34 わたしと隠しキャラ(改稿版)
「では、叔父様、行ってまいります」
爽やかな笑顔をラティスに向け、ヴァルデマールは嬉しそうにティファニアに手を差し出した。
反対に、ラティスは憎々しげにヴァルデマールとその弟たちを睨む。
「お前たち、ティーに何かあったらもう、一生会わせないからな……!」
「大丈夫ですよ、叔父様。ウルリヒ様は、叔父様が思っているような人ではありませんから」
ウルリヒ、その名前を聞いて、ラティスの表情は一層険しくなる。
今日は、バルツァー公爵家から招待されたお茶会がある。
王家のお茶会に参加して以来、ティファニアは必要最低限の社交の場に出るようになっていた。今回もそのうちの一つで、格上の公爵家の招待である。断れはしない。
だから、このお茶会はそれが問題ではないのだ。
バルツァー公爵家から、というのがラティスの頭を悩ませているのだ。
バルツァー公爵家は社交の場に出てこないことで有名だ。ゆえに、彼ら主催のお茶会も夜会も滅多にない。
なのにもかかわらず、今回、ティファニアは招待された。お茶会を企画したのは公爵家長男ウルリヒ・バルツァーだそうだ。
将来、王立学園に通う小さな子供たちのための交流会とあり、今王立学園に通っている生徒とあと2,3年ほどで通い始める年齢のこともたちが招待されている。
学園に入学できる年齢は13歳からだから、招待客の子供たちは皆、9歳以上だ。しかし、ティファニアは今、7歳だ。もうすぐ8歳だとしても、まだ、7歳だ。ほかの招待客より幼い。でありながら、招待されている。このことに何かあるのではないかとラティスは思っているのだ。
ほかにも理由があるが、とにかく、ラティスはティファニアをこのお茶会に行かせるのが心配でならない。
ラティスはティファニアのヴァルデマールの手に重ねている手と反対の手を取ると、その小さな手に指輪をすっと嵌めた。
「これはティーを守ってくれる指輪だよ。絶対に外してはいけないよ」
ティファニアは自分につけられた指輪に目をやる。
それは紫水晶で作られたシンプルなもので、白い指によく映える。心なしか淡く光っている気がする。
「ありがとう、お父様。でも、これ、光ってない?」
なんでだろうと首を傾げるが、ラティスも一緒に首をかしげていた。どうやら、光って見えたのは自分だけのようだった。
なんでもない、と言って誤魔化す。
「では、お父様、行ってまいります」
ティファニアは指輪を確かめるようにぎゅっと手を握ると、馬車に乗り込んだ。
馬車の中で揺れる最中、ティファニアはずっと従兄弟たちに話しかけられていた。しかし、彼らは最近体調がよくないことを聞いているのが、いつもより少しだけ口数が少なかった。
ティファニアにはそれが少し有り難かった。まだ、あの声に悩まされているからだ。
心地よい揺れのせいか、寝不足のせいか、うつらうつらした思考でティファニアは窓を眺めた。
(ああ、ウルリヒ・バルツァーって、確か攻略対象だったと思うんだよね。それも、隠しキャラだったと思う。チャプターメニューで名前が一番下にあったのは覚えてるけど、基本キャラクターだけ攻略して、彼のは結局やらなかったはず……)
だから、顔もわかんないし、どんな話だったかも全く分からないな、と肩を落とした。
しかし、ちょっとだけ覚えていることがある。
前世のティファニアにこの乙女ゲームを貸してくれた幼馴染が、彼はヤンデレ、とだけ教えてくれたのだ。
(やんでれ……? やんでれって何だろう……)
ティファニアはヤンデレがどういうものなのかわからなかった。前世の彼女はアニメや漫画、ゲームには疎いほうであったのだ。こればかりは、知らないので思い出しようがない。
だが、幼馴染はツンデレが普段はつんつんした態度で、たまにデレると教えてくれた。それならば、ヤンデレとは普段はやんやん嫌がってて、たまにデレるということなのだろう、と納得した。まるで幼稚園生みたいである。
