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死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第2章 幼少期~現在と過去編~
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23 ラティスとティファニアの婚約話

「さあ、ラティス、なぜここに呼ばれたかわかるか?」


 突然、王の執務室に呼ばれたラティスの目の前には王と宰相、そして近衛騎士団長がいる。その空気は重々しかった。しかし、ラティスは王であるイェレミアスに不機嫌な顔を隠そうともせず腕を組み、投げやりに椅子に座っていた。


「いいえ、全く。さっぱりですよ。」

「くくっ、そんな顔をするな。私たちだけとはいえ私は一応王だぞ?もっと遠慮をしろ。遠慮を。そして、ついでに敬え。」


 それを聞くと、ラティスは姿勢を正して綺麗な笑顔で言った。


「仕事を早く終えてすぐにでも可愛い娘と息子の下へ帰ろうと思ったところに断れない呼び出しをする王に遠慮も敬意も皆無です。」

「はぁぁぁ…。お前は正直すぎだ。昔と変わらなすぎだぞ?まあ、今回はいいか。こちらのようで呼び出したからな。それで、私の話はお前のその可愛い娘のことだ。」

「………ティファニアに何か?」


 ラティスは人も殺せるのではないかという鋭い目つきでイェレミアスを睨んだ。しかし、当のイェレミアスはラティスと付き合いが長いため、そんな視線などどこ吹く風で笑っている。


「そう怒るな。それにまだ何も言っていないだろう?まあ、お前が怒る案件なのには違いないが…。今回呼んだのは、お前の娘、ティファニア嬢への婚約の打診だ。」

「……ほう?それで、お相手は?」

「私の息子、ジュリアンだ。優しい子であるし、王子としても頑張っている。お前から見ても悪く話なかったのだろう?」

「…………それは王命、ですか?」


 ラティスの声は心なしか小さくなっていた。先ほどまで凄んでいた瞳も少し陰りを見せている。

 しかし、イェレミアスはそれに構わず続けた。


「限りなく近いが、形式上はまだ打診だ。」

「………。理由をお聞きしても?ティファニアはまだ6歳で1度も外に出してはいないはずですが?」

「ああ、それはいろんな証言を繋ぎ合わせた結果だ。お前が言った言葉やアルベルトが言った言葉、前にライトリアが食事会で言った言葉、そしてその他の貴族の噂。それらをすべて集めて導き出したんだ。私とアーロンで。ティファニア嬢が領内改革もヴェレッド商会も考案した、とね。」

「そんな話を信じたのですか?先ほども言いましたがティファニアは6歳ですよ。信じる方がおかしいでしょう?」

「まあ、最初は私も信じられなかったよ。あまりにも突拍子もなかったからな。でも、アーロンとユリウスがそういうんだ。あの子ならあり得る、と。それにアーロンの言ったことは信憑性大だからな。」


 最後の一言を聞いて、ラティスは深いため息をついた。宰相であるアーロンが本気で突き止めたことならば、それは外れているはずがないのだ。それは、彼の家の『まじない』に起因する。彼の家の『まじない』は多くが予知や過去視に使われる。頻発できないそうだが、その精度は侮れない。アーロンが『まじない』を使ったならば、ティファニアについてはすでに突き止めていると言っているのも同然だ。


「そう、ですか。アーロン様がそうおっしゃったのならばもう否定はしません。確かに、ウルタリア侯爵領の改革案もヴェレッド商会もティファニアが考案したものです。」

「やはりな。ならば、彼女を王族が迎えたいというのもわかるだろう?経歴はどうであれ、彼女のその賢さは将来必要になる。特に、私がいなくなった後には。それにお前やユリウスをあそこまでかえてくれる心優しい令嬢なんだろう?ジュリアンにもそういう存在が必要だ。」

「……確かにティファニアは優しくて、賢くて、思いやりのある子です。王族に望まれるのもわかります。しかし、それでも、ティファニアは、…俺のティーは渡せません。それに、ティーも絶対に婚約も望みません。」


