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死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第1章 幼少期~暗闇と救済編~
16/65

14 お父様とアドリエンヌ様

すごく文字数が…。

何とか1万字にはならなかった…!

でも、やっと解決です。

 その日、ティファニアは朝食を終えていつも通り図書室に向かっていた。そろそろスラム救済案もまとまってきたので、下準備をしなければならないからだ。それに、レストランの為の料理の種類も増えてきたので、そろそろ商会登録したい。商会で他の商品も出そうかなと考えていると、後ろから可愛い声が聞こえた。


「おねえさま!!」


 ティリアが嬉しそうに手を振りながら駆けて、ティファニアの元へやってきた。

 会えたのはとても嬉しいが、ティリアの背後から心なしか黒いオーラが見えて、ティファニアは一瞬驚いてから取り繕うようににこりと笑った。今日は予定が潰れそうな予感がした。一昨日ラティスが出張に出かけた為、この嫌な予感はきっと当たっているだろう。

 ティファニアがティリアにどうしたのか尋ねると、ティリアは前に教えた文字が書けるようになったと胸を張って自慢した。ティファニアは自分のことのように嬉しくなったが、奥からどんどん近づいてくる赤いドレスから視線を外さないようにした。

 しかし、ティファニアがいつもと違うことを感じ取ったのかティリアが不安そうに真っすぐとティファニアを見つめてどうしたのと心配していた。それをティファニアはごまかすようになんでもないとできるだけいつもと同じように微笑んで答える。

 その時、ティリアの眼を見たためティファニアの視線から赤いドレスは外れていた。いつの間にか目の前にあったその赤はティファニアの頬を力いっぱい叩く。

 ティファニアの身体が横に飛び、勢いよく尻餅をついてしまった。頬はジンジンするが痛くない。それよりもティファニアは叩かれることも罵倒されることも構わないが、ティリアの前でされたことに憤りを覚えたからだ。

 ティファニアは普段から全く怒らない。怒っても意味がないものだと思っているからだ。それに、怒る理由がほとんどない。拗ねたりはしても、ラティスやアリッサ、屋敷の使用人は優しい為、怒る事柄がないのだ。

 しかし、この時は違った。目の前に小さいティリアがいるにも関わらず、ティリアがどんなことを思うのかも考えずにアドリエンヌが手を挙げたことにふつふつと怒りが湧いたのだ。そして、可憐な口から出たのはいつものティファニアからは全く想像できない強い物言いだった。


「アドリエンヌ様、前にも言いましたがお父様からもティリアからも離れる気は毛頭ございません。わたしに何をするのは構いませんが、ティリアの目の前でこのような暴挙はいかがなものかと思います」


 アドリエンヌは狼狽え愛について何やら叫ぶが、それもティファニアの怒りを誘った。

 くだらない独りよがりの愛だ、と思った。自分のことしか考えず、自分の幸せしか見えず、相手のことは全く考慮しない行動。愛されたいのならば、相手をまっすぐ見て自分も愛される努力をすべきだ。しかし、アドリエンヌはそんなこと全くしていない。いつも自分が一番だ。それにも関わらず、自分が一番不幸だと思っているのだろう。そんな人に応える人が一体どこにいるだろうか。


(馬鹿馬鹿しい。ゲームの中のティファニアもこうだったのかな?…本当に、本当に馬鹿馬鹿しすぎて哀れ、だな)


 思っていることを冷たく吐き捨てると、ティファニアはティリアに安心させるようにまたねと言ってアドリエンヌの方を一瞥し、直ぐにその場を離れた。

 しかし、後ろからアドリエンヌが部屋に来いと聞こえた。ティファニアはルシアの家族がまだ心配なので、素っ気なくわかりましたと返した。


 図書室で作業をしていると、ティファニアはアドリエンヌがよんでいるとルシアに呼ばれた。まだやりたいことが残っているが、さっきのあの様子だと待たせるだけ彼女の怒りが増すだろう。そう思い、ティファニアはアリッサの静止を聞かずにアドリエンヌの部屋に向かった。

