第二十話:――簡易起動、”縁を運びし果ての運河”
メインストリートに出た俺達はそこで別れることにした。
どうやらヘルベラさんとボネットさんは友人関係だったらしく、これから二人で食事でも取ることにしたらしい。
「じゃあここらで。ヘルベラさん、落とし物届けてくれてありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず。また機会があったらうちの店にでも寄ってください」
「……そうですね。今日は二人を待たせてるんでまたそのうち」
さっきは色々あってショックで忘れてたが、彼女に俺のギフトのことを相談してみても良いかもしれないな。機会を見つけてそのうち再訪するか。
そんなことを考えつつも、まだ若干顔色の悪いボネットさんの方に顔を向ける。
「ボネットさんも今日は変なことに巻き込んじゃってすみません。俺ってこういう面倒事に時々巻き込まれちゃうんですよねえ……」
「えっ……」
俺がそう言うと、彼女は意表を突かれたように目を丸くして俺をじっと見つめてくる。
まあそうだよな……。
おっさんが空から降ってくる、みたいな謎現象が時々あるとか何言ってんだこいつって思うよね……。
日本刀が降ってこないだけこれでもマシなんだぜ。一昨年くらいに地元に帰った時の恐怖を思い出して一瞬ゲンナリとする。
ボネットさんは色々言いたそうな顔をしていたが一度ぐっと唇を引き結んだ後に口を開いた。
「……いえ、私のほうこそ大変ご迷惑をお掛けしました。それとありがとうございます。えっとあの……、そう、魔鳥の暴走から助けて頂いて」
「うん? ああ、気にしないでいいですよ。あれももっとスマートに解決できたら格好が付いたんでしょうけどねえ」
「ははは。私もあれを見た時は何の儀式をやっているのかと、内心ちょっと引いてしまったな」
「そうっすね……。我ながらヤバイ光景だったなあれは。じゃあまた」
そんな会話を交わしてペコリとお辞儀をするボネットさんを後ろに、俺はフィーとアーニィに席を取ってもらった料亭に向かった。
とび職のおっさん達にやっちまったことでむしゃくしゃしていたが、まーそれでもボネットさんの方は感謝してくれたようなので少し救われた気持ちになった。
五分ほど歩くと昼時なせいで大変に込み合っている目的の店についた。
店内に入ってきょろきょろと二人を探していると隅っこのほうでうちのちびっ子達が手を振っているのに気付く。
「お兄さん、おかえり~」
「ああ、ただいま」
二人のもとに辿り着くと、ハクヤとマシロが戻ってきていた。
『良い運動になったぜ』みたいな満足げな雰囲気を醸し出している。
あー、そういえば君たちはお散歩してたんだったね。
「やっと戻ってきたのか。ハクヤはともかくマシロは随分長かったな」
「ウキィー」
つぶらな瞳で俺を見つめるマシロ。
「……なんだって?」
「んっとねー。『長引いてしまい申し訳御座いませぬ。後顧の憂いは絶ちました』、みたいな感じ?」
「へ、へえ。たった三文字なのにやけに雄弁だな……。しかし後顧の憂いってそんなに欲求不満が溜まってたのか。言われてみればお前らにとっちゃ街って窮屈かもしれんなあ……」
うーん、何か考えとくか。
そのうち外にピクニックみたいな感じで散歩に行くのも良いかもしれない。
「って、ああそうだ。マシロにもお土産あったんだ。ほれこのチョーカー。付けてやるよ」
俺が懐からマシロ用に買ったチョーカーを取り出し付けてやると、結構嬉しそうにくねくねとモンキーダンスを踊っている。
……その踊りみてるとなんだかMPが減りそうだね。
*****
私はここ最近忙しかったせいで久しぶりに会ったベラに招かれ、彼女のお店で昼食を一緒に取っていた。
リーリエと私が本当に小さい頃からの幼馴染なら、ベラは霊廟の施設で開かれている幼年学校からの友人というやつで当時はよく三人で一緒に過ごしていたものだ。
