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死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第2章 幼少期~現在と過去編~
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24 わたしとお茶会

久しぶりの本編。

「初めまして、ティファニア嬢。イェレミアス・マデリア・エルフィリスだ。いつもユリウスが世話になっている」


 ティファニアは目の前の黒髪、金眼の美丈夫ににこりと笑いかけられると、お気に入りの青いドレスをちょこんとつまみ、スカートの中で膝を曲げて綺麗に礼を取った。


「お初にお目にかかります、イェレミアス陛下。ラティス・ウルタリアの娘、ティファニア・ウルタリアでございます。本日はお招きいただきありがとうございます」

「いや、来てくれて助かる。そのお陰でユリウスもこの催しに参加する気になってくれたからな。それよりも、ラティスが褒めるのもよくわかる可愛らしさだ。レイフィアによく似ている」


 それを聞いて、ティファニアは少し微妙な気分になった。そもそも、ティファニアはこのお茶会に参加する予定ではなかったからだ。


 このお茶会に参加することになったのは数日前のことだ―――…




「ティー! お願いだ。行かないでおくれ!!」


 突然図書室に転がり込んできたラティスが叫んだ。そして、資料を読んでいたティファニアを掬うように抱き上げると、必死にお願いをしたのだ。

 ティファニアは話の主旨が見えず、大きな瞳をパチクリさせることしかできなかった。


「お父様、どうしたの?」


 とりあえず、ティファニアがラティスの腕の中でぎゅっと抱き返すと、それで落ち着いたのか、深い深いため息が耳元で零れた。

 そして数秒の沈黙ののちに、ラティスは一枚の手紙をティファニアに見せた。それにはこの王国の紋章、菊を象った印が押されており、ティファニアはラティスに許可を得てから恐る恐るそれを広げた。

 それは、国王陛下からの手紙だった。

 どうしたんだろうと不安になりながら手紙を読むと、内容を見てティファニアは固まった。別段酷いことや恐ろしい命令が書かれているわけではない。ただ、手紙での口調が軽すぎたのだ。


『どうも、ラティス! 今度のお茶会、ティファニア嬢は欠席になってたけど、絶対に参加させてね? ユリウスも彼女と一緒がいいって言っているんだ。それに、そこで息子たちは婚約者候補たちにも合わせるから、まあ、ユリウスの精神安定剤として連れてきてね。私も会ってみたいしさ。君の妖精に。というわけで、よろしく!』


「あ、あの、お父様、これ、本当に陛下からの手紙なの?」


 ティファニアが戸惑った様子で尋ねると、ラティスは幼馴染でふざけたやつなんだと憎々しげに手紙を睨んだ。


「お父様は陛下と仲がいいんだね。うふふ、わたしとシャルルみたい」

「仲がいいわけではないよ、ティー。ただの腐れ縁だ。……それよりも、どうしたものか」

「えっと、お茶会のこと?」


 ティファニアはこてんと首を傾げた。

 この国では5歳ごろから公の場に少しずつ顔を出し始める。それは私的なものや子供を集めたお茶会だけだが、自分の子どもを他の貴族たちに紹介し始めるのだ。それは小さいころからの中になるためであったり、はたまた婚約者としてどうか見極めるためであったりする。

 しかし、現在6歳半のティファニアは一度もそういうところには出たことがないのだ。シャルルやライトリアたちには会うが、それは親戚だからである。その為、ティファニア・ウルタリアという令嬢は貴族の中ではまだ姿を一度も見せぬ存在なのだ。

 なぜティファニアが参加しないか、その理由は明白だ。ラティスがどんな小さな催しでも断ってきたからだ。ティファニアは身体が弱いからと言って。既にティファニアの身体は普通の人より体調を崩しやすいくらいで、スラムにいたころの影響はほとんどない。しかし、それにも関わらず、ラティスはティファニアをそういう場に出したくはなかったのだ。

 それは、ティファニアをアドリエンヌのように汚らわしい子、と呼ぶものが貴族の間ではいるからだ。あの事件は各所で知られてしまっているため、戻ってきたティファニアはスラムにいたと知らなくても選民思想をもつ者には平民の中で育ってきた子と認識されてしまうのだろう。

 そして、ティファニアの『まじない』の紋章がとても目立つところにあるからだ。『まじない』というのは今は侯爵家以上の貴族だけが使える特別なものだ。その為、『まじない』については秘匿されている。しかし、昔『まじない』を使えた人が少なからずいた時代もあったので、『まじない』がどんなものかという逸話や伝説が残っている。人を救うものだったり、癒すものであったり、呪うものだったり、傷つけるものだったりするが、どれも人には為せないことばかりだ。それは『まじない』の本質を知らない貴族にはティファニアの紋様はとても恐ろしく見えることもあるのだ。