 そこまでの道のりが重いとも何とも感じない。ただ、またみんなに心配させてしまうかもしれないなと悲しくなるだけだ。

 部屋に入るとすぐに奥に通され、服を脱がされる。いつも通りのことだ。

 何か言われながら鞭を打たれるが、耐えればいい。今まで通り、耐えきれる。これを耐えればいつもみたいにお父様にもアリッサにもティリアにもみんなにも会えるから、ルシアも無事だから、そう思ってティファニアは感情を心の奥にズブズブと沈めて背中の痛みに耐えた。

 しかし、突然鞭が止まる。アドリエンヌが疲れると鞭が止まるが、今回はアドリエンヌの様子が違った。なにやら後ろを見つめている。ティファニアは少し意識をあげ、虚ろな目でドアの方を見ると、そこにはいるはずのない、今一番会いたくなかった人たちがいた。


「いやぁぁぁぁ――――!!」


 今まで小さな呻き声しか上げなかったティファニアは叫んだ。見られたくなかったのに、隠したかったのにと思って。

 震える体でなるべく今の傷を見られないようにと歩き、頑張ってルシアの後ろに隠れた。そして、ルシアのスカートで自分を覆う。できるだけ、できるだけでいいからラティスとアリッサ、ティリアから自分の姿を視界にいれさせないように、と。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ラティスは怒っていた。

 理由は明白だ。前々から愛娘のティファニアが後妻のアドリエンヌの部屋に呼ばれるたびに倒れると聞いたからだ。ラティスはまじないの副作用で倒れていると分かった。しかし、まじないのことは大っぴらにに話すことではない。倒れるのが副作用の所為だと気付くものはラティスとアドリエンヌ以外きっといないだろう。原因が直ぐに分かったラティスだが、彼女が行動を起こすのは自分が出張に出ている時のみであり、ティファニアも隠そうとして何も言わないため、動くのが遅くなってしまったのだ。そして、アドリエンヌは公爵家出身であり、彼女の母親は先王陛下の妹だ。つまり、現王陛下のいとこにあたる。ラティスが彼女に何かをすれば、面倒なことになるのは分かりきっていた。

 しかし、もう耐える気はない。彼女は昔からラティスに近づく女性を勝手に排除しようと数々の暴挙をした。既にもみ消されているとしても、彼女は確かにやっていたのだ。それはラティスの妻、レイフィアも例外ではなかった。

 自分と結婚した今、アドリエンヌが前ほどのことをするとはラティスは思わなかった。ティファニアが見つかって少し浮かれていたというのもある。しかし、現にアドリエンヌはティファニアに何かしらまじないが発動するような行為をしている。自分のせいで愛する人が辛い思いするのはラティスはもう嫌だった。その為、直ぐにアドリエンヌの父親である公爵様への根回しをし、アドリエンヌが脅しているメイドの家族の安全も確保した。これで自分を邪魔するものは何もない。アドリエンヌに絶対に制裁を加えようとラティスは強く思った。


 今まで問い詰めてもアドリエンヌはシラを切っていた。ティファニアの傷がないのだから、証拠はない。それならば、実際に彼女が何かした時でないと罰するにも認めないだろう。

 アドリエンヌはラティスがいない時に事を起こす為、ラティスは出張があると偽ってアルベルトに頼み込み、ルイビシス公爵邸に潜伏した。何かあった場合はアリッサにすぐに知らせてもらえることになっている。

 そして、知らせの早馬が来たのはラティスが家を出てから2日も経っていない朝だった。アドリエンヌがティファニアをティリアの眼の前で平手で打ち、その後部屋に呼んだという内容だった。ティファニアが了承したならば、アリッサでは止められないだろう。そう思い、ラティスは直ぐに馬に乗って自分の屋敷に駆け出した。愛娘を、ティファニアを助けるために。


