37 お父様とお母様
間違えていたので、5年後から4年後に訂正しました。
「お父様、フィーって誰ですか?」
嬉しそうに笑うラティスにティファニアと一緒に抱きしめられているティリアは不思議そうに首を傾げた。昔、フィーと言う人が誰だか聞いた覚えがあるが、その答えがいまいち覚えていない。
しかし、その質問にラティスははっと顔をあげ、一瞬驚いた顔をすると、直ぐに顔を歪めた。
「そう、か。そう、だったね。俺は、二人に、……何も言っていなかった、ね」
ラティスは先ほどの表情から一転させ、ごめん、と顔を下に向けた。その姿は、今にも消えてしまいそうだった。
だから、ティファニアはラティスの項垂れた頭を抱きしめた。
「お父様、大丈夫だよ。ティーは知ってたから。だから、大丈夫だよ。お父様の心がの整理がついたらでいいんだよ」
背伸びをしても高い位置にある大好きの父親の頭を引き留めるように、消えないようにと必死に抱きしめた。ヒロインが見つかったということは、これからもっと悲しいことがあることをティファニアは知っていたから。それを聞いてしまえば、ラティスは本当に消えてしまいそうになるだろうから。
「……ありがとう、ティー」
ラティスが落ち着くと、ティファニアたちは月の階のリビングに移動した。
ゆったりしたソファに腰を押し付け、三人はラティスを挟んで座る。ラティスの顔は依然として悲しいままであった。
ティファニアはずっとラティスの手を握っていた。
「じゃあ、………昔話を、しようか」
そんな言葉と共にラティスは語りだした。
レイフィアと結婚したこと。双子を授かったこと。そして、生後半年、レイフィアとティファニアたち双子が帰省した帰りに野盗に襲われ、レイフィアと妹はとある貴族に攫われてしまったこと。その時に、ティファニアは行方不明になったこと。
全てはティファニアの知っていることばかりだった。乙女ゲームのシナリオ通りだ。ただ、ティファニアの行方以外は。
ティファニアは乙女ゲームのシナリオ通りならば、行方不明にならなかった。一緒についていた侍女が命からがら赤ん坊であるティファニアを屋敷に連れ戻すのだ。その侍女は数日後には野盗につけられた傷のせいでなくなってしまうが。
ティファニアがシナリオについて考えている間もラティスは言葉をつづけた。
ラティスは三人の行方が分からなくなってから、必死に探した。そのお陰でレイフィアと双子の妹がどうなったかだけはすぐに分かった。二人は昔からレイフィアに執着していたとある公爵家に捕まっていたのだ。ラティスはどうにか二人の居場所を探ろうとしたが、証拠を巧妙に隠されており、手が出せない。相手は格上の公爵家である為、強行突破さえできない。とてももどかしい日々が続いたそうだ。
そして、双子の姉であるティファニアは全くと言っていいほど足取りがつかめなかった。野盗が攫ったのまでは分かったが、それ以降の行方は全く分からなかったのだ。それは、ティファニアが死んでいるのかとさえ思わせた。双子の妹にはレイフィアがついているが、一緒についていたはずのアリッサは怪我をして見つかったため、ティファニアには誰もいなかった。生後半年の赤ん坊が一人で生きれるはずもなかった。
毎日、三人のことを考えるたびにラティスを襲っていたのは絶望だった。
「これが、俺と、そして、俺の愛しいレイフィア、ティファニア、ユフィシアの話だ」
「お父様……」
ティファニアはぎゅっとラティスの手を握った。大きなその手は冷え、そして、震えている気がした。
すると、ラティスが手を握り返した。
「いいんだ。もう、いいんだ。ティーも見つかった。それに、11年かかってしまったが、フィーも見つかった。俺は幸せだよ。だから、もう大丈夫だ」
ぱっとラティスは笑顔を作った。その顔は張り付けるような作ったものではなく、心の底から笑っていることが分かり、嬉しいく、そして、それがティファニアの胸を痛めた。
「じゃあ、お父様、見つかったって言うのは僕のお姉様ですか?」
先ほどまで静かに聞いていたティリアが首を傾げると、ラティスは大きく頷いた。
「そうだ。ティリアのもう一人のお姉様だよ」
