表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第1章 幼少期~暗闇と救済編~
2/65

01 悪役令嬢と乙女ゲームの世界

『ティファニア・ウルタリア。

 主人公の双子の姉。別名「呪いのいばら姫」。ストーリー中で数々の妨害をしてくる。主人公に対して、並々ならぬ恨みを抱いている』


 軽い説明文と共に添えられたティファニアの姿は凛としていたが、綺麗な紫の瞳は悪役令嬢らしくこちらを鋭く睨んでいた。

 ティファニアがそれが自分だと気付いたのは4歳の時だ。スラムで死にそうだった自分を助けに来てくれた青年を見たときに前世の記憶を思い出した。

 その時は青年がお父様だとわかる程度の情報だけだったが、屋敷に着いて、思い返すと、この世界が前世でやったことのある乙女ゲームだと確信した。ティファニアという名前、そして少し若いがウルタリア侯爵の姿、手がかりはその二つだけだったがなぜかそうだとわかったのだ。ここは『白いアザレアを君に捧ぐ〜あなたに愛されて幸せ〜』の世界だ、と。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ティファニアが目覚めるとそこは雲のようにふわふわしたベッドの上だった。

 前世の記憶を思い出した為、ここがウルタリアの屋敷だとわかる。しかし、今の彼女は頭がクラクラし、身体は熱を帯びてそれ以上深く考えることができなかった。

 身体を少し動かすと、特に首と背中の上部が熱いと分かる。何かが熱いものが巻きつき、首を締め上げているようで呼吸が辛い。

 息苦しさに首に手を添え、うーんと唸り声をあげると、誰かがティファニアの方へ近寄ってきた。


「お目覚めですか、お嬢様?」


 優しい声音と共にメイド服を着た女性はティファニアの顔を覗き込んだ。そしてティファニアを支えてゆっくり起き上がらせると、ふかふかなクッションを後ろに置き、寄りかかれるようにしてくれた。

 ティファニアは抵抗する元気もなく、なされるがままだった。


「どうぞこちらを飲んでください。まずはお身体を拭きますね。その後は軽い食事の準備もいたしております」


 ティファニアの目の前にコップに入った冷たい水を差し出された。ちょうど喉が渇いていたので、メイドに手を添えてもらいながら、久しぶりの水をゆっくりゴクリと飲み込と、――――はらりと涙が流れた。


(こんなに美味しい水は初めて……)


 メイドは少し狼狽えているが、ティファニアには目に入らずただボロボロと涙をこぼした。そして、もう一度口に含み、ひんやりとした水を味わうように舌で転がして飲み込む。

 前世では綺麗な水など当たり前のようにあったが、このティファニアの身体が澄んだ水を飲むのは初めてだ。身体の芯まで届くような美味しい水だ、と彼女は思った。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「…おみず、おいしい」


 ティファニアの身体を拭く為にお湯を準備していたメイドに率直な気持ちを伝える。メイドは少し辛そうな笑顔で、それはようこざいましたと言ってくれた。

 ティファニアは水を飲み終わると、寝間着をゆっくり脱がしてもらい、お湯で絞ったタオルで汗で少しベタつく身体を拭いてもらった。前世では成人を超えていたと思うが、羞恥心が顔を出す隙もないほど頭はぼんやりとしている。

 新しい寝間着に着替えさせてもらう頃には食事が目の前にお盆と共に置かれていた。他のメイドは部屋にいないのでいつの間に用意したんだと思うところだが、もちろんティファニアにそんな元気はない。

 ご飯は流動食のようなもので、何かの乳で穀物を煮たのか、白くドロっとしている。

 メイドはスプーンで掬って、ティファニアの口へ運んだ。目の前のお嬢様は息苦しそうで、首に添えられた震える腕は筋張って彼女の心を締め付ける。


(可哀想にと思うのも烏滸がましいくらい辛いことを経験をされてきたのですね…)


