第十七話:ほら、お客様も困ってるじゃない!
さてやってまいりましたのは『フロラ参道』。
なんでもここは『山吹一本道』と俗に呼ばれている通りらしい。
観光客が多いらしいピュリアの街では結構あちこちで土産物屋は見かけるのだが、聞いた話だとここは特にそういう店が集中している区画のようだ。
正式名が参道というだけあって、この通りは概ね日本の寺社仏閣の門前通りに近い雰囲気で長い長い一本道の両側に多種多様な店舗が軒を連ねている。
花人じゃない人間も結構いて大賑わいだ。門が閉まってて帰れないから仕方なく街を散策しているのかもしれないな。
そして、この先を歩いていったら『フロラ・コンコード大霊廟』なる宗教施設に辿り着くらしい。
名前からして恐らくは昨日リーリエさんから話を聞いた『花の大精霊フロラ様』を祀る場所なんだろうな。
そんな祖霊を祀る霊廟に通じる、神聖なはずの通りに『山吹一本道』なんて欲にまみれた俗称をつけるネーミングセンスは中々のものだと思う。
良く言えば神さまに対してフレンドリー、悪く言えば不敬モノ!って感じである。
でもまあもしかしたらフィーやアーニィを見ている限り精霊っていうのはお気楽な種族のようだし、フロラ様って方も細かいことは特に気にしない方なのかもしれない。
……うん?
ふと思ったが、フィーやアーニィはそのフロラ様って人と知り合いだったりしないんだろうか。
精霊の寿命はよく分からないが、まだ生きていそうなそんなイメージがある。
聞いてみようか。
「なあ、二人ってもしかしてフロラ様って人、知ってたりするのか? 花の大精霊らしいんだが」
俺がそう尋ねると、辺りを興味津々にキョロキョロと見回していた二人は顔を見合わせると『うん』と頷いてきた。
「直接お話したことはないんだけどね。でも僕達もその人が『いる』ことは知ってるよ」
「うん? 何だか思わせぶりだな。どういうことだ?」
「んー。ニンゲンのお兄さんにはちょっと実感しにくい話だと思うんだけどね。私たちがいた『精霊界』ってところは別名『星の海』とも呼ぶんだけど、そこでは『自分』と『みんな』の境目がすごく薄いの。ううん、もちろん私たちはちゃんと『自分』を持ってるんだけど、それは『自分』であって『自分』じゃないというか。なんというか全体として大きな流れみたいなのがあってそれの一部って感じ、と言えばいいのかなあ」
「そうだなあ。だから僕たちはそのフロラさんを知ってるともいえるし知らないともいえる……、みたいな? 僕とねーさんみたいに、特別な魂の繋がりがないとお話も出来ない場所だから『どんな存在か』は知ってるけど『どんな人柄なのか』は知らないんだよね」
「ふむ。分かったようなそうでもないような。うーん、ぐるぐるかき混ぜてる水の中に細かい砂放り込んで、端から眺めてたら一緒くたに見えるけど、ほっとけば沈殿するからちゃんと形は残ってる、みたいな話でいいのか?」
「おー、近いかも? 何だか世界のお話がすごく雑な感じにちっちゃくなっちゃった気はするけど」
そう言って明るく笑うフィーに俺も肩をすくめる。
我ながら変な例えだったかもしれない。
そんなことを話しながら歩いていると、ちょっとした小物を色々と売っている店が目についた。
そう言えばフィーやアーニィに何か埋め合わせをしようとか思っていた気がするな。
通訳のお礼も兼ねて何か買ってやるのもいいかもしれない。
「フィー、アーニィ、それにハクヤ。あの店に入ってみよう」
俺はそう声を掛けると、木材扉を開けてその店の中に足を進めた。
「いらっしゃいませー」
俺達が中に入ると、この店の店員らしき男性と女性が奥のカウンターからよく通る声で挨拶をしてきた。
両人とも花人である。赤とピンクの花だ。もう何の花か分かんねえな。
そう思いながらも、彼らにぺこりと会釈を返す。それから店内を見渡してみる。