 屋敷に着くとアリッサと護衛たちが玄関で迎えてくれた。挨拶しようとする彼らをさっと右手を挙げて止め、つかつかと早足でアドリエンヌの部屋がある雨の館へ向かった。

 アドリエンヌの部屋に着くと、何故か扉が少し開いていた。少し首を傾げたが、ラティスは今はそんなこと関係ないとノックもせずに開く。

 中には迎えてくれるメイドもおらずシーンとしていたが、寝室へと繋がる扉の前に見覚えのある小さな背中が見えた。その背中は震えており、扉の先を鍵穴から見ているようだった。ラティスは小さい息子には酷だが、丁度いいと思った。


(彼女が何をして、これからどうなるのか見るべきだろう。この先ティリアがウルタリアを継ぐならば知るべきことだ)


 ラティスが怯えている息子の肩に手を置くと、ティリアは大きな紫の瞳に涙を溜めてティファニアを助けて欲しいと震える声で懇願した。

 ラティスはそれに優しく撫でて返事をするとティリアに言った。


「ティリア、これからあることを辛くても怖くてもよく見ておくんだよ」


 細工しておいたためドアは鍵がかからないようになっている。そんな扉のドアノブに手をかけ、ラティスはゆっくりと開いた。

 後ろからひゅっと誰かが息をのむ声が聞こえた気がした。

 扉の先には、雪のように白い筈の背中を真っ赤な鮮血で染めた可愛い可愛い愛娘と驚愕に目を見開いたアドリエンヌがいた。

 ラティスも驚いた。暴力を振るわれているだろうとはわかっていたが、まさか、まさか鞭を振るわれているとは思わなかったからだ。怒りが噴火しそうなくらい湧きだしたが、頑張って抑える。

 ティファニアは全くこちらを向かなかった。しかし、アドリエンヌの様子に気付いたのか虚ろな目でラティスの方へ顔を向けた。

 そして、ラティスがいることに気付くと、ティファニアは宝石をはめたような綺麗な目を零れ落としそうなくらい見開き、叫んだ。


「いやぁぁぁぁ――――!!」


 そして震える足を頑張って動かし、奥にいたメイドの後ろに自分を見せないようにか隠れた。

 ラティスはティファニアを迎える為に広げようとした手を押さえ込み、後ろに目配せをした。ラティスも辛いことは隠したい性分な為、ティファニアの今の気持ちが痛いほどわかった。

 後ろにいたアリッサやカミル達護衛は心得たように頷くと、アリッサはティファニアも元へ、護衛達はアドリエンヌを拘束する為に部屋の中へ入った。

 アリッサはルシアの後ろに隠れているティファニアの腕に滴る血を見て、目の奥が熱くなった。しかし、今は泣いている場合ではないと自分を奮い立たせてティファニアに優しく声をかけた。普段から薄着をしないティファニアはひどく肌寒そうにみえた。


「お嬢様、もう大丈夫ですわ。アリッサがいます。もう何も怖くありません。早く上に着ないと風邪を引いてしまいますよ」


 アリッサの声にピクリと反応したティファニアだったが、ルシアのスカートを引っ張り、背中と顔を覆うように隠している今、表情は全くわからない。ルシアはティファニアをアリッサの方へ促そうとしているが、イヤイヤと首を振って頑なに拒んでいる。


「お嬢様、アリッサと一緒に部屋に帰りましょう。まだ、図書室でやることがありましたもの。着替えてからまた再開いたしましょう」


 部屋の中では既にアドリエンヌがカミル達に拘束されていた為、離しなさいと金切り声で煩く抵抗するアドリエンヌの声しかしない。もちろんこの状況を見てそれに従うものは誰もいない。誰もが、ラティスでさえ、ティファニアとアリッサの方を静かに見守っていた。

