第二十四話:これが本当の『お花摘み』ってやつか
ジャンル別二位になってたみたいです。ブクマもすごい増えててびっくりしました、ありがとうございます!
【しばらく前】
別にトイレじゃなくても良いんだが一応そう言い訳してしまったし、中の個室にでも入ってシステムメッセージさんと交渉することにしよう。
とりあえずそう決めた俺はハクヤとマシロとともに少し戻って、本殿内の入り口近くにあるトイレの前までやって来ていた。
……ちなみにすごくどうでもいい情報だが、ここのトイレのマークは『バナナ』と『モモ』である。ははは、何と何の暗喩なんですかねえ、フロなんとかさま。
ため息をつきつつ『バナナ』の前で立ち止まった俺は、ハクヤとマシロの方に振り返る。
「ハクヤとマシロはその辺で待っててくれ。オーケー?」
「わおん(もちろん分かっておりますわ。主様の邪魔は誰にもさせません)」
「うきき(我、何人たりともここを通さぬと誓約せん)」
「うんうん。いい返事だなー。やっぱ賢いわお前ら」
素直にわおんうきーと返事をしてくれた二匹に和んでから、俺は扉を空けてトイレの中に入り、他に誰かいないか確認する。
幸いなことに誰も中にはおらず、あとちゃんと男子トイレである。良かった良かった。
俺は適当に奥の方の個室に入って便座に腰掛けると、いよいよシステムメッセージさんと交渉を始めることにした。んーこれ口に出さなくても大丈夫なんだろうか。
『ギフト<神威宿る魅惑の声>管理システムは、ギフト保有者“西野貴輝”の魂と接続しています。そのため、限定的な情報しか伝達が出来ない、空気振動を介した原始的コンタクト手法を取る必要は一切ありません』
(あ、そうなんすか……)
そんなに長々と否定する必要あるのだろうか……。
うーん。この人類に対して無自覚にエラそうな感じからするに、中の人はやっぱりあの時の女神さま……なのか? 人格らしきものは確かに感じるのだが、システムっぽい応答に終始しているせいでいまいち確信が持てない。聞いてもどうせはぐらかされるんだろうしなあ……。
まあいいか。
どうせ長い付き合いにならざるをえないのだし、そのうちボロが出るだろう。
いま肝心なのはいかにしてこのチャンスを活かすかだ。
というわけで、せっかくなので“空気振動を介さない高度なコンタクト手法”とやらを存分に活かし、ダブルミーニングを込める練習をしてみることにする。
(ボーナスいらないです)
『………………。その申請は既定事象改変係数がギフト<神威宿る魅惑の声>が要求する最低値を満たしません。再度の申請をお願い致します』
ギフトさんのはじめの沈黙に『ハッハッッハ、快いわ!』と思いつつも、やはりなしってのはダメだったかと考える。
前置きからするに、俺に都合の良いようにさせてくれないのは目に見えてるしいっそのことと思ったんだけどな。
(というかなんですか? その既定なんちゃらってやつは?)
『その質問はギフト<神威宿る魅惑の声>に関する深刻な疑義に該当しないため、回答できません。……ふっ』
(!?)
“ふっ”……だ……と……?
は、鼻で笑ってきやがった……。
――それ、なんかすげームカつくんですけど!!!!
珍しく感情を昂ぶらせてピキピキと額に怒りマークを浮かべた俺は、脳内で高々と決戦のゴングが鳴り響いたのを感じた。
絶対泣かせてやるからな!