通りに面する壁に嵌め込まれた小窓から見えた通り、そこそこ広い店内の中には髪飾りやネックレス、指輪など様々な小物が陳列されていた。
デザインも結構よくて値段もそこそこな、手頃な感じである。
俺達以外の客はいなかったが恐らくはたまたまだろう。
品揃えの豊富さを見るに別に儲かっていないというわけでもなさそうだし。
「わあ! かわいい! ね、アグニ、見にいこ!」
「ちょ、引っ張らないでよ~」
そう言って二人は早速、店内の探索に向かう。
そんな双子を欠伸をしているハクヤと一緒に見送ってから、俺も品定めを開始することにした。
さて、二人には何が似合うだろうか。
正直なところ、割りと何でも似合う気はするのだが、それでも真面目に選んでやりたいと思う。
二人がいなかったらきっと、今ほど楽しい気分では過ごせていなかっただろうし。
そんなことを考えながら、あれでもないこれでもないと悩んでいると俺のもとにニコニコと営業スマイルを浮かべている男性店員が歩み寄ってきた。
「お悩みのようですね。何をお探しですか? 宜しければお手伝い致しますが」
「あの二人に似合いそうな小物がないかな、と――」
そこまで言ってから、花柄の模様が描かれた布製の首輪が目に止まり少し考える。
そうだな、ハクヤとマシロにも買ってやるか。
こいつらも出会いこそアレだったけど今となっちゃ割りと親しみも沸いてるし。
マシロは今、散歩してるらしいけど。
「あと首輪を二つ、ですね。こいつに合うやつと、あとこのくらいのサイズの物、ありますか?」
「わかりました。そうですね……。ああっ! お客様は実に運がいい! そういえば先日入荷したばかりのものがありました! 表にはまだ出してない物で是非オススメしたいものがありますので、カウンターの方でちょっとだけ、ちょっとだけお待ち下さい。すぐに取って参りますので!」
「は、はあ。そんなのがあるんですか」
なんだかテンション高いなこの人。
しかしそう言われるとなんだかお得感があって聞いてみたくなる。
俺とハクヤは言われたとおり、これまたニコニコとしている女性店員がいるカウンターに向かった。
暫く待っていると、男性店員が幾つかの品を抱えて奥から出てきた。
…………。
首輪はわかる。髪飾りや小ぶりの帽子もわかる。俺が頼んだからな。
しかしなんでこの人は『ケープ』と『ジャケット』を一着ずつ、持ってきているんだ?
それ服じゃないの? どう見ても小物じゃないよね。確かに手縫いの刺繍が高級感出てて良い感じだけどさあ。大体、小物店のくせになんでそんなもの入荷してるんだよ。
俺が訝しげに見つめていると、そんな俺を完全にスルーしながら男性店員が話し始めた。
フィーとアーニィもこちらに気付いたようでテケテケと近寄ってくる。
「さてお客様。今回、オススメしたいのはコチラの上着とアクセサリーで御座います」
「ちょっとまって、ケビン! なんで上着なんか持ってきてしまったの? それにそんなものいつ入荷しちゃったの? ほら、お客様も困ってるじゃない!」
うっわ、びっくりしたー……。
こっちの女の人も急にペラペラと喋るなよ。
しかしいいぞ、もっと言ってやれ。
俺が彼女の発言に同意するようにうんうんと頷いていると、
「いや話を聞いてくれ、アンナ! 君に黙って入荷したのは悪かった! しかしこれには理由があるんだ! このアクセサリーとケープは、なんと二つ合わせることで『特別な魔法効果』を発動するようになっているんだ! 小物というのは確かにオシャレのための物だ、しかし! それに実用性まで付いてしまったら、もう最強だと思わないか!」
「ええ!? 『特別な魔法効果』!? 嘘でしょ、魔法効果を刻めるのは、防具みたいな面積のある金属製品だけだと思っていたわ! 確かにそれならケビンが勧めたくなる気持ちも分かっちゃう!」
特別な……魔法効果……、だと?