 その為、アリッサの声が優しく響いていた。


「お嬢様、明日はアリッサと厨房に行きましょう。ブルーノが嬉しく迎えてくれますよ。それにきっと新作の料理もありますわ。ワショクの開発だって進んでいるはずですよ」


 アリッサは手を伸ばしもせず、ただ目線を合わせるようにティファニアも前でしゃがんでいるだけだ。


「お嬢様、庭師が今回の薔薇は自信作と言っていましたわ。それに司書達はお嬢様に紹介したい本がある、と。ティリア様とは文字を教える約束を、シャルル様とは遊ぶの約束を、カミルには仕事中の旦那様の様子を聞く約束を、ジーク様には旦那様の昔話を聞く約束をされていましたわ。一応ですけれど、旦那様とも新しいお菓子を作る約束がございますわ」


 アリッサは穏やかに微笑んだ。


「みんなみんな、ただお嬢様を心配していただけです。お嬢様が何も言わずに今のことを隠されていても誰も怒りませんわ。でも、お嬢様、本当は心配させてもいいのですよ。私達はお嬢様が大好きですから心配したいですわ。私も旦那様もティリア様もシャルル様もみんな辛いことでも一緒に共有したいのですわ。だから、だからお嬢様―――…」


 アリッサは優しくティファニアのまだ貴族令嬢としては短い髪を撫でた。


「一人で抱え込まないでくださいませ」


 ティファニアはアリッサの温かいぬくもりを感じ、顔を少し上げた。その目は潤み、既に泣きそうであった。

 アリッサが手を広げると、ティファニアはその腕にゆっくり飛び込んだ。温かくて優しくてまるでお母様のような気持ちのいい腕の中だ。


「アリッサ、ありがとう。ごめんなさい」


 そう言うとティファニアは小さく鼻をすすって、大きなタオルをもらい、すぐに羽織る。本当は今すぐ嬉しくて大声で謝りたかったし、泣きたかった。しかし、今はまだしてはいけない。アドリエンヌとラティスの決着がまだ付いていないと思い、頑張って涙を引っ込めた。目をこすり、光の灯った強い瞳でラティスの方を見上げる。

 ラティスはティファニアはこの状況をきちんと最後まで見る気だとわかり、強く頷くと、アドリエンヌの方を真っ直ぐと見据えた。彼女はダークチョコレートのような髪を乱し、綺麗な金の瞳で強く、鋭くティファニアを睨んでいた。


「して、アドリエンヌ様、この状況は一体なんなのでしょうか? アドリエンヌ様がティファニアに暴力を、それも鞭を何度も振るったのは明白です。以前、何もしていないと仰ったのは嘘だったのですね?」

「ち、違いますわ、ラティス様! きょ、今日初めてですわ! 前から何かやっていたわけではありませんわ!!」

「ほう、今日が初めて、ですか?」

「そ、そうですわ!」


 貴族としてはありえないほどアドリエンヌは取り乱していた。なんとか愛するラティスに信じてもらおうと必死で訴えている。


「では、手をあげた理由をお聞きしても?」

「そ、それは、それはわたくしに失礼な態度をとりましたの。その……、躾ですわ!!」

「……失礼な態度、ですか? ティファニアは家庭教師こそつけていませんが、既に知識は年齢以上、礼儀は年相応に弁えています。それはルイビシス公爵様も褒められるほどです。そのティファニアが貴女に失礼な態度を? 私には貴女がティファニアに失礼な態度をとらざるえない何かをしたとしか思えませんが?」


 低く冷たくラティスはアドリエンヌに言い放つ。これ以上ない証拠があるのにも関わらず、弁解しようとするアドリエンヌが酷く醜くみえた。


「なっ、なぜ、ラティス様はあれを庇われるのですか!? あんな汚らわしい育ちの子どもを!! わたくしをなぜ信じてくださらないのですかっ!! あの女の時も今も!! ラティスはなぜ、なぜ!!!」

「…なぜ? なぜとは本当に面白いことを仰る。昔から私に近づく女性を勝手に排除し、そして婚約者であったレイフィアを暗殺しようとしたこともある貴女をどうやって信じろというのですか? それに、ティファニアを汚らわしい、ですか?」


