『異世界落語』 朱雀新吾 ~異世界×落語の安定した面白さ~
【あらすじ】
剣と魔法の世界・ターミナル。
魔族の侵攻により、危機にさらされていたサイトピア国はしかし、エルフやドワーフの他種族間のいがみ合い、やる気のない勇者、統率の取れない軍など、まさに内憂外患の状態。
そんな中、この危機を救うべく、大臣の命を受けた宮廷視聴者・ダマヤは、天才召喚師クランエと共に、救世主の召喚を試みる。
異世界には「サムライ」「ニンジャ」「リキシ」等、一騎当千の兵が存在している。
だが、召喚の儀式の最中に、うっかりした手違いをしてしまったダマヤが召喚したのは、そのいずれの武芸者でもなく……「キモノ」を身にまとった一人の若者。
「ハナシカ」たる青年、楽々亭一福だった。
これは一人の噺家が落語で世界を救う物語。
<総評>
読んだ感じ、作者様は高い構成力と文章力を持っており、総じて安定した面白さに安心してページを捲れると思います。真面目なクランエとなんだか残念なダマヤとの掛け合いも見所の一つ。思わず、くすりとしてしまうこともあるでしょう。
間違って召喚されてしまった悲劇の(?)噺家、楽々亭の人の良さ・性格の良さ・芸達者なことは、舌を巻くほどの描写力によって浮き彫りにされます。「ああそうだ、噺家って、確かにこういう“人種”だよなあ……」と、ついつい共感してしまいます。
落語を小説で表現する、というよくよく考えると難しいハードルを、本作ではさらりと読ませ、楽しめるものにしてしまっています。読みやすい文章なのはもちろんですが、やはり、この「楽しさ」を感じさせるのは作者のセンスの賜物でしょう。
さてさて、楽々亭が召喚された世界には、問題山積・一癖も二癖もある人物ばかりが登場します。彼らの織り成す物語、いや、“噺”については、各論で触れていきたいと思います。
(*各話の最後には、元ネタとなった落語の解説が書かれていますので、落語を知らない人でもさらりと読めるのは良いですね)
<各話紹介・レビュー>
【プロローグ】
宮廷視聴者ダマヤと天才召喚師クランエが「ハナシカ」を召喚するまでの導入です。
ふたりの掛け合いと、彼らサイトピア国から見た異世界=日本の描写が面白可笑しい。
小説の導入は往々にして退屈なものですが、この物語では、テンポ良く読めます。
【1話】クロノ・チンチローネ
言わずと知れた、『時そば』を題材にした話。
「1文2文………6、7、8……今何時だい?」「ヘイ、9時です」「10、11……」というアレ。関西では「時うどん」なるものもあるそうで、興味深く読ませていただきました。
しかし、異世界には『そば』がない。そもそも時の数え方も違う! という設定で、『時そば』のネタを知っていても、「一体どうするんだ……?」というワクワク感と一緒に読める話なのですが……?
