第一話:記録映像をお見せしましょうか
「あなたは死んでしまいました」
目が覚めると、目の前に訳のわからないことを言っている女がいた。
見たことがないほどの美人である。後光っぽい光を背負っている。
真っ白な薄い生地でできたドレスを身にまとっていて、頭には物凄く高そうなティアラを付けている。
端的に言うと宗教画に描かれている女神さまっぽい感じだ。
そう思うと、なんだか威厳が感じられるような気もしてきた。
ふむ。
もしかしたら目が覚めたというのは錯覚で、俺はまだ夢を見ているのかもしれないな。
「いいえ、残念ながら夢ではないのです。あなたは死んでしまいました」
うわ、こわ。心を読んできたぞ。
自分の頭がおかしくなったのかと疑いながらも問いかけてみる。
「死んで……しまった……? 俺が?」
「はい。あなた、西野孝輝さんは2016年12月19日の午前一時二十二分の睡眠中に、飛来した隕石に頭部を破壊されて死んでしまったのです」
隕石……だと……?
それってスペースからアースにダイブインしてくるストーンだよな。
そんなのがたまたま俺の下宿の、俺のベッドの、俺の枕の上に降ってきたのか。
「それは……その我ながらすごいレアな死に方したんですね」
なんだか唐突すぎてまったく現実味がわかない。
俺がうんうんと唸りながら、自分の死について考えていると女神様(仮)がこう提案してきた。
「うーん。あなたには自分が死んだことはしっかり理解していただかないといけませんし……。そうですね、記録映像をお見せしましょうか」
すると空中にブーンとスクリーンのようなものが現れた。
宇宙を疾走する隕石にフォーカスがあった映像が映し出されている。
その進行方向には我らが母星である青い海をたたえた地球があるのがわかる。
「これがあなたの頭部を破壊することになった隕石です。まだ少し大きいですね」
女神様(仮)が実況している。
そうだな。確かに結構大きい。これがぶつかったら頭部どころじゃ済まないだろう。
……この実況、ツッコんだほうがいいのだろうか。
複雑な気持ちで眺めていると、その隕石が大気圏内に突入したのか赤く赤熱し始める。
そしていくつかに分裂し、熱で溶け消えるもの、それでもまだ形を保っているものとさまざまに分かれ始めた。
「だんだん小さくなってきましたね。あなたの頭部を破壊することになるのは右下のものなのでそれに注目してください」
お、おう。さいですか。
その右下の隕石に注目していると、夜中でも人口の光で明るい日本列島に向かっているのがわかる。
俺が住まう地域も都市部だけあって明るく見えるな。
今からそこに向かうのか、これは。
「さて、これからが大事なシーンですよ。死んでしまったことをしっかり理解するためにも、その目でちゃんとあなたの頭部が破壊されるところを見てくださいね」
そう、いたって真面目な表情で淡々と語る女神様(仮)。
あまりにもビジネスライク過ぎてすごくあれなことを言われているのに苛立ちもあまり感じない。
N〇Kのニュース番組を見ているようなそんな気分だ。
そうやって眺めていると”大事なシーン”がやってきた。
健やかに眠る俺が新たに出てきたスクリーンに映し出される。
隕石を追うスクリーンに目をやると、まるでグー〇ルアースで自宅を検索したときのように、どんどん近づいているのがわかる。
そしてしばらくすると。
隕石は粗末な下宿の屋根を突き破り、俺の頭部に命中した。
擬音系で表現すると、こうズカン!グシャッ!ドゴンッ!って感じだ。
わーお、これは確かに死んでるわ。
しかし、死因がシュールすぎて悲しみも特に湧いてこないな。
「ね? 納得できましたか?」
「そ、そうですね。頭部吹っ飛んでますもんね」
俺の肯定の返事を聞き、女神様(仮)は一仕事終えたといった風に満足げだ。
……これ、やっぱり俺は怒ってもいいんじゃないだろうか。
