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死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第1章 幼少期~暗闇と救済編~
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08 図書室とわたしのやりたいこと

予告通り軽め、なのかな?

物語の明暗がはっきり伝わっていることを願います!

 ティファニアの意識が戻ったのは、あれから3日後だった。

 その間、屋敷の使用人たちは花瓶を割りそうになったり、いつもより葉を多く切り過ぎたり、へんてこな味の料理を作ったりとティファニアを心配して小さな珍事件がいっぱい起きた。その為、ティファニアが起きたと聞かされたときは全員が仕事を放り出してティファニアの部屋に押しかけそうになったくらい大いに喜んだ。

 最初はお見舞いにみんなが来てくれたと喜んだティファニアであったが、今は俯いてなるべく前を見ないようにしていた。

 それは、アリッサが目の前にいるからだ。


「お嬢様、何があったか教えていただけますか?」


 アリッサの顔は笑っているが、目の奥はとても冷めている。そんなアリッサの視線に耐えきれなくなり、ティファニアは余儀なく下を向くことになったのだ。


「……なにもなかったよ。ちょっとおはなししただけ」


 拗ねるように口を尖らせながらティファニアは聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く。

 普段ならお嬢様は拗ねた顔もかわいいなと思うところ……いや、実際に思ったアリッサだが、今回は真相を聞くまでティファニアから追及をやめることはできない。


「お嬢様、本当に何もなかったならば私の眼を見て言ってください」

「うっ、やだ。だって、……アリッサおこってるもん」

「怒ってませんよ、お嬢様。このアリッサがお嬢様を怒るわけありません」

「おこってるじゃん! いまのアリッサこわいもん!!」


 ガーンと突然雷に打たれるアリッサ。いや、雷に打たれたかのようなショックを受け、崩れ落ちた。


(お嬢様に怖いって、まさか怖いって言われるなんて…。―――もう、死ねる……)


 前方からばさりという音が聞こえ、ティファニアが恐る恐る顔を挙げた。すると、ショックで絶望の表情をしたアリッサが何かぶつぶつ言っていた。かすかに聞こえた呟きの中に、死のうという言葉があったので、ティファニアは慌ててフォローする。


「う、うそ! うそだから! ティーはアリッサのことこわいっておもったことないから! いつもやさしいから!!」

「―――本当ですかぁぁ!」

「うん! そうそう! アリッサはいつもやさしくて、ティーはアリッサのことだいすきだよ!!」

「お嬢様っ!!」


 そうやって両手を胸の前で組み、感動するアリッサを見て、ティファニアは安心した。いつも面倒を見てくれるアリッサにはこれ以上心配をかけたくない。そして、アリッサに嫌われるのは絶対に嫌なのだ。

 話が逸れてきたので丁度いいとティファニアは思い、話題を変える。


「ねぇ、アリッサ、おなかすいた」

「……はっ、ここは天国ですか!?」


 少し思考が天国まで飛んでいたらしいアリッサはこほんと咳ばらいをし、仕切り直す。そして、何事もなかったかのようににこりと笑う。


「すぐに用意できますよ。少々お待ちください」

「うん!!」


 ティファニアはうまくさっきの話から抜け出せたことに安堵する。

 ティファニアは暴力を耐える以外で乗り越える方法を知らない。逃げても、やり返しても自分に倍以上で返ってきたからだ。だから、ティファニアは自分が耐えればいい、と。自分さえ何も言わなければ、ルシアの家族も害されないし、何の問題もない、そうティファニアは思った。その為、この件については誰にも言わないのだ。誰にも、何も。


