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死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第3章 少女期~邂逅と決意編~
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40 わたしと転生者

(考えもしなかった……!)


 ウルタリアの屋敷につき、自室に戻ると、ティファニアは力なくベッドにばふんっと埋まった。


(ああっ!! 考えもしなかった……! まさか、まさか、ヒロインが同じ転生者だったなんて……!)


 ティファニアは先ほどの寒気を思い出し、自分の身体を抱くように身を縮めた。

 思いもよらなかったのだ。まさか、ヒロインである妹が転生者であり、そして、乙女ゲームのことを知っているだなんて。

 この世界に自分以外の転生者がいることをティファニアは知っていた。とても身近なところにいたのだ。本人から直接聞いたわけではないが、言動に加え、彼女の知識はこの世界の水準以上のものだった。日本かはともかく、転生者であると思ってもいいだろう。

 しかし、まさか、妹も転生者であるだなんて、思いもしなかった。

 ティファニアが思うに、転生者の数は少ない。もし多ければ、この世界の文化水準はもう少し高くてもおかしくないのだ。しかし、そうでないのならば、少ないと考えるのが妥当だ。なのにもかかわらず、ティファニアは転生者に会うことができた。だからもう会うことはないだろうと勝手に思っていたのだ。

 ティファニアは強張った肩の力を抜き、ふわふわの枕を抱きしめると、考えるように目を閉じた。


(ユフィシアは、……ヒロインは乙女ゲームのことを知っていた。じゃあ、シナリオはどうなるんだろう……?)


 『呪いのいばら姫』はティファニアのあだ名であった。それは社交界で広まっているものであったが、今のティファニアの、ではない。ゲーム内でのティファニアの、だ。今のティファニアは自分のあだ名など聞いたことがない。社交界に詳しいラティスやシャルルからもなにも情報が回ってきていないので、そう言った二つ名のようなものはないと考えている。つまり、『呪いのいばら姫』という言葉を知っている時点で、ユフィシアは『白いアザレアを君に捧ぐ~あなたに愛されて幸せ~』の乙女ゲームを知っていることになる。

 ユフィシアが転生者であることが分かり、乙女ゲームのことを知っているとなれば、ティファニアが気になるのはゲームのシナリオがどう変わるかと言うことだった。

 既にシナリオはティファニアが生まれる前からゲーム通り進んでいない。それに加え、ティファニアが行動したことでシャルル、ティリア、ユリウスの過去も変わっている。だから、シナリオ通りに進むわけない。攻略対象者がヒロインに恋に落ちても、自分は邪魔をする気はないのだから、ゲーム通り死ぬわけがない。そう、ティファニアは自分に言い聞かせても、ユフィシアが最後に見せたあの笑顔が、虫が這うようなあの時の悪寒が、信じ切らせてくれなかった。


(奪うって……? ユフィシアが言った、奪うって、まさか……?)


 ユフィシアは全て奪うと言った。それはつまり、ティファニアを死へ導くということだろうか。乙女ゲームを知っているヒロインが言うのならば、そういう意味になるのだろう。ティファニアはバッドエンドでもハッピーエンドでも死んでいるのだから。


「死にたく、ない……!」


 ぽつりと言葉が口から零れ落ちた。

 『死』とはティファニアにとっての一番の恐怖であった。朧気であるが、前世で死んだ時の記憶。スラムで毎日直面していた時の記憶。それらが今自分の身に起こるというのは、経験したことがある故に恐ろしかった。


「死にたくないよぉ……!」


 言葉にすると、『死』が近いことを実感してしまい、身体が震えた。


「大丈夫だよ、ティア。俺がいる」


 頼もしい声が聞こえ、ティファニアの身体は、ふわりと抱き締められた。その温かさがまだ生きていることを思い出させてくれる。


「ツクヨミ……」

「うん。ティアはあいつに奪われたりしないよ。俺がいるんだ。何も奪わせたりしない。大丈夫」


 ツクヨミはティファニアの額にちゅっと唇を落とすと、綺麗な紫の瞳の涙を指で拭った。そして、両瞼にも優しくキスをした。


「ああっ…! 俺のティアは年々可愛くなるなぁ!」


 感極まったような声でツクヨミはぎゅうぎゅうと腕の力を強めた。自分に甘えてくる姿があまりにもかわいかったのだ。

 自分を包む腕の力が強くなり、ティファニアは少しだけ頬を赤に染めた。


「ツ、ツクヨミ……! ち、近くない?」

「そう? いつもの距離だけど? それに、俺のティアが可愛いからしょうがない」


 うんうんと勝手に納得するツクヨミにティファニアは赤面するしかなかった。

 ツクヨミが抱き着いてくることは毎日だが、キスされるのは会った初日以来ほとんどなかった。そして、それらすべてがティファニアが落ち込み、宥めてくれる時だった。ラティスにもよくキスをされていたため慣れていたが、可愛いと言われた途端にツクヨミを異性として少しだけ意識してしまい、照れてしまったのだ。唯でさえツクヨミは端正な顔立ちで、ティファニアを見つめる眼差しは甘いのだ。照れないはずがない。


