第三話:びっくりするくらい不運な感じがする魂なんだもんっ
ここが日本だと通報されそうな雰囲気になっていたので、俺は仕切り直すことにした。
ちょど近くにあった手頃な岩に座って宙に浮かぶ二人に向かって話しかける。
「コホン。あー双子精霊(?)のお二人さん? 通訳してくれるのはありがたいな。名前は何ていうんだ? 俺は西野孝輝という」
依然熱っぽい瞳で俺を見つめながら二人は名前を教えてくれる。
……なんとなーく、理由は分からないでもないけどもうそれやめない?
「私はファナっ!」
「ぼくはアグニ!」
そう元気よく声を上げると二人は地面にストっと着地し、俺の両手を掴んできた。
俺の手を取ったまま、二人の少年少女は元気よく跳ねたり回ったりしている。
紅と蒼の燐光がキラキラと溢れ出し、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「「よろしくねっ! ニシお兄さん!」」
そこで略すのか。
まあ呼ばれ方なんてなんでもいいけど。
とはいえ、さっきまでの子供らしからぬ艶めいた振る舞いとは一変して、元気で実に微笑ましい。
ちょっと安心したな。
そう思った俺は二人に少し笑みを浮かべながら和やかに返事をした。
いや、しようとした。
「そうか、よろしくな。ファナ、アグニ」
「「ああっ……!」」
「……またですか」
俺に名前を呼ばれた瞬間。
二人はまた頬を紅潮させて、掴んだままの俺の両手をギュッと抱きしめてきた。
内からくる衝動を必死で押さえているのか、フルフルと身体が震えているのが伝わってくる。
ファナは、白いお餅のような頬を真っ赤に染めて口を半開きにして『はぁはぁ』と荒く息を吐いている。
アグニは、目を固く結び歯を食いしばり肩を大きく上下させている。
幼い双子は額に汗をにじませながら襲い来る未知の快ら……。
いや、衝動に必死に耐えているように見えた。
きっと、この光景を見た人は誰もがこう言うだろう。
「おまわりさん、あの人です」
と。
……。
……。
……。
――おい、なんだよこの<神威宿る魅惑の声>ってやつ。
名前からして、魅惑的な声に聞こえるんだろうな―ってことは分かる。
それは良しとしても、勝手に発動しすぎじゃないか?
欠陥品掴まされたようにしか思えないんだけど。
というか効果の方も何かおかしくない?
マイルドに言うと、こう天に昇っちゃっているようにしか見えないんだが。
ここが日本でなくて本当によかったわ。
とりあえず、俺は今あの女神さまに説明を要求したい。
そう強く強く思った。
すると、例の謎の脳内ボイスが再び聞こえてきた。
『保有者が説明を要求したため、ギフト<神威宿る魅惑の声>レベル1に関する詳細情報を提示します』
◇◇◇
このシステムメッセージみたいな声の説明でやっとこのろくでもない能力に関する詳細がわかった。
ひとつ、<神威宿る魅惑の声>は俺が一定レベル以上の感情を込めて言葉を発するとそれを大幅に増幅すること。
ひとつ、一定レベル以下でも”なんだか心地が良い”声に聞こえること。
ひとつ、込めた感情如何によっては魔法効果も付与されること。
ひとつ、基本的に物質的な側面が強い生き物よりも、精神的な側面が強い生き物により強く効果が顕れること。
ひとつ、本能で行動する生物に対しては使役と言っていいレベルまで従わせることができるということ。
またレベル1に上がったことで、魔力譲渡の効果が追加されているらしい。
魔力譲渡が発生しているため、魔力を活動の糧とするファナとアグニは更に陶酔感を感じてしまっているとかなんとか。
ちなみにオンオフは出来ず、レベルアップで増幅率も上がっていくらしい。
……いや確かにこんな能力があったら、荒事にも巻き込まれず温く生きていけそうだけどさあ。
何かが間違っている気がしてならない。
それにレベルアップで増幅率が上がるらしいが、これ以上上がったら一体どうなってしまうんだ。
レベルを本気で上げたくないんだが。
◇◇◇
俺がシステムメッセージさんの説明を聞いて百面相をしていると、ようやく二人も”こちら側”に戻ってきた。
「はあはあ……。お兄さん、積極的なのは嬉しいけどちょっと手加減してくれると嬉しいかなって。えへへ」
そう涙の滲んだ上目遣いで必死に笑みを作りながら話しかけてくる、水色の少女ファナ。
「うんうん。にーさん、ちょっと精霊誑し過ぎない? なんかこう霊核にビンビン来るんだよね」
そうわざとらしく怒ったような顔つきをしながら責めてくる、赤色の少年アグニ。
「あ、ああ。悪いな。ギフトとやらで勝手に変な効果が付いてしまうらしいんだ」
俺は本当に心の底から申し訳ない気持ちになりながら、二人に謝罪した。
俺の『声』についてもざっと説明する。
しかしやっぱり、こんなろくでもない能力の影響下にある二人に通訳させるのは良心が痛むな。
この能力の詳細を知ってなおお願いするほど、俺は図太くはない。
「……通訳の話はやっぱりなしにしていいぞ。確かに困ってはいるがこんな精神操作みたいな力で虜にされたらお前らだって嫌だろう?」
すると、二人は『この人何言っているんだろう』みたいなキョトンとした顔で顔を見合わせた。
「あ、あれ? 俺は何かおかしなことを言ったか?」
思わず俺は目をパチクリとさせてしまう。
二人はそんな俺の様子を見て何かに思い至ったのか、握ったままの手の力をきゅっと強めながら明るい表情で話し始めた。
「お兄さん、ちょっと勘違いしてると思うんだっ」
「そうだぞ。別に僕らはにーさんのその声の力で助けようって思ったんじゃないんだぞ」
「え? そうなのか?」
てっきりさっきシステムメッセージさんが魅了がどうのこうのと言ってたから能力のせいなのかと思っていたが。
「実はね、私たちは本当についさっき精霊界からこっちの世界にやってきたばかりの精霊なの」
「それでさ。ぼくたちがこっちの世界でまず何をしようかなって考えてた時に、にーさんが突然道の真ん中に出てきたんだよね」
「私たち、すごくびっくりしちゃってっ」
「そうそう。あ、突然出てきたこともだけど、それ以上に気になることがあって――」
「――私たち、お兄さんの魂がすごく気になったのっ!」
「なんかさ、こう僕ら精霊としては放っておけない雰囲気の魂なんだよね」
そこまで交互に言うと、二人は声を揃えて元気よくこう言った。。
「「だって、びっくりするくらい不運な感じがする魂なんだもんっ」」
「……」
俺は予想の斜め上の理由に思わず無言になった。
……何だその理由。
いや確かに身に覚えはイヤってほどあるんだが。
隕石とか隕石とかメテオライトとか。
「……ちなみにその不運な感じってどんな風に見えているんだ?」
「うーんそうだなあ。ぼくたちこっちの世界の知識はあんまりないんだけど。色で言うと生き物が出すっていう、うん――」
「ストップ! ……もういいよ……」
俺は思わずアグニの言葉を遮った。
ええ、まじですか……。
聞かなきゃ良かったな……。
俺は、異世界に来て初めて知った自分の魂の色とやらにがっくりと項垂れた。
この辺までは書いておかないとキリが悪いので。