極度の照れ性な癖に意思が強いリーリエ。
頭は良いけどおっちょこちょいなベラ。
しっかりしているようで時々妙に前が見えていないと神官の先生から評価されていた私。
三人それぞれ性格はバラバラで得意なことに好きなことも違ったけれど、中々に相性が良く、今でもその関係は続いている。
食べ終わった私がぼーっとしながら、ベラの使い魔のワール君が何やらよく分からない工作をしている(先端に穴が空いた変な形の短杖を組み立てているように見える)のを眺めているとベラが気遣うように声を掛けてきた。
「ボネット、大丈夫かい? 何だか沈んでいるように見えるけど。私で良かったら話を聞くよ?」
私は目を瞬かせると心配げなベラの顔を見る。
そうか、私は沈んでいるのか。
私は深々と溜息をついてから、懺悔するように話し始めた。
「うーん。さっきの男の人、うちのお客様のタカ様とちょっとね……。なんというかもう、本当にいたたまれないというか。自分で自分を信じられないというか。私がまさかこんなにひどい人間だったなんて、みたいな? もうイヤになっちゃうよ」
「……何だか思ったより重症みたいだな。何があったんだい?」
何があったか。それは簡単に説明できる。
私が彼にどう考えても行き過ぎな嫉妬を抱き、よりにもよって『魔鳥で怪我させて医療院送りにしよう』なんて犯罪そのものな行為を『何故か』名案だと思い込み、しかもそれを『躊躇なく』実行してしまったのだ。
本当に意味が分からない。
私は自分のためなら他人を躊躇なく傷つけられるような非道な人間だったのか。
これはもう直情的な性格なんて言葉で誤魔化せるような行為じゃない。
彼と話して寸前で自分がやっている愚かな行為に気付いた時には本当にもう愕然としてしまったのを覚えている。
それにきっとあの人は私がやってしまったことに気付いている。
あんなところに偶然『二頭走破鳥』がいるなんて常識的に考えてあり得ないし。
にも関わらず『変なことに巻き込んじゃってすみません』なんてすごく柔らかい声音で言ってくれた。
気付いていない振りをしてくれたのだ。
恐らく私がそう感じてしまうのは、昨日聞いた彼の能力も関わっているのだろう。
けれども感情を強く伝える力、ということはきっと彼は本心でそう気遣ってくれていたのだ。
どう考えても私が全部悪いのに、彼はきっと元を正せば自分が悪いと考えてフォローしてくれたんだろうなあ……。
そう、私がこくこくと告解するのを聞くと、ベラは眉をしかめて何かを考えながら口を開いた。
「私は長年の付き合いだしボネットのことはよく知っているけど。正直、君がそんなことを正気で考え実行したなんてとてもじゃないが思えないな……。ワール、聞いていただろう? お前はどう思う?」
「え?」
ベラが何を言おうとしているのか分からず、私は困惑してしまう。
【俺に聞かれても。ご主人たちは半分は精霊でも半分は人間なんだし、愚かな血が騒ぐこともあるんじゃねーっすか】
ワール君は心底どうでも良さげに、工作をしたままこちらに一切視線を向けない。
「こら、ワール。真剣に聞いてるんだ。ちょっとは考えてくれ」
【って言われてもねえ。ご主人はその名案とやらを知らず知らずの内に『誰かに吹き込まれた』んじゃないかって思ってるんでしょ? 妙な話だなーとは思いましたが、今はそのボットさんには何の異常もないですよ。綺麗さっぱりクリアです】
「ボットじゃない、ボネットだ。ワール、ちょっとは私以外の名前も覚えようよ……。しかしそうか。精神系の魔法にでも掛けられてたんじゃないかと思ったけど、それじゃあ証拠がないな。どうしたものかな……」
「え? え? ちょっと待って。ベラ、何の話をしているの? どういうこと?」
ベラとワール君の間でどんどん進んでいく話についていけない。
私が誰かに魔法で操られていたって言いたいの?
