38 思い出話と邂逅
第3章の5年後を4年後に変えました。
作者の計算ミスでした……。
朝、ティファニアが窓から差す光に目を覚ますと、そこはソファの上だった。
どうやら昨晩はラティスと一緒に泣きはらし、そのまま寝てしまったようだった。ティファニアは今、ラティスにやさしく抱きしめられるように寝ている。身体を少し動かして上を見上げると、そこには光に照らされて輝く白金の髪がさらさらと揺れていた。
「ツクヨミ、お父様を起こしちゃだめだよ?」
ツクヨミはラティスとティファニアが一緒に寝ていたのが気に入らないようで、先ほどからラティスの髪を揺らすようにいじっていた。軽く引っ張ったり、指に絡めたりとしているが、元々契約者の愛し子でない限り、契約者と接触してもあまり感覚がなく、無意識下のことと認識されるそうなので、ラティスは起きる気配がなかった。
すやすやと眠るラティスの目元は赤く腫れており、昨夜のことを思い出させた。
「ごめんね、お父様」
ティファニアはもう一度小さな声で謝罪すると、アリッサがかけてくれたであろう布団をずらし、ソファからそっーっと出る。
しかし、足を下ろそうとした時、手を引かれ、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「おはよう、ティー。……ティーが謝ることじゃないよ。俺こそごめん」
「おはよう、お父様。……ううん。やっぱり、ごめんなさい。わたし、知ってたけど言わなかった。お父様が悲しむって知ってたけれど、ずっと、ずっと」
「いや、わかってたんだ。それに、その可能性はずっと考えていた。だから、いいんだ。ティーが謝ることじゃないよ」
腰に回った腕にこもる力が少し強くなり、ティファニアはそっか、と返事をすることしかできなかった。
「……最初は、ティーは絶対に見つからないと思っていた。でも、見つかった。フィアもフィーも取り返せないと思っていた。でも、フィーだけだけれど、見つけることができた。フィアともう会えないのは悲しいけれど、だけど、フィアも愛しい娘二人が生き残ってくれただけで喜んでくれると思う。フィアが見つかって、どちらかが欠けていたらやっぱりフィアはすごく悲しむだろうから」
「うん。そっか……。お母様は、優しい人だったんだね」
「ああ、とっても。ティーみたいに」
「そうなんだ。わたしはお母様似なんだ。なんか、嬉しいな」
妹のユフィシアとティファニアの顔立ちはほとんど変わらないが、どちらかと言えばティファニアはラティスに近い。少し釣り眼で紫の瞳であるので、目元はそっくりであるほどだ。だから、ティファニアは顔は乙女ゲームのスチルでしか知らない母親に似ているところがあって無性にほっとした。性格は後天的なものだとしても繋がりがあることが嬉しかったのだ。
「ねぇ、お父様」
「ん? なんだい?」
「落ち着いたらでいいの。お父様の心の整理がついたらで。そしたらさ、お母様の話を聞かせて。わたしとフィーとリアに。きっと、フィーからもお母様の話が聞けるよ」
「……うん。そうだね」
「だから、落ち着くまでは泣いていいからね」
そういうと、ティファニアはツクヨミの名前を呼び、ラティスの目元を癒してもらった。赤くはれていた目の下はすっかりいつも通りに戻っている。
「ははっ、ありがとう、ティー。落ち着くまでは、ティーに頼ると思うよ。ティリアも心配するだろうからね」
「うん。いつでも頼って! お父様は一人で抱え過ぎだもの」
任せてくれと言わんばかりに胸を張るが、お互い様だろう? とラティスは笑って返した。それにはティファニアも返す言葉がないので、少し縮こまる。
ラティスがその反応にくすりと笑うと、扉の方から規則正しいノックの音が聞こえた。二人が一斉に顔を向けると、そこにはアリッサが目を三角にして立っていた。
「旦那様っ! いくら旦那様と言えど、お嬢様はもう11歳の淑女ですわ! 同衾はこれからは認めませんからねっ!!」
アリッサはぷんすかと怒ると、ラティスに早く部屋を出るように言った。この屋敷の主に対してあまりにも失礼な態度であるが、ラティスは笑ってそれを見ていた。
