26 わたしと領地への道中
すみません!
差し替えしました。
前に投稿した話に追加部分が多々あります。
「お嬢様、服はいかがいたしますか?」
アリッサに問いかけられ、ティファニアは嬉しそうにどっちがいいかなぁと目の前にあるたくさんのドレスを見比べた。あっちはかわいいけど、でも、あっちは動きやすそうだとうんうんと悩む。
すると、アリッサはそんな姿もかわいいなぁと思いながらくすりと笑った。
「お嬢様、気に入ったものでしたらどれでも持って行っていいのですよ。滞在期間は一月を超えるのですから」
それを聞いて、ティファニアは目をぱちくりとした。
「そう、かな? 確かに悩みすぎちゃったかも」
楽しみ過ぎたのかなぁとティファニアはうふふと笑った。
しかし、楽しみになるのも当たり前だろう。ティファニアは3日後から念願のウルタリア侯爵領に行けるのだ。
先日、冬の社交シーズンが終わった頃、ラティスが長期的な休みを取ったそうだ。本来ならば、社交シーズン後はラティスは外交官として諸外国を飛び回らなければならないが、今回はイェレミアスから無理やり休暇をとってきたそうだ。もちろん、ティファニアとティリアのために。
前々から、ラティスはずっとティファニアをウルタリア領に連れていきたいと思っていた。しかし、領地に行くには片道7日もかかり、体の弱いティファニアに負担がかかる。そして、領地の館にいるアドリエンヌと遭遇することがあり得ないとも言い切れない。だから、ティファニアを一人で行くことはさせたくなかったのだ。
「うーん、やっぱりこのドレスは持っていく!」
そういってティファニアが手に取ったのは、ラティスが初めて自分のためにデザインしてくれたものと同じデザインの青いドレスだ。サイズは成長に合わせて変わるので、今、ティファニアが持っているのはデザインはそのままでサイズだけ大きくなったものだ。既に、4代目になっている。
ラティスは古いものではなく、また新しいものをデザインするよと何度も言ったが、ティファニアが首を縦に振ることはなかった。逆に、すこし頬をぷっくり膨らませて、これがいいの! と主張する愛娘を見て、顔がにやけてしまったのは秘密である。
「それから、やっぱり、動きやすいドレスは多めに持っていきたいな」
視察のために動き回りたいし、と言うと、アリッサはてきぱきと服を選別してくれた。
そんなアリッサの様子を見ながら、ティファニアは初めて行くウルタリア領、自分の改革案が浸透しつつある地に行くことに思いをはせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――3日後。
天気は晴天。
春に近づきつつある季節だが、それでも吹く風は少し肌寒かった。
ラティスは荷物を運ばせている間、絶対にティファニアを外に出すことはせず、中で休んでて、とほほ笑んで自分は馬車の方へ指示を出しに行った。
そんなラティスの後姿を見て、ティファニアはため息をついた。
「もう、お父様ったら過保護なんだから…」
「うふふ、お嬢様、そうはおっしゃっても嬉しそうですよ」
そう指摘され、ティファニアは恥ずかしそうに頬を両手で包んだ。
「そんなにわかりやすかったかな…?」
顔を薄い赤に染め、上目遣いで見上げる目の前のお嬢様は可愛らしく、アリッサはまた小さく笑ってしまう。
「ふふっ、お嬢様、心配なさらなくてもちゃんと隠せていましたよ。ただ、私の目はごまかされなかっただけですわ」
「ううっ……、アリッサにはすぐに勘づかれちゃうな…。わたしも精進が足りないみたい…」
ティファニアはアリッサとシャルルの目を欺くにはまだまだだなぁと項垂れた。
この年にしては貴族として感情を表に出さないようにすることを得意としているが、それでも、なぜか、この二人は欺けないのだ。ティファニアがどんなに体調不良を隠そうが、言いたくないことや辛いことを隠そうが、二人には看破されてしまう。体調が悪かったら、あれよあれよとベッドに放り込まれてしまう。言いたくないことや辛いことは無理やり聞こうとしないので助かっているが、それでも、隠したいことがばれてしまっていることは思ったより心に来るものがあった。
別にアリッサとシャルルを騙したいわけではないのだ。ただ、悟られたくない。知られたくないだけなのだ。
「でも、お父様がわたしを心配してくれるのが嬉しいのは本当だから、今回はいっか」
ティファニアが嬉しそうに笑うと、アリッサは少し悔しそうにラティスの見える窓の方を向いた。
