閑話 その色が忌避される理由
前の話を読み返して、一度もこの話を入れてなかったなと思ったので。
時系列的には王家のお茶会の後らへん。
薄暗い部屋の中、とぽりとグラスにワインが注がれる音が響いた。
ソファに挟まれているセンターテーブルには高いワイングラスが二つ並んでいた。
「なかなか、面白い顔だね?」
ワインボトルを置くと、男――アルベルトは自分の正面に座っている友人――ラティスに茶化すように言った。
それを彼はむすっとした顔で答える。
「俺は全く面白くない。むしろ不愉快だ」
ふんっと鼻を鳴らし、不機嫌な顔のままでラティスはワイングラスを手に取った。
アルベルトはその反応に小さく笑うと自分もグラスを手に取ってカチリと杯を交わす。
「まあ、そうだろうね。昔もそんな顔をしていたよ。―――レイフィアの時も」
「俺がどうこう言われるのは構わないが、ティーやフィアが言われるのは気に食わん」
ラティスはワインを仰ぐと、ドカリとソファに背中を預けた。
思い出すのは先日ティファニアが参加したお茶会の件だ。どうやら可愛い娘はその髪の色のせいで多くの同世代の子供たちから避けられ、結局シャルルやユリウス以外誰とも話さずに終わったそうだ。
ラティスはティファニアが最近よく梳いてくれる自分の髪をくしゃりとかきあげた。
「そもそも、白が不吉だっていう迷信を信じている奴らがおかしいんだ」
チッと舌を打つ。
この国では王族の髪の色のせいか、黒が尊い色という考えがある。
エルフィリス建国記によると、昔この土地には白い髪に紅い瞳をした『悪魔の一族』が巣食っていたそうだ。『悪魔の一族』は『まじない』を使うことができ、その力で先住民を追い出し、この土地を奪った。
この土地には神の涙といわれる泉があり、『まじない』を強化させる効果があった。その泉がある場所を先住民たちは聖地と呼んでいた。そこを『悪魔の一族』が手に入れたことで彼らは力を増し、周辺部族や国々をどんどん飲み込んでいった。圧倒的な力で攻め入れられ、蹂躙される様は紅の時代だったと言い伝えられている。
しかし、恐怖の時代はある日唐突に終わった。
神が辺境へと追いやられていた先住民たちに慈悲を与えたのだ。神は漆黒の髪と黄金の瞳を持つ先住民の若頭を筆頭に『まじない』の力を与えた。そして、その力で先住民たちは『悪魔の一族』を打ち滅ぼし、聖地ともともと住んでいた土地を取り戻したのだ。
―――それが、エルフィリス王国になったという。
それからだった。
白い髪は尊い王族の色を打ち消す『悪魔の一族』の生まれ変わり、と言われ、迫害されてきた。
ラティスやティファニアの白金色、そして、レイフィアの白に近い銀髪が不吉だと言われたのもそれ故だった。
「あの建国記が本当だとしたら、『悪魔の一族』は神々が滅ぼしたんだから俺達には関係ないだろう」
「まあ、そうなんだがな。そういった偏見はすぐになくなるわけがない。お前が身をもって知っているだろう?」
ラティスも昔はそうだった。
姉たちは美しい金髪をしているが、ラティスは白金色だった。おかげで正面から会うときは侯爵家の跡取り息子だと媚びへつらわれても裏だとひどい言われようだった。怪訝そうに見られたり、地味な嫌がらせなどもあり、小さいころに性格がすさんでしまったのも仕方がない。
それを変えてくれたのは幼馴染のアルベルトや現王のイェレミアスで、イェレミアスに外遊に連れて行ってもらった時には偏見も全くない外国に胸が躍った。外交官になったのはそれが理由だった。
当時のことを思い出し、ラティスはふっと乾いた笑みを浮かべた。
「ああ、よく知っている。―――だが、だからといって納得できるわけではない」
自分の色が忌避される理由はよくわかる。しかし、それによって愛娘が嫌な思いをするのは看過できない。
そうだろうな、というアルベルトの返事を聞き、ラティスはぐっと眉を寄せて一気にワインを仰いだ。そして、ボトルをつかんで自分のグラスになみなみ注いでまたワインを口にする。今日はやけにお酒が進んだ。
はぁ、とため息をこぼすと、ラティスは少しアルコールが回った頭で可愛い娘を思い出した。
「ティーはあんなに可愛くて、月の妖精みたいなのに―――……」
あまり知られている話ではないが、神話豊富なこの国には月の妖精と星の神の恋の物語がある。
ある日月の妖精に恋をした星の神が月の光を糧に生きている妖精を月に隠れて見守りつつ、時折惑う星にその身を変えて愛しい彼女に会いに行く。そんな神と妖精の恋の話。
ラティスは幼い時分にこの話をウルタリアの図書室で見つけたとき、思わず息をのんで見惚れた。自分と同じ白金の髪に朝焼けの赤と紫と青が混ざった美しい瞳の美しい少女。
レイフィアと初めて出会ったときは、彼女が月の妖精なのではないかと思った。そして、レイフィアにそっくりに生まれた二人の娘たちもラティスにとって月の妖精そのものだ。
可愛い娘に思いを馳せ、はぁ、と先ほどとは違う意味で溜息がこぼれた。
「―――もういっそ、そういうことにしてしまえばいいじゃないか?」
しかし、アルベルトの言葉でその浮かぶような幸せな思考は遮られる。
ラティスはむっとした顔でアルベルトを見るが、そんな彼は気にせずに笑ってつづけた。
「ティファニアを月の妖精にしてしまえばいいじゃないか」
つまりアルベルトが言うにはこういうことだろう。
ティファニアを月の妖精のようだと噂を広め、偏見を薄める、と。
もちろんそれなりの地位があるラティスとアルベルトが裏で手を回せばそんなこと簡単だ。しかし、ラティスはいい顔をしなかった。
「いや、それは……」
「何が不満なんだ? ティファニアの憂いがなくなるだろう?」
「そうだが……」
珍しく歯切れが悪いラティスにアルベルトは首を傾げる。この幼馴染は言いたいことははっきり言う性分なのだ。子供のころからそれは変わらない。だが、ラティスはなかなか口を開かなかった。早くしろ、とアルベルトが促すと、苦い顔をされた。
どうやらラティス自身そうしようと思ったことはあるそうだ。だが、問題は―――
「それで、ティーに変な虫がついたらと思うと……」
ラティスの情けない声にアルベルトはがくりと項垂れた。そして、一拍置くとワイングラスをテーブルに置く。
「じゃあ、明日から手を回すか。俺はイェレミアスと計画するからお前はライトリアにでも話を通しておけ」
決定事項を伝えるように淡々と告げられたそれにラティスも今回ばかりは愛娘の悲しい顔を見るよりは、と素直にうなずくしかなかった。
蛇足。
実際は『悪魔の一族』で白髪紅眼だったのはその一族で一番偉かった人だけ。
詳細はいつかツクヨミが説明します。