やばい、明らかにバカバカしい茶番が繰り広げられているのに『魔法の品』と聞いて興味が沸いてきてしまった。
フィーとアーニィも俺の横で『おー、ほんとーだ。何か付いてるねこれ。おもしろーい』と楽しそうにしている。
そんな俺達の様子を見て取ったケビンは、それらをカウンターの上に置くとおもむろに商品説明を始める。
「まずはデザインから説明しようか。ほらアンナ、こっちのケープと髪飾りは水色のお嬢さんに実によく似合うと思わないかい?」
「もう、ケビン。焦らしてくるわね。でもそうね。確かにこの私たちの街らしい、花柄の刺繍が施されたケープと蝶の髪飾りは小さなお嬢様の愛らしさを存分に引き立ててくれると、私も思うわ。やだ、想像してみたらもうたまらないわ! きっと私だけじゃなくて『こちらのお客様もお嬢様の魅力にメロメロに』なってしまうこと間違いなしね!」
「そうだろうそうだろう。それにこっちの帽子とジャケット! 僕は赤髪の少年に勧めるならもうこれしかないッ、というくらいバッチリ合うはずだと確信している! 少年の優しい印象は残しつつも、彼の凛々しさを引き立てるような小ぶりのシルクハット! これはもう『一段大人の階段を上った』姿に見えてしまうに違いない!」
そんなケビンとアンナの言葉に、二人は『えへへ……』とか『そ、そう……かな?』とか言って照れていた。
二人の照れる姿は確かに愛らしく、思わず『もうそれ買います』と言ってしまいそうになる。
……いやいやいやいや、落ち着け落ち着け。
こんな風に流されて買っても、絶対にろくなことにならないって。
後で冷静になって後悔するパターンに違いない。
大体こんなテレビ通販みたいなトークで買ってしまったら、何だか負けた気がするじゃないか。
俺が内心で必死に理性と感情を戦わせていると、更なる追加攻撃がやってきた。
「もう、デザインだけでもこれ以上はないというくらい素晴らしいものだと、僕は思うんだけれども。でもこの商品の魅力はそれだけじゃ、まだ半分しか説明できていない。さあ、ここで話を元に戻して『特別な』魔法効果について語らせてもらおうじゃないか」
「よっ、待ってました! ケビン、早く教えてちょうだい!」
「こちらの上着。いずれも『帝王蚕』の糸で編まれたものだから、もともと防刃性能が高く着心地も最高なんだけどね」
「え、ストップよ、ケビン! あなた、今さらっと言ったけど『帝王蚕』ってあの準ニ級指定のモンスターでいいのよね? もうそれだけでびっくりだわ! 『滅多に市場に出回らない』やつじゃない!」
何だかよく分からないが凄い素材で出来ているらしい。
帝王って名前からして強そうだしな。うーん、滅多に出回らないのかあ……。
どうしようかなあ……。多分金はあるんだよなあ……。下手に買えてしまえるせいで余計に悩ましい。
「ああ、実はそうなんだ……。もしこの機会を逃したら『もう二度と仕入れられない』と思ってしまった。でもこんな良い品は是非とも自分たちの手でお客様にご購入いただき、喜んでいただきたいじゃないか。僕はそんな『一商売人としての想い』に捕われてしまったんだ。ああ、すまないアンナ。君に黙ってこんなことをしてしまって」
「いいのよ、ケビン……。きっと私も同じことをしたでしょうから、気にしないで……!」
「アンナ! 僕は君と商売が出来て本当に幸せだよ!」
そして何でこの二人は、勝手にクライマックスシーンをやっているのだろう……。
でもテレビがないこの世界じゃこのくらいエンタメ性があったほうがいいのかもしれないな。
――だってほら、双子が目をウルウルさせて、ケビンとアンナさんを見つめているし。
ケビンは一度咳払いをすると、話を続けた。
「……さて、そんな上着だけれども。これには『上位守護障壁』と『大気操作』の魔法が付与されることで更に性能がアップしているんだよ! 魔鋼製の鎧と同等の防御性能を維持しながらも、異次元の着心地の良さ。暑い時は涼しく寒い時は熱を逃がさない。しかもオシャレ。もうケチの付けようがないと思わないかい?」
「な、なんですって……。そんな服がこの世に存在してしまっていいの? 信じられないわ!」
