超・特化能力勇者 〜俊足編〜
私の名はシュン・ソーク。
神速の勇者とは僕のこと。
今は魔王城の王様の部屋。
目の前に魔王がいる。
ここまで来るのはある意味、あっという間だったけど。
ややこしい事になってる。
早く帰りたいな。
・・・
・・・
・・・
14歳の頃、能力を貰った。
僕の前に精霊が現れた。
「あなたは勇者として魔王を倒して欲しいのです。その為に1つだけ祝福を授けます。何がいいでしょう」
最近僕は神に選ばれたのかも、と思い始めた頃だったので、ニヤリと笑い、すかさず、
「僕は孤高の風になる。誰よりも疾い一陣の風に」
と、酔ったことを言った。
精霊はニヤリと笑い、こう続ける。
「そなたの願い、確かに受け取った。忌まわしき闇、悲しき連鎖に終止符を打つのだ」
その瞬間から、僕は速くなった。
しかし困った事に僕は全体的に速くなりすぎた。
頭の回転が早くなったのはよかったが、耳も速くなってる。
しかし頭が良くなったわけではなく、とにかく速くなっただけ。
近所の友達が話しかけてくる。
「シュ〜ン、どおぉうしぃたぁんだぁぁいぃ?」
とても聞いていられない。
周りの音も遅い。
そして僕が話す言葉は早くて何を言ってるかわからないらしい。
自分でも不自然なくらいゆっくり話してやっと聞き取って貰ってる。
次にやったのは能力の実験だ。
石を投げてもらったが止まって見える。
というか追い抜けた。
この前本気を出したら、踏み出した瞬間に家が壊れた。
僕の走る近くにいた人達は耳が痛いと訴えた。
もしかしたら、いるだけで迷惑かもしれない。
でも、かっこいい。
「我が神脚に敵うものなし!」
と声をあげてみたが、早口すぎたようだ。
聞かれなくてよかった。
しかし実際困ったので、城下町で相談できる医者を探した。
医者に相談したら、これは祝福だから治らない。
そんな事よりもちゃんと生活しなさいと言われる。
「ぼ、僕を愚弄するか。医者風情が」
と言いかけてやめた。
お金払えてないし。
でもそうかも。と素直に思うのは僕の良いところだ。
まずは、自分の環境に慣れなければダメだ。
他の人が話すペースに慣れるのに1年かかった。
僕は「俊足お届け便」という配達のバイトをして生計を立てた。
本当は「神脚に託す貴殿の願い、かの元へ」にしたけど誰も頼まないので1時間でやめた。
それともっと速く動かないか訓練した。
結局、訓練する必要なんてなかった。
ちょっと頑張ったらどんどん速くなっていった。
他のことはからっきしダメだったのに。
そうやっていくうちに「俊足お届け便」の評判はうなぎのぼりになり、とうとう王家にも利用されるようになった。
ある日、大臣からこんな話を持ちかけられる。
「シュンよ、お前はどこまで速くなるのかね」
「私は風、既に我が領域は神の領域まで届かん」
「ほう、わからんのだな。では、その速さは武器になるかね?」
「流石の僕でも、万物を相手にする事は出来ませぬ。ただ、一陣の風なれば。しかし全てに敵わぬと思うな」
「なるほど、それなりに戦えるが、試してない、と」
「大臣さん、普通に答えないでよ」
「いやいや、すまん。あともう少し語彙を増やし、一人称は統一せよ」
ちゃんと相手にしてくれたと思ったら白ける。
王様に謁見する事になった。
大臣さんからは、私で通すようにアドバイスを貰ってしまう。
「お前が、シュンと申すのか。我はナントナーク・サード。そなたの噂は聞いておる・・・」
一拍置いて王様がニヤリと笑う。
「神速の・・・シュンよ」
僕は有頂天になって答えた。
大臣さんが、ニヤリと笑ったのは気がついてない。
「王様からそのようなお言葉を頂くとは、我が誉れにございます。いかにも、神速のシュンにてございます」
「聞けば神速の・・・そう呼んで構わぬかな?」
「は、はははは、はい〜」
ここで一気に舞い上がった。僕が神速の通り名を。
「聞けばその速さは神の如く。つまり戦いの場となれど、追いつくものなどおらぬであろう。のう、神速の」
