第二十三話:なんでいるんだ!?
「もう、お兄さんのイケナイ癖は、絶対に私がきょーせいしてみせるから! 『目指せ! 真人間計画』発動だから! わかった!? これから私の言うことをしっかり実行することっ!」
「お、おう。わかったわかった。ちゃんとフィーの言うとおりにするよ」
『目指せ! 真人間計画』第一号として、なぜか頬を膨らませたフィーと手を繋いで歩くことになった俺は、周囲から生暖かい目線を向けられながらも、気を取り直して本殿の奥に進むことにした。
ライアスさんやサーシャさん、リーリエさんもそんな俺に苦笑いをしつつ、一緒に来てくれる。リーリエさんはまだ頬が赤い。もう少しちゃんと謝った方がいいかな……。しかしせっかく有耶無耶になったのに、改めてってのもあれだな。うーん。
……そういえばここまでなんだかんだで聞いていなかったけど、この三人は何しにここに来たんだろう。まさか俺たちと同じ観光な訳がないし。
何やら薄ぼんやりと輝くファンタジーな若木と、その背後にそびえ立つ、これまた植物で構成された祭壇チックなものを遠目で見ながら、仕切り直しの話題としてとりあえずそれを聞こうとした矢先。
――いきなり脳内で例のシステムメッセージが鳴り響いた。
一切の前振りがない唐突なそれに思わずフィーの手を握ったまま飛び上がってしまう。
『ピコーン。おめでとうございます? 経験値が溜まっていたので<神威宿る魅惑の声>が6から7にレベルアップしました。レベルアップボーナスを選んで下さい――』
……は?
経験値が溜まっていたのでってなんやねん。しかもなぜ疑問形。
さっきのあれからなぜか少し間が空いて時間差でレベルアップを通告してきたらしいギフトさんに、思わず心のなかでツッコんでしまう。余所見でもしてたのか。
前々からこう、レベルが上がる理由説明が妙に主観的だとは思っていたが、今度はそう来たか……。
……このギフトやっぱり中の人いるだろ。おい。
『……7はラッキーナンバーなので、ギフト<神威宿る魅惑の声>管理システムは特別にギフト保有者“西野貴輝”からのボーナス内容の申請を受け付けます。なお、ギフトコンセプトに見合わない申請は却下される可能性がありますことをあらかじめご了承ください』
…………ラッキーナンバーね……、なら仕方ないかな。
とでもいうとでも思ったか!
あまりにも露骨に機嫌を取りに来て少しイラッとしたが、二:八くらいでは役に立ったり命を救われていることも事実なので、今回は我慢することにする。
圧倒的に変な現象が起きていることのほうが多いけど。
システムメッセージさんに話しかけられて挙動不審な俺に、同行者たちも一体どうしたんだろうという目を向けてくる。
すると、ニヤニヤとしたアーニィが率先して余計な火種をくべてきた。
「にーさん、どうしたの? 急に飛び上がっちゃって。あっ、わかった。ねーさんの手を握ってドキドキしちゃったんでしょ。うんうん、わかるわかる。体温上がると、ふわっと身体が浮き上がりそうになるよね」
「な、なあああ!?」
「タカくんってもしかして、そういう趣味……」
「……胸ってどうやれば小さくなるんでしょう……」
「ふむ……なるほど……」
なにが『ふむ……なるほど……』だよ。
真面目な顔で考え込むのやめて、ライアスさん。
フィーはわなわな震えてるし、さっきので砕けた口調になったリーリエさんもなんかあれだし、サーシャさんに至ってはもっとあれだし、ツッコミが追いつかねえ。
嘆息して額をもんだ俺は、左手でアーニィを捕獲して頭をグリグリしながら弁明する。
「いや、ちがうから。別にドキドキしてないしそもそも普通の人間は体温上がったくらいで物理的に宙に浮かんだりしないの。俺は気球かよ。……というわけなんでこの悪ガキの言ったことは忘れてください。ほら、アーニィも訂正だ!」
「いたっ、いたっ! ごめんにーさん。つい出来心でかき回してしまいました……っ!」
俺たちがそう言うと、どうやら彼女らも分かってくれたようで、
「あはは、そ、そうですか。ふぅ……、びっくりしたぁ」
「いえ、よく考えれば疑ってしまったのが間違いですね。こちらこそ恥ずかしいことを言ってしまいました(……ちょうどさっきじっと胸、見られてましたしね……)」
「ねえ……、帰った後がたのしみ、だね?」
「ははは、いやあ本当にあなた方といると飽きない。良い息抜きになりました」
と、そう言ってくれる被害者さんたち(フィーが割りと本気でコワイ)に、俺は依然アーニィをお仕置きしつつペコペコ頭を下げる。
周囲も俺たちに負けないくらいガヤガヤしているため、そこまで目立ってはいないのが救いである。
「いや、本当にお恥ずかしい。まだ出会ってそんなに経ってないけど、アーニィがこうなったのはちょっと俺も今まで羽目を外しすぎたせいかもしれないからなあ……」
「ううう、にーさん、わかったって! もうしないから許して! いたっ、いたっ……痛い……けど、あれ? ふわっ……」
……ん? なんだ?
