかもいるし。変なのー」
「???」
何の話をしているんだ。
ドームも鳥も犬も見えないが。
いや狼ならさっきまでたくさんいたけど。
双子の言葉を聞き、驚いたような顔をするサーシャさん。
「これは……流石ですね。多分お二人には支店の『防衛魔法』と『守護創体』が見えているのでしょう。『隠蔽』が施されていますので、本来はそこまでくっきりと視認出来るものではないはずなのですが、流石は精霊さまと言うべきでしょうか」
「へえ、何だかよく分からないが目が良いんだな」
「えへへ、褒められちゃったっ」
そう喜ぶフィー。
しかし、アーニィが二階の右端の暗い部屋を指差しながら発した一言で場の空気が変わる。
「あっ、でもほら『あそこ』。なんかほつれてて穴空いてるから直した方が良いんじゃない?」
「「!!」」
その言葉を聞いていた、サーシャさんを始めとした商会の人や警備員の人の顔色が変わる。
えっ、どうしたんだ。
急に周りが騒がしくなり、アーニィの言葉を聞いて直ぐに周囲の武装した警備員の人たちが中に飛び込んでいく。
もしかして不具合とかじゃなくて、侵入者……なのか?
俺が状況についていけずぼんやりとしていると、その部屋から黒尽くめのNINJAスタイルの不審者が飛び降りてきた。
そして俺達の方に向かって毒々しい紫に染まった刃を振り回しながらすごい勢いで走ってくる。
えっえっ、何それ怖い。
辺りを見回すも、さっき建物の中に警備員の人らが飛び込んでいったばかりで、側にはアーニィとフィー、ボス二匹、サーシャさんと数人の商会の人しかいない。
「ちょっ、今日やばいのに遭遇しすぎ……ッ」
俺がそう言うか言わないかという時点で。
今まで特に何もしていなかった、ホワイトモンキーが動いた。
――ビュン
何かホワイトモンキーが『白色の何か』を超高速で放ったと思った瞬間。
こっちに走ってきていた不審者がすごい勢いで逆向きに空中を吹っ飛んでいった。
そしてずどん、と音がして商会の一階の壁に人型の穴を開けて見えなくなった。
「……」
何だかビビって損したな。コントかよ。
とりあえずホワイトモンキーの方を見る。
なんだか妙に長くなった腕で、頬をポリポリと掻いていた。
じっと見ていると、腕の長さはどんどん元に戻り普通のチンパンジーサイズになった。
不審者を吹き飛ばしたのって『伸ばした腕』だったのか……。
どこのマンガの主人公なんだお前は。
「まあ、中に入りますか」
「そうですね……」
俺達は微妙な表情をしながら、とりあえず騒がしい建物の中に入っていった。
◇◇◇
支店に入り込んでいた強盗(?)や人型の穴などで一階は騒がしそうだったが、俺達は二階にある応接室に案内された。
レオ氏とサーシャさんは忙しいだろうに、俺達に先に付き合ってくれた。
まずはお金の話。
具体的な額(大金らしい)を提示してはくれたのだが、当たり前だが俺はここの物価なんてさっぱりわからない。
それで正直困り果てたので、とりあえずその分から一ヶ月俺達が暮らせる位をもらうことにした。
こんな『頭に花が生えた連中』が山ほどいる街に定住する気も特にないので、宿暮らしをするとしての額だ。
貨幣のことすらよく分かっていない俺はかなり不審だっただろうが、二人とも知ってか知らずかふわっと流してくれたのは助かった。
ちなみに、金の話の途中から既にフィーとアーニィは話に飽きていたらしく、支店を探索するとか言ってどっかに行ってしまった。そのあたりは見た目通りお子様らしい。
次に狼と猿たちの話。
流石にあの数を飼うのはいろいろ無理があるな、とは思っていた。
だが特にプランはなかったので、どこか世話してくれる場所を探すか、それかもういっそのこと野に放って必要になったらボスにでも呼んでもらおうかと思っていた。