「今日の料理は料理長が腕によりをかけて作ったそうですよ。お嬢様が回復なされたお祝いですわ」

「わぁぁぁぁ! シチューだぁぁ!!」


 目の前に置かれたのは、ティファニアの大好物であるホワイトシチューであった。

 ウルタリア侯爵邸の料理人はかなり腕がいいことで一部では有名だ。しかし、料理長は未だにティファニアから一番好きな料理に自分の作ったものが認定してもらえず、悔しさを噛み締める毎日を送っている。それはもちろんティファニアの一番好きなものがラティスが作った料理であるからなのだが、料理長にとって料理の腕に関しては主とかそんなの関係ない。ラティスを勝手にライバル認定し、なんとかウルタリア家の天使、ティファニアの一番好きな料理に認定されたいのだ。

 今日のシチューは料理長が今までのティファニアの好きな料理を分析し、そして、一番好きな味になるように丁寧に、時間をかけて作ったものだ。料理長が自信があると言ってアリッサに託した最高の一品なのである。


「お嬢様、とても熱いですからお気を付けてくださいませ」

「うん!!」


 アリッサが注意すると、ティファニアは元気に返事をした。そして、スプーンで掬い、ふーふーと冷ましてから口に運ぶ。

 はむっと可愛い桃色の口にシチューが消えていくと、ティファニアは目をキラキラ輝かせた。


「おいひ~~~!!」


 口に広がる濃厚なシチューとほろりと崩れる甘いニンジンやジャガイモ。ティファニアの子供舌に合わせたのか、少し甘めの味付けだが、全くくどくない。

 ティファニアは、一口目を味わうと、がつがつと残りのシチューを味わって食べた。最近はゆっくり食べるティファニアだが、今回はすぐにぺろりと食べ終わってしまった。


「あ~、おいしかったぁ」


 ティファニアが食べ終わると、アリッサは食器を下げながら恐る恐るティファニアに聞く。


「今日の料理ですが、その、お嬢様の中で何番目で好きですか?」

「うーん、なんばんめかなぁ……」


 手を顎に当て、うんうん考えるティファニアにアリッサはごくりと息をのむ。決してラティスばかりいい思いをしているから1回くらい負けろとは思っていない。思っていないのだ。


「うーん……、やっぱり2ばんめ!!」


 そう元気よく宣言するティファニアにアリッサは肩を落とし、今日も料理長は枕を涙で濡らすだろうと思った。

 どうやら1番の壁はそう簡単に乗り越えられるものではなかったようである。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ティファニアの外出許可が出たのはそれからもう2日経ってからだった。目が覚めたと言っても、熱は下がりきっておらず、安静にするように言われたからだ。

 熱は昨日のうちに下がったが、最初は今日まで安静にするようにとティファニアは医者に言われた。しかし、図書室だけだからと医者に懇願して外出許可を得ることができたのだ。決して医者がティファニアのうるうるした目をみて、断り切れなかっただけではないと願いたい。

 その為、診察が終わってからティファニアは上機嫌であった。お決まりの鼻歌とスキップでうきうきしながら図書室への道のりを歩く。


「ふふふ~ん、ふふ~ん」

「お嬢様、今からそんなに調子では図書室に行ってもすぐ疲れてしまいますよ」

「はっ、そうだった!!」


 前に楽しみになり過ぎて熱を出したことがあるティファニアはすぐに鼻歌とスキップをやめる。しかし、嬉しさで口元が緩むのは抑えられなかったようだ。少し口角が上がり、にやにやが抑えられない。


(やっと、久しぶりの図書室だぁぁ! 起きてからずっと暇だったから早く行きたかったんだよね!)