「じゃあ、フィーお姉様、ですか?」
ティリアが照れたように笑う。
「うん、そうだ。フィーもティリアがそう呼んでくれたら喜ぶと思うよ」
「そう、ですか?」
「ああ」
ラティスもティリアにつられて綻ぶように笑った。
すると、ティリアは嬉しそうに笑い、ラティスとティファニアを交互に見た。
「じゃあ、これからは一緒に暮らせるんですね! 楽しみです!」
無邪気に一緒に何をしようかなと考える息子にラティスはまた、表情を硬くした。
「ティリア、すまない。フィーは一緒に暮らせないんだ」
「えっ?」
「フィーはカマリアネス伯爵家、ライト姉様のところで暮らすんだよ」
「ライト伯母様のところでですか? どうして、ですか?」
「フィーは生まれた時に、ライト姉様の養女になったんだ」
「でも、フィーお姉様は、お姉様の妹なんですよね? お姉様はここにいるのに、なんで、フィーお姉様だけ?」
ティリアは訳が分からず、首をずっと傾げていた。なぜ一緒に暮らすことができないのか理由が全く分からないのだ。
すると、ラティスはティファニアをちらりと確認し、そして、重い口を開いた。
「それは、……それが、契約者が教えてくれた伝承の一つだから」
「伝承、なのですか?」
「ああ。双子は同じ家には入れてはいけない、と。理由は分からない。けれど、同じ家にいると、その家には必ず不幸が訪れた。それは、時に家族全員が亡くなったりするものだった」
「だから、ですか?」
「ああ」
「そう、なんですね……」
ティリアはもう一人の姉とは一緒に生活できないのかとうなだれた。こんなに父親が楽しそうに話していたのだ。一緒に暮らせた方がいいに決まっている。しかし、伝承ならばもう文句は言えないのである。
そんなティリアを見て、ラティスは慌てたように言った。
「だが、大丈夫だ。フィーが暮らすのはカマリアネス伯爵家だが、いつでも会いに行けばいい。それに、フィーに聞いて、フィアの居場所もわかったら、みんなで数日くらいなら一緒に過ごせるだろう」
満面の笑みを浮かべるラティスにティファニアはひゅっと息を呑んだ。泣きそうになるのを必死で必死で耐える。
「ティア、一回休む?」
耳元でツクヨミの優しい声が響くが、ティファニアはゆるゆると首を振って断った。
「ティー、どうかした?」
先ほどから俯いたままの愛娘を不思議に思い、ラティスは下からティファニアを覗き込んだ。その表情は悲痛さを隠しきれてなかった。
「ティー、どうしたの?」
「お姉様……?」
心配そうな声が上がるが、ティファニアはにこりと笑って、ふるふると首を振り、何でもないというしかなかった。
これは、知っているはずのないことだから。
ラティスを握っていた手をはなすと、ぎゅっと拳を握り、ティファニアはにこりと精一杯自然な笑顔を作った。
「大丈夫。何でもないよ。ただ、フィーと一緒に暮らせないのが残念だっただけ」
そういうと、おもむろにティファニアは立ち上がった。
「そういえば、まだお茶会の後始末が残っていたの。準備はほとんどリアにやってもらっちゃったから、あとは私がやるわ。二人は休んでいて」
夕飯は一緒に食べましょうね、と言うと、ティファニアはその場を去った。
廊下に出ると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「ティア、俺がいるよ。それに、ティアが思ってるほど人は弱くない」
それは、温かくて、安心できるもので、ティファニアは自分の胸の前にあるツクヨミの腕をぎゅっとつかんだ。
泣きたい気分だった。でも、言えなかった。
シナリオ通りならば、レイフィアは、お母様は、もう、死んでいるだろう、と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜、穏やかな晩餐も終わり、ティファニアは就寝の準備をしていた。
すると、扉の方からノックの音がした。アリッサが様子を見に行くと、そこにいたのは、予想通り、ラティスであった。
ラティスは入っていいかい? と尋ねると、寝間着姿のティファニアはにこりと笑って部屋の中へ招いた。本来ならば、家族と言えど、12歳の娘の部屋に夜に訪ねることは褒められたものではない。しかし、ティファニアは二人だけで話したいと思っていたのだ。