だが、レオ氏には何か考えがあったらしく商会に貸し出してくれないかと言ってきた。
なんでも護衛や力仕事に最適なのではないかと思ったらしい。
まあ確かにそうかもしれないな。
それでさっそく貸出の契約を結び、いきなり定期収入の当てができてしまった。
とはいえ、いくら俺にやたら忠実といっても野良の獣がいきなり仕事させられるのも可哀想だし、多少俺の取り分は減らして彼らの待遇面の方もお願いすることにした。
まああいつら、イヤなことはやらないと言い張るだけの力はありそうだし要らない交渉だったかもしれない。
他にも、俺の隣で寝そべっていたり不思議な踊りを踊っていたりする二匹を見て、やたら意味深に頷きながら『彼らの正体は内緒にします』みたいな話もしていたな。
本当はあんなデカイと知られたら、街の人に怖がられるかもしれないしな。ありがたいことだ。
おすすめの宿の紹介や観光ガイドブックみたいなのもくれたので、明日はこれを使って探索してみることにしよう。
そうして話が終わった後、夕食の方も一緒に取らないかと誘われたのだがその時もまだ一階から騒がしい声が聞こえていたのでそれは辞退して、支店を失礼することにした。
ちなみにフィーとアーニィは俺が話し合いをしている間、何をしていたかというと、支店のほつれた『防衛魔法』とやらを魔改造して遊んでいたらしい。
商会の人にえらく感謝されていたが、本当に大丈夫なんだろうか。
少し心配だ。
そんなこんなで俺達は『グリムガル商会』の支店を後にし、オススメされた宿に向かって大通りを歩き始めた。
*****
私、『レオポルド・ベルガー』とサーシャは二階の応接室の窓からタカ様が支店を後にするのを見つめていた。
既に日は落ち、街には光魔石の街灯が淡く灯っている。
この都市は工房都市ヘルムと親密な関係を築いておりあの手の魔道具も広く使われているのだったか。灯りがあれば、人も活動するのは道理というもの。この街の人々はこの時間になってもまだ、活発に活動している。
タカ様の姿が見えなくなっても、未だ窓の外を眺めるサーシャを見る。
その横顔は憂いを湛えいつになく寂しげだ。
「良かったのか? 今ならばまだ彼を『グリムガル商会』、いや我らが『第四商隊』に取り込むことも可能だぞ?」
私がそう言うと、サーシャは窓の外を見つめたまま淡く微笑む。
窓に兄夫妻の忘れ形見の儚げな相貌が映り込む。
「これで良いのです、レオおじさま。私は今、何者かに『狙われている身』です。これ以上、あの方にご迷惑をお掛けするわけには参りません」
「だからこそ、という考え方もある。彼が連れている魔獣は準一級の『冥府の白狼』に『狂乱の白猿』。間違いなくこの街には彼以上の戦力はいない。それどころか、王国全体を見渡しても稀有な存在と言えるだろう。なにせ『単身』で傭兵ギルドの連中がいう『準一級傭兵団』に匹敵する戦力を有しているのだから」
それに、と私は口に出さずに思う。
先程の話し合いを通じてわかったが、彼はひどく『世間知らず』で『甘い』。
まるでどこか見知らぬ土地から突然、この王国の地に現れたかのように。
ならば、どれほどの実力の持ち主であろうとも私ならどうとでもしてみせる自信がある。
そんな私の思考を読んだか、サーシャがようやく私に向き合う。
一瞬前まで湛えていた憂いは全て消し去っている。
今のサーシャからは今なお壮健の父上が放つ威厳に近いものを感じる。
「レオおじさま、いえ『レオポルド第四副商隊長』。少なくともこの事件が解決するまでは、彼とその周囲に一切の手出しを禁じます。これは第四商隊、商隊長であるサーシャ・グリムガルの決定事項です」
「……商隊長殿がそれでよろしいのであれば。了解致しました」
決定……、決定か。
仕方あるまい、ならばそれに従おう。
それで、と我らが商隊長が話を続ける。