 頑なに拒んだラティスにイェレミアスは眉を寄せた。ラティスがティファニアを溺愛しているのは知っていた。その為、断るのは予想していたいたが、どう見ても自分の娘をよそにやりたくないという感情だけではない気がしたのだ。


「それは、ラティス、お前の父親としての判断か?それともこの国に仕える臣下としての判断か?」

「どちらもです。……そして、どちらの立場で判断してもティファニアをジュリアン殿下の婚約者にはできません。」

「……そうか。それで、その理由は?」


 そうイェレミアスが言うと、ラティスはテーブルの下でぎゅっとこぶしを握り、できるだけ自然に見える笑みを作った。


「ティファニアは………ウルタリアの薔薇です故、この件は辞退させていただきます。」


 ラティスの言葉にイェレミアスは首を傾げる。ウルタリア侯爵家の家紋が薔薇というのは知っているが、ラティスが言ったことの真意が見えない。何のことだと考えていると、先ほどまでずっと後ろで控えていたアーロンが肩をたたいた。そして、発言の許可を求めてきたのでイェレミアスは許可する。


「陛下、この件はなしにいたしましょう。ウルタリア侯爵の言い分は分かりました。ティファニア嬢は確かにジュリアン様に相応しくないようです。私も今回は判断を間違えました。申し訳ありません。」


 素直に謝るアーロンにイェレミアスはますます疑問が湧き上がってくる。しかし、昔からの付き合いであるラティスが一番つらいときにする、いやなことをすべて押し殺すような顔を自分の目の前で今、しているのだ。聞くにも聞けない。

 イェレミアスは後でアーロンに教えてもらえるように目配せをするとアーロンは頷いた。


「わかった。この件はなかったことにしよう。ラティス、時間を取らせて済まない。もう下がっていいぞ。」

「ご配慮いただきありがとうございます。」

「いや、今度は前みたいにアルベルトと一緒に飲みにでも来てくれ。その時にお前の娘や息子の話を聞かせてくれ。」

「かしこまりました。では、御前を失礼いたします。」


 ラティスは綺麗に一礼すると執務室を後にした。


 重量感のある扉が完全にしまったのを確認すると、ラティスはすぐに馬車の止めてある場所に向かった。

 すぐに、今すぐにでもティファニアに会いたくなったのだ。会って、抱きしめて、愛してるよ私の天使と言いたかった。無性にそのぬくもりを確かめたかった。ずっと一緒にいると言ってほしかった。確かな言葉が、確かな何かが欲しくなったのだ。

 ラティスは屋敷までの道のりを睨みながら愛しい娘、ティファニアに想いを馳せた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ユリウスはこの1週間を鬱々とした思いで過ごしていた。

 ジュリアンとティファニアの婚約の話を聞いてから、何も手につかなかった。ユリウスは自分の中で大好きな兄と可愛らしい友人の婚約を喜べと心に呼び掛けてるのに、全くそんな気分になれなかった。むしろ、喜ぼうと思うたびに目から涙があふれてきた。そんな自分の思い通りにならない心をユリウスは疑問に思うとともに苦しくなるのを恨みがましく思った。

 ユリウスがベッドの上で無気力でいると、扉の前で護衛についていたマルセルからノックがあった。返事をせずにいると、扉の向こうから大きな声で「陛下がお呼びです!」と聞こえた。

 さすがにユリウスでも王の呼び出しを無視することは出来ない。重い身体を起こすと、すぐに扉を開き、メイドを呼んで服を整えさせる。そして、イェレミアスの執務室に向かった。

 道中は憂鬱でしかなかった。きっと、ジュリアンとティファニアの婚約が正式に決まったという報告だろう。ユリウスは行きたくないという気持ちを押し殺して重い足を引きずりながら歩いた。