「お父様、どうぞ、こちらへ」
ティファニアは部屋にあるソファにラティスを案内する。そして、紅茶を用意してもらい、二人で一息ついた。
「お父様、今日のことですか?」
ラティスは紅茶を口に運んでも、口を開こうとはしなかった。それを見かねたティファニアがラティスの手を握り、訊ねる。
「ああ。ティーは、俺の愛しいティーは、……何を隠しているんだい?」
そう言って、ラティスはにこりと笑っていたが、その顔は悲しそうであった。
先ほど、ティファニアはたった一瞬だったけれど、表情を隠しきれていなかった。それはつまり、隠せないほどの悲しみがあったということだ。妹と同じ家に住めないからと言ってティファニアは悲しく思っても、直ぐに取り繕わなければならない表情はしない。だから、ラティスはティファニアがどうしようもない悲しみを抱えていると思ったのだ。
「それは……」
ティファニアは言葉に詰まった。レイフィアが亡くなっているかもしれないだなんて言えるはずもなかった。手が少しだけ震えているのが分かった。
すると、その震えた手をラティスは両手で包み込むように優しく握ってくれた。
「ティー、もう一人で耐えなくていいんだよ」
それは、あの日と同じ言葉だった。アドリエンヌから助けてもらった日、かけられた言葉と。
ああ、私は何も変わってない、とティファニアは思った。やっとラティスは言ってくれたのに、自分は何も変わらずまた隠している。
でも、これは言えない。自分の口からは言えない。けれど、だけど――……
ティファニアはありがとうと言って、ぎゅっとラティスの手を握り返した。そして、真っすぐ自分と同じ色の紫の瞳を見つめる。
「お父様、泣かないでとは言わない。けれど、だけれど、私がいることを忘れないで。私もリアも……ユフィシアもいるから。だから、お父様も一人で耐えないで。私は、いつまでも、一緒だから」
突然のティファニアの言葉にラティスは驚いたようだった。こちらが慰めようとしていたのに、逆に自分がその言葉をもらうとは思わなかったのだ。
ラティスはどうしたのだろうと思い、ティファニアを見つめ返し、そして、ティファニアの後ろの方にずっとあるツクヨミの気配のある方を見つめると、はっとして、悟った。
「そうか……。そう、なんだ……」
ティファニアはある話をしたときに悲しい顔をした。つまり、そういうことなのだろう。ティファニアにはツクヨミと言う契約者がいるのだ。まじないを使えば、どうにかして知ることができてもおかしくない。
「フィアは、もう、……いないんだね」
そう、言葉にすると、ラティスは最愛の妻がもういないことを実感し、はらりと静かに涙を流した。
ティファニアはひゅと息を呑んだ。そして、顔を歪め、ごめんなさいと何度もつぶやいた。何度も、何度も。
自分に何かできたわけではなかった。シナリオは知っていたが、それがどこで起きていたかだなんて、ティファニアには知りようがなかった。それに、ツクヨミには二人を探せないと言われた。本当にティファニアにできたことなんてなかったのだ。でも、それでも、ティファニアは謝らずには言われなかった。
「……ごめん、なさい、お父様」
ティファニアは何度も謝りながら、ただただ呆然として涙を流し続けるラティスを抱きしめ続けた。
「フィアはね、とても、綺麗な人だったんだ」
ラティスは震える声で語った。
「フィアはね、俺と同じ髪の色で、人から避けられていても気にせずに笑っていた、とても強い人だったんだ」
ぽたりと一粒の涙が零れ落ち、ラティスに身を寄せるティファニアの髪を濡らした。
「フィアはね、何にもわけ隔てなくて、とても優しい人だったんだ」
フィアは、フィアは、とラティスは思い出すようにぽつぽつと言葉を紡いでいった。
ティファニアは何も言わずにただ、顔も覚えていないお母様の話をずっと聞き続けた。
察しの良すぎるラティス。
おかしいなぁ……
ヒロインが出るはずだったのに、名前が出ただけだった…w
この話で50話超えたのに…!w
次こそ、登場するはず…!




