20 新商品と伯母さま
久しぶりに本編。
新作も投稿したので、覗いてみてください。
「できたぁ!」
ティファニアはふぅと息をついた。
前世の知識を思い出してから早2年。ずっと試して、何度も失敗していたものができたのだ。ティファニアは瓶の中に入っているものを高く掲げ、下からのぞく。
「うん。沈殿もしてないし、大丈夫そう!」
ティファニアが見ているのはシャンプーとリンスだ。この屋敷に来た当初から試行錯誤して何とか作り上げたのである。
ティファニアが研究中であるものは他にもいっぱいある。料理では取り寄せた大豆で作る醤油、美容品では化粧水や香水など、生活用品では和紙などだ。他にも多くあるが、ほとんどまだ研究段階でティファニアが求めるのに到達するのはまだ先なのだ。
これらはすべてウルタリア侯爵家の屋敷で行われている。領内の高等学校で信頼できるものを集めてティファニアが秘密厳守で開発させているのだ。ティファニアにぼんやりとした作り方は分かっても、詳しい内容は分からない。その為、研究員に伝えることで新しい商品を作ろうと毎日試行錯誤しているのだ。
既に大豆が見つかり、味噌はそれっぽいのができているが、こちらの人には見た目が受け入れられないらしく、どうやってお客さんに出す状態にするのか料理人たちが頭をひねっている。
そして今回作り上げたのがシャンプーとリンスだ。この2つについてはほとんどティファニア自身が研究を行っていたが、最初は体調不良、その後は領内の仕事とあまり時間が取れなかったこともあり、なかなか進まなかったのだ。
シャンプーは比較的早い段階でできたが、香りづけがうまくいかなかった。相性のいい石鹸と香りづけのハーブが見つかるのに時間がかかってしまったのだ。そしてリンスは試行錯誤の末にできた。既にシャンプーと合うように香りづけもしている。
ティファニアは小さめの瓶にシャンプーとリンスを小分けにすると、後ろに控えているアリッサの方を見た。
「じゃあ、これを屋敷の希望するメイドさんに試用してもらって。1週間続けてもらって、その出来で商品化するから。あと、伯母さまにも送らないとね。あっ、一応パッチテストも忘れずにね。」
今からやらなければいけないことをつらつらと述べると、アリッサはティファニアの至らない点を補いながらも言われた通りにしてくれる。
前々から手伝えることはないかと使用人たちは頑張るお嬢様であるティファニアに協力したいと言っていたのだ。その時に美容品の試用をしてほしいというと、メイドたちは喜んで受けてくれた。もちろんティファニアが一度使っている者なので危険は皆無だが、それでも怪しまれてもおかしくないもののお試しに全面的に信頼して協力してくれるメイドたちがティファニアにはありがたい。
「あっ、商品化するから、瓶のデザインにもこだわりたいから1週間後にマルクとその打ち合わせも入れておいて。」
最初は高級品として売り出したいため、貴族のご令嬢やご婦人に受け入れられやすいように見た目重視にするのも忘れないでおく。
これで大丈夫かなとティファニアは思うと、1週間後の結果を待つのだった。
そして、一週間後。
メイドたちからは大好評であり、無事に商品化が決まった。瓶のデザインはそんなにごてごてしくないシンプルだが綺麗なものにすぐに決まり、既に職人に作るように指示を出している段階だ。
ティファニアはこれからもどんどん開発していきたいと次の研究に精を出すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでね、昨日はシャルルの家の図書館でどうぶつずかんがあって、すごく楽しかったの!」
嬉々として昨日の出来事を話すティファニアは可愛らしく頬を染め、時間を味わうようにじっくりゆっくりとラティスに話しかけていた。
その様子をラティスは微笑みながら聞いている。
「ルイビシス領には面白い動物がいたかい?」
「うん!あのね、しろうさぎっていうかわいい動物がいたの!」
「お姉様、うさぎってどんなどうぶつ?」
「うさぎはね、耳が長くて、めが赤くて、くりくりしてて、小さくってかわいいんだよ。こんど絵をみせてあげるね!」
「うん!」
ソファの上で自分を挟み、両側で楽しそうに会話する子供たちにラティスは頬を緩めた。そして二人の後ろから手を回し、ぎゅっと抱き寄せる。
すると、ティファニアとティリアは嬉しそうにラティスの首に手を回した。
「お父様、あったかいね。」
「うん。お父様、大好き!」
「ぼくもだいすき!」
ラティスが出張帰りであるため、久しぶりのスキンシップを3人は楽しんだ。
しかし、扉の向こうが何やら騒がしくなっている。今日は来客の予定はなく、親子3人で過ごす予定であるため、ラティスは首を傾げた。そして、勢いよく扉が開かれる。
バンッ!