「私が走れば風を切るが如く。私が跳べば、それは大地を敵にするかの如く。森羅万象手中に収めるは容易いか、と。ふふふ」
「それは頼もしい。では・・・魔王・・・などはどうかのう?」
「魔王?ハッ、そのようなもの。我が風にて塵とするも、欠伸が出るほどの些事にて」
僕はさらに調子に乗ってた。
「私は本来戦いを望まぬ身。ならば魔族とて不殺をもって凱旋のお約束を!!」
王様と大臣さんはニヤリと同時に笑った。
「よくぞ言った!シュンよ、そなたに勇者の称号を託す。魔王を撃破せよ!!」
「え・・・」
ハメられた。
色々言い訳を考えたけど、全部聞こえないフリをされた。
神速の勇者シュンの言葉、まさに神速、とか言って。
言い訳全部に返事しているのに聞こえていないわけがないよ。
しょうがないので魔王城に向かう事にした。
言った手前、やるだけやってみる。
ダメなら逃げる。
魔族の国に入る。
怖いから、魔族を見かけたら逃げるか隠れるかした。
キリがないので、魔王城まで一気に走る事にする。
魔王城に着くと、そこは6階の塔。
大臣さんの情報だと。
魔王には五天と呼ばれる配下がいるとのこと。
1階に入ると、土の巨人がいた。
寝ているらしい。
面倒なので僕は一気に2階に駆け上がった。
下で「あれ?扉閉めてなかったっけ」とか聞こえる。
2階に行くと、炎の魔人が座っていた。
「ほう、イワーを破ったか」
上から目線ウゼエ。
熱気がイライラさせる。早く終わらせたい。
「はい。通り過ぎるように」
嘘は言ってない。
「我が名はゴウエン。いざ参らん」
「僕は神速の勇者シュン。逃げるなら今のうちだよ」
そう言った瞬間に、僕はゴウエンの周りを走り始めた。
攻撃してくるけど、避けることは簡単だし。
次第にゴウエンの炎が僕の作った風に巻き上げられて行く。
「むむ、ち、力が・・・抜ける」
ヒザをつくゴウエン。
もう炎はなかった。
「よかった、呆気なくて」
僕は上に登る。
3階。
氷の女王、ヒョウ、どんな人かな。
美人さんでした。ヒュー。
「妾は氷の女王、ヒョウ 」
冷たい目で見てる。流石だ氷の女王。
僕はニヤリと笑う。
「私は神速の勇者、シュン。何故そのような悲しい目を?」
ハッとする女王。
これまで女性に、こんな風にカッコつけて話して空振りドン引きする事100人では終わらなかった。
でも、"いける"気がする。
「そなたには!!・・・関係の、ない事」
「関係のないこと?なにを言うんですか。この悠久とも言える、この世界の歴史の中で、星の瞬きにも満たない瞬間、私は貴方の虜となった」
あれ、こんな事言うつもりないのに。
「この神速をもってしても届かぬ所、貴方は知るまい」
「そ、それは・・・?」
女王の顔が赤い。
「そう、それは・・・貴方の心」
ズキューーン
あ、なんか聞こえた。
女王がフラっと倒れる。
僕は自分の胸に飛び込むようになるよう移動し、
「やっと届きました、まずはその瞳から私を満たしたい」
「妾の・・・負けじゃ」
オゥ、勝った。
ヒョウさんは外見に合わないほど、楽しい人だった。
この外見と属性のせいで誰も寄り付かないらしい。
何時間か楽しい会話をして、上に向かった。
また会う約束もした。
種族関係ない。
4階。
風の騎士、フウ。
まずい、感覚的に同じ匂いがする。
強敵だ。
しかも背中を向けて外見てる。
マントがたなびいている。
クソっ・・・ベストポジション。
振り向きざまに一言。
ニヤリと笑って。
「我が名は風の騎士、フウ」
負けられない。
「私は神速の勇者、そして一陣の風、シュン」
フッと指を吹くと仕込みの銀粉が舞う。
ククク、悔しそうだ。
「やはり貴様か、我以外に風の名を使う不届き者は」
「私は風と共に生き、風と共に来た。それだけ」
「1つの時代に風を名乗る者は2人も要らぬ」
「フッ。時代だと?始まってもいないお前の時代など、知らぬ」
「・・・言わせておけば!」
フウは実質的にも強敵だった。
攻撃は絶対に当たらないけど、当てられない。
「本気でこんのか。愚弄しおって」
あ、怒らせちゃった。
「不殺」