「もうっ……」


 ティファニアは赤くなった顔を隠すように俯くと、ツクヨミの手触りのいい髪をくるくると指に絡めた。

 ツクヨミの髪はもともと短かったが、今は長い。これはティファニアが誰かの髪をいじるのがとても好きだからだ。櫛で梳かし、三つ編みにしたり、ゆるくまとめたりと手ずからしたがる。そのせいで、シャルルもティリアも髪を切らずにわざわざ伸ばしている。ツクヨミもティファニアが好きと知ってからは魔法ですぐに長髪にしたのだ。

 そんなティファニアの可愛い仕草を見て、ツクヨミは満足げに頭のてっぺんにキスを落とした。


「ティア、落ち着いた?」

「……うん。ありがとう、ツクヨミ」

「よかった。あいつは、ティアの妹はティアから何も奪えない。だから、安心して?」


 こてんと首を傾げ、ティファニアの顔を覗き込むと、まだ頬の熱が冷めていない表情だった。とりあえず可愛いので、とツクヨミはティファニアの額にちゅっとキスをしておく。


「もーっ! ツ、ツクヨミは今日はキスし過ぎ―!! お父様じゃないんだからっ!!」

「へー、ラティスだったらいいの? ティアは俺のなのに?」


 少し怒気を含ませた低い声にティファニアはたじろいだ。


「そ、そういうわけじゃなくて……」


 ツクヨミの艶のある黒髪をいじりながらティファニアは口を尖らせた。そして、誤魔化すかのように言った。


「そ、そういえば、ツクヨミはフィーが転生者って知ってたの?」

「いや、フィーを見て初めて知った。記憶って言うのは魂に刻まれているものなんだ。ティアもそうだったけれど、前世の記憶の場合は魂の奥深くに守られるように存在している。俺たち契約者でもかなり詳しく調べないと転生者ってことは分からない。魂の持ち主がその記憶に気付いた時にやっと俺たちもわかるようになる。俺はティアとフィーは生まれてすぐにまじないを施したけど、フィーの方はよく調べてなかったから知らなかった。今日見て初めて知ったよ」

「へー、魂ってものがあるんだね」

「うん。これはどの世界でも共通だよ。まあ、魂の循環とか魂のエネルギーとかいろいろあるけど、それは説明がめんどいから追々、な」

「うん。……なんか、やっぱりツクヨミは神様だなって思う」


 しみじみとティファニアは言った。普段は自分とあまりにも近しいため、思うことがないが、世界の深淵を知っているツクヨミはやはりこの世界では特別な存在なのだと改めて実感する。


「まあ、俺は悪魔だけどな。ティアの魂は俺のだし」

「……うん。そうだけど、それよりも、フィーは転生者ってことしかわからなかったの?」


 ティファニアは暗に記憶は自分のように知ることができたか聞いた。ツクヨミはティファニアがあまり覚えていないはずの前世の記憶をすべて見ているらしいのだ。ユフィシアの記憶も見れてもおかしくない。


「いや、あいつの記憶は見たよ。一応全部」

「……じゃあ、前世がどんな人だったかわかる?」


 もし、ユフィシアの前世が分かるならば、これからの行動が少しでもわかると思ったのだ。ティファニアは下からツクヨミを見上げた。

 しかし、ツクヨミはティファニアの上目遣いに動揺もせず、少し考えるように目を背けただけだった。


「うーん、わかるけど、…教えない」

「な、なんで?」


 普段から我が儘をほとんど言わないティファニアだが、たまにするお願い事は断られたことがなかった。驚きに目を見開く。


「だって、ティアが本当に望むことじゃないでしょ?」


 ツクヨミは当然とばかりに言った。ニッと笑い、ティファニアの見つめる。

 当のティファニアは図星をさされ、うぐっと言葉に詰まった。自分が自分の人生を知られたくないと思っているのに、他人の人生を勝手に知るだなんて野暮なことは本当はしたくなかったのだ。


「そ、そうだけど、でも……」

「だいじょーぶ! あいつはティアに何にもできないよ」

「そうなの? ……じゃあ、シャル達には何かできるかもってこと?」


 先ほどからツクヨミは何度もティファニアは大丈夫だと言ってくれた。しかし、他の人が大丈夫だとは一言も言っていないのだ。

 すると、ツクヨミは少し悩んだ末に答えた。


「うーん、そこは俺の領分じゃないから」


 やはり、とティファニアは思う。

 この4年、一緒に過ごして分かったが、ツクヨミはティファニア以外は本当にどうでもいいのだ。何事もティファニアが最優先で考えている。現契約者であるウルタリア侯爵家当主のラティスでさえ、割とどうでもいいんだそうだ。


