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第八話:俺は平和主義ですから

追記(12/29 16:20):文のつながりに違和感があったので直してたら、ちょっとだけ主人公の変態性が増してしまいました。ごめん、主人公くん。

 日が傾き始め空が赤色に染まりつつある頃、俺達はようやく『花の街ピュリア』にたどり着いた。

 やっぱ徒歩はきついな。文明社会が少し恋しい。


 そんなことを考えながら門に近付くと、


 「止まれ! そこの者たち!」


 と門衛の人たちに声を掛けられてしまう。


 彼らの視線は狼や猿達に向けられている。やはりというべきか、まあそうなるよな。

 とはいえ、彼らもどうやら困惑していて武器を抜くべきか迷っている気配がある。


 ちなみにちっこくなったボス二匹は華麗にスルーされている。

 やっぱり見た目って大事だな。


 「ど、どうして獰猛な『魔狼(ガルム)』や『巨大猿(ハヌマン)』がこんなに大人しくしているんだ……」


 とか言っているのが聞こえる。


 へえ、結構かっこいい名前してるんだなこいつら。

 どう言うべきか考えていると、俺を制して髭のおっさんと銀髪の女の子が進み出て彼らと何か話をしている。 

 あの女の子、アルバイトだと思っていたのだが、もしかしておっさんの秘書的立ち位置なのだろうか。

 彼らが何かバッジみたいなのを見せると急に門衛の人たちの態度が改まり、奥から上役っぽい人が出てきた。

 その辺りでようやく俺の出番が来たらしく、ちょいちょいと手招きされた。


 髭のおっさんが超ダンディな声でその門衛のお偉いさんに俺を紹介し……、


 「この方が、我らを『レフ』と『バロック』の盗賊団から救ってくださったタカ様です。ここにいる魔獣たちは全て彼が使役するモンスターですな。魔獣達の安全性は我らグリムガル商会が『荒野と手押し車』の商紋に掛けて保証します。もちろん、ここを通していただけますね、ライアス様?」


 いや、恫喝している……ようにしか見えない。


 やだこのおっさん怖い。恐ろしく迫力があるな。

 あと割りとどうでもいいが、レフとバロックって誰ですか。

 今はじめて聞いたぞ。


 中世的な鉄鎧に身を包んだライアスさんという人も、俺と同じく若干ビビっていたがそれでも抗弁する。


 「し、しかしレオポルド様。我らにも職務が御座います。街中に魔獣を連れ込むのは……」


 「ほほう。ライアス様は我らグリムガル商会を信用出来ないと、そうおっしゃっているのですかな?」


 「い、いえ。そうは言っておりません。しかしながら規定がありまして」


 うぐぐ、何だかこの会話を聞いてると胃が痛くなってくるな。

 狼と猿達も連れていきたいとか頼まなければよかった。ライアスさんに同情心が湧いてくる。


 俺が折れようとした時、横合いにいた銀髪の女の子が、


 「もう、レオおじさま。そんな強引にお話を進めようとしなくてもよろしいのに。ライアス様、おじさまが失礼を致しました。もちろんライアス様の職分も私共は承知しております」


 と謝罪しながら会話に割り込んできた。

 

 ――その時、俺はピンときた。

 怖いおっさんに若い女の子。これってあれだよな。

 強圧的に出る人と優しく取りなす人の二人で説得するやつじゃないか。

 刑事モノとかで人気のパターンだ。


 ライアスさんは彼女の援護にあからさまにホッとした雰囲気を出している。

 しかし彼女はこう、申し訳なさそうに言葉を続けた。


 「ですが、それでもライアス様。どうかこの場は通して頂きたいのです。後ほどしっかりとした公文書を(したた)めてピュリアの領主様のもとに正式に訪問させて頂く、ということはこの場でお伝えしておきます」


 そう、ちょっと手を組みながら上目遣いでライアスさんに訴えている。


 彼女がそうやって話していると、すこし風が吹き彼女の白いワンピースがはためいた。

 見えそうで見えないくらいに胸元がのぞく。

 話の途中ではあるが、俺もライアスさんも彼女の女性らしい豊かな膨らみに視線が引き付けられる。


 ――うわ、本当に大きいな。


 どうして今まで気付かなかったのか不思議なくらいだ。これもファンタジーか。

 別に俺は巨乳信仰というわけでもなかったが、こんなの実物で見てしまうとグラグラきてしまう。


 彼女が身振り手振りを交えながらなにか話す度にぽよんぽよんと揺れていて、正直話の中身が頭に入ってこない。


 「――もちろん、それだけでは職務に忠実な騎士様であるライアス様は納得出来ないでしょう。ですから『決してピュリアの街を騒がすことはしない』とここで私、サーシャ・グリムガルが確約させて頂きます。商会の判を押した、念書だって書きますから――」


 可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべて説得している彼女、男心をくすぐる豊かな胸部装甲を持つ彼女。

 そのギャップがこう、かなりいい感じだ。

 助けたお礼を『一日一回乳揉み券』あたりに変えてもらえないかな。七枚くらいほしい。

 一週間毎日おっぱい生活だ……。


 ……いや待て、俺は推定十八歳以下の少女に向かって何考えてるんだ。


 青少年なんちゃら条例的なやつで逮捕されてしまうじゃないか。

 いやしかし、そういえばここは異世界だったか。なら……、いいんじゃないか?