「信じられないのも当然だよ。なにせこの服とアクセサリーにはつい最近、開発されたばかりの『新技術』が使われているんだからね。その『新技術』のお陰で布の服に魔法効果が付与できているんだ」
新技術……。
アンナさんは恐る恐るケビンに尋ねた。
「それはどんなものか、聞いてもいいのかしら?」
「もちろんだとも。自分が身につける物への理解はあればあるだけ愛着につながるからね。『導線式魔法陣構築法』と『共鳴型魔法陣』がアクセサリーと上着にそれぞれ使われているんだよ。従来の方式だと金属プレートに溝を彫ることでしか魔法効果を付与できなかった。だけど『とある工房』で導線を使って魔法陣を象ることで魔法効果を得る技法が開発されたんだ。それだけだと従来式より効果が落ちてしまうから増幅用の共鳴型魔法陣を組み合わせた、ということらしいよ」
「……ごめんなさい、ケビン。どうやら私には難しかったようだわ。でもなんだか凄い技術が使われているということは分かった! 本当に素晴らしい商品なのね!」
アンナさんには難しかったらしい。
しかしなるほどな。魔道具って仕組み自体は電気製品と似たようなものらしい。
分かりやすくて助かる。なら灯りなんかの使用感が似ているのも当然か。
俺が感心していると、アンナさんがいよいよ本題に入った。
「でも……、そこまで凄い商品なら、きっとお高いんでしょう?」
アンナさんがごくりと唾を飲み込む。俺もごくりと唾を飲み込む。
そうだよ、それが一番肝心なところだ。
いくら金はそこそこあると言っても、無駄使いをしまくる訳にはいかない。
「お客様もアンナもやはり、値段が気になるみたいだね。今回の商品、『ケープと髪飾り』、『ジャケットとシルクハット』、ペット用の首輪二つ。うーん、これだけじゃサービスが足りないかな。よし、お客様、同じく『帝王蚕』の糸で出来たこちらの成人男性向けのジャケットも付けようじゃないか。エンチャントこそ施されていないが、先程説明した通り基本性能は保証できる! しめてこれで……金貨100枚でどうだい!」
「ええ、太っ腹! それに『たった』金貨100枚でいいの!? すごく安いわ!」
安くねえよっ!!!
金貨1枚が大体1万円くらいらしいじゃないか。どんな金銭感覚してるんだこの人。
雪月花の一ヶ月分の宿代が大体金貨30枚だってことを考えればどれだけヤバイかがよく分かる。
一着50万円の服。
いや、確かに今の俺なら買えてしまうけど流石にこの値段はないわ。
セットで付けてくれるらしいジャケットを着てみたいのは事実だがちょっとなあ。
というか、なんで『小物屋』なのにジャケットの予備まで置いてあるんだろう……。
なんだかテレビ通販の番組に横合いから殴り込むようで気が引けたが、俺が口を挟もうとした時、
「でもケビン。本当に『うちじゃないと買えない』くらい安いと思うけど……。もう少しまからないの?」
アンナさんがそう言うと、ケビンはハハッとどこか遠い目をしながらゆっくりと口を開いた。
「実はね、アンナ。僕はこの商品を仕入れる時、あまりにも自分の手で売りたくて『自分の貯金を切り崩して』仕入れてしまったんだよ……。流石に僕が使える店の予算だけでは足りなくてね……。もしこの値段で売れないなら僕は……、あの悪名高い『金貸しの街マーネイ』に行かないといけなくなる……」
「ケビン、あなた何てことを……! いいえいいえ、その時は私も一緒よ。あなたと一緒なら私はどんな地獄だって付いていくわ」
なぜかまた茶番が始まった。おい、それ本当のことなんだろうな。
まさか適当に言ってないよね?
俺の内心は疑惑でいっぱいだったが、純真無垢なフィーとアーニィはそんな俺と店員さん達の間でオロオロと何度も視線を往復させている。
くそっ、ここで断るとまるで俺が人でなしみたいになるぞ。
こいつらやりおるわ。
はあ、仕方ないなあ。
ここはきっと、俺の懐具合を見抜かれた点、思わず話に聞き入ってしまった点、そして確かに『欲しい』と思ってしまった計三点を持って負けを認めるしかないようだな……。
商会の礼金は金貨1000枚。その十分の一だけど出してやるか。
この世界の人の逞しさを知れた勉強代としては悪くない……と思いたい。
――しかし『意趣返し』くらいはさせてもらうぞ!