「ねえ、ツクヨミ、最期までわたしを守ってくれる?」


 少し揺らいで瞳でティファニアはツクヨミを見上げた。誰かに大丈夫だ、守ってやる、と言ってもらえないと、頑張って一つ一つ心に積み上げてきた障壁が直ぐにでも瓦解してしまいそうだった。


「当たり前だ。俺が俺のティアを守るのは当然だろう?」


 ツクヨミはニカッと笑って、大きく頷くと、まるでティファニアがしてほしいことを分かっていたかのように今にも崩れそうなティファニアの心の障壁を支えてれた。

 その言葉に、ああ、自分は安全だ、とティファニアは確信できた。本人は悪魔と言っているが、神と呼ばれるような存在が味方に付いているのだ。頼もしい限りである。いや、神じゃなくてもツクヨミがいつもついてくれる、その事実だけでティファニアには安心だった。

 じゃあ、とティファニアは思う。


「対策しないと」

「へっ?」


 ティファニアは決意するようにぐっと拳を握った。隣から素っ頓狂な声が上がる。


「対策だよ。あの女・・・をシャル達に近づけないための」

「うーん、ティアがしなくてもよくない? それに、元々はヒロインが現れたら応援する気だったんでしょ?」


 確かにティファニアはヒロインが現れ、もし攻略者の誰かと恋に落ちることがあったら邪魔せずに応援する気だった。ティファニアはゲームでは悪役であったが、今はただの一人の姉として妹の恋を応援したかったのだ。しかし、ヒロインが、妹があれ・・ならば、話も変わる。


「うん。でも、気が変わった。あいつには渡さない。シャルもリアもユーリ殿下も」

「なんで?」

「大事、だから。それに、これ以上後悔したくないもん」


 ティファニアは一瞬寂しげな顔をすると、目を伏せて先ほどのユフィシアを思い出した。


あの女・・・、シャル達に興味を持ってた。たぶん、あいつの前世は男慣れしてると思う。最後に見せたあの顔、あれは人の男をよく奪ってきたやつの顔だよ。あいつ、絶対に性格悪い」

「まあ、性格は確かに悪そうだよね」


 ツクヨミの同意を得て、ティファニアはうんと頷いた。

 ティファニアは知っていた。ユフィシアが最後に見せたあの表情を。あれは人の男を奪って楽しむやつの顔だ。スラムにもそういう娼婦たちがいた。ああいった輩は可愛い顔をしてえげつないことをするのだ。そんな女に大事なシャルル達を渡すわけがない。


「とりあえず、シャル達をあの女・・・に近づけさせないようにするから。絶対に渡さねぇよ」

「……ふーん、じゃあ、他の攻略者たちは?」


 ツクヨミが面白くなさそうにティファニアを撫でた。声のトーンも心なしか低い。


「それは、……必要ならば、対応する」

「第一王子も? 教師も? 騎士も?」

「……うん」


 ティファニアは遠慮がちに答えた。

 出会ったことのある第一王子のジュリアンには近づけさせたくないとは思うが、そこまで仲がいいわけではない。ティファニアにできることはほとんどないだろう。教師になっているはずのウルリヒに関しては、黒いもやがかかって近づけずあれ以来接点がないのだ。こちらもなすすべなしだ。騎士はティファニアは関わってさえいない。ティファニアはそこまで気を回すほど余裕はない。


「ティアがそれでいいなら、俺はいいと思うよ。まあ、あいつらが鬱陶しいとは思うけど。俺はティアがしたいことを手伝うだけだから」


 ツクヨミはいつもシャルル達を嫌っていることを隠しもしない。ティファニアはそれに苦笑しながらもありがとう、と笑い、そして、少し背筋を伸ばして斜め上の綺麗な肌にキスをした。ティファニアから行動するのはそれが初めてであった。

 先ほどの余裕とは打って変わってティファニアの唇が触れた頬を抑え、真っ赤に染まったツクヨミを満足げに見ると、ティファニアはまた笑った。

 そして、心に誓う。


(絶対にシナリオ通りには進ませてやんないから。シャルも、リアも、ユーリ殿下も、お父様も、ツクヨミも、みんな守ってみせるっ!)

突然の砂糖。

でも、実はティファニアにとってツクヨミは頼れるお兄ちゃんのような存在です。

某父親と弟のせいで家族の触れ合いの範囲内だと思ってます。


ティファニアはなろう系の小説を知っている主人公じゃないので、なろう主人公を読まれてきた読者さんにはいろいろと不思議な子に見えるかもです。

前世ではゲームさえあまりしなかった子なので、シナリオの強制力とかそういうのは全く知らないです。


さあ、やっとあらすじ通りになってきました。

というか、シナリオがずれすぎてユフィシアをヒロインと呼んでいいのか作者が悩んでいますw


次も来週日曜日になりそうです。

リアルがかなり忙しいので、11月までは週1かな。。。

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