そこから現れたのは色素の薄い金髪と紫の瞳の妙齢の女性だった。彼女は嬉々とした顔でラティス達の方を見ていた。
「ラティス!その子たちが私の可愛い姪と甥かしらっ!」
彼女は重そうなドレスを着ているにも関わらず、カツカツと速足でソファに近づき、唖然としているティファニアたちの前に立つと嬉しそうに笑った。
「まあまあまあ!ほんっとうに可愛いわ!」
彼女は紅が塗られた唇をあげ、にっこり笑うと、ラティスから奪い取るようにティファニアを抱きしめた。
「ああ!私のティーちゃんかわいいわぁ!ちっちゃい頃も可愛かったけど、今もやっぱり可愛いわねぇ。」
彼女はティファニアの頭を撫でたり、抱き着いたり、抱き上げたりしながら引っ切り無しに可愛い可愛いと言った。
何が何だかわからないティファニアはすでにぐったりである。
それを見て、ラティスははっと目の前の女性に叫んだ。
「ライト姉様!!ティーがもうぐったりしています!!」
すっかり久しぶりの姉の勢いに唖然としていラティスはすぐにライトリアの腕からティファニアを救い出した。もちろん愛息子を姉の視界から外すようにさり気なくティリアの前に立つのも忘れない。
抱き上げた愛娘の力はくたりと抜け、抱き上げられている状態でラティスの肩に顎を載せて息を整えていた。
その様子を見て、ラティスは先ほどよりも鋭い声をあげた。
「姉様!!だから、ティーに会わせないようにしていたのです!!もうティーに近寄らないでください!!」
「まあまあまあ!ラティス、酷いじゃない!久しぶりにかわいい私の姪に会ったのだから少しくらいいいじゃない!」
「姉様の少しはティーの命に関わります!それにティーは可愛いですが、姉様のティーではありません!!」
「いいえっ!私のティーちゃんよ!」
「違います!俺のティーです!」
姉弟げんかを始める目の前の大の大人二人にティリアは口を開けてぽかんとしてみていた。そもそもラティスが怒ることはアドリエンヌの一件以来ほとんど見たことがなく、普段は静かに怒るタイプだ。その為、ティリアは初めて声を荒立てている父親にびっくりである。
「そもそも、何しに来たんですか!?姉弟と言えど連絡もなく屋敷に来るのはどうかと思います!」
「なによっ!元々は私も住んでたのだからいいじゃない!門番だって通してくれたわ!」
「どうせ姉様が強行突破したのでしょう!」
「いいえ!それに用事がちゃんとあったのだからいいでしょう!」
「その用事が何か聞いているのです!」
「だから、ティーちゃんの新商品の話をしにきたのよっ!」
ライトリアがそう叫ぶと、ラティスは早くそれを言ってくださいとため息をついた。そして、自分の腕の中で力が抜けている愛娘の背中を優しくさすった。
「ティー、大丈夫?」
ティファニアはラティスの首に顔をうずめると、うーんと頭をぐりぐりとしながら大丈夫と答えた。実はラティス達が言い合っている間に既に息は整っていたが、今はただ甘えたいだけなのである。
そんな可愛い天使の頭をラティスはなでると、もう一度やさしくぎゅっと抱きしめた。
「ちょっと、ラティス!ずるいじゃないの!私もティーちゃんにぎゅーしたいわ!」
もちろんライトリアはそんな親子の触れ合いを温かい目で見守ってくれるわけではないのである。ラティスの二人いるうち下の姉であるライトリアは昔から弟に対して遠慮がない。
自分の方へおいでとばかりに大きく手を広げてティファニアが飛び込んでくるのを待った。
しかしティファニアは少し息をのむとラティスの腕から降ろしてもらい、ライトリアの広がった腕を見なかったことにしてにこりと笑うと丁寧にお辞儀をした。
「ライトリア伯母様、初めまして。ティファニアですわ。いつも宣伝ありがとうございます。」
「は、初めまして。ティリアです。」
ティファニアにつられてティリアもちょこんと頭を下げた。