 フッとラティスは冷たく嘲笑うと、凍るような目でアドリエンヌを睨んだ。


「馬鹿馬鹿しい!! そうやって人を蔑み、嘲笑い、そして終いには妬む、だと? そしてこんな幼子に鞭を取り出して振るうのか? 公爵家だったから、元王女の娘だから、金の瞳を持つ者だから。そう言ってお前が今まで許されたことは私は許す気は毛頭ない!」


 アドリエンヌはラティスからの圧力に押しつぶされそうになった。浅くしか息ができず、胸が苦しい。

 アドリエンヌは王女であった母親に大事に大事に育てられていた。それは、彼女が王族とその近親のものしか持たない金の瞳をしていたからだ。彼女は母親が自分と同じ金の瞳の娘をいたく可愛がり、娘が何をしてももみ消してきた為、このように直に敵意を向けられたのは初めてだった。


「それにティファニアが汚らわしいだって? お前の従兄弟があの事件に関わったことは既に分かっているんだ。レイフィアに似た死体と赤ん坊の死体を用意させたのだろう? あんなに死体を汚く細かく切り刻めば誰だかわからなくなると思ったのか? 顔が潰れて髪色が同じだったら私がそれをレイフィアと信じると思ったのか?そんなわけがないだろう。私はすぐにわかった。これは偽物だ、と。そこからお前の従兄弟がレイフィア達を攫ったと予想するのは容易だった。そのせいで、そのせいでティファニアをあんな生活をさせることになったのだぞ? 元凶の一人であるお前がティファニアを蔑むことは私が一切許さない!」

「っ!?」


 口を挟む隙も与えない。怒鳴るのではなく、静かに、怒りをじわじわと内側へ浸透させるようなそんな語調でラティスは言った。

 アドリエンヌは肩を震わせる。


「……知って、いらしたのですか?」

「当たり前だ。しかし、こちらが提示できる証拠はない。私は知っているだけ、だ」

「………」


 知っていても行動ができないことにラティスは歯噛みする。そしてもう一度アドリエンヌを睨んだ。


「……私の父がお前の父君に世話になったから、跡継ぎがいないからとこの結婚は了承した。それは最初に言ってあるだろう? 私は確かに言った。跡継ぎの為だ、何も求めるな、と。お前は了承した。違うか?」

「あ、あぁ……、確かに、確かにわたくしは頷きましたわ。でも! それでも、今まで4年も一緒に暮らして来たのです! ティリアという子供もいますわ! それなのに、それなのに! ラティス様は、ラティス様はなぜ、わたくしを、愛して、くださらないのです、か?」


 アドリエンヌは顔を歪ませ、瞳に涙を浮かべ、縋るような声で聞いた。


「お前が何もしていなければ、せめて事件に関わっていなければ私も歩み寄る努力はしただろう。貴族の結婚で好きなものと結ばれることの方が少ないと私もわかっている。しかし、自分のことしか考えないお前は既にやり過ぎだ。私が許せる範囲をとうに超えている。今も昔もこれからも私は貴女を愛せない」


 愛さないのではなく、愛せない。それくらいアドリエンヌを憎く思ってしまったからだ。ラティスは今、アドリエンヌを完全に突き放した。

 アドリエンヌはぼろぼろと涙を流しながら放心しており、目の焦点が合っていなかった。

 そんなアドリエンヌをラティスは一瞥すると、後ろを向かせた。そして、ティリアの方を見る。


「ティリア、今から私がすることをよく見て、よく感じておきなさい」


 そういってアドリエンヌのドレスのボタンを半分外し、うなじの部分に親指を押し付けた。ラティスは目を閉じて唱える。


「我、ここに契約しせりウルタリアのものなり。御身に捧ぐはかの者の声と我がウルタリアの血。御身の力をもってこの者の制限したまえ。我が娘、ティファニアと接触することを一切禁じたまえ」