◇◇◇
我が因縁の宿敵との熾烈なイヤミの応酬の結果(あえて勝敗には言及しないでおこう)、俺は新たなるスキルを獲得してしまった。
『ふっ、従うといいさ。この西野貴輝の言葉にさ』。
もちろん名前は俺が決めたんじゃない。
無難なものとか、抑制するものはことごとく拒否されてしまったので、結局のところ俺は、完全に任意発動可能な命令スキルをもらうことにした。
俺の申請を認めるという話は、一体何だったのだろうか。
まあ、日に一度しか使えないとは言え、初めて(ここが一番大事)、自分の意思で思うがままに使用できる便利スキルではあるので、きっと何かの役には立つだろう。
そしてしばし交渉を終えた俺が『ふう、疲れた……。やることやったしそろそろ戻るか……』と独り言を呟いて、扉を開けて個室から出ると。
――外には『花畑』が広がっていた。
「……は?」
目がおかしくなったのかと思ってこすってみるも、目に入る光景は変わらない。
チューリップ、コスモス、ポピー、その他もろもろ。
色とりどりの花が地平線の果てまで多種多様に咲き乱れていた。
空を見上げると、雲一つない青空が広がっていて太陽も穏やかに天上で輝いており、足元を見てみても、栄養たっぷりありそうな土が花の合間に見え隠れしている。
甘い香りを含んだ風が爽やかに駆け抜け、まざまざと俺が今いる場所は室内ではありえないことを教えてくれる。
あらゆる五感が『ここは“外”だ』と訴えてきていた。
おかしいな。俺はどこぞのトンネルでもくぐったんだろうか。
トイレの個室の扉なら潜ったけど、今時はトイレの扉でもいいのか。
「ってあれ。まじかよ」
戻る道がないかと背後を振り返ってみるも、この謎の花畑につながっていたトイレの扉はいつの間にか跡形もなくなっていた。
「……これ、本当にどうすればいいんだ?」
トイレの中の花畑で迷子になっちゃってるんだけど……。
これが本当の『お花摘み』ってやつか。俺、男だけど。
正直、唐突な上に現実感がないせいで焦るというよりは困惑していたが、俺は事態を打解するべく、とりあえず周囲を歩きながらもう少しよく観察して、どうにかならないか考えてみることにした。
それにしても長閑な風景である。
こんな状況でもなければ、あるいはここがトイレだという認識さえなければ、寝っ転がって日向ぼっこでもしたいくらいには長閑である。
さくさくと草や花を踏みつける音を立てながら、俺は三十分くらい適当に辺りを散策してみたが、やはり見えるのは太陽と花々だけであり、進む指針になるようなものはどんなに目を凝らしても見つからない。
「というか、ここはなんなんだろう。あのドアが転移門的な何かでどこかの花畑にでも飛ばされたのか? ……トイレの扉にわざわざそんなもの仕込むか? 普通は仕込まねえよなあ……、そんなことして何になるって話だし。あーでも。フロラ様とやらならやりかねない気もするな……。バナナにモモだし、局部に花だし、エロいポーズしてるし。奴なら『トイレっていえばお花摘みだよね!』とか思ってやる……かもしれない?」
始めは絶対そんなバカなことするやついないだろうと思っていたが、言葉に出して考えを整理しているうちに、なぜか段々あり得る気がしてきた。
頭に触覚生えてるしなあ。虫並みに単純な性格してそう。
俺がそんなことを思っていると、突如、辺り一面に咲き誇っている花々が一斉に柔らかな光を放つ。
眼前に広がるその光が視界に入った瞬間――、意識がナニカ強烈な引力によって、引きずり出され呑み込まれていく。
全く何も考えられなくなり、ただ俺の頭のなかには一つの感情だけが残されていた。
――ああ、懐かしいな。
と。
そして自身がそう思考していると気付いた瞬間、目の前の景色が無数の花吹雪とともに崩れ去り、俺にとっての過去の時間、中学時代のとあるひと時を顕した。
*****
「ニッシー、ひまー。なんか面白いことして―。それか外いこー」
我、マシロ。
大森林で誕生せし時より長き時を過ごしてきたが、これ程の困惑は記憶に有らず。
如何なる因果か、我は今、『さるのきーほるだー』なる物体に意識が宿っている。
何故かそれが分かってしまう。
「嫌だ暑い。それに今日は運勢が悪い。俺は星座占いが最下位の日は極力外出しないと決めてるんだ。あと鬱陶しいからもう帰れ」
そう、嫌そうにメスの個体に返事をしたのは今より更に若い姿をした我が主である。
我が見知る主様より、大凡5,6年ほどは未成熟な姿であろうか。
‘う、うきぃ……(な、何なのだ此れは)’
思わず我が言った言葉に応答する声が三つあった。
‘わおん……(ワタシに聞かないでよ)’
‘あーこれはまたー。にーさんって本当に面白いなあ’
‘ここってフロラさんの法則世界……。お兄さんどうやってこんな所に……’
順に、『いぬのかみかざり』、『がらけー』、『おーいおちゃ』の姿である。
な、何なのだ此れは!?
