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第十話:ここは……どこだ

 ここは……どこだ。


 そんな疑問が頭に浮かぶ。

 現状を確認しようにも、俺に知覚できたのはただ、闇だけだった。


 それも普通の闇ではないな、と妙に働きの鈍い頭でぼんやりと考える。

 息苦しく、圧迫感があり、それにひどく暑い。

 例えるなら宇宙のような果てのない暗闇ではなく、窓のない密室のそれだ。

 

 上手く働かない脳みそから無理やり指令を送り、俺は手足を動かそうとする。

 しかし、俺の手足はまるで万力で固定されているかのようにびくともしない。

 それどころか、体がギシギシときしみ、次第に意識が遠のき始めるのを感じる。

 この流れに身を任せてしまえば、俺はきっと『無』へと辿り着くのだろう。


 これは何かがおかしい、とその時に至ってようやく危機感が芽生え始めた。

 一体、俺はいま何に巻き込まれているのだろう。

 焦る心を抑え、努めて冷静になる。


 意味が分からないことに巻き込まれたときは、まず状況を整理するべきだ。

 それは、生まれてから二十年、人よりも『ほんの少しだけ』危ない目にあってきた俺が培った知恵の一つだった。


 そう、昨日は確かとびきりおかしな一日だったな。

 俺『西野(にしの)孝輝(たかてる)』は確か、隕石に頭部をグシャグシャにされて死んだんだっけか。

 そして感性のずれた女神に『神威宿る魅惑の声』なる、ろくでもない超常の力をもらって『剣と魔法のファンタジー世界』にやって来た。


 最初に出会ったのは、不可思議な燐光を振りまく、愛らしい二人の子供精霊。

 次に出会ったのは、ビッグサイズの狼と猿の群れ。

 その次に出会ったのは、盗賊団とやらに囚われていた『グリムガル商会』の面々だったか。

 その後も小型化やおっぱい、NINJAなどイベントは続き、ようやく落ち着いたのが『雪月花』という名前の宿だった筈だ。


 ふむ、つまり俺はいま『雪月花』の客室で寝ていないとおかしいわけか。


 そうやって回想を進めるうちに、ようやく少しはまともに思考が働き始めた。

 先ほどまでは漠然と捉えていただけの知覚情報を、だんだん的確に処理できるようになってくる。

 体が捉えた情報をつぶさに検証し、今俺の身に降りかかっている『災厄の正体』を考察する。


 ――これはつまり、そういう(・・・・)ことか……!




 「お前ら、重い苦しい!! ほら抱き着くな、頭の上に乗るな!! さっさと退いてくれ(・・・・・)死んでしまう!!」



 頭の上にはホワイトウルフが伸し掛かかり。

 左右からはフィーとアーニィが俺の体を力いっぱい抱きしめて。

 両足はというとホワイトモンキーががっしりと固めていた。


 道理で息苦しくて頭が働かず、体もピクリとも動かせなかったわけだ。

 もうすこし気付くのが遅れれば、朝っぱらから本当に『無の世界』に旅立ってしまうところだった……。

 双子もちっちゃいのに力強すぎだろ。絞め殺されるかと思ったわ。

 異世界ってこわいな……。


◇◇◇


 『ピコーン。おめでとうございます。『残念な仲間たち』を退かせたことによりギフト<神威宿る魅惑の声>が3から4にレベルアップしました。レベルアップボーナスを選んで下さい――』

 

 そうして二人と二匹を退かせたら、ギフトのレベルが上がってしまった。


 もうなんでもありだな、このギフト。

 どうでもいいことで経験値貯めないでください……。


 ちなみに新しいスキルは『控えおろう、孝輝様のお通りだ』とかいうやつだった。

 うーん、なんだろうこの。


 女神様ってもしかして俺のこと眺めながらその場でスキル作ってたりしないよな……?

 おーい、女神さまー?