 執務室につくと、既にイェレミアスとジュリアンは席についており、ユリウスも座るように促されて席に着いた。そこには何故か重い空気が漂っていた。

 イェレミアスがユリウスが席について紅茶を口に運んだのを見ると、口を開いた。


「今回呼んだのはお前たちの予想している通り、先日のジュリアンとティファニア嬢の婚約の話だ。」


 それを聞いただけでユリウスはきゅっと心臓が縮んだ気がした。心なしか呼吸もつらい。


「結論を言うと、この件は流れた。つまり、ジュリアンとティファニア嬢の婚約の件はなしになった。」

「………えっ?ど、どういうことですか、お父様?」


 ジュリアンもユリウスも一瞬何を言われたのか理解ができなかった。イェレミアスの先日言い方だと婚約は打診という名の王命だったはずだ。なのであれば、婚約の件は流れるはずがない、そう思っていたのだ。


「すまない、ジュリアン。しかし、これはもう覆せない。ウルタリア侯爵に打診をしたが、断られた。……それよりも、ティファニア嬢は王族が縛ることができない。」

「王族が、ですか?」

「ああ。王族だけでない。彼女は我々では縛れない。」


 その言い方にジュリアンは眉を寄せた。この身分社会で王族が縛れない者があるとは思いもしなかったのだ。


「どういう意味、でしょうか?この国で彼女は唯一王命を跳ね返せる存在、ということですか?」

「……いや、そういうことではない。ただ、婚姻では縛れないということだ。彼女は、……彼女はどうやら契約者の愛し子だったようだ。」

「契約者の愛し子、とは?」

「お前たちは『まじない』が何たるか知っているだろう?あれは契約者に我々の魔力や何かを対価に願いを叶えてもらうものだ。契約者の性質によって出来ること出来ないことがあるが大抵のことは叶えてもらえる。そうだろう?」


 イェレミアスが確かめるように二人の方に目をやると、二人とも強く頷いた。


「そんな絶対的な力を持つ契約者たちはたまに自分のお気に入り・・・・・を作る。その条件は分からないが、お気に入り・・・・・になった者たちは総じて対価も必要なく願いをかなえてもらえると言われている。その契約者のお気に入り・・・・・を我々は契約者の愛し子、と呼ぶ。つまり、ティファニア嬢はウルタリアの愛し子のようだ。」

「…!?つまり、ティファニア嬢は対価なく『まじない』を使えるのですよね?でしたら、余計に王族が確保しておきたいのでは…?」

「いや、愛し子は婚姻で縛ってはいけないのだよ。これは昔、無理やり婚姻させられた愛し子のために契約者が怒りを落としたためだと言われている。数ある伝承の中の一つだ。守らないわけにはいかない。」


 ジュリアンもユリウスも伝承については少し知っていた。伝承とは、たまに契約者が教えてくれるこの世の摂理や契約者たちの中での決まりらしい。それを私たち人間が守らないと、契約者たちが何か手を下すと言われている。

 しかし、とジュリアンは首を傾げた。


「それでしたら、無理やりじゃなければいいのではないですか?」

「ああ、それだがな、ティファニア嬢は婚約を望まないそうだ。今やりたいことのために婚約はいらないらしい。成人ギリギリに考えるそうだ。本当に令嬢らしくないな。」


 そういってイェレミアスはははっと乾いた笑いをこぼした。


「だからな、ジュリアン、お前には申し訳ないがこの件はもう忘れてくれ。お前にはもう少ししたら婚約者候補が見繕われることになる。私が厳選するが、それでもあいつらの親戚が混ざることを覚悟してくれ。」

「……わかりました。」


 ジュリアンは婚約が決まらなかったことに少し悔しさを覚えながら苦い顔をすると渋々ながら了承した。そして、先ほどまでずっと言葉を発しない弟に目を向けると、ユリウスは最初の驚いた顔のまま固まっていた。