‘多分あれじゃない? さっき丁度リーリエねーさんがここの結界に働きかけようとしてたじゃん。その時ににーさんがなんかやって混じっちゃったんだよ’
‘……ええ……。それってリーリエお姉さんが術を起動した瞬間に、全く寸分違わず同時に、何か魔法的に意味のある介入をしちゃったってこと? どーいう偶然? お兄さんってホントに運悪いんだなあ……’
‘わおん(さすが主様ね。どんなタイミングも逃さないなんて)’
‘……’
我『さるのきーほるだー』。
『いぬのかみかざり』たちが何を言っているのか分からず。
しかし主様はやはり凄いのだろう。
‘うきい?(だが何故我らも主様と共にこの場に存在す?)’
‘それはほら、ボクらってみんなにーさんの力を通じて『名前』でつながってるからね。連鎖召喚されたんじゃない?’
‘私の加護もちょっと影響しちゃってるのかもしれないなあ。『名前』も『縁』の一種だし、ちょっとブーストされちゃってるのかも。でもこれ、困ったなあ。完全にフロラさんの法則世界に飲み込まれちゃってるから、なーんにもできないね……’
ふむ。確かに『おーいおちゃ』が言うことも尤もだ。
自らも同様にあらゆる力が行使できなくなっているのを感じ取る。
果たしてどうしたものか。
そのようなことを話していると、主様と人間のメスにも変化があった。
「あーひっどーい。それに占いなんて信じるとかニッシーはそれでも男の子? 運命はね……乗り越えることに価値があるんだよ! 行こーよー行こーよー」
「俺は別に運命なんて乗り越えなくて良いんだよ。一人で汗だくになってこいよ」
「やーだー。一緒に汗だくになるー」
「……うざっ。あ、ごめん。つい本音が」
「ううん、いいよ! 謝ってくれたから! さあ行こう!」
「……お前ってほんと押し強いよなあ。大体お前、その格好で出かける気? ただでさえ髪短くて、顔も少年じみてるんだから服装くらいこう、女みたいな格好しろよ。お前と出かけると、後で見られたやつに『ホモテル』とか『タカホモ』とか呼ばれて迷惑するんだよ」
「え、知ってる。わざとだもん。でもいいよね。私はホモも好きだよ!」
「わざと……だっただと……。つうか何が『でも』で何が『いい』んだ。そっちも俺にはさっぱりわからねえよ。この腐女子が、腐り落ちろ」
「でもニッシーってツンデレだよね。そんなこと言いながらも出かける準備してくれるとか」
「単に部屋でこれ以上騒がれると出かけるよりも疲れそうだと思っただけだ。さあ行くぞ、その辺ちょっと散歩してやる。リードはいるか?」
「…………えっ。あの……首輪プレイなんて……まだ私たち中学生だし……ちょっと早いと思うなあ……」
「おい。なんでそこで素に戻るんだよ」
小さなカバンに詰め込まれながら、その会話を聞いていた『おーいおちゃ』が呟いた。
‘お兄さん、またセクハラしてる……’
我はよりによって一番気になる箇所がそこなのかと思った。
大森林奥地の大木にすら引けを取らぬ、不可思議な石材で構築された巨大な構造物。
蟻塚をより高層化し、より機能を先鋭化したかの如きそれの一角に、この若き日の主様は居住しておられたらしい。
御住居の入り口から外の光景を見渡せば、その視認範囲全てに似たような構造物が無数に立ち並んでいるのが分かる。
人間族に疎い我でも、この地の異常性は理解できる。
人間族は自らの支配圏、とりわけ巨大なそれを確立する際に、環境を友とするのではなく環境を従として己が住居として相応しいように改変する生物であるというのは理解しているが、ある種此れはそれの究極系といえるだろう。
この地では人間族以外の生物があるがままに生きていくことは、我や『いぬのかみかざり』ほどの力がある存在でない限り不可能。
彼らに最適化され、そして彼らに許された生物のみが生存可能な、人間族一強の覇が築かれた場所。
我や『いぬのかみかざり』が矮小と見下していた人間族にかくも恐るべき版図を築き上げる力があったのか。我は『いぬのかみかざり』と顔を見合わせると、人間族の脅威評価を再考する必要性があると互いに確認した。