「まぁぁぁぁ!二人とも可愛らしいわぁ!」
そう言ってまたティファニアに突撃しそうになったのを今度はラティスがタイミングよく止めた。ティファニアが内心ほっとしたのはライトリアには内緒である。
「もうっ、ラティスったら!……それよりも、ティーちゃんははじめましてじゃないのよ。赤ん坊のころに何度か会っているわ。」
「そうでした!では、お久しぶりです、伯母様。」
「ええ、ティーちゃん、お久しぶり。そして、ティリアちゃん、初めまして。」
ライトリアはそういうと優しくにこりと笑った。
「ああ、もう少し愛でたいけれどまずは本題に入らなくてはね。時間がないもの。」
「時間がないのですか?」
「ええ、そのうち分かるわ。」
彼女は妖艶に笑った。そして、くいっと顎をあげてティファニアを真っすぐ見つめるとまた先ほどと同じように優しく笑う。目元がラティスにそっくりであるため、ティファニアはとても安心感を覚えた。
「ティーちゃん、まずはヴェレッド商会の成功おめでとう。私のお友達にもとても気に入って頂けているわ。」
「よかったです。伯母様のお陰ですぐに軌道に乗ることができました。ありがとうございます!」
「まあまあ、いいのよ。可愛い姪のためだもの。……それでね、新商品の話なのだけれどいいかしら?」
「はい。伯母様に送った分はどうでしたでしょうか?」
ティファニアは期待を込めてライトリアを見上げた。
すると、ライトリアは少しもったいぶるようにそうねぇと口元に扇を当てて微笑む。
「素晴らしいと思ったわ。髪が本当に艶々になるのよ。絶対あれは売れるわ。」
「本当ですか!?よかったぁ。」
貴族女性の目線からの後押しにティファニアはほっとし、顔がほころんだ。
「ええ、貴族女性なら誰でも使いたくなるわ。宣伝はわたしに任せなさい。」
ライトリアの頼もしい一言にティファニアはお礼を言ってぺこりと頭を下げた。
「大丈夫よ。私も楽しくてやっていることだもの。……それより、これはティーちゃんが開発したのよね?」
「はい。わたしがアリッサに少し助けてもらって作りました。」
「……そう。やっぱりなのね。じゃあ、ラティス、わかっているでしょう?」
ライトリアは無邪気に笑うティファニアを見て少し眉を伏せた後、難しい顔をすると、ラティスに鋭い声で問いかけた。
不穏な空気が漂い、心なしか部屋の温度が下がった気がする。ティファニアが目を向けると、自分の父親がいつもとは違う眉を寄せた顔をしていてどうしたのだろうと首を傾げた。
そんな可愛いティファニアを見て、ラティスは少し困ったように笑うとティファニアの頭にぽんと手を載せた。
「姉様、大丈夫ですよ。ティーのことはなるべく隠しています。このことを知るのはルイビシスのアルベルトくらいでしょう。」
「ああ、アルベルト様ね。それなら信用できるわ。でも、ティーちゃんはこの見た目でこの賢さなのよ。フィアちゃんは守れなかったのだから今度はちゃんと守りなさい。」
「……わかっています。ティーのことが知れ渡ればティーを望むものは多く出るでしょう。今度は絶対に守り切って見せます。」
「ええ、警戒するに越したことはないわ。私もまた可愛い姪がいなくなってしまうのは遠慮したいですもの。………それに―――」
そう言ってライトリアはするりとティファニアの首元に手を伸ばした。そこにあるのは薔薇をかたどられたチョーカーのように見える黒い美しい紋様だ。
ライトリアが指先でその紋様をなぞるようにつーっと指を這わせるとティファニアはくすぐったくなって笑う。
「うふふ。伯母様、くすぐったいですわ。」
「あら、ティーちゃん、ごめんなさい。さっきはよく見れなかったからもう一度見ておこうと思ったのよ。本当に綺麗な紋様ね。」
「……はい。わたしも気に入っているんです!」
「……ええ、今のティーちゃんに似合っているわ。」