とはいえ悪意を全く感じないせいで、どう怒ったらいいのかがよくわからない。
「――さて、それを理解してもらった上であなたにはお願いしないといけないことがあるのです」
俺が悩んでいると、女神様(仮)がいよいよ本題といった感じで切り出してくる。
というか(仮)はもう取ってもいいか。
目の前にいるのは本当に神様なんだろう。感性が人と違う気がするし。
「端的に言うと、あなたには”異世界”――地球が存在する宇宙とはまた別の世界に行って頂きたいのです」
ホワッツ? また妙な事を言い出したな。
「それは……なぜ、と聞いてもいいのでしょうか?」
はい、と女神様が至って真面目な表情で話し始める。
女神様の説明をかみ砕くとこんなことらしい。
俺の死はまさに”天文学的”な確率で起こってしまった出来事であるらしく、神界では『希少崩壊案件』と呼ぶらしい。
それは世界そのものを不安定化させてしまう極めて危険なバグであるそうだ。
その影響を抑えるためには俺には生きていてもらわないといけないのだが、既に俺の魂は元の世界との繋がりを失ってしまっているため元の世界に戻すことはできないらしい。
そのため俺には異世界に行ってほしい、とそういう経緯のようだ。
「もちろん、あなたは世界のバグに巻き込まれただけの被害者ですので、異世界に転移していただく時には可能な限り要望を承ります。どうですか? なにかありますか?」
俺もこんなしょうもないことで人生を終えるなんてまっぴらだし、異世界とやらに行くことには文句はない。
しかし、要望ねえ。
「要望って例えばどんなものがあるんですか? というかその異世界って地球と同じような世界なんですか?」
「そうですね。日本人の青年である西野さんが馴染みのありそうなもので言うと、剣と魔法のファンタジー世界などおすすめですね。――無尽の魔力、無双の剣才などどうですか!?」
なんだこの女神。急にテンション上げてきたな。
しかし魔法、魔法か。
確かに魔法というものを使ってみるのは楽しそうだ。
先日プレイしていたRPGを思い起こしながらそう考える。
しかし、と俺はそこで考える。
はたして平和な日本で暮らしていた俺に、ああいったゲームのような殺伐とした戦闘ができるだろうかと。
自慢じゃないが俺は血を見るのは嫌いだ。殴りあいの喧嘩などもしたことがない。
そんな俺が『無尽の魔力、無双の剣才』なんて持ってても宝の持ち腐れな気がするな。
とはいえバグで死んでしまったというのに、せっかく行った異世界で苦労するってのもイヤな話だ。
物は試しと思いついたことを言ってみることにする。
「うーん。剣と魔法の世界は確かに行ってみたいんですけど。でもあんまり荒事に関わらず、温くハッピーに生きられるような才能(?)みたいなのが欲しいですね」
「……つまんないです。もっと面白そうなのにしましょうよ」
不満そうな顔をする女神様。
なんだ、もしかしてこっちが素なのか。
ふと昔、データをいじるツールが公式から出されているゲームで首都に超人の犯罪者を投下してみたことを思い出す。
あんな気分なのかもしれないな。……自分がその身になると笑えないが。
「いいじゃないですか。要望聞いてくれるんでしょう?」
「……わかりました。ちょっと面倒ですが、何とかしてみます。はあ、普通の才能なら適当な英霊の知識を被せればいいだけだから楽なのに……」
おい、後半のセリフ聞き捨てならんぞ。
それってあれだよね。
さっきのゲームの例で言うと、既にスクリプトが用意されている行動は簡単に実装できるけど、オリジナルの効果は一からプログラム書かなくちゃいけなくて面倒くさいってことだよね。
とはいえそんな感じで、俺こと西野孝輝二十歳は剣と魔法のファンタジー世界に転移した。
女神感性のろくでもない能力――”俺が発した言葉がなんだか心地よく聞こえる能力”とともに。