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第二十二話:勇者だ……。ニシノくん、君は勇者だよ……

ちょっと短め。4500字くらい。(作者の)息抜き回。


 長年、とと様の執事を勤めているエルロンドさん。

 そんな彼がやってきたのは、ちょうど私がエントランスの掃除をしていた今朝のことだった。


 老いてもなお、その身から力強く感じられる“蒼哭の炎”の魔力。

 私がまだ幼かった頃に感じられたそれと比べ絶対量こそ減少しているものの、老獪に制御された蒼き(チカラ)は私に畏怖を抱かせる。


 ……ちょっと。というかかなり、顔も怖いし。

 

 そんな彼がとと様の伝言……。命令(?)を伝えにやってきた。


 扉を開けて私を認めた彼は、ゆっくりと周囲を確認すると、


 「リーリエお嬢様、励んでおられるようですな……」


 目を細めて、まるで“罪人に死刑を宣告するかのような”恐ろしい声でそう言った。

 彼が扉を開ける前からその存在を認識していたにも関わらず、声をかけられた私は思わず飛び上がる。


 ――なぜかというと。


 彼の言葉(とてもこわい!)は、私にはこう聞こえたからだ。


 『努力が足りない。何をのろのろと動いている……』


 と。

 私は涙目で返事をする。


 「は、ははははい! もっと努力します!」


 「……お嬢様は努力家ですな。ピュリア子爵家(・・・・・・・)に仕えるいち執事(サーヴァント)として、誇らしく思います」


 『貴女様はただの貴族とは違うのだ。神霊の血を今に残すピュリア子爵家の末裔として、貴様はあらゆる(・・・・)分野において長じ、神の名を貶めぬよう行動せねばならない。ましてお前はただの貴族の義務すらこなせていないというのに。それが本当に(・・・)、わかっているのか?』


 私は脳内に響いた彼の副音声(すごくこわい!)に、恐怖のあまり震え上がる。

 いまこの宿は、私にとって地獄に等しい重苦しい空気で満ちていた。

 

 「……さて。お嬢様の頑張り(・・・)を目にすることが出来たところで、本題に入りましょう……」


 「は、はい……。ど、どうぞ……」


 私はこの上、何を言われるのかと戦々恐々とする。

 エルロンドさんの口の動きをじっと注視しながら、思考がぐるぐると加速する。


 何かやってしまっただろうか……。

 いや、心当たりはないが、きっと何かやってしまったに違いない。

 もしかして、絶縁? 絶縁されてしまうのだろうか。


 いやだ、そんなのいやだ。

ボネット……、ベラ……。……タカ様っ。

 助けて……、お願いだから、助けてくださいっ!


 「お嬢様にやってほしい仕事があるとの、子爵閣下の仰せです」


 「ゆ、許し、……え?」


 やってほしい……仕事……?

 とと様が、この私に……?