 異端を嫌い、謗り、貶める。

 そんな中にティファニアを連れていくことはラティスにはしたくなかった。もちろん変な虫がつかないようにするためでもあるが。


「ティー、何とか断るようにするよ。あの中に私の天使を連れて行きたくないんだ」

「でも、お父様、陛下の命令だから断るのは大変じゃない? わたしはシャルもユーリ殿下もいるなら大丈夫だよ」


 ティファニアは自分と同じ色の瞳を揺らすラティスの頬を小さな手で包み込んだ。そして、優しく、安心させるように言う。


「大丈夫。わたしはお父様とリアとアリッサたちがいてくれるってわかってるから。……それに、わたしが婚約の話を断ったから婚約候補を選ぶことになったんでしょ? 殿下は好き嫌いが激しいからなだめるくらいならできるよ」


 一国の王子をなだめるとはどういうことだと言う者はこの場にはいない。そもそも、ラティスもユリウスに何度か会っている為、その表現は正しいとさえ思っているのだ。ユリウスがこんなことを聞いたら、また王族に遠慮がないため息をつきそうである。


「……そうか」

「うん。それに、そのうちには参加しなきゃいけなくなるんだから。商会の商品もわたしが宣伝するようにもなるだろうし、人脈作りもしないといけないんだよ。いつかやることなんだから、少し早まったと思えばいいんだよ。わたしはここから離れないんだから。ね?」

「ああ、そうだったな。それに、ティーに変な虫が寄ってくるのも心配だが、私が追っ払ってやるからな」

「うふふ、頼もしいですわ、私の騎士様」


 ティファニアはそういってラティスの頬にキスをした。そして、付け加える。


「でも、わたし、お父様みたいな人がいいの。世界中を探しても、一人しかいなさそうなんだけどね」


 耳元で囁かれたその言葉に、ラティスは破顔したのだった。




 そういった経緯があり、ティファニアは参加する予定ではなかったお茶会の場にいるのだ。

 今回は王族主催であり、季節は冬であるため、室内でのお茶会だ。テーブルがいくつか置かれ、その上には色とりどりのお菓子と軽食となるものが置かれている。子供たちは両親と共に入室し、そして、挨拶をしたあとは大人は別室へ行き、子供たちだけで交流することになっているのだ。

 ティファニアもラティスと開始時間ぎりぎりに入室すると、公爵家に軽く挨拶して回り、そしてシャルルと談笑していたのだ。

 今は最初だけでも顔を出したいということでイェレミアスが執務の合間を縫って様子を見に来てくれている。彼があの手紙を書いたかと思うと、ティファニアは微妙な気分になることしかできなかった。

 しかし、イェレミアスも挨拶で忙しいらしく、数回言葉を交わすとすぐに他の大人の下へと行ってしまった。そして、周りにいるのがシャルルだけになると、ティファニアは肩を下した。


「ティー、大丈夫?」


 シャルルが心配そうに小声で尋ねた。ティファニアがこういう場が初めてなので、今日は何度も大丈夫かと聞いてくれる。その優しさがありがたくてにっこり笑って返した。


「うん。ちょっと緊張しただけだよ。それよりも、シャルも大変そうだね。シャルのことを狙ってる令嬢がこっちを見てるよ……」

「あー、うん。知ってる。いつもこうなんだよね。めんどくさくてたまらないよ」


 そう言ってシャルルはため息をついた。その令嬢たちは押しが強く、化粧は濃くて、香水などもたくさんつけているので一緒にいるのも結構つらいのだ。ティファニアの自然な可愛さを見習ってほしいと何度思ったことだろうか。そう思ってシャルルはまた深いため息をついた。


「ティファ、シャルル、来ていたのか」


 聞き覚えのある声が聞こえ、ティファニアたちが振り向くと、そこにはユリウスが無愛想を装っているが、喜びを隠せないと言った表情で歩いてきた。


「ユリウス殿下、お久しぶりです。この度は、わざわざ・・・・誘っていただきありがとうございます。それに、ティファニアですわ」

「殿下、きちんと参加されているようで安心いたしました。ティファニア嬢がこのお茶会に参加しないとご自分も参加されないとおっしゃったと聞いたものですから」


 ティファニアとシャルルに綺麗な笑顔で嫌味を言われると、ユリウスはうっと苦い顔をした。


「し、仕方ないだろう。今回は俺も逃げるわけにはいかなかったんだから」

「それだとしても、ティファニア嬢を表に出そうとしないでください。例え自分の婚約者候補になる令嬢と会いたくないからと言って」


 シャルルは薄い紫の瞳で冷たくユリウスを睨んだ。ラティスがティファニアを隠したい理由を知っていたため、シャルルも今回のお茶会に参加するのは反対だったのだ。


「そ、そうだが、最近会っていなかったし……。まあ、咄嗟に口走ってしまったのは悪かったと思っている」


 シャルルもそうだが、ティファニアからも冷めた目で見られたユリウスは珍しくしゅんと項垂れた。

 この間までティファニアの婚約話が出ていたのだ。そのことでずっと心が落ち着かなかったユリウスは勉強が手につかなかったため、最近はシャルルの家に突撃することができていなかった。だから、このお茶会の話が出てきたときにどうしてもティファニアに会いたくなり、イェレミアスにどうしてもティファニアを参加させてほしい、でなければ自分も参加しないと咄嗟に行ってしまったのだ。