「ほらっ、旦那様、お嬢様は寝間着を着ていらっしゃるのですよ? こんな姿で殿方の前にずっといさせる気なのですか?」
ラティスは分かったよとうなずくと、扉の方へ向かった。
「じゃあ、ティー、あとで」
「うん、あとでね、お父様」
ラティスの顔は穏やかに微笑んでいた。
扉が閉まると、アリッサは先ほどの顰めた顔を緩め、そして、ティファニアの方を見た。
「お嬢様ももうお年頃なのですから、殿方との同衾は褒められたものではありませんよ」
「うふふ、アリッサったら気にし過ぎだって。お父様だよ?」
「それでもですっ!」
勢いよくアリッサは言い切ったが、でも、と気を鎮めた声が静かな部屋に響いた。
「でも、今日は、仕方がないと思いますわ」
はっとティファニアが顔をあげ、アリッサをよく見ると、目の下は赤く腫れていた。
「……そっか、アリッサも知っちゃったんだね」
「はい。奥様のことは、残念でしたわ」
「アリッサもお母様のことを知ってたの?」
ティファニアが首を傾げると、アリッサは準備をしながら聞かせてくれると言って温かいお湯で絞ったタオルをティファニアに渡した。それで、ティファニアは顔を拭く。
「レイフィア様は、学園でわたくしの同級生でしたの」
そう言って、アリッサはレイフィアのことを語った。
レイフィアは伯爵令嬢であったが、男爵令嬢であるアリッサに身分関係なく仲良くしてくれたこと。アリッサが実家で微妙な立場であったときに助けてくれたこと。他にも学園でのラティスやシャルルの父、アルベルトの話もあって、ティファニアは嬉しそうに耳を傾けた。
「うふふ、お父様の小さい頃って見てみたいな」
「はい、大変オモテになっていらっしゃいましわ。ラティス様とアルベルト様は沢山のご令嬢に引っ張りだこでした」
今のシャルルとユリウスのようなものかなとティファニアが考えているうちに準備は終わったようだった。既に服はドレスに変わり、髪も整えられている。
「はい、これでおしまいですわ。では、朝食に行きましょう」
扉を開くアリッサを見て、ティファニアはドアノブにかけている手を握った。今日のティファニアの耳にはアリッサからもらった綺麗な翠のピアスが光っていた。
「ありがとう、アリッサ」
ティファニアはにこりと笑うと、ツクヨミに目配せをし、アリッサの目元をまじないで癒してもらった。
そして、もう一度言った。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フィーお姉様ってどんな人かな?」
馬車から景色を眺めながら、ティリアが無邪気な声をあげた。3日前にユフィシアが見つかった報告があり、会えることを知ってから、何度もこの疑問をつぶやいている。
「きっと見た目はティーとそっくりだよ。双子だからね」
ラティスの答えに、満足げにティリアは頷いた。大好きな姉であるティファニアと同じ姿だったら、一緒にいる嬉しさも倍増なのだ。
そんなワクワクしているティリアを見ながら、ティファニアはそういえば、と考えていた。
昨日、ツクヨミになぜ双子が一緒に暮らせないか聞いてみたのだ。すると、ツクヨミは契約者と呼ばれる存在の一人がとても双子嫌いなのだと教えてくれた。その契約者はとある双子の契約者に酷いことをされたことがあったらしく、双子を呪う魔法をかけて姿を消したらしい。その威力は強力で、地上の人間のティファニアたちにも影響を与えてるため、双子は離れて暮らすのだ。別の家として暮らすと、双子と認識されないそうだ。
双子の契約者は呪われるほどの何をしたんだとティファニアは戦慄を覚えたが、ツクヨミが聞かない方がいいとにっこり笑っていたので、結局無理やり聞き出すことはしなかった。
「さあ、着いたよ」
ラティスの声とともに馬が嘶き、馬車が止まった。
外から扉が開かれると、そこにはカマリアネス伯爵一家が勢ぞろいしていた。従兄弟たちは手をふるふると震わせてもどかしそうにしている。
「お久しぶりです、エトヴィン伯父様、ライト伯母様、お兄様方」
