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『僕は小説が書けない』 中村 航 中田 永一~ド素人作家が、「小説を書く」ことに挑戦する。小説指南としても良いかもしれません~

【はじめに】

この作品は、中村航と芝浦工業大学が共同開発した小説支援ソフトを使って、中村航と中田永一がプロットを作り、5枚~10枚を交互に執筆していったという異色作です。

二人の人間が交互に書くなんて、商業ではとても想像できませんよね。


【あらすじ】

「私はきみの書く小説が読みたい」。青春小説の名手ふたりが紡ぐ合作小説!

なぜか不幸を招き寄せてしまう体質と、家族とのぎくしゃくした関係に悩む高校1年生の光太郎。先輩・七瀬の強引な勧誘で廃部寸前の文芸部に入ると、部の存続をかけて部誌に小説を書くことに。強烈なふたりのOBがたたかわす小説論、2泊3日の夏合宿、迫り来る文化祭。個性的な部のメンバーに囲まれて小説の書き方を学ぶ光太郎はやがて、自分だけの物語を探しはじめる――。ふたりの人気作家が合作した青春小説の決定版!!


【感想】

この小説は、小説家の話ではありません。

『小説を全く書けない、ど素人』の主人公が、文芸部部員やOB達との交流を通じて、何とか作品を書き上げるまでの過程が描かれています。

その過程で、主人公・光太郎と彼を無理矢理文芸部に引きずり込んだ七瀬と恋模様も描かれているのですが、特筆すべきは特に二人のOB原田と武井こと御大です。

二人のOBの理論は真っ向から対立しています。

原田は文章を書くことについて理知的かつ合理的な答えを持っており、真逆の武井は感覚にしたがって書くのではなくては小説では無い、と思っている。


物語を生み出すことについて、原田の主張はこうです

「特別な才能というものはいらない。目標としているハードルにも寄るだろうけど、業界の片隅に潜り込む程度なら、誰にだってできるんじゃないかな。学習し、向上する意欲があるならね」

「普遍的な構造ってものは確かにある。それらを学び、利用するんだ。昔話や神話のパターンは分析され研究されてきた。人が理解しやすく、また面白いと感じるような物語とは何なのか、多くの人がその謎を解き明かそうと心血を注いできたんだ。物語を作りたいと願ったものが、誰でも等しく、物語を紡げるように」

「才能がある人間は、物語というものがどんな風に成立しているかを、無意識のうちにわかっているんだろう。だけど俺たちは、シナリオ理論の本を熟読することで学ぶんだ。力を持たざるものは、道具によって道を切り開くしかないんだ」


対する御大は、小説の書き方を聴く光太郎に、こう答えます。

『風を感じろ』

と。そして、文章作法やシナリオ作法などを全否定するのです。

「そうだな。理論でも小説は書ける。俺もそう思う」

「だが、そんな小説、面白いはずがない。なぜなら理屈で作られた物語に人は感動などしないからだ。小説は頭で生まれるものじゃない」

「いいか、小説ってやつは、魂を削りながら書くんだ。自分の胸の内側の奥深くに腕を突っ込んで、言葉をひっつかみ、引きちぎるようにしながら取り出す。シナリオ作法などというものは、よそから言葉や文法を借りてくるようなもんだ。そんなもんが純粋な創作と言えるか?」


どちらの発言にも一理あるように思えますが、原田は小説家にはなれなかったものの、シナリオライターとして結果を出している反面、御大は、『一作も』作品を完成させたことがありません。書いているのですが、納得が出来ず、書いては原稿を破棄してしまうのです。

原田は御大に才能はあると思っていますが、反面で、未完の大作より作品として完成したものを作ることの方が大事、と言いきっています。


ここからは私見ですが、私個人の感想としては、原田の意見に賛成です。未完の大作よりも、完成した作品の方が価値があると思っています。「文章作法など学ぶな」と御大は言いますが、本を読んでいれば、無意識に本の書き方、物語の構成の作り方などは学べるものですし、それが技術の盗用だとは全く思いません。

そして、いかに技術を磨こうとも、作品には書き手の個性がにじみ出てしまいます。

どんなに工業製品を書こうとしても、作家の個性は消せないと、私は思います。


光太郎は、ずぶの素人なりに、物語を書こうと奮闘します。彼と同じく、いや、多くの人がそうであるように、私自身、凡人です。なので、彼の悩みには共感することも多い。もっとも、彼の実力は本当に駆け出しの初心者なので、もどかしい感じもしましたが。

その彼が書き上げるもの。その行方は物語を読んだ方の感性に委ねますが、苦しんで書いていることは伝わってきます。


主人公・光太郎は隠れた秘密と、初恋の痛みを知って、それを物語に昇華させます


物語は『鏡である』。書き手を映し出す、鏡です。


二人のOBの両極端な意見に影響を受け、自らの内面を掘り下げていく彼の物語は、最後にあかされます。それは痛々しくて、拙くて、それでいてまっすぐで。


物語を書く権利は、才能によるものなんかじゃないと思います。

それは、うちから『書きたい』という、沸き起こってくる衝動の発露だと、そして、自分の表現を読んでもらいたいという欲求のたまものだと思います。


でも、物語を書きたくても、どうしても物語が書けない。

技術不足、才能の不足、理由は様々あるでしょう。


「小説が書けない」


この本は、そう悩んでいる人たちに送られた、厳しくも優しいひとつの応援歌であり、『小説を書くことの、その先』を予感させる物語だと思います。


はっきり言ってしまうと、光太郎の恋愛は彼が『書く』ことに大きなモティベーションを与えるものの、二人のOBの考え方、そして、自らを掘り下げる光太郎の『駆け出し素人作家』としての葛藤が前面に押し出された作品だと思います。


悩み、考え、落ち込んでいる人、小説指南を買うときは、この一冊も購入リストに加えてみるのも良いかもしれません。


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