「殿下、衆目がございますわ。そのように落ち込まないでくださいませ。いずれはわたくしもこういう場に参加することになっていましたから怒っているわけではありません。ただ、これからはわたくしを引き合いに出さないでくださいませ」

「………わかった」


 ユリウスがそう渋々と頷くと、三人の会話がひと段落した思ったのか、周りにいた令嬢たちがわらわらと近寄ってきた。そして、シャルルとユリウスを囲うように群がる。


「シャルル様、わたくしとお話いたしましょう!」

「ユリウス様、あちらのお菓子がとても美味ですの。あちらにいきましょう!」


 令嬢たちはどうにか二人の気を引こうと次々と舌をまくしたてた。シャルルとユリウスは身分だけでなく、見目も麗しく、聡明な為、令嬢たちに人気がある。あわよくば将来はこの人の妻に、と思っている令嬢も少なくない。子供だけのお茶会は少ないため、少しでも交流をもちたいとみな躍起なのだ。もっとも、二人はそんな令嬢たちなど全く興味がないのだが。

 しかし、そんな令嬢たちの勢いに飲まれてティファニアは二人の下から押し出されるように離れてしまった。足が少しつんのめったが、アリッサに習った対処法で何事もなかったように立て直した。

 シャルルが心配そうに目配せしてきたので、大丈夫だとティファニアは頷く。


(ちょっと、シャルと殿下の人気をなめていたかも……。でも、二人とも攻略対象者だからこうなるのは当たり前だったのかな…?ジュリアン殿下も令嬢たちに囲まれてるから挨拶もできなかったし…。)


 内心大きなため息をつくと、ティファニアは二人に頑張れと励まし、自分はついていけないであろう令嬢の群れから離れた。決して、自分を睨んできている令嬢たちから逃げるためではない。ましてや彼女たちと関わるのは面倒そうだとも思っていない。思っていないのだ。

 向かう先は庭である。外は寒いが、なぜか城の敷地内は冬であるにも関わらず温かいため、花が咲き乱れているのだ。ティファニアは先ほどの令嬢たちの混ざった香水のにおいに酔いそうになったため、少しだけでも外の空気を吸いたくなったのだ。

 外に出ると、少し肌寒い風が吹いていた。


(ふ~、やっぱり、こういう場は初めてだからちょっと疲れるな……。それにしても、リアは大丈夫かな…?)


 ティファニアが空を見上げると、小さな弟のことを思い出した。今、ティリアはウルタリア領にアドリエンヌに会いに行っている。1年ぶりの再会になるが、アドリエンヌと楽しく時間が過ごせているか心配なのだ。彼女はティリアには優しかったが、それでもゲームの世界では精神的虐待をしていた。ラティスであることをティリアに強いていた。このゲームとはズレている世界でアドリエンヌがティリアにそういうことをするかわからないが、それでもあんな別れ方をしたが故に心配だったのだ。

 ティファニアはもし何かされていたとしても、何も聞かずに一緒にいてあげようと思った。ウルタリア家の性分なのか、ティリアも辛いことはひた隠しにするのだ。

 ティファニアは自分もそうであることを頭の隅に追いやり、全く困ったものだと花壇の横を歩きながら心の中で小さくため息をついた。


 すると、ティファニアのため息と同調するように自分の横の高い生垣から深いため息が聞こえた。庭に人がいたことに少し驚いて肩をびくりと揺らしたが、直ぐに驚きは飛んで行ってしまった。

 声は子供だが、そのため息が悲痛さを伴っているように聞こえたからだ。

 辛くて、辛くて、胸が張り裂けそうなのに、誰にも言えない。そう、泣き叫んでいるように思えた。

 生け垣が高いため、相手の顔は見えない。

 しかし、ティファニアは放って置けなかった。それは、まるで、自分の心の叫びにも聞こえたからだ。

 ティファニアは少し息を整えると、顔が見えない相手の方を見た。そして、目を瞑って小さな声で聞く。


「ねえ、泣いているの?」

ティファニアはやんわり嫌味を言い、シャルルはかなり直接的に嫌味を言います(ユリウス限定)

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