 予想だにしない言葉にしばし思考が停止する。

 そんな私に、エルロンドさんはわずかに微笑み(ものすごくこわい!)、更にこういった。


 「そこまで不安に思わずとも大丈夫です。きっとお嬢様ならみごと閣下のご期待を上回る(・・・)働きを成すことができると、不詳このエルロンド、確信しております」


 『わかっているな? もし貴様が閣下の期待を裏切るようなことがあれば……。その時は閣下に代わり、私が貴様を……』


 「は、はい! 誠心誠意、努めさせていただきますっ」


 私は泣きそうになりながら、そう返事をした。


 その時まで全く気付かなかったが、エルロンドさんの後ろに付いてきていたうちのメイドが、私とエルロンドさんを呆れたように見つめていたのが何故か印象的だった。


◇◇◇


 私がとと様から命じられた仕事は、『いまこの街を訪れている“サーシャ・グリムガル”の側に付いて護衛せよ』というものだった。


 “サーシャ・グリムガル”。

 現グリムガル商会会長の“アイゼンヴェーク・グリムガル”の孫娘。

 私より四つも下の十六歳であるにも関わらず、一個の商隊の商隊長を務めるハーフエルフの女の子。


 そんな彼女はどうやら今この街で賊に狙われる身の上となっているらしい。

 まだまだ若い身空でありながら、私なんかとは比べ物にならないほどの責任を背負った彼女を狙う賊がいる。

 それがこともあろうに、私たちピュリア子爵家の治める土地で。


 それを聞いた私はピュリア子爵家の一員として素直に申し訳なく思ったし、私にできることがあるならば力になってあげたいな、とも確かに考えた。


 しかしそれが“護衛”としてとは、流石に私も驚いてしまう。


 確かに私は、フロラ様の先祖返りとして潜在能力自体はあるのだろう。

 それに小さい頃は、こう、いろいろとやることがなかったので、一人で精霊花を鍛えたり魔法の練習をして遊んでいたし、多少は自信もないことはない。


 しかし別に系統だった戦闘の訓練を受けたわけでもなく、護衛の心得もない私がとと様に抜擢された理由はよくわからなかった。

 そもそも気性として生き物に魔法を向けることにどうしても強いためらいを覚えてしまう私は、あまり良い人選とはいえないだろう。


 ……危険が予想される任務に躊躇なく娘を送る采配は、割りと身内にスパルタなとと様にはよくあることなので、そこに対しては特に何か思ったりはしない。

 兄様なんか、昔、草原を越えた飛竜はびこる北西の谷に僅かな兵だけで調査に行かされてたし。

 無事に帰ってきた時なんか、思わず泣いてしまったのを覚えている。


 ――にも関わらず、とと様が私を選んだ理由。


 とと様は私の疑問に、ただ『お前を配すのが最適だと判断した』としか答えてくれず、そんな私はきっと、とと様にはなにか別の思惑があるのだろうと推測する。


 ううん、思いつかない……。

 “とと様の期待を超える”ためにはどうしてもそれが分からないといけないのに。

 さもないと、エルロンドさんに地獄を味わわされる羽目になる……。


 私はそんな風にうんうんと悩みながら、とと様の手紙を携えてグリムガル商会の立派な支店……、何故か壁の一部に覆いがかけられている……、に向かった。

 というかなんだろうこれ。中途半端な知識しか持ってない私にはなんだかよくわからない規模の防衛魔法がかかっている。流石だな……。


 そんな感想を抱きつつ、私は支店の中に足を踏み入れる。



 ――そして、そこで初めて出会った“彼女”は。


 私、『リーリエ・フロラ・ピュリア』にとって、どこまでも“普通”で、しかしどこまでも“異常(コミカル)”な道を、始まりの時から共にした、掛け替えのない友人となることを。


 また、表面的には取っ付きやすくとも内情は難攻不落極まる城塞であった存在を、共に相手にした、良き競争者となることを。


 ――この時の私は考えもしなかった。

 

 