「旦那様はお嬢様が大好きですからね。でも、旦那様だけではありませんよ?」
それを聞いて、ティファニアは目をぱちくりさせる。そして、頬を少し染めて、うふふと嬉し気に笑った。
「うん、知ってるよ。アリッサも心配してくれてるの」
ティファニアが横にいるアリッサの手をそっと握ると、その温もりはとても心地よかった。
「ありがとう。わたし、本当に今が幸せ」
「……ええ、私もお嬢様といられて、今が幸せです」
アリッサは自分の手を握る小さな手を握り返すと、心の中でありがとうと呟いた。
「お嬢様、馬車の準備が整ったようです」
準備はそう時間がかからずに終わったようで、メイドから声がかかった。ラティスがこちらに向かってきているのが窓から見える。
ドアが開かれると同時に、ティファニアは嬉しそうにラティスに駆け寄った。
「お父様!」
少し腰を低くして手を広げているラティスの腕に飛び込むと、ティファニアは当たり前のように抱き上げられ、横抱きにされた。首に頑張って手をまわして、頭をラティスの胸に預ける。
すると、ラティスは甘える娘の頭を撫でて優しくいった。
「さあ、準備ができたよ、私のお姫様。これから7日間は馬車に乗ってることが多くなるけど、少し我慢しておくれ」
「ううん、ウルタリア領に行けるのが楽しみだから、そんなこと関係ないよ! それに、お父様とずっと一緒にいられるのがうれしいの!」
「そうかい? 嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ、この休暇中は家族で楽しく過ごそうか」
「うん!」
ティファニアの元気な返事を聞くと、ラティスは馬車に乗り込んだ。
しばらくの間、ティファニアはラティスの膝の上で横抱きにされ、馬車に揺られていた。
シャルルの屋敷を尋ねるのにしょっちゅう馬車を使っているので、乗り物酔いもすることもなく、ティファニアはラティスの冬の間の話を聞いていた。
ラティスも侯爵という位についているので、社交シーズンの冬は何度か夜会やお茶会に御呼ばれされたらしい。ウルタリアの屋敷でも数回、小さな食事会を開いたりしていたが、ティファニアとティリアはずっと客の前に出されることはなかった。もちろん先日のお茶会以外の他の集まりに参加したわけでもなかったので、ライトリアの家、カマリアネス伯爵家に招待されたときはなぜティファニアとティリアがいないのかねちねちと文句を言われて大変だったそうだ。ライトリアだけでなく、愉快な3兄弟までぶーぶーと文句を言ったそうなので、ティファニアたちが成人するまで会わせないぞと脅してやっと黙らすことができたみたいだ。
そんな話を聞いて、ティファニアはその様子がすぐ思い浮かんでくすりと笑った。
「うふふ、ジル兄様たちって、子供っぽところがあるよね」
「それにしても、子供っぽすぎだ。あいつらはライト姉さまに似すぎて困る」
ラティスもティファニアも比べる対象がシャルルやティリア、ユリウスなので、そう思ってしまうのは当たり前なのだ。しかし、二人の周りの子供は彼らだけなので気づきようがなかった。
「シャルルと言えば、ティーはあのお茶会は大丈夫だったかい? あの後、忙しくてあまり話せなかったからね。聞かせておくれ」
それを聞いて、ティファニアは少し悩んだ。正直に話すか否か。しかし、これからのことにも関係するだろうと思い、ありのままに述べた。
「うーんと、その、……お友達はできなかったかな」
「そうなのかい? ティーはこんなに可愛いのに?」
「えーっと、やっぱり、この髪の色が珍しいんだと思う」
ティファニアは自分の髪を少し掬うと、リンスによって艶のでたストレートの髪を指に少し絡めた。
「お父様が前に行ってたけど、この色って珍しいんだね。お茶会で誰もいなくてびっくりしちゃった」
「……ああ、この国ではほとんどいないな。平民でも珍しいと聞く。でも、ウルタリア家には数代に1度いるんだよ。この白金の髪の子が」
「そうなの?」
「ああ、昔、嫁いできた王女殿下がいらして、その方が白金だったらしい。それからだよ、そうなったのは」
「へぇ、そうだったんだ。でも、数代に一度って言ってたけど、わたしもお父様も同じだよ?」
「……それは、…きっと、私がティーと一緒がいいって思ったからだよ。お揃いでいいだろう?」
「うふふ、確かにお揃い!! お父様と一緒で嬉しいなぁ。あっ、もしかしたら、私がおなかの中にいるときにお父様と一緒がいいって思ったからかも! だって、わたし、お父様が大好きだもん!!」