‘にーさんのいた世界ってこんななんだねえ。何となくイメージは伝わってたけどー。うんうん。ボクという精霊としてはマコトに良きことかと思いますよ’
‘なにその口調。私は……どうだろうなあ。随分たくさん人はいる割に、結びつきの密度は薄いからもうちょっと頑張って欲しいけど。あ、でも変な線もあるな。これがねっと? うーん見てみたいな……’
精霊共の言うことは相変わらず我には理解できぬ……。
そして、我らが裏で各々の思考をめぐらしているうちに、主とその雌奴隷は建物の外に出て大地へと降り立っておられた。
ごく自然に背後にそびえ立つ建物の窓から振ってきた『じょうぎ』と『ぶんどき』をかわしながら、主は口を開く。
「さて、散歩コースはどうすっかなー。■■はどっか行きたいところでもあったのか?」
「わんわん……。あ、だめ。これは流石にちょっと恥ずかしい……」
「ん? ドッグランに行きたいって? 分かった分かった」
「ちょ、誰もそんなこと言ってないんですけどお!」
「そう遠慮するなよ。やっぱリード付けるか? 一応持ってきたぞ。前にじいちゃんがゴールデンレトリーバー連れてきた時に忘れてきたやつ」
「付けないってば! そうじゃなくって、ほら。もっとこうキャピキャピしたとこ行こうよ」
「きゃぴきゃぴ? 難しい注文してくるなあ」
そう言った主様は『がらけー』を取り出して、雌奴隷と歩きながら何やら操作を始める。
その過程で、足元に何故か転がっていた『ばななのかわ』をすっと避けている。
‘あはは、なにこれ。すっごくくすぐったい!! やめてにーさん! あはははは’
‘……なにやってるの’
その操作に何の意味が合ったのか分からぬが、主様はそれで目的地を定めたらしく、南方に向かって歩き始める。
それがこの『さんぽ』の始まりで、そしてその道中には特筆すべき事件が起こることはなく、いや無数の些細な事件はあったがそれはさておき、ただただ雌奴隷が主様にかしずくのを見るだけのものであった。
再び、住居の前に戻ってきた主様に向かって雌奴隷が恐れ多いことに口を尖らせながら文句を言った。
「まったくニッシーさ。普通女の子をあんな所につれてく? なにさ、エロ雑誌自販機って。そんなのあること知りたくなかったよ。しかもなんか遠いし」
此奴、主様に楯突くとは何ごとか。我が身が動けばすりつぶしてくれるものを。
我がそう思っていると、楽しそうに主様が口を開く。
「きゃぴきゃぴした女の人が載ってるじゃん。お前の要求通りだろ?」
「へーりーくーつーだー。私は断固として再度のデー、……散歩を要求する! 具体的には明日くらいに! 夏休みだからいいよね!」
「え、嫌だけど……。まーでも今のお前なら無害だしいいのか?」
「んんん!? ニッシーが素直に私のお願いを聞いてくれた……だと………。大丈夫? 熱とかない!?」
「俺を何だと思ってるんだよ……」
「うーんとね。天邪鬼。ツンデレ。根性ネジ曲がってる。無表情。なんか悟ってて腹立つ。えっとそれからそれから」
「うるせえぞ、この腐女子が。ここぞとばかりに並べ立てるな。はあ……、まあじゃあ今日はさよなら。またな」
「むー、まだ言い足りないのに。明日ノートに書き出して持っていくから、覚悟しといてね! じゃあね!」
そう言って立ち去ろうとする雌奴隷を主様は、ひどく懐かしそうに眺めていたが、主様の歩幅にして十歩分ほど離れたところで呼び止める。
「あーちょっと待った。まだいい忘れてたことあったわ。というか聞き忘れてたこと?」
主様がそう言うと、立ち去りかけていた雌奴隷はぴょんと飛び跳ねてからこちらを満面の笑みで振り向く。
「あ、なになに? もしかして大事な話?」
「うーん、大事な話といえばそうだな。はは、まあ聞いてくれよ」
そう言って主様はわずかにタメをつくると、笑いながら肩をすくめて言う。
「今更だけどさ。――お前ってだれ?」
……どういうことだ?