俺はカウンターのかなり奥にある帳簿らしき紙束を目を細めて見つめながら、二人に向かって口を開く。
「分かりました、分かりましたよ。俺の負けです。その値段で買わせてもらいましょう。『カイン』さんに、『アーニャ』さん」
俺が出した『人名』に、初めて呆然とした様子で口をパクパクさせている二人に溜飲を下げる。
ふふふ、俺の視力は2.0を超えているのだ。
視力検査というものは通常2.0までしか測れないのだが、俺はそれを常にフルコンプしている男である。
まさかこの地味な特技が役に立つ日が来るとはね。
*****
その日の朝、ピュリアの街を治める私、『アルストロ・フロラ・ピュリア』は領主邸の窓より街の光景を眺めつつ、顎に手をやって思索に耽っていた。
いつもと変わらず観光客で賑わいを見せる街では、そこかしこで人間族と我らが同胞が交流を深める様が見て取れる。
重畳、実に重畳だ。我らのような『希少種族』がこの先も差別を受けることなく生き抜くには、この国の大多数を占める人間族との『市井レベル』からの友好関係が非常に重要だと私は考える。
その施策の副産物としてこの街の民が潤うのならば、それは更に喜ばしいことである。
それは良い。それは良いのだが、どうやら今、我が街ではその平穏を乱す邪な企みが進行しているらしい。
私は昨日の『グリムガルの爺の孫娘』との会談に思いを馳せる。
そう、確か彼女とはあんなことを話したのだったか。
◇◆
【昨日の昼過ぎ ピュリア領主邸にて】
「サーシャ嬢、先ずは無事を祝わせて頂きましょう。街道での出来事は聞き及びました。本当に無事で喜ばしい。それに申し訳ないことをしました。私が管轄するこの街とその周辺でそのような輩の跳梁を許すとはどうやら私も耄碌してきたらしい。今回のことを知られたら君の祖父からも何を言われることやら、さてさて今から恐ろしいことです」
私は領主邸の応接室でサーシャ嬢と二人きりになりながらそう切り出した。
外には彼女の護衛、そして私の私兵を展開させ、蟻の子一匹通さぬ厳戒態勢を敷いている。
『優れた魔法の資質を持つ』我らが同胞達の力で、いまこの屋敷は魔術的にも一切の諜報を許さぬ城塞と化している。
「いえ、子爵閣下。今回の件は貴方の落ち度ではございません。恐らくは我らの方に手抜かりがあったのです。今回の私の『敵』は恐ろしく用意周到です。準備にも相当な時間を掛けたことでしょう。それに何よりこの計画は『私がこの街に来るよう誘導できなければ』そもそも所定の成果を得られない。つまりは商会の内部に敵との内通者がいるのです」
「なるほど。商会の内部もややこしいことになっていそうですな。全く君の祖父は一体何を考えていることやら。――ときにサーシャ嬢。いくら君がそう言ってくれようとやはりこの私に全く責任がないとはいえないだろう。私にはいつでも君を我が館で保護する用意がある。君の護衛がヘルムより到着するまでこのままここで時を稼ぐのはどうかね」
「大変ありがたい申し出です。閣下のお気遣いには感謝の念がたえません。しかし私は『今が敵を捉える好機だ』とも愚考するのです。『私が無防備な』今日から明後日にかけては、敵にとってもまた最後のチャンスであるはず。また『敵の焦り』を引き出すことも可能でしょう。ここは私自身を囮として活用すべきだ、とそう考えます」
「ふむ。実に大胆なことだな。しかし君の決意と勇気には敬意を表しよう」
そう言いながらも、私はそこで微かに違和感を覚える。
真剣な表情の彼女をさり気なく観察する。視線の運び方、魔力の変動、表情の変化、僅かな動作。
全てを捉え、彼女の内心を推察する。
何を彼女は焦っている。いや『怒っている』のか。
有効な手法であることは認めるが、それには大きなリスクが付き纏う。
それが分からぬ彼女ではなかろうに。
とはいえ若者の無謀を見守り手を差し伸べるのもまた人生の先達である私がなすべきことでもあるか。
それに彼女には利用するつもりはないだろうが、確かに私は『グリムガル商会』に対して借りができてしまっている。
利害の面から考えても、彼女に助力するのは私にとっても望ましい展開だ。