うとうとしながらも、頑張って思考を巡らせるティファニアを眺めて、従兄弟たちは表情を崩した。
寝ないようにと必死に目を開こうとしているが、それでも、頭が重くてかくかくしている姿がかわいらしかったのだ。
きっと、美少年として人気な彼らに憧れる令嬢も驚くようなでれでれぶりである。
バルツァー公爵邸に着く少し前にティファニアは目が覚めた。
残念そうな従兄弟たちの顔に首をかしげたが、すぐにエスコートされて馬車から降りる。
そして、案内された先は広いパーティーホールであった。
そこにはティファニアよりも少し歳が上の貴族子息・令嬢がすでに何人も到着しており、挨拶を始めていた。
ティファニアもヴァルデマールとハルトヴィヒに手を取られて、挨拶に回る。
しかし、先ほどからなぜかわからないが、空気が重い気がする。心なしか、黒い靄もかかっている。
息が浅くなり、少しだけ頭痛がした。チョーカーで隠れている『まじない』の文様も熱を持っているようだった。
自分を落ち着かせるように唾をごくりと飲むが、それでもほとんど意味がなかった。
「ねえ、ヴァル兄様、ハル兄様、ジル兄様、ここの空気、重くないかな…?」
体調が悪いことを気取られないようににっこりと笑うと、従兄弟たちはフフッと笑った。
「おや、ティー、緊張しているのかい?」
「珍しいね。ティーが緊張するなんて」
「大丈夫だよ、ティー!! 俺たちがついているから!!」
彼らはティファニアが緊張しているがゆえに空気が重いと思ったらしく、頭を撫でてその緊張をほぐそうとしてくれた。
だが、ティファニアは確信した。そう見えているのは、自分だけだ、と。
ありがとう、と言って従兄弟たちにお礼を言うと、3人揃ってでれっと表情を崩した。
「おいおい、カマリアネスの美少年姉弟も従妹ちゃんの前では形無しだなぁ」
ふいに後ろから声がかかり、振り返る。すると、ハルトヴィヒはあからさまに眉を寄せた。
「アウグスト…!」
「おいおい、そんなに怒るなって。幼馴染だろ? それに、さりげなく従妹ちゃんを後ろに隠すなよ。地味に傷つく!」
「お前と近づくと、ティーが穢れる。半径5メートル以内に入るな。視界に入れるな。ここを去れ」
「ひっでぇ! 遠慮がないな!」
「お前に対する遠慮など、出会ったときに捨てた」
漫才のようなやり取りを見て、ティファニアはうふふと笑ってしまった。
「ど、どうした、ティー? アウグストの顔がうるさいから気分でも悪くなったかい?」
「おいっ!」
アウグストは眉を吊り上げたが、それもまたティファニアを笑わせた。
「うふふ、ハル兄様ってお父様みたい」
笑うティファニアに言い合っていた二人はきょとんとした。
そして、すこしばつの悪い顔をすると、仕切り直しだと言わんばかりにアウグストはにこりと笑った。
「初めまして、ティーちゃん。マデリア侯爵家の次男、アウグスト・ジュラーリアだ。ハルトヴィヒとは歳も学園も同じで仲がいいんだよ。よろしく。…ずっとかわいい従妹がいるって聞いていたから会ってみたかったんだ。想像以上にかわいくて、まるで月の妖精みたいだね」
ぱちんとウィンクをするアウグストはフェミニストのようだった。
しかし、これくらいではティファニアは靡かない。ラティスに毎日のようにされているからだ。ちなみに、ラティスの場合はこれに加えて、ハグとキスも飛んでくる。
「初めまして、ジュラーリア様。ウルタリア侯爵家の長女、ティファニア・ウルタリアですわ。どうぞお見知りおきを」
にっこりと笑って、綺麗にお辞儀をする。必要以上のことを言わないのは、頭痛のせいで頭が回らないからだ。
それから、次々と従兄弟たちの友達を紹介された。