 って落ち着け落ち着け、異世界でも似たような法律があるかもしれない。

 ここはまず弁護士を……。



 ――はっ。


 あぶねえ、なんか今俺トリップしてたぞ。

 異世界トリップじゃなくて夢のおっぱいランドに。

 我が煩悩よ、流石に行き過ぎだ。


 そうやって我に返った俺は気づいてしまう。

 今まで彼女の膨らみに気付かなかったのも当たり前だろうと。

 思い返してみれば、この子、さっきまで『旅塵を被った外套』を羽織ってなかったか?


 一体いつの間に脱いだんだろうな。

 この女の子も別ベクトルで怖いわ……。


 俺がそんな下らないことを考えている間も職務に忠実な騎士の中の騎士、ライアスさんは、


 「サ、サーシャ様。し、しかしですね……」


 このようにまだ折れておらず必死で己が務めを遂行しようとしていた。


 そうだ、俺も味方の色仕掛けに巻き込まれている場合じゃない。

 俺のことなのに、年下の女の子に世話を焼いてもらうのもなんだか情けないしな。

 アホなこと考えてないで、俺も何か言おう。


 といっても何を言えば良いんだろう。交渉事って苦手なんだよな。

 かなり困惑(・・)しながらも無理やり言葉を捻り出す。



 「……俺は平和主義(・・・・)ですから大丈夫ですよ」



 ……俺は何を言っているんだ。

 言うに事欠いて『平和主義』って。それに大丈夫って何が大丈夫なんだよ。

 リテイクいけますかね……?



 ――しかし、俺がその言葉を発した瞬間。



 なぜか漢の中の漢、ライアスさんが俺の言葉を聞き、目を丸くした。

 そして激しく自分を責めるような顔をしてこう言った。


 「申し訳ありません、タカ様。どうやら私は職務に拘りすぎていたようです。あの凶悪な二級指名手配犯『レフ』と『バロック』を一蹴し、ご自身の魔獣たちの背に傷付いた商隊の方々を乗せ。そんな貴方様を疑うなど言語道断でしたね。街道に盗賊団が出ていたことに気付かずのうのうとしていた我らとは違う。そんな貴方をそこまで困らせてしまうなど自分の未熟を恥じるしかありません」


 「えっ、あっはい」


 「――いいでしょう。私の権限で魔獣達の通行も許可します。どうぞお通り下さい」


 ライアスさんはそれまでの頑なな態度をひっくり返しそう言ってくれた。


 急にどうしたんだろう。

 すごく馬鹿みたいな事を言ってしまった自覚があったんだが……。


 ……ってそうか、ギフトか。


 今までなかった非現実的な力のせいで、いまいち焦ると忘れてしまうな。

 いくらろくでもないギフトとはいえ、もう少し自覚しなければ。




 ――あとそれと。

 俺はさっきからずっと気になっていることがある、


 さんざん名前出てきてるけど、レフとバロックって、だから誰のことなんだよ。

 多分盗賊団のリーダーなんだろうが、全員いっしょくたに逃げていったせいで心当たりがさっぱりない。

 『凶悪』とか『二級指名手配犯』とか、そんな思わせぶりな枕詞が付く奴があの中にいたんだな……。

 まあ狼の一吠えで戦わずに逃げ出すくらいだから言うほど大したことないんだろうが。


◇◇◇


 タカ様と精霊二人、そしてペットの二匹が門をくぐり街の中に入っていくのを、私、『ライアス・ヘルムート』はじっと見送っていた。


 『魔狼(ガルム)』と『巨大猿(ハヌマン)』に気を取られて気付いていなかったが、彼が連れている精霊もかなり強力な個体だと推測できる。

 

 精霊たちが振りまいていた、蒼と朱の燐光がその証拠だ。

 いくら精霊とはいえただ存在するだけで現象化、いや『概念化』するほどの魔力が漏れ出すなど尋常ではない。

 極めて精密なコントロールがなされていたため、恐らくそのことには王都の士官学校で学んだ私以外誰も気付いていないだろう。


 彼の後ろ姿をじっと見つめる私に、グリムガル商会・商会長の孫娘、サーシャ様が話しかけてきた。

 いつも自信に満ち溢れる彼女らしくもなく、悄然とした様子を隠せていない。


 「ライアス様、通行許可の件ありがとうございました。本当は私とおじさまだけで貴方を説得してみせようと思っていたのですけれども、結局は彼に頼ることとなってしまいました。……あの方のためならこの身を捧げても良いと決心したばかりだというのに……。私はダメです、愚かです、穀潰しです。もうこんなゴミクズのような私の存在価値なんてないですね。ああ、いっそのこと潔く」