*****



 「ご、ごめんね? お兄さん……。本当にごめんなさい、もう絶対にしないから……」


 私、『ファラ』……。

 ううん、『フィー』はみんなで朝ごはんを食べているときに、お兄さんにさっきのことを謝っていた。

 あんなことになったのは全部、私のせいなんだ。みんなは私に合わせてくれただけ。


 言い訳をすると、もちろんわざとではなかった。

 私たち双子とお兄さんはもともと別のベッドで寝ていたんだけど、私は夜中にふと目が覚めてしまったんだ。

 『ああ、何かが足りないな』なんてそんなことを想いながら。


 たぶんきっと、私は『欲張り』になってしまったんだろう、とそう思う。


 私の隣にはいつも弟のアグニがいる。

 それは今も昔もこれからも、例えどんなことがあろうと決して変わらないこと。

 私とアグニは二人で一つなんだからねっ。


 だから私はこれまで『寂しい』なんて気持ちになったことがなかった。

 それなのに。それなのに、アグニと、お兄さんと、ワンちゃんと、おサルさんと一緒に過ごした昨日を想うと。

 お兄さんと一緒にいろんなものを見ていろんなことをお喋りした、ものすごく楽しかった昨日を想うと。

 ほんの僅か、距離を置くことさえ耐えられないほど『寂しく』なってしまった。


 この世界にきてたった一日の体験が私をどうしようもなく変質させてしまった。


 そんな私の感情は膨大な『魔力』となって溢れ出す。

 天から降り注ぐ豪雨のごとく、山を割く渓流のごとく、海に合流する大河のごとく。

 制御を失った魔力は『現象化』を通り越して、より私という精霊の本質に近い『■■の概念』となってまき散らされた。


 大事に至らなかったのは、私と魂のレベルで繋がったアグニがいたから。

 そして、肉身をもつ生物としては破格の能力を持つワンちゃんとおサルさんがいたから。

 一歩間違えれば、この街は『私』に丸ごと吞み込まれてしまっていたに違いない。


 みんなはそんな未熟で不安定な私を落ち着かせるために付き合ってくれたんだ。

 それで、今朝のようにお兄さんにみんなでくっついて寝ることになったの。


 私が昨晩しでかしかけたことを反省して、後悔して、自責の念に囚われていると。

 それまでお兄さんは難しい顔をしながら『花の蜜に浸したパン』を睨みつけていたが、私の謝罪を聞くとそれをやめて困ったように私の顔を見る。


 「い、いや何もそこまで反省しなくても。別にダメって言ってるわけじゃないからな? まあなんだ、『寂しくなったら何時でも傍に来ていい』から。まだフィーはちっちゃいんだし変に遠慮しないでいい。俺もまだまだ若造だが、流石にフィーやアーニィくらいなら十分背負える……と思うぞ……? 多分……。腹筋鍛えるかな……」