ティファニアは嬉しそうにきっとそうだよ! と膝の上からラティスを見上げた。
ラティスはその姿が愛おしくて、ティファニアを抱きしめ、長い髪を軽く梳いた。
「そうだと嬉しいな。私もティーが大好きだからね。生まれてくる前から、ずっと」
「うん!! わたしも!!」
ティファニアはラティスと同じ気持ちであることがうれしくて、抱き着き返すと、お茶会であった出来事を包み隠さず伝えた。イェレミアスがあんな手紙を書いただなんて信じられなかったこと、シャルルとユリウスが令嬢方に囲まれて大変そうだったこと、逃げた先の庭でジュリアンに会ったこと、ジュリアンが悲しそうであったこと、お菓子がまずかったこと、そして、よくわからない少年に話しかけられて、シャルルに守ってもらったことだ。
ラティスは最初はにこにこしながら愛娘が必死に説明するのを聞いていたが、ジュリアンの話になり、シャルルに守ってもらったと知ると、少しだけムスッとした顔になった。そして、ぼそりと呟く。ティーはやらん、と。
たまたまティファニアは話すことに夢中で気づかなかったが、馬車に同乗していたアリッサにはしっかり聞こえており、無言でうんうんとうなずいた。
ティファニアはお茶会のことを話し終えると、話しきってすっきりしたのか窓の外を眺めた。
そして、ぽつりと呟く。
「………そういえば、リアは大丈夫かな?」
窓の外を見て、ウルタリア領に向かうことを実感したティファニアは領地の屋敷で待っている弟が急に心配になったのだ。
すると、ラティスは安心させるようにティファニアの頭を優しく撫でた。
「ティリアなら大丈夫だよ。初めて行くわけでもないし、あの人もティリアは愛していたから」
それを聞くと、ティファニアはそっかと言った。そして、確かにあの時はまだ狂った愛し方をしていなかったから大丈夫だろうと思い至る。ティリアは大丈夫なはずと納得させると、ティファニアは昨夜は楽しみで寝れなかったせいか、いつの間にか眠りの世界に引き込まれてしまった。
ラティスは腕の中で眠っている天使の体勢を寝やすいものにすると、アリッサが用意していた毛布を優しくかぶせた。そして、自分の同じ色の柔らかい髪を軽く手で梳く。
背中の半分に来るまで伸びたその髪はじぶんと、そして、妻の――レイフィアのものと似ていてラティスは悲しい笑みをこぼした。
もう、6年も会っていない。
無事どうかもわからない。生きてはいるだろうが、どんな状態なのか全く想像がつかない。一緒にいるはずのもう一人の娘はもしかしたら―――…。
犯人はわかっているが、手が出せない。足がつかないように巧妙に隠されており、格上の家であるため、強行突破もできない。そもそも、強行突破する気配を見せただけであちらは二人に何かしてしまうかもしれない。
居場所を何とか見つけようと情報網を張っているのに見つからなくて。もどかしい日々がまだ続いている。
そんな悲しみからティファニアはラティスを掬い上げてくれる。
何も知らないのに、ラティスは何も言っていないのに、何を求めているのか、何が恐ろしいのかが分かってるかのようにこの愛娘は接してくれる。まるで、あの日のことを、ラティスがそのことについてどう思って過ごしているかも知っているかのようだった。
ラティスは何度も言わなければと思った。何度も、何度も。しかし、自分の中ではまだ、6年たった今でもまだ、折り合いがついていないのだ。妻のことと、もう一人の娘のことに。
そして、ラティスは甘えているのだ。この、腕の中の小さな娘に。この子が聡く、人の感情に機敏なことはずっと前から、それこそ2年前に再会し、ベッドの中で寝込むところを会いに行った時から知っていた。あの子はあの時からすでにラティスをよく見ていたかのように思える。だから、この子は、ティファニアは、ラティスがまだ言っていないことを知っている。
それでも、それでも、ラティスは言えないのだ。不甲斐ない自分のことを。
ラティスはすまない、と心の中でつぶやくと愛しい娘を優しく撫でた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ティファニアたちが今日泊まることになっているのは、国王の直轄地の端の町だ。ウルタリア侯爵領は王都から見て南東にあるので、これからどんどん南下していく予定だ。
ティファニアは宿の前で馬車から降りると、軽くうーんと腕を空に向けて伸びをした。
朝に王都を出発してから、数回休憩することはあっても、今、夕方になるまでずっと馬車に乗っていたのだ。子供であるティファニアがつかれて当然である。