 ティファニアは差し出された食事を喉に流し込むと、案の定久しぶりの食べ物を身体が受け付けず、むせて吐き出してしまった。

 せき込みながら首を両手で抑え、ぜいぜいと肩で息をする。

 メイドはティファニアの背中をさすりながら彼女を落ち着かせるように柔らかく言った。


「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいんです。まだいっぱいありますから」


 どうやらスラムの時の癖で、目の前に食べ物があるときには取り上げられないようになるべく早く多く食べようとしたみたいだ。こんな身体じゃ受け付けないはずね、とティファニアは咄嗟に出てしまった癖に自嘲気に笑った。

 次はゆっくり飲み込もうと、差し出されたスプーンからスープを啜る。口の中に広がる乳臭いスープは暖かく、素朴だが優しい味がした。

 ゆっくりと時間をかけて食べ終えるころにはティファニアはこてんと眠ってしまった。メイドはティファニアの口をぬぐい、ベッドに寝かせなおす。そして布団をかぶせると、短い髪を軽く撫でた。


「早く元気になってくださいませ」


 そう強く願うと、メイドはワゴンを引いて、部屋を後にした。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ティファニアが回復するまでにひと月もの時間を要した。

 最初の半月は、1日合計しても2時間ほどしか起きている時間はなく、回復の兆しが見えなかった。しかし、その期間を過ぎると、だんだん目が覚めている時間が長くなり、一月経ってやっと1日7時間は起きていられるようになったのだ。これは大きな進歩だった。

 お父様――ラティスは毎日のようにティファニアの部屋を訪れ、起きているときは優しく話しかけ、寝ているときは娘を思う存分撫でていた。そして、時間がある日はティファニアの食事をラティス自ら作っている。もちろんティファニアがそのことを知るすべはないが、毎日優しい味だと思って食べていた。そのお陰か、ティファニアは予定よりも早く回復に向かっていた。

 ウルタリアの屋敷の者たちはあの死の淵から無事に生還できたことを大いに喜び、メイドたちは用もないのにティファニアの部屋を訪ねて話しかけたり、料理長はデザートを少し豪華にしてくれた。特にラティスはなるべく長くティファニアの部屋にいれるようにと、鬼気迫る勢いで仕事を片付けていた。

 その姿はティファニアを元気付け、最初はほとんど動かなかった表情は最近は柔らかく笑うようになった。




 この一月の間、ティファニアは起きている時間はなるべく前世の記憶の整理をしようとした。しかし体調不良がそれを邪魔し、やっと頭の中の整理をし始めたのは1週間前だ。

 まず、ティファニアは前世の自分について思い出す。女で、社会人だったことはわかるが、名前や顔は思い出せない。死因はわからないが、死ぬ直前に後悔していたことはなんとなくわかる。それについて、もしかしたら突然死んでしまったのではないかとティファニアは結論付けた。何の後悔かはわからないが、なんとなく誰かにもっと――してあげればよかったという思いだけは強く残っている。しかし、どんなに考えても何をしてあげればよかったのかは全く思い出せなかった。


 それは追々考えようと思い、ティファニアはお父様に会った時のことを思い出す。あの時確かにラティスを見て、前世でやった乙女ゲームにいた人だと思った。最も、ゲームの中のラティスはもう少し更けていたが。

 そしてそのゲームとは、『白いアザレアを君に捧ぐ~あなたに愛されて幸せ~』と言うのだったと思う。タイトルが怪しいのは前世のティファニアはあまりゲームをせず、幼馴染がゴリ押ししてくれたものだったからだ。一通りやったが、少し曖昧である。

 確か時代背景は中世に似た世界で、突然貴族の養子になったヒロインが顔良し・家柄良しの攻略者たちと恋に落ちていく、そんな物語だったとティファニアは絞り出すよう頭の中を探る。イケメン攻略者たちはそれぞれ心に闇を抱えており、ヒロインがそれを晴らし、そして妬みなどの困難を一緒に乗り越えていくことで最終的にハッピーエンドに収束するのだ。ストーリーはともかく、スチルがとてもかっこよかったのは覚えている。