戸惑う私にベラは近寄ると、真剣な眼差しで私に尋ねてきた。
「ボネット。ゆっくりでいいから思い出してくれ。君がその名案を『思いついた』状況は覚えているかい? ワールでさえ何も感知できないほどクリアになっているならきっと思い出せるはずだ」
*****
昼食を食べた後に、俺達は予定通り『フロラ・コンコード大霊廟』に向かって歩き始めた。
今の時間帯は霊廟の方に向かう人の流れが大きいらしくさくさくと進むことが出来る。
進むにつれて俺は今までになく濃い花の香りが漂ってくることに気付いた。
といってもきつい香水のような香りではなく、もっと心地の良い、どこか荘厳ささえ感じるような不思議な香りだ。
今まできょろきょろしたりはしゃいでいたりしていた双子も心なし大人しくなっている。
俺の視線に気付いたか、二人はこっちを見て口を開いた。
「えへへ。ここってもう、そのフロラさんって精霊の領域だね。もうちょっとで霊廟って所に着くんじゃないかな」
「これがよそのお家にお邪魔するって感覚なのかなあ。うーん新感覚」
「精霊特有の感覚ってことか。……あれ? フロラ様って人、その領域とやらがあるってことはここにいるのか? 星の海とやらに帰ってるのかと思っていたが」
「どうだろ。私たちが『識っている』フロラさんのそれにしては薄い気がするけど。本人はお兄さんの想像通りここにはいないかも?」
「役目を終えた残滓、みたいなのが残ってるだけかもしれないね。僕たちみたいな精霊っていろんな条件が上手いこと揃わないとこっちに出てこれないしそう考えたほうが自然かなあ」
「へーそうなのか。フィーとアーニィもその条件とやらが揃ったから今ここにいるってことなのか?」
「うん。えへへ、私たちも実は色々面倒なのですよ、お兄さん」
そう言って俺の左手を笑顔できゅっと握ってきたフィーの手を握り返してやる。
うーん、なんだか誤魔化されたような、そうでもないような。
そんなことを考えていると突然前方の視界が開けて、たくさんの花で彩られたアーチ状の門が見えてきた。その奥には花畑に囲まれた道がぐねぐねと伸びていて、ここから窺えるだけでもかなりの敷地面積を誇るだろうことが予想できる。
周囲の観光に訪れたと思しき人たちと同様に、俺達も思わず立ち止まって感嘆の声を漏らしてしまう。
「おーこれはすごい」
「うんうん。これが花の街、かあ。立ち去った後もこんなに大事にしてもらえるなんて素敵かも」
「だね。というか中凄い広いね。本人いない筈なのにまだその力が少しは残ってるって、ここの人たちがすごい頑張ってるのかな」
俺とは見ている視点が微妙に違う二人の声を聞きながら、俺も街のど真ん中にあるとは思えないほどの光景だなー、なんて考えているとふと思いついたことがあった。
霊廟を取り囲む石組みを観察すると、よく手入れされて入るが街に使われている建材のそれよりも若干古そうな印象を受ける。もしかしたら、ここを中心にこの街は出来上がったのかもしれない。
なんて考察しながら、再び歩きだし俺達は門をくぐった。
門から伸びる一番大きい道の先には本殿らしき建物が遠くに見えていて、またいくつかの道の先にも何らかの施設が建てられている。
花畑の中ではフィーやアーニィくらいの年頃の子供が走り回っていて、不思議な事に彼らが踏みつけた花々は僅かな燐光と共にすぐに再生していくのが分かる。
うーん、さすがは二人が言うところの『花の大精霊の領域』といったところか。ファンタジーな感じである。
空気も非常に清涼で、雪月花やヘルベラさんの店の空調の原型にして強化版がこの場にはあるのかもしれない。
フィーやアーニィも何かしらの影響を受けているのか、二人が纏う燐光はいつもよりもその光量を増していて明るい表情を浮かべている。
一方、白いの二匹はというと嫌そうに花を避けて心なしかいつもより俺の近くにいるような気がする。なんだろう……、見た目のせいでつい忘れそうになるけど一応魔獣らしいから相性悪いとかあるんだろうか。
「しかし本当に広いなー。本殿見に行くのも一苦労だ。三十分くらいは掛かりそうだなあ」
俺がそう零すと、フィーが仕方ないなあという顔でこっちを振り返った。
「近道する? この中なら出来ないこともないよ?」
「近道? そんなこと出来るのか?」
「うん。フロラさんの結界を少しだけ借りてね。ここは厳密には実世界じゃないから魔力をちょっとイジったら、結構簡単に出来るよ。多分五分くらいで着くと思うけど」