 親指を噛み切り、先ほどまで指をあてていたところに血を押しつけると、ほんのり紅い光が灯った。

 その時、ラティスとティファニア、ティリアの中に何か温かいものが駆け巡る。それは歌のような、詩のようなものだと分かるが、一瞬で溶けるようになくなってしまう、そんなものだった。ティファニアとティリアは温かいものがなくなると、ひどく心が寂しくなった。

 ラティスが親指を離すと、そこには綺麗な薔薇の紋様が描かれていた。彼は連絡事項を伝えるように淡々といった。


「貴女は病気で領内に療養とご家族には伝えておきましょう。お義父さまは既にご存知ですからね。ティリアに会うことは許可しますが、外部との接触は禁止します。貴女はこれから私の妻や娘たち、今まで手を下してきた者たちに償うために生きてください。……よろしいですね? と言っても、返事は既にできないでしょうけどね」


 ラティスがくるりと身を翻すと、護衛達はアドリエンヌを外に連れ出していった。

 そして、ラティスは先ほどとは表情を一変させ、泣きながらティファニアに駆け寄り抱きしめた。


「ティー! ごめんよ! 助けるのが遅れて本当にごめんよ! ほら、ティリアもおいで!!」


 ドアの前で呆然と立ち尽くしていたティリアは、ハッと意識を取り戻してティファニアに泣きながら抱きついた。


「おねぇさまぁぁぁぁ〜〜〜!! ごべんなさい~~~!!」


 ラティスもティリアも大泣きで、ティリアに至っては鼻水をずるずると垂らしている。

 ティファニアは心のおくが温かくなる喜びを感じた。しかし、今はそれどころじゃない。


「お、お父様、リア、ごめんなさい。でも、いまはとりあえず、いたい、です」


 ティファニアは心配をかけてしまったことをまずは謝った。が、今は抱きしめられると背中が圧迫されてとても痛い。タオルで隠しているが、既に後ろは汗と血でぐっしょりして真っ赤なのだ。

 それを聞いて二人は顔を真っ青にし、慌ててティファニアから身体を離した。


「ご、ごめんよ、ティー!」

「ご、ごめんなさい!!」

「ううん、ティーがわるいからいいの。それに、あと少し、だから」


 ティファニアがそう言うと、首の紋様がカッと紅く光った。そして身体が熱を帯び、痛みが津波のように押し寄せる。

 ティファニアはグッとこぶしを握り、声を押し殺した。そして、目の前の2人に悟られないようにする。口角は上げたまま、奥歯を噛みしめる。じわりと汗が首筋をつたうのがよく分かった。


(少しだけ耐えればいい、あと少しだ。そしたら痛みなんてなくなるから。いつものティーでいられるから)


 そうティファニアが時間が過ぎるのを待っていると、ぽんと頭に大きな手が優しくのせられた。


「ティー、もう一人で耐えなくていいんだよ。痛かったら泣いていいし、辛かったら頼っていいんだよ」


 ラティスは温かく優しく背中を触らないようにティファニアを包み込んだ。

 その優しさだけでティファニアは涙が込み上げてきた。今まで耐えることしか選択肢がなかった為、痛みを我慢してきたが、そうしなくていいんだ、そう思えた。

 ティファニアはラティスの背中にぎゅっと強くしがみつき、顔をその胸にうずめて泣いた。まだ、今まで隠してきたものを急に見せることは出来ないので泣きながら紋様が黒に戻るのを待った。なぜだかいつもより痛みがずっと小さい気がした。

 痛みがフッと消えると、ティファニアは自分を包む温もりに安心して意識を手放した。

ティファニアにとって痛み=辛いものではなく、痛み=耐えるものだったので、アリッサとラティスの言葉がそれぞれ違って聞こえています。

ちなみに、街の宿ではなくルイビシス公爵邸に泊ったのはシャルルの口添えですね。

エスパーシャルルなのでw


じわじわ怒る系のお父様のターンでした!

次回からは日常に戻りますよ!

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