なるほど、こういうオチですか。まさにやられたって感じですw
そして、もう一つ目を引いたのが「扇子」で噺家が『食べる』演技。確かに、噺家が「食べる・飲む」を表現するときは、並々ならぬリアリティがありますよね。え、ネタバレやめろ? とんでもない! この説明だけでは伝わらないくらいの、引き込まれる文章力は、実際に読んでみて確かめていただきたいです。思わず唸ってしまいました。
【2話】ニグニグ草
『青菜』という落語から。
<異世界落語>では、雑草取りが薬屋にもてなしてもらい、その薬屋と奥さんの特別なやりとりに感銘を受けて、自分の女房と同じことをしようと試みるものの……? という滑稽話。
軍を統率するイリスが、ある悩みを抱えながらこの落語に出会い、そして……、という流れになっています。
1話からの強烈な引き付けをそのままスラリと流れに乗せる安定感。そこに、異世界の事情である「軍政」的な要素が上手く絡まっている。さらりと読めるお話です。
ただひとつ引っかかったのは、「ある人物がうまくやった出来事を、もうひとりの間抜けな人物が真似をして痛い目を見る」という落ちが続いているため、少しだらけている感じに受け取られがちなことでしょうか。
苦くて食べれた代物ではないニグニグ草を上手く料理するレシピを読んだら、一度食べてみたい! というのは、結構な読者が考えると思います(笑) スタミナが付く、ネバネバで、苦味のある料理。なんかヨダレが出てきます。
『青菜』の説明を読んで、思い切ったアレンジをしている話だな、と思いました。
【3話】ソードほめ
『子ほめ』から。
<異世界落語>では、戦士の剣を褒めておだてておいて、利を掠め取ろうとする小悪党、しかし、そんな悪行を繰り返す彼がある日出会ったのは? というお噺。
この話自体は、落語自体の楽しみというよりも、世界観・設定の大きな転換点として、「ターミナルの登場人物」にスポットを当てた話のように感じました。
勇者ラッカの、飄々とした強烈な個性に目を惹かれます。ダマヤの捻くれた性格が顕著になっていくのも、この話からですね。
【4話】元竜及び元スライム
『元犬』から。もとの落語は、人に憧れる犬が、本当に人間になってしまったら、というお噺らしいです。
お話には、深く触れません。
もう、タイトルだけでネタバレになっているようなものですから。
――しかし。
しかし、この話に関しましては、先に文句を言わせてください!
私は『異世界落語』を通勤電車の中で座って読んでたのですが、私の前に立っていた女子高生に、『あの絵』を! あのスライムヌルヌルーな絵を! しっかり覗き込まれてしまいましたよ! 気まずいったら、もう!(笑)
……コホン、さて、この4話目。3話目から、方向性が1・2話と変わってきている感じを受けます。一福が演奏者となって、3話で重要な役割を担うようになるブコが作曲者となっていく流れができてきます。今後のお話は、この方向性で行くのかな? 2巻以降、注目です。
「落語」の直接的・間接的な力によって、動いていく「世界」。それは1話2話とも変わりませんが、「落語」が「サイトピア」の住人に浸透していく過程、そのダイナミズムが、3話目から根底に流れるテーマになっていっているのかな、と愚考いたしました。
蛇足ですが『元犬』は面白い落語らしいですね。機会があったらぜひ聞いてみたいものだと思いました。ターミナルからすれば異世界人の私には、異世界落語より、原点の方が笑いのツボがあってるかな、と(あたりまえですが 笑)
【5話】エルフの宴
1巻に含まれているのは、この5話までです。
これは原典はなく、『新作』だそうです。
エルフに憧れるドワーフ。彼が姿を偽って参加したエルフの宴は、実は……というお噺。もとの噺は創作ですが、なかなか面白いものであります。
さて、3話目から引き続き、落語の楽しさはもとより、人間ドラマが交錯していきます。
クランエの思いつめた感情がどうなるかと思っていましたが、まさかの『あの人』もあんな“想い”をもっていて、さらに……ダマヤの立ち位置が……彼はなんとも(笑)
1巻の終わりに、よく収束させていたな、という感じでした。
伏線の意味が、巧く回収されている。この技工はなかなかできないな、と思います。特にクランエ、どうなってしまうのかハラハラします。最後はそうきますか。気持ちのいいラストですね(笑)
【残念な点】
特に面白いのは、しょっぱな1話目の『クロノ・チンチローネ(時そば)』!
これは、すごい完成度です。この話のために本書を購入しても損はない、といったところでしょう。
……ただ、1話目が『出来すぎ』であるが故、後の話を『もっともっと面白く!』と期待しすぎるのは酷です。それでも、十分に面白い話が揃っているのですから。それを差っ引いても、良書であることは確か。
また、作者のあとがきがない、というのは、かなり残念なものがあります。
私も著書を出した時、「私が書くより編集が書いたほうが面白いだろう」と編集に丸投げしようとして断られたのですが、やはり、著者様のあとがきがあると嬉しいですよね。今後に期待です。
【その他】
『異世界落語』のコミカライズが始まるようです。
12月末に、グランドジャンプにて、掲載予定。
こちらも要チェックですね。