 お兄さんは言葉の途中でなにか『ぐっと何かの覚悟を決めた顔』をしていたが、その言葉は私が今望んでやまない言葉そのものだった。


 私はお兄さんに見えないよう、テーブルの下で固く手を握りしめる。

 昨晩、本当は何が起きそうになったのか知らないはずなのに、私の欲しい言葉をくれるお兄さんに涙が零れそうになる。

 そんな私を隣の席に座るアグニが心配そうに見つめている。


 ……ダメだな、私は。

 『これでもお姉さんだっ!』なんて思っていたのに、甘えてもいい人ができた途端にこうも弱くなっちゃった。

 うん。がんばらないとねっ。私はお姉さんなんだからっ。


 こんな『いつ爆発するか分からない力』を持っているなんて、もしお兄さんに知られたら。

 お兄さんは怖がって離れていってしまうかもしれない。

 それが恐ろしくて私には昨晩、『本当は何が起きそうになったのか』を話す勇気がない。

 こんな不誠実な私たちは、私たちのほうからお兄さんの元を離れるべきなのかもしれないとも思う。

 でもそれだけはどうしてもイヤだった。それほどまでに私たちにとって昨日は輝いていた。


 こんな面倒な私だけど、お兄さん。

 お兄さんが私をいらないと思うまではどうか傍に置いてください。

 絶対にもう迷惑は掛けないから、どうか。


 そして綺麗な世界を私にたくさん見せてください。

 私ともっともっとたくさんお話してください。

 そうすればきっと(フィー)は『(ファラ)』に打ち克つことができるはずだ。


 そうこっそりと祈りを捧げると、私は『私らしい明るい笑み』を作りお兄さんにお礼を言った。


 「ありがとう、ニシお兄さんっ」


 お兄さんはそんな私をじっと見つめていたが、やがて首を傾げた。

 違和感を感じたみたいだけど、気のせいだと思ってくれたみたい。

 ふ、ふふん。私だってそう何度も心の裡を見透かされたりしないんだからねっ。


 「別に礼を言われることでもないが。……すごい変な顔だが気付いてんのかな。まあどのみち前回の分含めて後でいじる……、いやフォローするつもりだったしそれでいいか」


 後半は小声でよく聞き取れなかったけどそう応えて、お兄さんは食事を再開する。


 さっき睨みつけていた花の蜜に浸したパンを恐る恐る口に運び、『これ意外といけるな……。その辺のおっさんとかの花から採った蜜かもしれんし何か嫌だったが、味はいいし考えないことにするか……』なんて呟いている。


 アグニもちょっとほっとしたような顔をしつつ、テーブルの真ん中に盛られたよくわかんない黄色いお団子を食べている。

 なんだろあれ、私も食べてみよう。


 ちなみにワンちゃんとおサルさんは、専用のお肉を出してもらってそれをむさぼってる。

 最初はすごく大きかったからいっぱい食べるのかと思ってたけど、体の大きさに合わせた量でいいみたい。


 改めてみんなで朝ごはんをもぐもぐと食べてると、お兄さんが私たちに話しかけてきた。


 「そういえば二人はこの街でどこか行きたいところとかないのか? 昨日の夜、もらったパンフレット熱心に見てたよな。いい感じの場所は見つかったか?」


 うーん、とアグニが口の周りを黄色くしながらこう言った。


 「『美少女畑』とか行ってみる? なんかね、綺麗なお花を咲かせたお姉さんがたくさん日向ぼっこしてるんだって。きっと綺麗だよ」


 「……また反応に困る名所が出てきたな。なんだそれ、異世界版のキャバクラなのか? ていうか二人は本当にそれを見たいの? やっぱり俺がおかしいのか? それともアーニィもお年頃ってことなのか? ……いや、やっぱそこはなしだ。情操教育に悪い気がする。なんかもうちょっとマトモそうなところないの?」


 お兄さんはなんだかイヤそうな感じだ。


 あれー、私もちょっと見てみたいと思ってたんだけどなあ。

 それと、じょーそーきょういくってなんだろ?


 私はちょっと粉っぽいけど甘くて美味しいお団子を食べながら、気になったイベントがあったのを思い出す。

 なんだろこれ、もしかして『花粉のお団子』なのかな?


 「じゃあ、『花の蜜コンテスト』はどう? なんかね、この街の偉い人が主催してるコンテストで老若男女、性別年齢を問わず集まった『花人』の蜜の味を競うんだって。それで優勝した人はなんと商品化――」


 「ごめんそれもパスで……。やべえ食っちまったぞどうしよう……。マジで体液なのかよこれ。なんか気持ち悪くなってきたな。……そうだな、やっぱりパンフレットなんかに頼るのは邪道だよな。自分の足で歩きながら俺たちの名所を探すことにしようか。そのほうがきっと多分思い出に残るよ絶対(・・)! フィーもアーニィもそれでいいよな!」


 お兄さんはなんだかすごい必死な感じだ。


 私とアグニは顔を見合わせて、お兄さんの言葉をじっくり考える。

 な、なるほど。たしかにそっちのほうが旅っぽい気がするかもっ!

 なんだか目が覚めた気がするっ!


 うん、とお互いにうなずき合い元気よく返事をした。


 「お、おおお。なんかカッコいいねそれ!」


 「ねっ。面白そうっ!」


 「……なんか今初めてギフトを有効活用した気がするな。良かった良かった……」


 私たちの返事にお兄さんはなぜかすごくほっとしたような顔をしていたのが印象的だった。




フィーのキャラコンセプトは『とんでもない甘えん坊で寂しがり』だったり。


あとそれと予定変更します……。

観光は次からですね。というかもう予定とか言わないほうがいい気がしてきました。

その場の思い付きで書きたいこと書き始める自分が信用ならなすぎる。


*第六話の『感情増幅率アップ』を『感情増幅率アップ・超大』に修正。

 そういえば上がり幅書いてなかったなと思いまして。

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