ライトリアはティファニアの紋様を悲し気にじっくり見ると、最初の勢いとは打って変わって優しく包み込むようにティファニアを抱きしめた。
普段アリッサがいても、ティファニアとアリッサは主従関係だ。無闇に抱きしめるということはあまりない。その為、ティファニアはライトリアに抱きしめられると何かこみあげてくるものがあった。
嬉しくて、温かくて、懐かしくて、いい匂いで、母親みたいで。
先ほどの会話で自分のやったことが知られてしまうととても危険であることが分かった。ラティスが頑なに自分を隠そうとしていたのもそういった理由があったのだろうと納得する。しかし、それでもティファニアは今始めていることをやめる気はない。それはラティスにもライトリアにもわかるのだろう。ティファニアが知ってしまったとしても続けることを。
そもそもこういった事態になることはティファニアにも予想がついていた。もしかしたら、という程度だったが今回の会話でそれは確信に変わった。それだけ面倒な貴族がいるのだろう。侯爵という身分があったとしても対抗しづらいような。
これは我が儘だ。そんなことはティファニアにもわかっている。でも、後悔しないために、この生き方を貫き通すために、今は自分を守ってくれるラティスやライトリアに甘えることにした。自分を何の隔たりもなく、優しく抱きしめてくれるこの人たちに。
ティファニアは本当の母親にはどうやって接するものなのかかわからないが、無言でライトリアに抱きしめ返した。
すると、外からバタバタと音がした。既視感を覚える音だった。しかし先ほどとは違い、使用人用の扉からメイドが入ってきた。彼女はラティスを見つけると、小走りで近づき、耳打ちをする。
それを聞いたラティスは目をつむって天を仰ぐとため息をつきながらライトリアを睨んだ。
「ライト姉様、時間がないってこういうことだったのですね?」
「ええ、そうよ。でも、私はあの子たちにはここに来るとだけ伝えだけよ。来るとは思っていたけれど。」
「はぁぁぁぁ、来ると思っていたならばちゃんと知らせてください。場所は太陽の階じゃなく、こちらでいいのですか?」
「ええ、家族なのだからこちらで構わないでしょう。私も月の階の方が落ち着けるもの。連絡のことは気を付けるわ。でも、これからは会いに来ていいでしょう?ティーちゃんとティリアちゃんに。本当は連れて帰りたいんだけれどね。それに、こんな風に私が来なければラティスは先延ばししたでしょう?」
図星をさされたのか、ラティスは少しばつの悪い顔をした。この年の離れた姉は昔から自分が隠していることを正確に当ててくるのだ。悔しいがそれで助けられたこともあるため、何も言えない。
「………わかりました。でも、俺もティーもティリアにも予定があるのでちゃんと事前に連絡してください。ライト姉様は家族に対して杜撰すぎます。ラミア姉様も困っていましたよ。」
「まあ!そこにお姉様を出すのはずるいわ!お姉様に会いに行くときはちゃんと先触れを送るようにしてるわよ!」
「先触れと言っても、当日でしょう?事前にとは少なくとも3日前ですからね?」
「う、うるさいわね。家族だがら構わないでしょう?」
「構います。」
ラティスが先ほどから遠慮がないライトリアへの反撃をしていると、扉からノックがした。
次は従兄弟の登場です。
ちなみに、ラミアリス、ライトリア、ラティスの3姉弟です。
ラティスと上の姉たちは少し年が離れているので、ライトリアは昔から彼女なりにラティスを可愛がっていました。
あと、真珠ちゃんシリーズについてですが、質問があったので。
本編にも関係あるティファニアの過去編と思っていただければ。
最終話が本編とつながるので。
かなり本編とはかけ離れていますが、お付き合いいただけると幸いです。
明日の更新ですが、間に合うかわからないです…。
今週中に4話投稿したかったのに無念です…。