アレはかつての主様の奴隷ではないのか?
我も、そして『いぬのかみかざり』や『がらけー(バッテリーあと少し)』、『おーいおちゃ(飲みかけ)』も、思わず首をかしげてしまう。
雌奴隷は笑顔を凍りつかせると、少し震える声でこう言った。
「――え、なにそれ。それは流石にひどくない? ニッシーのかわいい幼馴染ちゃんだよ?」
「んー、ちょっとおかしいとは思ってたんだよなあ。なんというかそう、ウザさが足りない。こう可愛さを強調しすぎてる感じがあるな。アイツはもっとえげつないことやってくるぞ。例えば、お前は最初に犬の鳴きマネするの嫌がったけど。アイツなら俺が止めたとしても嬉々としてやるだろうなあ。それで俺にやらされたことにするんだぜ。最悪だろ? 俺のご近所での評判をどうする気だよってなあ」
「――嫌だなあ。ニッシーこそ、私のことそんな風に思ってたの? ちょっと泣けてきちゃうかも……」
「まあ、そういうなよ。概ね合ってはいたぞ。だけどお前はアイツの根っこの部分を理解できてる訳じゃなかったんだろうなあ。良いから吐けよ、お前は誰だ」
主様の言葉とともに強大なる魔力が放散される。
その言霊は今まで我らが耳にした如何なる主様の言葉よりも強い、どこか天上の強制力を持ち、眼前のナニカに襲いかかる。
‘うっわー、にーさん容赦ないなー’
‘あははは……。でもこれで大丈夫そうだね’
此れが主様の本気か。
我は思わず体毛が縮こまり腹を見せたくなる感覚を覚えつつも、それをマトモに受けたであろうナニカを見る。
「うっ。これは……」
ナニカは我が身を両腕で抱きしめ、プルプルと震えていたが、暫くして固い笑みを浮かべながら両手を上げる。
「参りました。私の負け、私の負けだね。ってこれほんときつい。というか痛い」
ナニカは、はあっと大きくため息をつくとパシッと指を鳴らす。
『――我は地の精霊の一柱、フロラ・コンコード。我が権能を持って、この裏界を収束せん』
ナニカがフロラと名乗り収束を宣言すると、見る間に世界が崩れ、やがて一面に広がる花園が現出する。
それと同時に、我が主様は見知った姿に戻り、我らもまた、元のあるべき姿を取り戻す。
「ふう……、なんか疲れたな……。ってフィーにアーニィ、それにお前らもここにいたのか」
「んーまあ成り行きだけどね。でもとりあえず脱出おめでとう?」
「ごめんなさい、お兄さん。なにも出来なくて。こーいうのは定められたルールに従わないといろいろ難しいの」
「ありがとう? ふーん、ゲームっぽいな」
「ゴリ押しで壊そうとするものなら、絶対現実世界の方もパーンってなっちゃうからなあ」
「最後の手段として一応は考えてたけど、でもちょっと……あれだし」
主様や精霊共が会話をかわしている間に、我とホワイトウルフは密かに戦闘準備を整えフロラなる精霊のスキを伺う。彼奴め、主様に手を出すとは身の程を教えてくれる。
我らがまさに襲いかからんとしたその時、ふいに依然、主様のかつての奴隷の姿を象った邪精霊がパンと手を打ち合わせる。
「あ、あのー。ご歓談中あれなのですが、ちょっと良い? そこのコワイ魔獣さんたち止めてくれない?」
「え? あーまあ」
「まあってなに!? ごめんって! ニシノタカテルさん、貴方が私の“郷愁”に囚われたのは、言い訳みたいに聞こえるだろうけど、私の意思じゃないの! この管理者層の防衛機構っていうか、自動的なやつなの! お願い、信じて!」
「……じゃあなんでわざわざ、フロラさん(?)がアイツを演じにきたりしたんだ?」
「そ、それはそのぅ……。ファラにアグニ、それに私の眷属が慕う人間だから、こう、ちょっと見定めてみたくなったというか……」
「……やっぱりあんたの意思入ってるじゃん」
「ごめんってばあ~」