 話している途中でサーシャ嬢の目の光がどんどん消えていく。

 まるで悪魔が住まうという奈落の底を映したかのような暗黒の瞳に、全身に怖気が走る。

 マズイ、何だか分からないがこれはマズイぞ……。


 「い、いえ、サーシャ様。かなりグラっときていましたよ。貴女の言葉があったからこそ、私も彼の言葉を聞いて心を改めたのです。グリムガル商会もこの先、更なる発展を遂げるだろうとそう思ってしまいました」


 「! こほん。ふふふ、ありがとうございます」


 致命的に遅い気がするが、取り繕った笑みを浮かべるサーシャ嬢。

 レオポルド氏が『おい、この事を誰かに喋ったら吊るす(・・・)ぞ』という目をしていて本当に怖い。


 さ、さて。本題に入るとしようか。


 「それはさておき、本当ですか。二級指名手配犯の『レフ』と『バロック』が現れたというのは」


 「……隻腕に隻眼。間違いなく、噂に聞くあの者どもでしたな」


 レオポルド氏の返答を聞いても正直、信じられない。


 あの二人の活動範囲はもっと北の開拓村が多数存在する地域だったはずだ。

 それにその凶悪な所業に似合わず、やつらはかなり慎重派だ。

 だからこそ何年も王国騎士団でも捉えきれていないのだ。


 ここピュリアはともかく、工房都市ヘルムは正規軍に加え傭兵ギルドの者も多数いて、かなりの戦力を有している。

 そんな二つの街の中間地点に姿を現すとは一体何を考えているのだろう。


 「奴らは何か言っていましたか?」 


 「ふむ……。申し訳ありませんな。私は商隊の者が傷つけられないよう努めるので精一杯で、何も聞いてはおりません」


 「そうですか……」


 「いえ、そう言えば私は何か聞いた気がします……」


 そうサーシャ様が口にする。


 「たしか……、『目的のやつを間違って殺しちまったら報酬がパーになる』と……」


 そこまで言うと彼女の顔色が急激に悪くなっていく。

 レオポルド氏もいかめしく顔をしかめる。

 まさか。


 私はレオポルド氏と顔を見合わせて頷き合う。

 これは大事になりそうだ。



*****



 俺の件以外にも商隊の人たちはいろいろと忙しそうだったので、俺達三人と二匹は一足先に街に入って少しばかり街の見物でもしていることにした。

 多分、街道で盗賊団に襲われたことでも報告しているんだと思う。

 あの連中、あっさり逃げはしたものの数だけはいたし、あんなのが道をうろついてたら危ないもんな。さっさと捕まってほしいものだ。


 そんなことを考えつつ、門をくぐり街の中に足を踏み入れると。

 そこには本当に色とりどりの花、様々な種類の花がゆらりゆらりと揺れていた。


 ――えっ、なんだこの光景。

 俺は思わず目をこすってしまう。


 「ふわあ、すごいね! お花がいっぱいだよ!」


 「うんうん。さすが花の街って感じだね」


 そう、はしゃいだ声を上げる双子たち、

 えらく普通の反応だな。

 俺がおかしい……のか? え? え?


 激しく困惑しながらも一応、同意する。


 「あ、ああ。そうだな。これは確かに花の街だ……」


 あまり花には詳しくはないが、チューリップやコスモス、ポピーなどに近い種類の花が、道のあちこちに咲き乱れていた。

 ヒマワリみたいなのも混じっていて季節感はないが、まあ異世界だしそこは別にいいだろう。

 俺は、そんなことが気になったわけじゃない。



 ――俺が自分の目を疑ったのは、その花が『咲いている場所』のせいだ。



 「なんで、人の頭の上に花が咲いてるんだ……」

 

 あちこちに咲き誇る花々は、なぜか道を行き交うちょっと小柄な人々の頭の上に咲いていた。


 ある人は頭の上に黄色いチューリップを咲かせ、ある人は頭の上にピンクのコスモスを咲かせている。

 髪は一様に薄い緑色をしている。まるで葉っぱみたいだな。ハハハ。

 もちろんそんな『花人』だけじゃなく普通の人も二割くらいはいるのだが、大多数はそんな感じだ。


 キャイキャイと楽しそうにはしゃぐ双子たち。

 そんな二人に釣られたのか、元リーダーズも心なしテンションが高い。

 うちのマスコット達の様子に町の人たちもにっこにこで、自分の頭の上に咲く花をどれだけ手間暇かけて手入れしているかを熱弁したりしている。


 「日に当”た”る時間が美しくいい香りがする花を咲かせるのに大事なのよ」とか「どんな育”花”剤を使っているか」とか「どこそこの水を使って毎日5回水浴びをしている」とか。


 マジで何言ってるのかよく分からない。


 現実逃避に視線を彷徨わせると、俺の横を歩いていたローブの人物が「あっあっ、あなたのオシベから白い粉が吹き出してっ。私のメシベが受粉しちゃううう!」とかいう訳の分からないマンガっぽいのを読んでいた。



 ……。

 ……。

 ……。



 「ごめん……。ちょっと異世界舐めてたわ……」


 俺は道の真ん中で一人呆然としながら、そんなことを呟いていた。



ほ、ほら。着いたらすぐ中に入れましたよね?(震え声

良かった、前話のラストの煽りまでたどり着けて……。

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