ティファニアは知り合いが増えるのは嫌ではなかったが、今は一刻も早くお茶会の終わりを願うことしかできなかった。
お茶会も中盤に迫ったころ、ヴァルデマールが紹介したい人がいる、と言って、友達を連れてきた。
しかし、ティファニアはその人を見て、息をのんだ。
彼は黒い靄に包まれていた。
なぜだかわからない。だが、彼は上半身が黒い霧のようなものに包まれていて、顔は全く見えない。
ティファニアは吐き気がした。
「ティー、こちらは今日の主催者、ウルリヒ・バルツァーだよ。私の学校の友人なんだ」
ヴァルデマールがさわやかに笑うが、ティファニアの心中は穏やかではない。
「ティファニア嬢、初めまして。バルツァー公爵家の次男、ウルリヒ・バルツァーです。今日は来てくださり、ありがとうございます。ヴァルデマールからいつも話を聞いていたので、一度お会いしたいと思っていたのですよ。どうぞよろしくお願いします」
思春期特有の低すぎず、高すぎない声が聞こえるが、ティファニアにはわんわんと耳元で響いて聞こえた。その音が頭の中に響いてきて、意識が薄れてくる。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
ティファニアはお腹に力を入れて、自己紹介をした。
「初めまして。ウルタリア侯爵家の長女、ティファニア・ウルタリアですわ。今日はお招きしていただき、ありがとうございます。たくさんの方の話が聞けてうれしいですわ」
綺麗にお辞儀をする。これで大丈夫なはずだ。
しかし、息苦しくて仕方がなかった。
「だから、ティーはかわいいって言っただろ? ウルのそんな嬉しそうな顔、初めて見る」
「……ああ、本当だ」
ヴァルデマールとウルリヒがそんな会話をしていたが、ティファニアはウルリヒがどんな顔なのか、いや、髪の色や瞳の色さえも分からなかった。
ふと、ウルリヒから手が伸びてきた。
「体調が悪いのではないですか…?」
そう問われながら頬を撫でられ、ティファニアはびくりとする。
さっきから必死に隠しているのだ。悟られるはずがない。
手から伝わるぬくもりは心地いいのに、周りの黒い靄が肌に触れるたびにゾワリとした。
「だ、大丈夫ですわ。何ともありませんの」
すぐに取り繕ってにこりと笑う。
「……ヴァル、彼女は体調が悪いようです。今日は中座したほうがいいでしょう」
ティファニアの努力は彼には通じなかったようだ。すぐに従兄弟たちの自分を心配する声が上がった。
大丈夫だというが、従兄弟たちは大事を取って早く帰ろうといった。
ここは仕方がない。ティファニアが体調が悪いのは本当だ。もう、いつ意識がなくなってしまうかわからない。そう思って、中座させてもらうことにした。
ウルタリアの馬車に乗り込むと、そこには主催者であるはずなのに、ウルリヒが見送りに来てくれていた。
「バルツァー様、本日は途中でこのようになってしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、構いませんよ。それに、ティファニア嬢、どうか、ウルと呼んでください」
朦朧とする頭では深く考えられず、ティファニアははい、と頷いた。
「では、ウル様、失礼いたします」
「ええ、また会いましょう。……ルゥルゥ」
「えっ?」
最後の言葉が聞き取れず、振り向いたが、馬車の扉は閉ざされてしまった。
そして同時に、ティファニアの限界が来た。
『ああ、私の真珠ちゃん』
遠ざかる意識の中で、そう、聞こえた気がした。
短編を公開したので、興味がありましたら、足を運んでみてください。
『彼は勇者だから、』
http://ncode.syosetu.com/n2021dm/
あと、新作も公開しています。
『召喚はシフト制を希望です!』
http://ncode.syosetu.com/n1642dm/