「ユーリ…?」


 ユリウスは名前を呼ばれたのに気づいてハッとする。


「お、お兄様、どうしました?」


 隠せない笑みがこぼれる。それは久しぶりにジュリアンに話しかけられたからなのか、婚約の話がなくなったからなのか今のユリウスにはわからなかったが、すごく心が軽くなった気がした。


「……いや、なんでもありません。私は部屋に戻ります。そろそろ教師が来ますので。」


 ジュリアンは嬉しそうなユリウスを見て、直ぐに顔を背けると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 ユリウスはまたジュリアンに避けられたのが悲しかったが、それよりも今はやっぱり嬉しさで溢れていた。


 ユリウスが部屋に帰る廊下では、心なしか羽のように足が軽かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ラティスは屋敷に帰ると、直ぐにティファニアの部屋に向かった。

 先ほどからある胸のもやもやをすぐにでも解消したかった。

 速足で月の階への階段を駆け上り、ティファニアの部屋のある奥まで駆けた。そして、ノックもせずにガチャリと扉を開く。

 扉の先にはラティスの突然の来訪に目をパチクリさせているラティスの天使、ティファニアがいた。

 ラティスはすぐにティファニアの下へ駆け寄ると掬い上げるように椅子に座っていたティファニアを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。

 ティファニアは突然のことに一瞬驚いたが、それを当たり前のように受け入れ、首に手を回してラティスを抱きしめ返した。


「おかえりなさい、お父様。」

「ああ、ただいま、ただいま、ティー。私の天使、……ただいま。」


 縋るようにも聞こえるラティスの声にティファニアは腕の力を強め、首元に顔を埋めた。


「お父様、ティーはここにいるよ。どこにも行かないよ。ちゃんと、お父様の目の前にいるから大丈夫だよ。だから、ね?」


 それを聞いただけでラティスは先ほどの心配がすべて拭われた気がした。ああ、あったかい。大丈夫だ。そう思えたのだ。


「ああ、ありがとう、ティー。愛してるよ。」

「うん。ティーもお父様が大好きだよ。愛してる。」


 ラティスはもう一度ティファニアをぎゅっと抱きしめると、身体を離して、腕の中のティファニアの顔を見た。今日もその瞳は可愛らしく真っすぐ見つめてくれていた。

 ラティスは自分がまた隠しているのに嫌気がさした。この幼い愛しい娘は真っすぐ自分を見つめてくれるのに、自分は嫌なことを隠そうとしてばかりだ。先ほどの自分の行動から既にティファニアはラティスに何かあったことは分かっているだろう。それならば、せめて今回のことだけでも話そうとラティスは口を開いた。


「……実は、ティーとジュリアン殿下の婚約の話が上がったんだ。もちろん断ったけどね。」

「……そうだったんだ。でも、ティーはそれでよかったよ。だって、ここにいたいもん。ティーはお父様とリアとここにいたい。だから、婚約なんてなくなってよかったよ。……それより、お父様、話してくれてありがとう。」

「……ああ。」


 少し困った、しかし嬉しそうなラティスの顔を見ると、ティファニアはすぐにいつものように無邪気に笑った。


「じゃあ、リアのところに行こう!お父様を待つためにまだティーもリアも夕飯食べてないんだよ!」


 ラティスの腕の中からティファニアは抜け出ると、ラティスの手を引っ張ってティリアの部屋の方へと向かった。

 そんなティファニアの頭の中にはただ一つの疑問だけがあった。


(わたしの婚約話がでたのは分かるけど、攻略者のジュリアン殿下と結ぶことになってたってどういうことだろう…?)

はい、ジュリアンも攻略者でした!

そして、ティファニアの婚約は流れました。

作者としても、お前にティーはやらん!って気分だったので、すっきりですw


いやぁ、書いててティファニアもラティスも親子だなって思いました

二人とも王族に遠慮ないw


あとは、『まじない』の話が少しでましたね。

イェレミアスは嘘は言ってません。

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