 先日アドリエンヌに阻止されたため、1週間ぶりの図書室だ。ウルタリア侯爵邸の図書室は大きく、個人で図書館を開けるのではないかという蔵書量だ。ウルタリア侯爵邸には本館と別館と呼ばれる4つの屋敷があるが、そのうちの一つである『曇りの館』がほとんど全て図書室なのである。図書館と言ってもおかしくない。ラティスの数代前の侯爵が無類の本の収集家だったため、そのラインナップは多岐に渡る。

 ティファニアは図書室に入ると、本のにおいをいっぱい吸い込んだ。そして、前に読んでいた本が置かれている棚へ向かう。


 ティファニアは本を読むのが好きだ。前世のティファニアもそこそこ好きだったので、その影響もあるかもしれないが、とにかく本を読むのが好きだ。

 それは最初は新しく覚えた文字を読むのが楽しかったというのがあるが、今はそれだけではない。当初の目的である後悔しないで生ききるという目標を達成するためだ。

 スラムの様子を知るティファニアはあの汚く、臭く、醜く、何の助けもなかったあの場所をなくしたいと思った。ただの子供の理想に過ぎないが、あの見捨てられた街を助け、最終的にはそこに行かざる得ない人をなくしたいと思ったのだ。

 ティファニアにしかできないことではない。誰か貴族がやろうと思い、実行すれば少なくとも見捨てられたあの街を助けることくらいはできるだろう。しかし、ティファニアがラティス以外の救いがなかったように、実際に実行する人はいない。

 だからこそティファニアは自分がやろうと思ったのだ。あんな世界を見て、過ごしてきた彼女だからこそ彼らが望んでいることは分かる。ティファニア自身もずっと望んできたことだからだ。あの世界を見てしまった彼女には後悔したくないからという理由がなくとも救わないという選択肢は取れないだろう。それほどあの場所はティファニアにとって壮絶で、ラティスの救いは素晴らしいものだったからだ。

 しかし、それは簡単なことではない。そんなことはティファニアにも分かっていた。分かりきっているのである。その為、ティファニアはすぐに行動に移すのではなく、準備をすることにした。子供が出した安直な救済案では一蹴されるのは目に見えているからだ。確実に成功するような、実行に移せるような計画を作り上げるための準備だ。


 ティファニアの目の前の棚には、ウルタリア侯爵領のこの20年の収穫量や物流の流れに関する資料や就職率、死亡率、税収などの資料が広がっている。

 ティファニアはその重い資料を引っ張り出し、近くの机まで引きずりそうになりながら持って行った。ばさりと資料を机に置き、目を通す。


(やっぱり、ウルタリア侯爵領でもスラムはあるみたいだね……)


 ウルタリア侯爵領は国内では比較的豊かな土地と言われているが、それでも貧困層は一定数は存在する。その者たちが暮らすスラムが領都の近くに存在しているのだ。

 ティファニアはまずは自分の手の届く範囲であるウルタリア侯爵領のスラムから救うつもりだ。他の場所がどうでもいいというわけではなく、ティファニアがいかに素晴らしいスラム救済案を国に出してもそれを実行することがないと言いきれたからだ。

 ティファニアの救済案には前世で行われていたことを組み込む予定だ。それはこの世界では初めてであるものばかりであり、国の仕組みの根幹に関わるものだ。そんな案件はうまくいく保証がないのに通るはずがない。

 だからこそティファニアは領内でそれを行い、成功する保証にするつもりなのだ。

 ティファニアの計画はその場限りのものではない。長期的な、将来的にスラムを国内からなくすための計画なのだ。


(まずはスラムの人たちの生活のために職を与えないといけない、かな。そして、将来的になるべくいい職に就くために教育も必要だよね。教育については義務教育期間をもうけたいと思う、けど、日本みたいに9年も週5通うのは無理だと思うな。子供たちに農作業や仕事を手伝わせている親もいるからね。それについては調整が必要かな……)