*****



 こういう危ない空気のときは何か別のインパクトがあることをやって、空気を掻き乱すに限る。

 左右から競うように俺にあれこれと話しかけてくる、サーシャさんとリーリエさんの間に挟まれながら、俺はそんなことを考えていた。


 いや、別に女の子二人に好意を、まあ二人のそれは厳密には“違う”気がするが、好意を抱かれるのは確かにまんざらではない。

 なにせふたりとも、『未成年』とか『頭の上の例のアレ』を除けば、ちょっとその辺りではみないほどの美人さんではあるし。

 ……サーシャさんの異種族うんぬんはなんだったんだろうな。見た目人間だが、よくわからん異世界種族なんだろうか。


 ただなあ。

 いざこういう状況に陥ってみると、正直“嬉しい”とか“楽しい”よりも、“面倒だ”とか“周りの目が痛い”とかそういう感情が先行してしまう自分に気づいてしまう。


 ――大体、こういう時の女は人の話を聞かないのだ。


 “一”戦錬磨の俺は、俺を様々なトラブルに巻き込んだ、かつての恋人を思い出してゲンナリした。

 数年間無事に会わずに済んだけど、あいつ元気でやってるのかな。今も変わらず頭がおかしいのだろうか。

 男装して人をホモ疑惑に巻き込むしょうもない遊びは卒業してくれただろうか。



 まあそんなことはともかく、今だよ今。


 せっかくの好感度を犠牲にする覚悟を固めた俺は、いままで気になって気になって仕方なかった“あること”を実行することにした。



 ――そう、それは『精霊花』への接触である!



 「――だいたい、人が話している時に割り込むのは少々お行儀がなっていないのではないかと思うのです。いえ、そのようなことは私より社交界に“詳しい”であろうリーリエ様は当然ご存知だとは思うのですが、いざそういった場で恥をおかきになられては私も心苦しく思いますので、僭越ながらご忠告させていただきます」


 「ふふっ、わざわざご忠告ありがとうございます、サーシャ様。大変耳に痛いお言葉ですが、サーシャ様のご厚意を反故にしないためにも今後はしっかりと気をつけさせて頂きます。ですがサーシャ様。私も一点どうしても気になることが御座いますので、指摘させていただいてもよろしいでしょうか。殿方がお話になられている時に、その、いわゆる“妄想”に気を取られて自分の世界に入ってしまうのは、淑女としていかがなものでしょうか。私、サーシャ様のことが誤解されてしまうのではと考えると、悲しくなってしまいます……」


 もはや俺を置き去りにして二人で盛り上が(バト)っている彼女らの呼吸をはかり、ベストなタイミングを見定める。


 ――ここだあああ!


 俺は二人の交わる視線が最高に火花を散らした瞬間を見定めると、足を緩めて彼女らの一歩後方に位置取りした。

 そして二人の視界外からぬるっと手を伸ばし、リーリエさんの百合の花、その茎の部分をわしづかむ。


 「!?!??」


 「なっ!?」


 リーリエさんの言葉にならぬ悲鳴をスルーしながら、さらに掴んだ手を滑らせる。

 

 ――おお、すげえ柔らかい。それにまるで手のひらにしっとりと吸い付くかのような異次元の心地よさ。


 リーリエさんの百合の花の触感は、想像以上に極上だった。


 せっかくなので、何が起きているのかさっぱり理解できていないと言った様子でぷるぷる震えながら顔を真っ赤にしているリーリエさん。

 そして、眼前であまりにも非常識(多分)なことが行われたせいで、口をポカンとあけたまま呆然としているサーシャさんに、感想を伝えてみる。


 「これずっと気になってたんですけど。本当に実体あったんですねえ。手触りもすごく良くて(・・・・・・)びっくりしました」


 さあギフトよ。

 俺のこの、全く邪念(・・)のない子供のような“純粋な感嘆”を彼女ら、そして周囲の人たちに伝えるのだ。

 届け、この想い!

 

 そんな俺の言葉を聞いて、いつの間にか俺たち三人から距離をとっていた裏切り者の騎士ライアスさんはこう言った。


 「勇者だ……。ニシノくん、君は勇者だよ……。この収め方はさすがのあの人(子爵閣下)も想像していなかっただろうな……」


 そう言って、パチパチと拍手をする。

 実は彼女ら美少女二人のバトルをハラハラしながら見守っていた周囲の祭官の人や参拝客も、俺のあまりの所業に非難を通り越したのか、彼に同調して拍手をする。


 それは遠くからすっ飛んできたフィーが、プンスカと俺にお説教を始めるまで続いたのだった。



誰が何と言おうと、主人公の戦闘シーンです。


(おまけ)

エルロンドさん「ぷるぷる、ボクは悪い執事じゃないよ」

多分エルロンドさん視点にしたら愉快なことになる(・∀・)


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