 ちなみにその妬みなどの困難を起こすのが『呪いのいばら姫』であるティファニアである。いわゆる悪役令嬢だ。ティファニアは首にいばらが巻き付くような『まじない』の黒い紋様があり、それに侯爵家の出身ということも加わって周りからは畏怖の対象だった。そんなティファニアがヒロインを恨む理由は私怨だ。


 昔、ティファニアとヒロインはとある貴族に攫われそうになった。そして、ティファニアは助かったが、ヒロインと母親は逃げ切れずその悪徳貴族に軟禁されてしまう。数年経って、ヒロインは母親と必死に逃げるが、道中で母親は力尽き、ヒロインは一人になってしまう。主人公補正なのかそこで優しい平民のおばさんに拾ってもらい、貴族の養子になるまでそこで暮らしたのだ。

 それを知らないティファニアは曲解し、母親は妹であるヒロインと共にお父様と自分から逃げたのだと勘違いした。母親は自分を捨て、妹であるヒロインを選んだ。自分は選ばれなかった、母親に愛されなかった子供である、そう幼いティファニアは思った。本来ならばそういう時にティファニアを気にかけるべき父親は外交官であり、家にいないことが多く、そして後妻は息子だけを猫かわいがりし、ティファニアには見向きもしない。その中で育ったティファニアの心は歪んでいく。そしてそれは最初に恨んだ妹に向いた。

 ティファニアは貴族が通う学園に入り、妹が新しい家族や友人とともに幸せに暮らしていると聞くや否、ヒロインにいじめを始める。そして自分の父親や婚約者、幼馴染に近づき、恋に落ちていくヒロインを徹底的に妨害しようとするのだ。

 彼女は確かこう叫んだ。「あなたは母親の愛も家族の愛も持っているのにこれ以上何を求めるの!? わたくしからお父様や婚約者を奪って、次は何を奪う気なの!?」それはとても悲痛な叫びで、前世のティファニアはプレイ中に泣いて同情した。この子はただ愛されたかっただけなんだ、と。

 ヒロインの境遇もそれなりにかわいそうだが、彼女は周りに恵まれた。しかしティファニアの周りには自分を冷たくあしらったり、避ける者しかおらず、こういう性格になってしまったのだ。

 このゲームの登場人物は副題に白いアザレアの花言葉「あなたに愛されて幸せ」とあるが、つまりは愛されなかった者たちの物語なのだ。スチルはカッコいいのに、悪役令嬢も含めて登場人物の過去が悲しすぎとネットの一部で言われていたらしい。


 ティファニアのいじめは苛烈を極め、最後にはヒロインを暗殺しようとする。

 ハッピーエンドでは選択された攻略対象が暗殺から救い、最後には攻略対象と結婚して幸せになる。そして、当のティファニアは処刑または流刑を余儀なくされ、流刑先では体が昔から弱かったせいかすぐに衰弱死してしまう。

 バットエンドではヒロインはティファニアに殺されたり、逆に返り討ちにしてティファニアを殺してしまい、好感度が足りない攻略対象にそれを疎まれ、ヒロインは自ら教会に入ったりする。ティファニアはといえばヒロインを殺した後は怒り狂った攻略対象に殺されたり、処刑になったりとバッドエンドしかない。


 冗談じゃない、とティファニアは思った。もしこの世界にヒロインがいて、誰かと幸せになる予定ならば、自分には死しかないじゃないか、と。前世で何かしら後悔があったのを覚えている。だったら今世は未練なんかなく往生したい。


(だったら……、若くして死ぬならば、今私にできることをしたい。楽しく過ごすことも死ぬことを少しでも回避することも自分にしかできないことを何が何でもしてやる! もう後悔なんて絶対にしたくない!!)


 ティファニアはそう強く誓うと、グッとこぶしに力を込めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