「追加の護衛はいつ来ますか?」
「先程、急使を発しました。今日から数えて五日後といったところでしょう」
「そうですか……。間に合うとは思えませんね」
サーシャはそう言って考え込む。
正体不明の『敵』はかなり用意周到だ。その上、恐らく金も権力もあるのだろう。
二級指名手配犯をこの地に『誰にも』気付かれず呼び寄せる手管。
そして彼らが失敗したとなれば、間髪入れずこの支店に影の者を忍び込ませている。
いずれもイレギュラー要素であった、タカ様がいなかったらどうしようもなかったはずだ。
その敵が、この上どんな手を打ってくるのかなど想像もつかない。
可能な限り備えはするつもりで現に今も進めているが、そんな急ごしらえの対処などたかが知れている。
こちらは後手に回っているのだ。
そもそもいま相手にしている『敵』は何者だ、と考えて苦笑する。心当たりが多すぎるな。
我らグリムガル商会は、王国でも有数の大規模な商会だ。
商会ではあるが、その権力は中小の貴族など比較にもならない。
それ故に成り上がりなどと呼ばれ、一部の古風な貴族どもからは敵視されている。
現会長の孫娘のサーシャなど格好の獲物だろう。
それに商会内も決して一枚岩ではない。
私は妻の姓に変え一歩引いた立ち位置にいるが、商会内でも最近は跡継ぎ争いが激しい。
兄が五年前に死んだ時から予想していたことではあるが、と苦々しく思う。
特に第二の古狸や第七の雌狐はいつ強硬手段に出てもおかしくない、と私は考えている。
だからこそ、首都から距離を置いたこのピュリアに来たのだがそれが裏目に出たのかもしれない。
他にもライバル商会やそれこそ敵国である帝国の仕業なんかも考慮に入ってくる。
……考えるだけ時間の無駄だったか。
思考に没頭していると、サーシャがゆっくりと顔を上げた。
彼女の長い銀髪が、月光を受けて妖しく輝く。
彼女は『クスクス』と私でも思わずゾッとする程の笑みをその美貌に浮かべている。
見るものを否応なく惹き付ける、魔的な美しさがそこにはあった。
「ふふふ、そうですね。どうせ守りに入っても無駄ならば。いっその事、攻めに出ましょうか。あの方との繋がりを作ってくれたことには感謝しますが、それでも私とあの方を引き離す理由を作ったのも事実。容赦は……無用ですよね? ふふふふふふふふ……」
そう静かに笑いながら、髪を掻き上げ普段は髪に隠れている『長耳』をのぞかせる。
彼女の母親は『ハーフエルフ』。彼女自身はエルフの高い魔力は継いではおらず戦闘力はない。
しかしそれでも、エルフが持つ『記憶』に関する権能は持ち合わせている。
『万物の叡智』あるいは『絶対記憶能力』と呼ばれる力。
見聞きした森羅万象を全て記憶し、必要に応じて瞬時に引き出す力だ。
……その力ゆえに彼女は未だに両親の死に苦しんでもいるのだが。
――それにしても。
サーシャは一体どうしてしまったのだろう。
彼女がタカ様と出会ってから時々露わにする、悍ましいほどの泥々とした感情。
もはやそれは、狂信や怨念と言ってもいいレベルではなかろうか。
私は知らず知らずのうちに後ずさってしまっている自分に気付く。
……。
……。
……。
ちょ、ちょっと捕らえた侵入者の様子でも見に行ってくるか……。
おじさんは断じて、若い小娘に恐れをなして逃げ出したわけではないぞ。
用事を思い出しただけだからな。うむ。
次から二話位、観光します。
フィーとアーニィ回になる予定。ならないかもしれない。
*話し合いのところ大変読みにくくなっていますが、さらっと流してもらって大丈夫です。
情報羅列してもこれだし、会話形式にすると冗長だしで、困っているのですがいい表現が思いついたらそのうち改稿すると思います。
内容変わらないので読み直しの必要はありませんが、その時は一応告知しますね。