「よし、分かった。私は君に全面的に協力しよう。必要とあらばライアスも使ってくれて構わない。――それにここに来たということは君には何か腹案があるのだろう?」
「ふふふ、はい。閣下は本当に話が早くて助かります」
そう言って彼女はにこやかに微笑んだ。
彼女の祖父の人を食った笑いを一瞬幻視する。
なるほど。確かに彼女はあいつの孫だ。
タイプは違うが正しく、強き意志を持って人を動かし導く器量を備えている。
一瞬、リーリエと比較してしまいそうになるがあの子にはあの子の良さがある。
それを安易に比べることはサーシャ嬢にも我が娘にも礼を失した行為か。
「決行は明後日の夕刻。その時分に私は敵を『ある場所』に誘導します。今日明日はそのための仕込みを行います。子爵閣下には彼らを捕らえるための戦力をお貸しいただきたく。身勝手を言って大変申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いいたします」
「くくく、フハハハハ!」
私は大笑する。面白い、実に面白い。
この小娘は『誘導する』と言い切ったか。今まで影も形も捉えられなかった巧妙かつ繊細な敵手を。
大胆この上なく、無謀で愚かでどんな要因で失敗するかも分からない。
そんな腹案とも呼べぬ腹案を出してきたことに心の底から愉悦を感じてしまう。
「もちろんだとも、若人よ。ピュリア子爵、アルストロは君を全力でバックアップする。私も君の『腹案』が功を奏することを我らが祖霊『フロラ様』に祈ろうではないか」
「ふふふ。お任せあれ。必ずや成果をご覧に入れてみせましょう」
彼女は私の期待を受け流し、楚々とした笑みを浮かべた。
◇◆
私が昨日の出来事を回想していると、扉がノックされる音がした。
「入れ。何用だ」
「はっ」
そう言って姿を現したのは私の執事を務める人間族の男エルロンド。
老境の身なれど、執政の助手としても護衛としても有能な男だ。
「ライアス様より報告を受けた『魔物使い』に関して現状で収集できた情報を報告致します」
「件の者の名は『ニシノ・タカ……テル』。発声そのものが難しく、非常に珍しい名前です。文献を当たりましたが、王国内に該当する『名付け』を行う地域は存在しません。恐らくは国外から流れてきたものかと」
「ふむ。異邦の者か」
「はい。しかしながら彼の者の身分は『グリムガル商会』に王家より預けられた『上位貴族特権』により一昨日の段階で速やかに『王国民』として保証されており、下手に手を出せば『グリムガル商会』とのトラブルは避けられないでしょう」
「ははは、流石に手が早いな。恐らくはレオポルド氏の手回しだろうな、それは」
「はい。それと彼が使役する魔物……。失礼、精霊ですが、これまた規格外と言わざるを得ません。二体の純粋精霊は間違いなく上位精霊級の力を持っています。その権能は未だ明確ではありませんが、近距離から観測したところ、常に『概念結界』を身に纏っていることが確認されています。その影響は彼らの主にも波及しており、ただの人間である主に強大な『魔法抵抗力』と『状態耐性』、『賦活能力』を与えていると推察されます。他に二頭の小型の『白い獣』を連れていることが確認されていますが、これほどの人物です。恐らくは『見た目通り』の獣ではないかと」
「……大規模な二級盗賊団を一蹴した、とはグリムガル商会から聞いたが。どうやら予想を遥かに上回る強者のようだな」
「そうですね。また今まで観察した限りでは『事件』に関与しようとする気配は見受けられず。不可解なことにグリムガル商会も彼の者と連絡を取っていないようですね。あとここからが本題なのですが……。どうやら彼の者は『雪月花』に宿泊しているようなのです。またリーリエお嬢様もどうやら親しく会話をする間柄になっているとか」
「なに? あのリーリエが?」
私は意外な情報に驚くと、しばし思考を巡らせる。
これは……『使える』かもしれないな。
どういうわけかグリムガル商会はその『魔物使い』を事件に関与させたくないようだ。
しかし一方、彼の身分をその特権でもって保証している。
一体彼らは何をしたいのか。
まさか『恩を感じて』なんて甘っちょろい理由ではないだろう。
彼を味方につければ間違いなく『彼女の腹案』の成功率も増すというのに。
……いやあり得るか?
