第十二話:最善を尽くし、いつも通り覚悟を決めるだけだ
フィーの追求を必死になって誤魔化しているアーニィ。
言い合いをしていてもどこか微笑ましい双子の様子を、俺は白狼と白猿を撫でながら眺めていた。
この二匹の獣、もともと野良の獣だったとは思えないほど毛並みがよく、触っていて飽きがこない。
特に、白狼の二本の尻尾のうち、『仄かに輝いてる方の尻尾』は手がどんどん埋もれていくほど柔らかくそれでいて確かに何かに触れている実感があり、さらには体温とは違う、何か不思議な『温もり』や『鼓動』のようなものまで感じられる。
うーん、なんかこう『生命の根源』に触れているような感じ……、ってたかが尻尾を触っているだけで俺は何を大げさな例えをしているんだ。
俺ってこんなに動物を撫でるの好きだったっけ? まあいいか。
『クゥ~ン』『ウキィ~』とすっかりふにゃふにゃになっている二匹と、興奮しているせいかいつもよりも更にキラキラと燐光を振りまいている双子は確かに愛らしく、道行く人々も好意の視線を向けてきていた。
そうだな、ちょうど良いし今こいつらの名前を決めてしまうか。
可愛らしく腰に手を当ててプンスカしているフィーと、さっきから実は必死に目で助けを求めていたアーニィを呼び寄せる。
え? なんで助けを無視していたかって? 俺はもう二十だしもちろん『さっきの宿を出た後のアーニィの態度』を根に持っていたわけじゃないよ? タジタジになっている様子をみて面白いな―とか全然思ってない。
「フィー、そろそろ許してあげよう。アーニィも何してたか知らないけど、別に悪いことをしていたわけじゃないんだろうし。――それよりも、二人ともちょっとこっち来てくれ。相談がある」
「……むぅ。アグニ、今回はお兄さんに免じて許してあげるけどもう変なことしちゃダメだよ!」
「はぁい……。や、やっと終わったぁ……。にーさん、ありがとぉ~」
フィーは小走りに、アーニィはヘロヘロになりながらこっちにやって来る。
俺はさっそく話を切り出した。
「まあ何の話かというとだな。そろそろ白狼と白猿に名前付けようと思う。いい加減、呼ぶ時に不便だしな」
「……あっ! そうだね、名前付けてあげないと。わんちゃんにおさるさん、ごめんね。私、自分のことばっかりだったよ」
「そういえばそうだったね。頭の中じゃずっと『わんこ』と『おさるさん』だったから僕の中じゃそれが名前になりかけてたかも」
「……二人ともこいつらの元のデカさ知ってるのに、そんな可愛らしい呼び方してたのか。いや別にいいけどさ」
俺達がそんな話をしていると、自分たちのことだと気付いたのか『わんこ』と『おさる』がムクリと起き上がりそこはかとなくソワソワしている。
「で、何か案ある? 実を言うと俺はネーミングセンスには自信がないんだよな。『シロ』とか『ユキ』くらいしか思いつかん」
「うーん、お兄さんの言語だと『ホワイトウルフ』で『ホワイトモンキー』だっけ。……そうだっ!『うるるん』と『きんもー』はどう!?」
「……俺よりネーミングセンスないとはびっくりだな」
「え、えええ~。ひどい! 可愛いと思ったんだけどなあ。じゃあねー、『トウルフ』と『トンキー』――」
「えっ、そこ抜き出すの? ってかトンキーはなんかパチもん臭いからそれも止めとこう」
ネーミングセンスない組の俺とフィーがあれこれ言い合ってはお互いダメ出しをして、を続けていると目を瞑って考え込んでいたアーニィが声を上げた。
「『ハクヤ』に『マシロ』……はどうかな? どうせならこの二匹もにーさんの国の言葉で名前付けてもらったほうが嬉しいだろうし、それっぽい意味の言葉を変換してみたんだけど」
「むむむ……」
「……俺とフィーよりは大分良い感じだな。どうだ、お前ら。『ハクヤ』に『マシロ』でいいか?」
俺がそう尋ねると、俺とフィーが並べる適当な名前に戦々恐々としていた二匹はホッとしたように甘えた声を上げる。
「クゥ~ン」
「ウキィ~」
ふう、肩の荷が降りた感じがあるな。
ネーミングってやっぱ難しいわ……。
そうやって油断していたのがダメだったのだろう。
「よし、決まりだな。ハクヤにマシロ、改めて『よろしく』な」
「「よろしくね!」」
俺と双子がそう、改めてハクヤとマシロに挨拶をすると、
『ピコーン。おめでとうございます。『ホワイトウルフ』と『ホワイトモンキー』に名付けをしたことによりギフト<神威宿る魅惑の声>が4から5にレベルアップしました。レベルアップボーナスを選んで下さい――』