いたずらっ子の頭をずっとぐりぐりしていた俺は何やら、アーニィの様子がおかしいことに気付く。
最初は痛がって抵抗していたはずなのに、なぜか段々なすがままになりぽーっとした表情を見せるアーニィ。
そのアヤシイ姿を見て、俺は思わず手を止めてしまう。
……やべえ、この片割れが何考えてるのかわからないんだけど……。
誰かに真剣に解説してほしい……。
この際、システムメッセージさんでもいいから説明をくれ!
『ギフト<神威宿る魅惑の声>管理システムは、ギフト<神威宿る魅惑の声>に関する深刻な疑義のみ回答可能です。……ギフト保有者“西野貴輝”に幸あらんことを』
……まあそうっすよね。
俺は深くため息をつくと、いい加減次の行動、ボーナス内容の申請とやらに移るためぐだぐだになった気持ちを切り替えて、すこしばかり皆と別れることにするのだった。
*****
『ちょっとトイレに行ってきますんで、先に行っててください。じゃあ……おいなんで付いてくんだ、ハクヤ、マシロ。まあいいか……、じゃあ少しばかり失礼します。フィーとアーニィは、まー俺が言えたもんじゃないけど、迷惑かけないように。……本当に俺もちょっと落ち着かないとな……』
そう言って自分たちに純粋精霊のお二方を預けると、二匹の白獣とともにテクテクと歩き去るニシノくんを私、『ライアス・ヘルムート』は見送る。
事前の調査どおり、『フィー』と『アーニィ』という名称らしい二柱の精霊は、彼が去るとさっそく“話し合い”を始め、私は思わず苦笑と“安堵”の吐息をこぼしてしまう。
本当に、賑やかな方たちだ……。
渦中にいれば、まさにそう、賑やかとしか表現の方法を思いつかないほどの世界が“彼“の周りには広がっている。
…………。
私は、依然ニシノくんが立ち去った方を見つめているサーシャ嬢とリーリエ様の方に振り返ると、彼女らに声をかけてこの霊廟にわざわざ来た目的を思い出させることにした。
「サーシャ様、リーリエ様。彼もああいってくれたことですし、我らは先に“蛍光樹”のところにまで行きましょう。結界の“鍵”の譲渡には少々時間がかかると聞きましたし」
「え、ええ。そうですね。先に私たちの用事を済ませてしまいましょうか。リーリエさん、鍵を受け取る際にはよろしくお願いします」
「あはは……。分かりました、サーシャさん。父様も思い切ったものですね。まさか外の方に聖域の“鍵”を委ねるとは」
「ふふふ。正直なところ、私もリーリエさんがその旨を携えて来られたときには驚いてしまいました。すべて事が終わったら、閣下にも改めて御礼申し上げなければなりませんね」
「いえいえ、そんなことする必要ないですよ? 私の父様のことです。どうせ他に何か自分に都合の良い考えがあったに違いありません」
「まあ、ふふふ。ここだけの話ですが、実は私もそのような気がしていました」
お互いの顔を見合わせて苦笑しているサーシャ嬢とリーリエ様を見て、私は内心で改めて驚かざるを得ない。
ここまでの道中のぎこちなさがまるで幻だったかのように、お互い自然に言葉と表情を交わしている光景はまるで彼女らが以前からの友であったかのようだ。
……この光景を作り出すのに、どこまで“彼”が計算してやったのかは分からないが。
だがそれでも、人心の“把握”と“誘導”に類まれな天性の才能が“彼”にはあるのだろうことだけは、私にもわかった。
――それはともすれば、稀代の“扇動者”ともなり得るほどの。
タイプこそ違えど才女には間違いないお二方が談笑しているのを、祭壇に向かって歩きながら私は横目でひそかに観察しながら思考を続ける。
(確かに、感情の起伏が能力の大小に直結する性質がある精霊種。彼らを使役する『精霊使い』は感情を揺さぶる行為に長けている傾向があるのは知っていたが……)
――いくらニシノくんに恋情を抱いているとはいえ(流石に見え見えである)、このお二人がこうまで“素直”になるものだろうか……?
王国きっての大商会を仕切る人物の孫として、数多の交渉を乗り越えてきたであろうサーシャ嬢。
貴族の娘としてマイナスに働く自身の性格をなんとかするために、影で人一倍の努力をしてきたリーリエ様。
そんな彼女らが自然に有するはずの“警戒心”がどういうわけか、彼には働いていないようにしか見えなかった。
敢えて一貫して“部外者”の立ち位置にいたからこそ、いま私はこうしてどこか空恐ろしい思いを抱けているが、もしそうでなかったとしたら。
――果たして私はこの疑問にたどり着くことが出来ただろうか……?