権力を握っているのがレオポルド氏ならともかく、サーシャ嬢ならやりかねない。
時々悪ぶってみせはするが、彼女は本質的に『善』の人間だ。
少し揺さぶりを掛けてみるか。
ふふふ、なに『女同士の付き合い』というやつだ。
サーシャ嬢が煮え切らないというのであれば、私が後押しをするまでのこと。
それが『バックアップ』を請け負った私がなすべきことでもあるだろう。
それに私は一人の親としてもリーリエを心配している。
そろそろあの子も、見る世界を広げて『友達』を増やすべきだ。
「エルロンド。雪月花に使いを送ってリーリエを呼び出せ。そうだな……。リーリエにはサーシャ嬢の護衛を勤めてもらうことにしよう。あの子の『ピュリア家の血』と『類まれなる魔法力』はきっと役に立つはずだ」
「はっ。了解しました。直ちに使いを送ります」
エルロンドが退出する音を聞きながら、私は目をつぶり『フロラ様』に祈りを捧げる。
まだまだ未熟なあの子達に祝福あれ。
何卒、この『おせっかい』がより良き関係を導きますよう、私は心より祈りを捧げます。
*****
俺達はせっかくなので購入した服を羽織りつつ、『山吹一本道』を歩いていた。
二人と一匹は実に嬉しそうにしていて、高い金を出して買った甲斐がある。
(ちなみに、現金は流石に無かったのでグリムガル商会から貰った小切手で支払った)
フィーなんてクルクル回りながら飛び跳ねていた。
ハクヤも心なし上機嫌になり、尻尾を盛んに振りながらテケテケと歩いている。
さて、思わぬ寄り道をしてしまったが今度こそ『目的の店』に向かうとしよう。
『目的の店』というのはもちろん『魔法の杖』を売っている店のことだ。
しばらく歩いていると、花冠で縁取られた中に二本のワンドがクロスしている看板を見つけることが出来た。
――チリン。
これまた木製のドアを押し開くと、涼やかな鈴の音が聞こえてきた。
中は独特な匂いが漂っていて、なんだか心が落ち着いてくる。
雪月花の『香調』を思い出す。
俺達が泊まっている宿と同じような魔法が施されているのかもしれない。
そんなことを考えていると、のんびりとした声が聞こえてきた。
「いらっしゃい~」
店の奥に視線を向けると、如何にも魔法使い然とした黒のローブを羽織った少女が座っていた。
腰には杖を指している。頭には赤いガーベラ……でいいのか? それが生えていた。
「おお」
俺は少し感動してしまう。
そうだよ、これだよ。俺はこれが見たかったんだ。
「な、なんだか照れるな。そんなシゲシゲ見ないでくれたまえ」
その小柄な少女は、俺が思わずギフトを乗せて零してしまった一言に顔を赤らめつつそんなことを言ってきた。
そんな彼女に『いや、すいません』と誤魔化し笑いを浮かべつつ、俺はワクワクを抑えきれない。
――さて、ついにこの時が来たかッ!
俺が魔法を自分で使ってみせる瞬間の到来だ。
そう、俺はこれからファンタジー世界の登場人物の仲間入りを果たすのだッ!
俺のテンションはまさにこの時、最高潮だった。
ノリノリで買い物シーン書いてたら遅れそうになりました。まさかの一万字超え。
*ブクマ、なんだか二度見してしまうくらい増えてました。ありがとうございます!