ティファニアたちが挨拶をすると、直ぐにヴァルデマールたちはティファニアとティリアにとびかかった。そして、ぎゅうぎゅうと抱き締める。
「久しぶりっ、ティー、ティリア!!」
いつもと変わらないなと思いながら、ティファニアは4年で耐性がついた従兄弟たちのハグに身を任せていた。すると、自分を抱きしめているハルトヴィヒの肩越しに自分と同じ色が見えた。その色はまるで、雪のようで、綺麗だった。
「ユフィシア……?」
俯いている少女にティファニアが声をかけると、少女ははっと顔をあげた。そして、一瞬驚いた表情をし、はにかんだ顔で笑った。
「ティファニア、お姉様…?」
その顔はそっくりだが、ユフィシアの顔はティファニアよりも優しい印象を与える。目元はパッチリとしているが、少したれ目で、その瞳は空を閉じ込めたような鮮やかな青色の宝石がはめられているようだった。遠慮がちに笑うその可愛らしさは庇護欲をそそる。
ティファニアは気を使ってくれた従兄弟たちから離れ、自分とほとんど同じ顔をしたユフィシアに恐る恐る近づいた。身長はどうやら妹の方が少しだけ高いようだった。
「同い年なのだから、ティーでいいわ。わたしはあなたの双子の姉よ。よろしく」
「わたしもフィーでいいです。よろしく、ティー」
ティファニアが嬉しそうに笑うと、ユフィシアもつられるように笑った。
二人が一緒に笑いあうと、後ろで自分の番はいつかいつかと待っていたラティスがユフィシアを見て表情を崩した。
「フィー、久しぶり。といっても、覚えてないと思うけれど、でも、久しぶり。遅くなってごめんね」
「お父様、……ですか?」
どうやらユフィシアにはラティスが父親であるとすでに伝えてあるらしく、ラティスに抱きしめられると、恐る恐るユフィシアは口を開いた。その声は震えていた。
「うん、そうだよ。ごめん、遅くなって」
「お父様、なの? ……本当、に?」
「ああ」
記憶上では初めて会う父親の力強い返事を聞くと、ユフィシアはわっと涙を流し、ラティスに抱き着いた。
「会いだがったよぉぉ!! お母様はいなくなっちゃって、誰もいなくて、それで、おばさまが助けてくれて、一緒に暮らしたけど、おばさまは優しかったけど、でも、またあの男が来るんじゃないかって思って、怖くて、怖くて……!」
ユフィシアは支離滅裂なことを泣き喚きながらラティスに縋っていた。ラティスの袖を握るその手には力が入り、真っ白になっていた。
「ごめん、フィー。寂しい思いをさせたね。ごめん……!」
「う゛ん……。寂しかったぁ……!」
ラティスは11年も寂しい思いをさせてしまった愛しい娘を優しく抱きしめ、頭を撫でながら何度も何度も謝った。言葉を尽くしても足りなかったが、それでも、この小さな娘にずっとつらい思いをさせてきたのだ。何も言わずにはいられなかった。
「ごめん、フィー。本当に、ごめん……!」
ラティスは今までの時間を埋めるかのようにユフィシアを優しく、優しく抱きしめた。
しかし―――…
「ちがう!!」
突然ユフィシアは叫んだ。
その瞳からの涙は止まっており、その表情は自分の口から出た言葉に自分自身が戸惑っているようだった。
「どうしたの、フィー?」
ティファニアがユフィシアに問いかけると、ユフィシアは一瞬ティファニアを見て固まり、そして、にこりと綺麗に笑った。
「いえ、なんでもないよ。ただ、…お父様が悪いと思うのは、違うな、って思って」
なぜか、その笑顔は先ほどのあどけなさはないようにティファニアには見えた。
「そ、そう」
「うん。じゃあ、お父様、みんな、屋敷に入りましょう? ここにずっといる必要はないわ」
ユフィシアはラティスから身体を離すと、にっこり笑って、再会を見守ってくれていたカマリアネス伯爵家族とティリアを促した。
ティファニアは嬉しそうなライトリアに手を引かれていたが、その間、ずっと得体のしれない寒気を感じていた。
作者がラティスが好きなので、どうしても攻略対象者たちより出番の比率が大きくなる…w
学園編になるとラティスの出番がほとんどなくなるので、悲しいですね…
やっとヒロイン登場です。
ああ、長かった……!
次は、わたしとヒロインです。




