『菓子先輩のおいしいレシピ』 栗栖ひよ子 ~温かい心と料理に包まれて、女の子は成長していく~
【はじめに】
『菓子先輩のおいしいレシピ』は 2018小説家になろう×スターツ出版文庫大賞 の特別賞受賞作品です。来栖ひよ子にとっては初の受賞、デビュー作となっています。スターツ出版文庫はライト文芸のレーベルであり、どれも美麗な表紙に彩られたラインナップになっているので、書店で目にしたことがあるのではないでしょうか? 以前に紹介した『君への想いを、エールにのせて』の時は、「ケータイ小説文庫」と銘打たれていましたが、現在では『スターツ出版文庫』となっているようです。
【あらすじ】
友達作りが苦手な小鳥遊こむぎは、お昼時間にひとりぼっちのところを見られたくない、多感な高校一年生の女の子。お弁当を食べていないことを親に気づかれるのも辛くて、今日も放課後に、食べそこねたお弁当を特別棟の校舎裏にある日の当たらない非常階段でひっそりと食べていた。そこに謎の先輩が現れ「あったかいスープをごちそうしてあげる」と強引に調理室へと誘い出す。彼女は料理部部長の菓子先輩だった。菓子先輩のあたたかな心と料理に包まれて、こむぎは徐々に前に進み始め、友達も出来ていく。新たに巡り会った友達も様々な悩みを抱えているが、菓子先輩の料理は女生徒たちの悩みを優しく解きほぐして。しかしそんな、人を包み込む温かい料理を作ってくれる菓子先輩には、ある秘密があった――。
【良かった点】 成長と、温かい料理
いわゆる『ご飯もの』なのですが、この作品の特筆すべき点は、女生徒たちの少女から大人へと変わる微妙な年頃の気持ちが繊細な筆致で描かれていること、それをあたたかい料理が包み込んで、それぞれが少しずつ成長していくことに焦点を合わせられるでしょう。
特に、冒頭の一説が大好きです。
<冒頭>
私たちは毎日、いろんなことに悩んでいる。
成績、友達、好きな人……。
大人たちから見たらちっぽけな悩みでも、私たちにとっては世界に関わる大事なこと。
でもそんな小さな悩みは、おいしいものと、悩みを理解してくれる友達、
そしてゆったりとしたおしゃべりの時間があれば、
実はもう半分くらい解決している。
この秀逸な出だしで、「ああ、そうなんだよな……」って本当に共感させられました。
そうなんですよね。少しの、おしゃべりが出来る友達と、一緒に食べれられる食事があれば、高校時代って大抵のことは何とかなった。沢山の悩みを抱えながらも、振り返ってみれば、かけがえのないものって、その二つに尽きるのではないでしょうか。
そして、その些細な幸せというのは、実は誰にでも与えられているものではなくて、とても大切な、かけがえのないものだってこと。
共感できる人は多いのではないでしょうか?
主人公こむぎは、菓子先輩の振る舞う料理を通じて、孤独ではなくなっていきます。
周囲の女生徒たちも悩みを抱えていて、それを菓子先輩の料理が温かく包み込み、問題を解消していく。ちょっとした謎解き要素もあって、心が温まります。
特筆すべきは「あたたかさ」だと思います。
こむぎの思春期に揺れ動く繊細な女の子の葛藤を、寂しさを、菓子先輩はその人柄と、温かい料理で包み込んで、解きほぐしていきます。
出される料理は素朴な温かさに満ちている。
そう、とにかく「あたたかい」んです。
もちろん料理のあたたかさだけではありません。
それはこむぎを見守る、菓子先輩のあたたかな眼差しであったり、友達との交流であったり、調理室に流れる穏やかな時間だったり。
そのあたたかさに包まれて、こむぎは一歩一歩生長していく。
その成長が、冒頭とラストでは本当に感じられました。
親鳥である菓子先輩が優しく見守っていく中、雛鳥であるこむぎが、悩み苦しみながら、やがて巣立っていくまで成長していく。
思春期の女の子の悩みが、本当に「あたたかい心と料理」に解きほぐされ、勇気づけられている描写が巧みでした。
本編は完結しているんだけど、アフターストーリーとして1本、その後の話が収録されています。それはある秘密を持っていた菓子先輩とこむぎが出遭うまでとその後のお話。
それは特別編として……この作品、とにかく冒頭とラストが好きなんですよね。
生長したこむぎが、最後の最後で、「先輩」になっていく描写。
これは、本当に心が打たれました。
続刊を期待するか、といわれれば、この話は、これで終わって欲しいかな、というのが正直なところです。よく出来た物語というのは終わりがきちんとしていて、読後に、その先を思い巡らす自由を読者にもたらしてくれます。よくだらだらと無理に続ける作品もありますが、この物語はここまでで、きっちりと終わって欲しい。その意味でも、作品の構成が優れていたと言えるでしょう。
同じ作者様の、別なお話が読みたくなる。
もし多感な高校時代に、こんな風に応援してくれる先輩や友達がいたらな、と感じさせてくれる。
そんな作品でした。