いつものごとくギフトが発動したらしく、システムメッセージさんもこんにちはしてきた。
いやだって、『感情を込めない』とかそんな器用なこと出来るわけないじゃん……。
なんかもう既に二日目にして諦めムードになってきた俺が、そこにはいた。
今のレベルで『ファラ』とか『アグニ』とか呼んだらどうなるのかな……。
一時間くらい戻ってこないのかな……。
よく創作物とかで魔眼封じとかあるけど、魔『口』封じとかどっかに売ってないかなあ。
この際、効果さえ減衰してくれるなら完全に封じなくてもいいからさあ……。
*****
「これ以上は無理だ」
『正体不明の魔物使い』を、遥か数ケル遠方の屋根の上より観測していた『影』は小さくそう呟いた。
その言葉に応じてか、新たなる『影』が光を歪ませながら現れた。
「悟られるか」
「ああ、あの獣ども。今はあのようにだらけきっているように見えるが、その実、一瞬たりとも警戒を緩めていない。これ以上踏み込めば『狂乱の白猿』の『超感覚』に引っかかる。やつの『超遠距離肉弾攻撃』を考えれば、一度見つかったら逃げることさえ難しいはずだ」
「……ちっ。かといって『探査魔法』は使えないぞ。『冥府の白狼』に魔力波を嗅ぎ付けられる。やはり『使い魔』を使った間接観測しか手がないか」
「こちらに回せる『使い魔』はあと何体残っているんだ? 昨晩の『あれ』でかなりの数が術者ごと無力化されたと聞いたが」
「……一体だ。今追わせている『カエル』が潰れたら本隊に追加を要請するしかない。フッ、向こうが本命な以上、容れられるとはとても思えないがな」
彼らが苦々しい声音でそんな会話を交わしていると。
更にもう一人の『影』が慌ただしい様子で現れた。
既にいた二人はそれを見て、覆面の下で嫌そうな顔をする。
「今度はなんだ……」
「報告する。たった今『カエル』も文字通り潰された。何でも『熱の概念』で術式そのものを燃やしつくされたらしい。……なんだ? 今は報告中だ――」
何か新たに報告が入ったらしく、言葉の途中でどこかと『念話』を始める。
そうしてひどく疲れたような声で報告を再開した。
「――焼滅したはずのカエルが『送り返されて』来たようだ。不意打ちを食らった術者と付近にいた仲間一人が、業火を発するカエルに襲われて戦闘不能とのこと。他の仲間達がなんとか制圧したが、物資にも被害が出たらしい」
「……はあ? 意味が分からん。なんだそれは……」
「もう勘弁してくれ……」
二人はそう言って天を仰ぐ。
拠点の移動を指示し報告者が去るのを見送ると、彼らは言葉には出さず『念話』で相談する。
あの『規格外の魔物使い』は一体何者かと。そして一体どこから現れたのかと。
準一級の超越の魔獣二体を、それも敵対種族であるはずの二体を争わせることなく配下に置く存在。
魔法技術としてはまさに最高峰とも言える『概念魔法』を自在に使いこなす高位精霊を、二体も同時に使役している存在。
――にも関わらずその人物について『一切の情報がない』という異常な状況。
彼らの諜報網は王国のみならず外国にも広がっている。
それなのに一晩経っても何の情報も入ってこないとはどういうことか。
またどこから現れたのか、という疑問にも全く答えが見つからない。
なにせこの『ピュリアの街』には現在、高位の傭兵はいないはずなのだ。
そうなるべく数ヶ月前から周囲で工作を進め、少しずつ『ピュリアの街』の防衛戦力を減らしてきた。
今この街で警戒するに足る実力を持つものなど、この街の防衛隊長である『雷閃』のライアス・ヘルムートしかいないはずだった。
そんな人物がレフとバロックのゴミ共が下手を打ったせいで、目標と関わりを持ってしまったという。
今はなぜか別行動を取っていて正直『観光』をしているようにしか見えないが、きっとこれも何かの策に違いない。
いや、反撃の術式を送り込んできたということは自分たちを『挑発』しているのか。
【フンッ、全く『仮のご主人様』も面倒なことをしてくれる。我らに黙って街道に盗賊どもを配置するなど。本来なら、あの半魔は昨日のうちに確保できているはずだった。支店の内に潜ませた者が拐って無事仕事は終わっていたはずだったというのに……】
【……それにあの支店も今は忍び込むのはほぼ不可能になっていると。ほとんど『要塞級』の『防衛魔法』に更新されていると聞いたが。王城に忍び込むレベルの装備がないとどうにもならんだろうな。それに『あの娘』が商会に捕まったせいで拠点も一つ放棄したらしいぞ。本隊の連中も苦労してそうだ】
