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『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』 筏田かつら ~スクールカースト底辺男子とトップカースト女子の「ありえないほど」焦れる恋~

【はじめに】

本作は、ネット小説大賞を受賞した「眼鏡とあまのじゃく」のタイトルを買えた作品です。

2冊構成で、続刊に「君に恋をするなんて、ありえないはずだった そして、卒業」というタイトルも出ているので、合わせて購入するとよろしいかと思います。



【あらすじ】

千葉県南総にある県立高校に通う地味で冴えない男子・飯島靖貴は、勉強合宿の夜に、クラスメイトの北岡恵麻が困っているところを助けた。それから恵麻は、学校外でだけ靖貴に話しかけてくるようになった。しかし靖貴は恵麻に苦手意識を持っていて、彼女がどうして自分に構うのかわからない。地味系眼鏡男子と派手系ギャル。絶対に相容れないはずの二人に起きる、すれ違いラブストーリー。



【レビュー】

 スクールカースト底辺にいる男子と、トップカーストにいる女の子の恋。


 それだけ聞けば、「はーん、恋愛ものとしては、地味でなんかひねりも何もないねぇ……」という感想も生まれると思うのです。

 ……ではしかし、実際にこの物語のような『現実にいかにもありそう恋愛テーマ』を描いた作品を読んだり見たりことがありますか?

 たいていの学園恋愛ものと言えば、『生徒会』が理不尽な権力を持っていたり、なぜか男の子が一人暮らししている。それがいわゆる「恋愛の王道」であるという物語の常識に対して、この作品はアンチテーゼを立てています。

 そう言った作品とは異なり、「現実には起こりうると思うけど、創作物では見向きもされないテーマ」が、この物語です。つまり、はやりの逆を狙って等身大の人間を描いている。筏田桂という作家は、言葉は悪いですが「狡猾にも」【褒め言葉です】、前作『靜かの海』でも描かれたいたとおり、そんなところを狙い、描くことが巧みな作家だと思います。


 そしてさらに付け加えさせて頂くと、この作品のウリと魅力は、『現実にはありえそうだけど、作品としてはありえない』ところから派生した、『思春期』というテーマに真っ向から取り組んでいるところだと思います。


 スクールカーストという思春期独特の『何気ない壁』を、等身大の若者たちの悩み、苦しみ、喜んだと思ったら即座に突き落とされ、また希望を持ったと思ったら……という焦れ焦れの恋物語として、読者を飲み込み、ついつい胸が苦しくなってしまうほど心をつかんで離さなくなる――まさに、その描写と技巧が巧みなのです。


主人公、靖貴ははじめ、恵麻を派手系ギャルとして苦手意識を持っています。

ところが、勉強合宿の夜に、とある事情から靴を無くした恵麻に、自分の靴を貸す。

そんな、微妙すぎる接点から、二人は急速に接近していきます。



靖貴の性格としては、とにかく『自己卑下が強い』。常にスクールカースト底辺に自分がいることを認識し、あらゆることに二の足を踏んでしまう。そんな性格に映ります。ところがそれこそがまさに『思春期の悩み』であり、傷つかないために自分を貶めてしまう、そんな、等身大の高校生なのだという心情をありありと描いています。はじめに自己卑下が強い、といいましたが、そんな背景を持っているが故の『自己卑下の強さ』なんですね。

『どうせ自分なんか……』そう鎧を着込むことで、辛い思いをしないですむ。そんな青臭い処世術は、共感できる人も、実際に経験してこられた方も多いと思います。


もしかしたら恵麻は、自分に興味を持ってくれているのではないだろうか?