怖気を感じた私は一度身体を震わせたが、体の芯に魔力を循環させどうにかそれを押さえ込む。
そして私がそんなことをしている間に、いつの間にか巨大な祭壇の前で伸び伸びと光り輝く枝葉を伸ばす“蛍光樹”のところまで到着していたらしく、リーリエ様が前に進み出て、そこに待機していた祭官長に話しかける。
「祭官長さま、お久しぶりです。父、いえ、ピュリア領主から連絡は届いているかと思いますが、“鍵”の受け取りに参りました。子爵家の人間である私、リーリエ・フロラ・ピュリアに、暫しの間、“鍵”を預からせて頂きたく」
「フフ。リーリエお嬢様、お元気そうで何より、お久しぶりで御座いますな。お話は全て領主様の使いの方から伺っております。準備はすべて整っておりますので、何時でも譲渡の儀式は始められますよ」
「はい、ありがとうございます」
祭官長との話を終えたリーリエ様は、私たちの方に振り返る。
やや緊張した面持ちだ。
「というわけですので、ちょっと待っていて下さいね」
「はい、リーリエさん。ふふ、そんな緊張なさらず。私たちがちゃんと見守っていますので」
「あはは、ありがとうございます」
少し緊張がほぐれた様子のリーリエ様は、再び“蛍光樹”の前に歩みよると、フロラ様の直系であるピュリア家の血を引く者にのみ許された神秘の儀式を開始する。
『――地の精霊の一柱、『花の大精霊』フロラ・コンコードの末裔たるリーリエ・フロラ・ピュリアが請い願う』
リーリエ様の精霊花が、強烈な白き光を放つ。
それと連動して“蛍光樹”の枝々に花の蕾が生じていく。
同時に、祭壇の周辺にいる私とサーシャ嬢、そして祭官長を除き、ことごとくが無数の花吹雪とともに消え去っていく。
『――いと貴き御身の御業を、我はここに“郷愁”せん』
リーリエ様の集中が高まるにつれ、“蛍光樹”に生じた蕾が開花していく。
ピンクの小さな花だ。
『――幻想結界“郷愁を喚起せし夢幻の花園”、その代演許可を我に与え給え』
その言葉を述べ終わると同時に“蛍光樹”が満開となる。
そして、花が咲いた一本の枝がふわりふわりとリーリエ様の手元に舞い降りる。
『――我、ここに誓う。御身の御業、決して悪しきことには使わぬと。……感謝します。我が偉大なる祖霊フロラ様』
リーリエ様が最後の言葉を述べると、ふわりと静かに空間が揺らぐ。
そしてやがて音が聞こえ始め、元の参拝客や子どもたちがはしゃぎまわる本殿の様子が伺えるようになる。
……どうやら外の時間はほとんど経過していなかったようだ。
リーリエ様が少し疲れた顔で私たちに振り返る。
「あはは、思った以上に大変でした。でもうまく出来て良かったです」
知らず知らず息を殺していた、私やサーシャ嬢、祭官長は、その声を聞いて、開放されたように一気にリーリエ様に言葉をかける。
「リーリエ様、お疲れ様でした。私も始めて拝見させて頂きましたが、いやはや途方もない光景でしたね」
「さすがは神霊とも謳われるフロラ様です。すさまじい魔力ですね。これでもかの精霊のお力の一部でしかないというのが驚きです。……リーリエさんには感謝しないと。こんなものを使わせて頂いて、失敗するわけには参りませんね」
「さすがは、お嬢様です。ここまで完璧に儀式を遂行できるのは先祖返りであらせられるお嬢様くらいなものだと思いますよ」
「皆さんありがとうございます。あはは、役目を果たせてホッとしました」
「いや、本当に精霊の力ってすごいんだな……。まさか二度も連続でこんなもの見ることになるとか、ファンタジーここに極まれりって感じだ。よくわからんけどおつかれさま?」
「ふぁんたじー? ニシノくんの国の言葉ですか? しかし私もそう思い……」
……!?
何かいま、聞こえるはずのない声に答えてしまったような……。
私がぎくしゃくと不自然な動きで背後を振り返ると、そこには両手を精霊様たちとつなぎ、足元に白獣を侍らせたニシノくんが当たり前のように立っていたのだった。
わずかに顔に呆れを滲ませている以外は、普段と全く変わらない……。
――なんでいるんだ!?
私たち四人はみな、あまりの驚きにしばし茫然自失となるのだった。
微妙に満足いってないので、そのうち改稿する可能性があります(´・ω・`)
*十七話の”貴族の血”を”ピュリア家の血”に修正しました。