彼らは溜息をつくと、自分たちの任務に思考を向ける。
【――それでどうする。奴の正体の詮索は後にしよう。今はどうやって奴を消すかだ】
【正攻法では絶対に無理だな……。――『魔物使い』という存在は『本体』は脆弱なはず。それを補うために武器として『魔物』を使うのだから。奴から魔物どもを引き剥がすことさえできれば、可能性は見えてくる】
【確かに。準備に取り掛かるとするか。……『本体』が脆弱であればいいな】
【不吉なことを言うな。実際に今まで観察した限りでは、動きは素人くさい。あれも演技の一端ならば……最善を尽くし、いつも通り覚悟を決めるだけだ】
【そうだな。フッ、無事に今回の仕事が終わったら祝杯でも上げるとしよう】
二つの影はそう言葉を交わすと、屋根の上から音もなく姿さえも闇に溶け込むようにして、瞬く間に消え去った。
*****
『名付けた相手との繋がりが強くなります』とかいうふわっとした追加効果のお陰か、心なし毛並みが良くなったハクヤとマシロ。
そんな二匹と双子を連れて、良い時間になってきたので予定通り受付のお姉さんがオススメしてくれた『名物食堂』にやってきた。
周りの建物からすると少しばかり古びた建物でなかなか年季が入っている。
食堂の中に入るとちょっと来るのが遅かったか、食堂内はかなり混み合っており相席をお願いされた。
何か書き物をしながら、一人でご飯を食べている、歳も近そうな猫耳男性のテーブルにする。
「すみません。相席いいですか?」
俺がそう尋ねると男性は顔を上げて、
「どうぞどうぞ……? あれ、兄さんってもしかして『雪月花』で受付のねーちゃんに告白してた兄さんっすか?」
と、少し驚いたような表情で言った。
まじか、あの場にいた人なのか。俺も驚いてその人の顔をまじまじと見る。
うーん、そういえば猫耳の人がいたような気もするな。
なかなか整った顔立ちをしていて、有り体に言えばイケメンだ。
金髪金眼でイケイケな感じである。
「べ、別に告白してたわけじゃないですが……。奇遇ですね。なんかよろしくお願いします」
俺はそう返事をして椅子に座る。
フィーとアーニィは突然人見知りを発動したのか、なんだかもじもじしていたが椅子をごそごそと俺の傍に寄せてから席についた。
ハクヤとマシロも猫の兄さんをしばらくじっと見ていたが、やがて興味を失ったらしくハクヤは俺の足元に、マシロはいっちょまえに椅子に座っている。
「兄さん、別に敬語じゃなくていいっすよ。見た感じ歳も近いみたいだし。あ、俺の名前は『ヘルマ』って言います」
「あーどうも、俺はタカって言います。こっちの青いのがフィーで赤いのがアーニィ、そっちの犬がハクヤで猿がマシロ」
「へえ! 精霊さまにそっちは……魔獣の幼体っすか? 宿で見かけた時から思ってたけど、なかなか珍しい連れだなあ。創作欲が刺激される組み合わせっすねえ」
「創作欲? あ、もしかして今書いてるのって?」
「そうそう、小説。見るっすか? って先にタカさん達は注文したほうが良いな。日替わり定食オススメっす。ここの名物の『七花粥』もちゃんと入ってるんで」
「へえ、そうなのか。フィーにアーニィもそれでいいか?」
こくこくと二人が頷くのを見て、俺は通りがかった店員さんに注文した。
この二人がここまで静かなのは少し新鮮だな。
ヘルマさんもそんな二人を微笑ましく見守っている。
「じゃあ来るまでの間、ヘルマさんの小説でも読ませてもらおうかな」
「どうぞどうぞ。いやー嬉しいな。『あんな大胆なこと』をやるタカさんからなら、いいアドバイスが聞けそうだ」
ヘルマさんは何か知らんが楽しそうに紙の束を俺に渡してきた。
「い、いやあれはほんと、事故みたいなものだから。どれどれ――」
俺はそう弁明しながら花の香りがする水を飲みつつ、ヘルマの小説の冒頭を読み始めた。
『――ミーナは俺の隣でその柔らかそうな肢体を時折、ふるふると震わせていた。まるで何かを恐れるように、期待するように。月光に明るく照らし出された彼女の――』
――ぶっ!
俺は思わず水を吹き出しながら、ニヤニヤしながら俺を見ているヘルマに全力でツッコミをいれた。
「これ、『官能小説』じゃねえか!!!」
もちろんギフトが発動した。
幸いにも周囲はひどくやかましかったために、俺の『驚きの感情』に影響を受けたのはうちの子達とヘルマだけだったのは幸運といえよう。
まるで漫才かなにかのように椅子をひっくり返した仲間たちには本当に申し訳ないと思う。
――ヘルマに対しては『ざまあみろ』としか思わなかったが。