「な、なんだと?!」
「私はこの強大な能力を封印している。その誓いこそ、不殺」
「クッ、ここまで覚悟の違いが」
フウさんから殺気が消えた。
「負けで良い、ただ、貴様の信念、最後まで見させてもらう」
「ああ、そうしてくれ」
僕は階段を登った。
「・・・次でも同じ事が言えるか。貴様次第だ」
そして5階。
闇の大司教、ダーク。
この人も背中向けてるよ。
仕方ないので声をかける、
「さあ、俺が相手だ。五天のダークよ」
「・・・この上には誰もいない」
「なんだと?」
「私が魔王。魔王ダークじゃ」
振り向いたその顔は。
「だ、大臣さん?!」
ちょっといきなりで何も用意してなかった。
あわてて取り繕う。
「や、や、やはりな。我輩もそう思ったわ」
「ほう、虚勢をはるの」
「私に見えぬものなどない」
「勇者よ、改めて名を聞こう」
「僕は神速の勇者、ショウ」
「・・・もう少し一人称をだな」
「うるさいなあ。言われなくてもわかってるよ」
魔王は一息ついた。
「お前を勇者に推薦したのは私だ」
「おかしいと思ったよ」
「そうじゃな。さっさとやられて、勇者敗北、国の士気を下げた上で侵攻するつもりだった」
「ふーん。それで?」
大臣さん、いや魔王は僕を睨みつけた。
「よもやここまで来るとは。しかも本当に不殺」
「私の中で勇者シュンよ。既に脅威なんじゃ。覚悟せよ」
後ろから気配がする。
「待ってください。お父様」
「ヒョウ、来たか」
え、お父さんなの。
「もうやめましょう、無益です」
「ならん。我が一族、謂れなき迫害をどれだけ受けて来たか」
「わかっております。しかし、このシュンは」
「こいつが1番わかっておらん!」
ひ、ひどい。
「だいたいこいつはいい年もしてろくに働かず、口を開けばやたらおかしな言い回・・・」
「わー!!わー!!関係ないよ?!話もどして!?」
「・・・わかっているのです。シュン」
えー、わかってるって?すげー恥ずかしい。
「よくわからない言い回しは置いておいて」
あ、置くんだ。
「彼ほど純粋に、そして分け隔てなく接する人がいる。それを私は知りました」
「「じゅ、純粋?・・・」」
あ、魔王とハモった。
「私は彼に賭けたいのです。新しい時代を」
ヒョウさん泣き始めた。そっと肩に手を置こうとしたら、後ろに魔王がいて手を止めた。
「それは許さん」
「そ、そんなお父様・・・」
「いや、違う。そっちじゃない。こっちのことだ」
「そんな、お義父さん」
「いや、まだ私は貴様を」
「!・・・まだ、ということは・・・お父様」
ヒョウさんが、魔王を抱きしめる。
「興が削がれたわ・・・シュン。好きにしろ」
「え、それはどういう」
「ワシは魔王じゃ。あの国に連れて行けば英雄。憧れていたろう?」
「それは」
ヒョウさんも魔王の後に下がり、膝をつく。
「私も・・・同じです」
僕は、僕は。
「嫌です。僕は僕の目の前で誰も傷ついて欲しくない」
2人をまっすぐにみる。
「言ったじゃないですか。新しい時代を、と。時代は1人では作れません」
魔王が笑う。
「甘ちゃんじゃな」
「いいんです。それで」
「私もそう思います」
「じゃご飯でも食べて考えましょう。お義父さん」
「・・・そこは認めておらぬが」
本当に新しい時代の幕開けになると思うよ。
僕はそう思った。
--その後勇者がどこに行ったかはわからない。
しかし、この勇者を長年調べた歴史家が「勇者シュンの足跡」にてこう綴り始める。
"歴代の勇者中でこれほど「何もせず、そして成した勇者はいない」と。種族間の交流、同盟。人という枠組みで収まりがちな勇者の範囲を政治レベルまで引き上げた好例である。
またそれは義理の父とその妻との助力なしでは語れない。彼らは種族の枠を自ら越えた先駆者だからである。また・・・"
ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
このシリーズ一旦切ります。
シリーズを出してみたかったからなんですが、頭、力、速さなので。
思いついたらまた書きます。