いやいや、そんなことは無い。自分はスクールカースト底辺で、恵麻とは水と油。

下手な期待を抱いたら恵麻にも迷惑だし、舞い上がっている自分が馬鹿馬鹿しくなるだろう――。


そんな、面倒くさくも、多くの人が経験しているような『卑屈さ』。

靖貴はそれに捕らわれ、なかなか一歩を踏み出せません。



また、恵麻は恵麻で、鈍感で自己卑下をしてしまう靖貴に、積極的とも言えるアプローチを仕掛けていきますが、同時に自分がトップカーストにいることもわきまえていて、そんな自分を崩すことに、ためらいを感じてしまっているところもあります。だから学外でしか話しかけられないし、素直に言葉をかけようとしてもひねくれてしまう。好きだという思いが強いほど、そうしてしまうのです。そう、彼女もまた思春期特有の『鎧』を着込んでいるのでしょうね。



そんな二人が恋に落ちる(靖貴のほうは、それが『恋』であることを認識できずにいるのですが)。その中で二人は幾度も、スクールカースト底辺と上位カーストという、大人から見れば、『なんだ、そんなこと』と一笑に付してしまえることを、真剣に考え、真剣に悩んでいます。


しかし、時間をかけ、二人の関係は徐々に進んでいきます。

この過程が、なんというかもう、読んでいる方が悶え苦しむような『焦れ焦れした』やりとりなんです。誤解を恐れずに言えば、それこそが、この作品の狡猾なところと言えば良いでしょうか。


「おい靖貴、そこは男らしくズバーッといけよ!」

「恵麻、良いから素直になりなさい」


そんなツッコミを、ついつい心の中でしてしまいます。

ようするに、『もう良いからお前らつきあっちまえよw』と、あきれ顔の苦笑いで二人の距離を見守ってしまうわけです。


ここまで二人の恋に『焦れる』思いにさせられるのは、靖貴と恵麻には、何か人を共感させ、引き込むようなキャラクター性があるからだ、といえます。

誰もが経験したような、しかしほとんどの人が経験したことのないかもしれない、思春期の甘酸っぱい関係。大人にとっては些細なことでも、真剣に考えてしまう思春期の恋。


このキャラクターと関係性に、どんどん引き込まれるわけです。


もちろん、二人がくっつくのではないかというときには、恋愛の定石通り、数々の『トラブル』が起き続けます。まさに、すれ違い、わかり合い、すれ違う。そんないくつものイベントにも悶絶させられることでしょう。「なんでだよ! 何でここでそんなことが起きるの!?」と。


靖貴や恵麻を取り巻く友人達も、この物語に大きな愉しみを与えています。

思春期と言えば、とかく他人と自分を比べがちな時期。そして同時に、真の友情を育んでいく時期とも言えます。そんな中、これらのサブキャラのキャラ立ちとその配置の仕方が、物語に絶妙なスパイスを与えています。サブキャラ達にも、一本通ったストーリーがある。それを、巧みに描いているからこそ、この物語に捉えられ、引きずり込まれるのでしょう。



焦れ焦れの恋は、1巻目のラストで、衝撃の展開を見せます。

「えええ!? ここでおわっちゃうのー!?」と、なんとももどかしい気持ちにさせられ、続刊も購入してしまうことでしょう。


それもまた、作者様の『読者を、これでもかというまでに焦らす』目的だったとしたら、本当に筏田かつらという作家は抜け目のない方だと思いますね(笑)


続刊に「君に恋をするなんて、ありえないはずだった。そして、卒業」がありますので、是非結末を確かめて下さいね。


大人になると忘れていってしまう、甘酸っぱい、幼すぎる恋。

その行く末を、是非お読みになって見届けてあげてくださいね。


【補足】

スピンオフとして、「君に恋をしただけじゃ、何も変わらないはずだった」もあります。

筏田かつらという作家を気に入ったのなら、是非!


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― 新着の感想 ―
[一言] 筏田かつらさんのお名前、もうすっかり忘れていました。 静かの海がなろうから消えたことにも気付かず、この書評を読むまで存在も忘れていました。 静かの海、知らない間に文庫も出てたんですね。買い…
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