「えっ、なにそれすごい……。魔法ってそんなこともできるのか。でも怒られないのかな」
「大丈夫じゃないかなあ。別に結界そのものをどうこうするわけじゃないし」
「ふむ。それならいいか。面白そうだし頼む」
「はーい」
俺達はフィーを中心にして道の隅っこの方に寄る。
フィーは詠唱のような文言を発する。
『――天の精霊の一柱、ファラ・プリム。ここにその権能の一端を示す』
小さく彼女がそう呟いた瞬間に、世界が静止する。
俺達以外の周囲の光景がまるで分厚いガラスの向こう側から覗いているように蒼く染まり、風に乗ってとんできていた花びらが空中でピタリと動かなくなる。
……え、ちょっとまって。想像以上なんだけど。
『――界を構成する概念よ。我に従い流転せよ』
フィーの放つ燐光が強くなる。
彼女が伸ばした手の先に直系十センチくらいのプリズムみたいに光り輝く水玉が浮かび上がりドクンドクンと鼓動する。
すると四方の空間に波紋が生じそれが急速に広がっていく。
『――因を溶かして、縁を固める』
波紋に触れた外の世界がまるで氷が水に変わるかのように溶け崩れて消えていく。
同時に周囲に濃いモヤが立ち込めて、遠くに見える本殿以外の何もかもが見えなくなる。
『――簡易起動、”縁を運びし果ての運河”』
フィーが魔法名らしき言葉を宣告すると、俺達がいる場所と本殿の間に『運河』が現出した。
青く凍りつく本殿の前には光を放つ扉のようなものがそびえ立っていて、多分そこが出口なのだろう。
……いやいやいや。
多分俺は今かなり間抜けな表情をしていることだろう。
フィーがニコニコしながら俺を見る。
「じゃ、後はこの河の上を歩いていけばすぐ着くよ」
えっ、今の現象に対する説明はないんですか。
アーニィも何も不思議だと思っていないかのようにさっさと行こうとしているし、ハクヤとマシロもやけに人間臭い溜息をついた後は諦めたようにアーニィについていこうとしている。
……俺だけかよ、受け容れきれてないのは。
「あのーフィーさん?」
「なに? あ、濡れちゃわないか心配? 大丈夫、これほんとの水じゃないし深そうに見えるけど足首くらいのところに足場があるから。うーんそうだなあ。お兄さんの知ってる言葉でいうと『うごくほどう』ってやつ?」
「へーそうなんだー、じゃなくって! これって本当に簡単なことなのか? 見た目、超絶スペクタクル映像だったんだけど」
「んー難しくはないかなあ。だって使いやすい材料が側にたくさんあるから、私自身の魔力はそれほど使ってないし」
「そ、そうなんですか……。朝のアーニィの鼓動探知魔法見た時から薄っすらと思ってたけど、フィーとアーニィって実はかなりすごかったりするんだろうか……。まあ、ありがとう」
「えへへ、どういたしましてっ」
思考を放棄した俺は恐る恐る運河に足を踏み入れてみる。
水というよりは綿みたいな感触だ。さわさわと冷たいような温かいような不思議な流れが足に触れる。
下で何か巨大なものが動いている感じがあり、前方遠くに見えていた本殿がすごい速さで近づいてくる。
なるほど、確かにこれは早い。
フィーが言った通り五分位で光り輝く扉の前に辿り着いた。
「こ、これをくぐればいいのか?」
「うんうん」
「はやくいこー」
フィーとアーニィの声に押されて、目を瞑りながらその扉をくぐる。
日の光、花の香りが乗った風を感じて目を開くと、目の前には確かに本殿があった。
本当に着いてしまった……。すげえな異世界。
後ろを振り返ってみると先程通ってきた扉や運河は既にどこにもなく、ただ沢山の人の流れがあるだけだった。
「中々の衝撃体験だった……。まあ最初の驚きさえ乗り越えたら結構面白い体験ではあったけど」
「そんなに大したことじゃないと思うけど喜んでもらえてよかったー」
「むー、僕も今度何かしようかな……」
「いや、無理に何かしなくてもいいよ……」
俺達がやっと辿り着いた本殿そっちのけで話していると、背後から声を掛けられた。
「あれ……? タカ様ですか? これは奇遇ですね」
「え? あ、本当ですね。私は朝ぶりです」
振り返るとそこには見覚えのある人が三人いた。
サーシャさん、リーリエさん、それにライアスさんだ。
サーシャさんは純粋に驚きつつも笑顔で、リーリエさんはどこかほっとしたように、そしてライアスさんは少し目を細めて訝しげに。
これは本当に偶然だな。
この街の、まだ数少ない知人とこんな所で会えるとは。
唐突にどうでもいいことで披露される大魔術。