 そうやって、ティファニアは日本での知識組み込んだ計画を紙に書いていく。

 ティファニアがうんうんと悩んでいると、コトリと音がして、隣にいい香りの紅茶が置かれた。横ではアリッサが少し心配そうにティファニアの方を見ていた。


「お嬢様、根を詰め過ぎないでくださいね」


 どうやら1時間以上も経っていたらしく、ティファニアも少し喉が渇いていた。ありがとうと言ってペンを置き、紅茶をふーふーと冷ます。


「お嬢様が賢いのは存じておりましたが、ずいぶんと難しいことを考えてらっしゃるのですね」


 ティファニアはぎくりとし、同時に少し顔を青くした。アリッサに変に思われてしまったらどうしよう、と思ったからだ。

 ティファニアがラティスやアリッサの前で年相応なのは演技などではなく、素だ。口調やしぐさ、抱き着いたり手を繋いだりするのは子供っぽく見せるためではない。甘えたい盛りのティファニアそのものなのだ。

 しかし、前世のことや少し難しいことを考えると思考の年齢が上にシフトされるように変わる。わざとではなく、勝手に切り替わるのだ。


(普通の人から見れば、こんなことを紙に書きだす4歳なんておかしすぎるよね……。アリッサに嫌われたらどうしよう…!)


 そんなことを考え焦るティファニアをよそに、アリッサはティファニアが書いていた紙を覗いた。

 ティファニアは咄嗟に手で隠そうとするが、間に合わなかった。アリッサはふんふんと納得したように一人で頷く。

 さっとティファニアの顔から血の気が引いた。


「さすが、お嬢様です! この案件は素晴らしいと思いますわ!!」

「………えっ?」

「私としては、この職を与えるというのに道路整備のための工事をすればいいと思いますわ」


 ティファニアはぽかんと口を開けた。てっきり気持ち悪い、おかしいと言われると思ったからだ。最も、その程度でそんな風に思うほどアリッサのティファニア愛はやわではないのだが、ティファニアは焦っていてアリッサを信じることを忘れてしまっていた。


(これは、前世で言う一種の親バカなのかな……?)


「あの、アリッサ?」

「はい、お嬢様。私、学園にいたころはこれでも成績優秀だったのですよ。お嬢様の役に立つのでしたら、いくらでも頼ってくださいませ!」

「あ、あの……」


 「変だと思わないの?」と聞こうとしたティファニアだったが、こちらを見て微笑んでいるアリッサにとってはそんなことは関係ないと分かった。目の奥が熱くなる。


「ありがとう、アリッサ」

「どうかされましたか、お嬢様?」

「ううん、あのね、紅茶がおいしかったからありがとうって思ったの」

「それはようございました。―――それで、こちらなのですが……」


 少し首を傾げていたアリッサだったが、直ぐにティファニアが書いていた内容について自分の考えを述べる。

 ティファニアはずっと満面の笑みのままアリッサの述べる改善点や意見を聞いた。彼女が優秀だったというのは本当のようで、何か所かアリッサの意見を取り入れることになった。


 その日はスラム救済案が進んだだけでなく、アリッサとの仲も深められたティファニアはただただアリッサの深い愛情に感謝した。


アリッサはティファニアのお母さんのような人です。

ずっとそばにいて何をしても受け入れてくれ、何があっても守ってくれて、何があっても一緒にいてくれる、そんな存在です。

ラティスと同列の存在なんです。


元々、2,3000字でやる予定だったのに、文字数が大分多くなってきちゃいました…。

最初が少ないのはそのせいです。

一話一話が重いと思いましたら知らせていただけると助かります。

分割したりと対策を取りますので。


蛇足。

ウルタリア侯爵邸について。

本館を中心に北西に「雨の館」、北東に「曇りの館」、南西に「晴れの館」、南東に「雷の館」があります。本館から通路があるので一応繋がっています。

本館は1階を「太陽の階」、2階を「月の階」という設定です。

ティファニアとラティスは「月の階」に住んでいます。アドリエンヌとティリアは「雨の館」で使用人達は「雷の館」に住んでいることになっています。

名前に意味はありません。十数代前に嫁いできたお茶目な王女様が命名したということにしておいてください(笑)

本編には全く関係ありませんので、読み流していただいても全然大丈夫です。


次回、料理長と修行の旅(嘘)

お楽しみに!

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