「はあ…………。まあわかったよ。悪気はないんだろうな多分。それに確かに懐かしくはあったし、しゃあないから許すよ。というわけだ、ハクヤ、マシロ」
その主様のご命令を聞き、我らは不本意ながら腕をおろし爪をしまう。
「ふう……。そこの魔獣さんたち、妙に魔力も統制されてるしほんとにコワイ……。では改めてはじめまして。フロラっていいます。花の大精霊とかやってます。色々あったけど仲良くしましょう! ファラにアグニもおひさ!」
「本当に色々あったな……」
「あはは、おひさっていうか、まだ三日も経ってないけどねー」
「フロラさんってこーいうヒトだったんだ。顕界して会うのは初めてだし、改めてわたしもよろしくおねがいします?」
「まー挨拶も無事に済んだことだし帰るか。フロラ、俺達はどっから出ればいいんだ?」
「呼び捨て!? しかももう帰るの!? もっと構ってよ~」
「……その顔でウザいこと言うのやめてくれない? なんか二重にウザいんだけど」
「ガーンッ!」
我は言葉だけで、邪精霊にガクッと膝を付かせた主様に改めて感嘆する。
そうよ、此れよ。真の強者と言うものはこうでなくては。
しばらくそうしていた邪精霊だったが、やがてうしっと言ってぴょんと立ち上がる。
「わかったよ! 今回は見逃してあげる! それに……うちの眷属が何かやってるみたいだしね、いしし」
「はいはい。もーなんでもいいから帰してくれ。俺は疲れたんだ」
主様がそっけなくそう言うと、邪精霊はまた崩折れそうになったが、無礼なことに主様に指を突きつけて宣言する。
「今回は負けてしまったが、次はこうはいかないぞ! さらばだ、ニシノタカテル。また会う日まで首を洗って待っているがいい!」
「オッケー、じゃあな」
主様や、三度崩折れかける邪精霊に苦笑する主様配下の二柱の精霊とともに、我らもまた、花吹雪に包まれる。
そして我らは邪精霊を祀る邪神殿に帰還した。
*****
花吹雪に包まれて戻ってきた場所は、どうやら遠目で見えていた祭壇と木の近くのようだった。
ちょっといった先でなにやら話している、リーリエさんにサーシャさん、ライアスさんに年食った爺さんを発見する。
俺が首をかしげると、フィーとアーニィが簡単に事情を教えてくれて、どうやら俺は凄まじい偶然であの空間に迷い込んでしまったらしいことを知る。
リーリエさんが魔法を使った丁度その時にトイレのドア開けたのが悪かったらしい。
どういうことだよ……。ファンタジー怖すぎ。
ため息を付いた俺はなんとなくむしゃくしゃしたので、前方で話している四人を驚かせようと、こっそり近付くと、さも先程からいたかのように会話に割り込んでみた。
「いや、本当に精霊の力ってすごいんだな……。まさか二度も連続でこんなもの見ることになるとか、ファンタジーここに極まれりって感じだ。よくわからんけどおつかれさま?」
「ふぁんたじー? ニシノくんの国の言葉ですか? しかし私もそう思い……」
案外、普通に返されてしまった……。
さすが騎士のライアスさん、俺ごときの気配など見え見えか。
と、イタズラが失敗して残念な気持ちになっていると、どうやらそれは違ったらしく、暫くして、四人ともすごく驚いた表情をしてくれた。
ふっ、やったぜ。
そんな俺をみたフィーは、『ふう……。“目指せっ! 真人間計画”第二弾を早速考えないといけないみたいだね……』と小さく隣で呟いていた。
あっ、やってしまった。
というか、俺の反省期間、我ながらすごく短かったな……。
今度はもうちょっとだけ頑張ろう……。
すごい難産だった……。
というかそもそも、フロラ様とか日本のこととかやるつもり一切なかったのにどうしてこんなことに。
前話でなんとなくイベント増やすためにハプニング表引いたら、マジで迷い込みやがった主人公が悪いんだ……。