それをわかっているラティスは馬車のことをすぐに従者たちに指示を出すと、ティファニアの手を引いて宿の扉をくぐった。
王都から離れた町と言えど、この町は流通が多い街であり、南方に領地をもつ貴族が立ち寄ることが多い。そのため、宿は高級感溢れる内装をしていた。
ラティスが来訪を宿の者に伝えると、すぐに部屋に案内される。3階の1番奥の部屋で、眺めがいいんだそうだ。今日はティファニアとラティスは一緒の部屋で寝ることになっているので、とっている部屋は1つだ。
部屋に入ると、中は広く、何部屋も奥に続いているようだった。ティファニアは疲れていたので、すぐにリビングに行くと、ふわふわのソファに身を預けた。
宿の内装は家具は上流貴族が使うような洗練されたもの。おかれている調度品も華美すぎず、落ち着きのあるものばかりだった。心なしかウルタリアの屋敷の雰囲気に似ていて、ティファニアはほっと息をつくことができた。
ラティスが少しだけ出てくると言ったので、それを見送ると、ティファニアはソファの上に身体を埋めて、馬車の中で寝たはずなのになあと小さく欠伸を零す。そして、とろりとまどろんだ。
部屋ではアリッサが紅茶を用意する音と他のメイドたちが作業する音だけがカタコトと響いていた。ティファニアがそのまま夢の世界に入ってしまいそうになったとき―――……
―――どこからか声が聞こえた。
『……ゥルゥ!! ……げて!! お、ね……いっ!!』
その声は必死に懇願していた。
ティファニアはその声がとても懐かしいような気がして、目の奥が熱くなり、胸のあたりがぎゅっと抑えけられたような気分になった。そして、がばりと体を起こし、辺りを見回すが、その声の主は見つからない。それがまた、胸の痛みを強めた。
『……ルゥ!! ……てっ!! ルゥル……!!』
次第に声は小さくなり、しまいには聞こえなくなった。
ティファニアは待って、と言いたくなった。叫びたかった。そのどこともわからない声の先に手を伸ばした。
しかし、その手はむなしく空を切った。ティファニアが唖然と自分の伸ばした手を見つめると、突然ぐるりと眩暈で目の前が一回転した。ティファニアの意識はそこで途切れた。
ティファニアが起きると、もう朝であった。
さすがは一番いい部屋といったところか、窓からきれいな朝焼けが見えていた。
ティファニアは寝ている間にアリッサに着替えさせてもらったのか、寝間着を着ており、ふわふわした羽毛の布団のあるベッドの上にいた。横にはラティスがまだすやすやと眠っている。ちなみに、ティファニアはそのラティスの腕の中にがっちりと囚われてしまっているため、今は全然身動きが取れない。しかし、ラティスの心地よさそうにして眠っている様子は、逆に今のティファニアをひどく安心させてくれた。
そっとラティスの頬を撫でると、ラティスの目がパチッと開いた。そして、嬉しそうに微笑む。
「おはよう、俺のティー」
「おはよう、お父様。起こしちゃったかな…?」
「ふぁぁ、……いいんだよ。ティーに起こしてもらえるだなんて、幸せ以外の何でもないからね」
そういうとラティスは、申し訳そうな顔をしている愛娘の額にチュッと唇を落とした。
ティファニアは嬉しそうにそうそうかな? と言って、御返しのキスをラティスの頬に落とした。
「さあ、着替えたら朝食にしようか! ティーは夕食を食べていないから、お腹がすいているだろう? 今日も馬車に乗りっぱなしだからね。食べて、体力をつけておかないと」
「うん!! わたし、お腹すいちゃった!!」
「それはよかった。じゃあ、行こうか」
そういって、二人はベッドから起き上がった。
着替えて、朝食を食べ終えると、ティファニアたちはまた馬車に乗って領地へと向かった。
7日間も連続で馬車に乗り続けるのはティファニアには少し辛かったようで、途中で少し体調を悪くはしたが、予定通り領都の屋敷に着くことができた。
ラティスも使用人たちも一安心である。
問題は何事もなく到着した。
それは、本当だ。
ただ、ティファニア以外には。
あの声は、あれ以来何度かティファニアに聞こえた。
その度にティファニアは胸が締め付けられ、そして、苦しくて意識を失ってしまうのだった。
ラティスたちはティファニアが馬車の旅で疲れているからと思ってくれている。心配はかけたくないが、それでも、聞きたくなってしまうのだ。
あの、ひどく懐かしい声を。
作者が迷走中です……
1週間空けただけで、こうなるなんて…orz




