閑話 ティファニアの誕生日
総合評価1万ポイント超え記念SSです。
勢いで書きました。すみません。
「ティー! 来週の誕生日は何か欲しいものはあるかい? 私がなんでもしてあげよう!!」
バンと勢いよくドアを開け、ティファニアの部屋に入ったラティスはとても上機嫌だった。それもそのはず、愛娘であるティファニアの5歳の誕生日が来週に差し迫っていたからだ。既にドレスや靴などプレゼントを用意しているが、どうせならば本人が一番欲しいものを聞こうと朝一に思いつき、着替えてすぐにやってきたのだ。初めて祝える娘の誕生日に笑みが絶えない。
ティファニアは突然ドアが開いたことに驚いていたが、朝一番にラティスに会えたことに喜びが込み上げ、彼の方へ勢いよく飛び込んだ。
「お父様!! おはよう!!」
「ああ、おはよう、ティー。今日も可愛いね」
そう言ってじゃれ合うティファニアとラティス。お互いの頬を擦りあって笑っている。
「うふふ、お父様、きょうもいいにおい!」
「においがするのかい?」
「うん! あったかいおひさまのにおい!!」
「そうかい? それは嬉しいね。ティーはお花の香りがするよ」
「ほんと!? うふふ、おはなっていいかおりだからティーすきなの」
「うんうん、私も好きなんだよ。ティーの香りだからね。っと、そういえば、誕生日プレゼントはどうするかい? ティーの為ならなんでも用意するつもりだよ」
きっとラティスはティファニアが宝石が欲しいと言ったら、今一番高価なものを買い、世界が欲しいと言ったら、王の首でも取ってしまうかもしれない。もちろんそんなことをティファニアが言わないのをわかっているが。
ティファニアは頬に手を当て、うーんと悩んだ。
「お父様、ほんとうになんでもいの?」
「もちろんだよ」
「ほんとのほんとに!?」
何度も確かめるティファニアを見て、ラティスは可愛いなと笑い、当たり前だろうと答えた。
すると、ティファニアはラティスの耳に顔を近づけ、内緒話をするように照れながら、ぼそっと呟いた。
「あのね、ティーはね、あさからよるまでずーっと、ずーっとお父様といっしょにいたいの」
天使の可愛い呟きにラティスは顔がほころんだ。
「私とでいいのかい?」
「うん!! お父様がいい!! あさおきてね、いっしょにおりょうりして、それからいっしょにたべるの。それでね、てをつないでおにわであそんで、お父様とばらをえらぶでしょ。そのあとはね、としょしつでお父様にほんをよんでもらう!! だめ、かな?」
きゅるんと目を潤ませ、ティファニアはラティスを彼の腕の中から見上げた。
どうやらティファニアはラティスと一緒にやりたいと思っていたことがかなりあるようだ。ラティスは何が何でも仕事を休んでやると決心した。そして、彼はすっと右手を上げる。
「ジーク!」
「はい、旦那様。その日の予定は全てキャンセル及び延期させていただきます」
「さすがだ!」
相変わらず対応の早い右腕のジークにラティスは感謝した。既に時間が空いたとわかったならば、この可愛いお願いを聞かないわけにはいかないだろう。ラティスはとびっきり甘い笑みを浮かべた。
「だめなわけないだろう。全部一緒にやろうか」
「うん!!」
きっとその場にアリッサ以外の女性がいたならば、卒倒ものの甘い笑みであったが、天使ティファニアには父親の優しい笑みとしか認識されていない。しかし、娘を口説きたいわけではないので、それがちょうどいいのだろう。
「じゃあ、来週のティーの誕生日は朝から一緒にいようか。ね?」
「やったー!!」
きゃっきゃと喜びながら早く来週にならないかなと呟くティファニアに、ラティスも同じくらいその日が待ち遠しく感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日、ラティスは朝早く目覚めた。
もちろんその理由はティファニアの誕生日であり、ティファニアの部屋に行って起こしてあげるためである。
さっと顔を洗い、従者にドレスと靴のプレゼントの用意を頼んで着替える。起こしにったらティファニアがどんな顔をするのかなとラティスはうきうきである。
従者からプレゼントの箱を受け取り、ティファニアの部屋へ向かう。
ティファニアの部屋の前にはアリッサが立っており、あまり音がしないようにゆっくりとドアを開けてくれた。そして応接室を抜け、ベッドのある寝室に向かう。
そーっと扉を開けると可愛い天使が天蓋ベッドの中ですやすやと寝息を立てていた。
相変わらず私の天使は可愛いなと思いながら近づき、ティファニアの優しく頭を撫でた。顔は布団で隠れており、見えなくなっている。
どうやって起こそうかとラティスが考えていると、小さく笑い声が聞こえた。ラティスはその声を聞かなかったことにしてちょっと大きめの声ではっきりと話し始めた。
「あーあ、ティーはまだ寝てるのかぁ! 今日は私は楽しみですぐ起きちゃったのになぁ! あー、どうやって私の天使を起こそうかなぁ!」
そうラティスが言うと、ティファニアはがばりと布団から起き上がった。
「わぁ! ティーはおきてたよ!!」
「わぁー!」
ちょっとわざとらしいラティスの驚いた声が響き、ティファニアは満足してベッドの縁に座るラティスに抱きついた。
「お父様!! ねっ、おどろいた!?」
「ああ、もちろんだよ。ティーが起きてるなんて思わなかったよ。おはよう、私の天使」
「うふふ、お父様、おはよう!!」
ティファニアはラティスの首に手を回し、ぎゅーっと抱きつく。すると、ラティスもお返しに優しくティファニアを抱きしめ、頭を撫でた。
「お誕生日おめでとう、ティファニア」
「お父様、ありがとう!!」
「じゃあ、プレゼントだ! さあ、開けてみてごらん!」
ラティスは先ほどまで足元にはけていたプレゼントのドレスの箱をティファニアに渡した。
ティファニアはありがとうと言って、少し大きめのプレゼントの箱を嬉しそうに開けた。
中に入っていたのは蒼い室内用ドレスだった。襟は丸く、季節に合わせて袖は七部丈。スカートは真ん中の浅いところを中心にに斜めに切れ込みが入っており、そこからふわふわとした白いレースが覗かせている。背中には大きなリボンが付いており、とても可愛く仕上がっていた。もちろんラティスブランドである。
「わぁぁぁぁ! お父様、ありがとう!!」
そう言ってラティスの頬にキスをすると、ティファニアはベッドの上でぴょんぴょんと跳ね飛んで喜んだ。
ラティスはその反応にすでに満足である。
「じゃあ、今日はこれを着て過ごそう。ね? 靴はアリッサが持ってるから、着替えるまで私は隣で待ってるよ」
「うん!!」
そう元気よく返事をするティファニアを軽く撫で、ラティスはアリッサに着替えを頼んだ。待っている間も嚙みしめるのは幸せである。
(ああ、待つのがこんなに嬉しいだなんて久しぶりだな…)
ラティスはしみじみと思った。そして、2人足りないことに悲しみを覚える。しかしそんな思いを振り払って、今日はティファニアを妻の分まで全力で祝おうと改めて決心した。
ちょうどタイミングを見計らったようにがちゃりとドアが開いて、可愛い愛娘の姿が見えた。
ティファニアはラティスのドレスがとても似合っており、用意した茶色いブーツのような革の靴もドレスによく合っている。既に天使である娘がもっと可愛く見えてラティスは誰かに、特にどこかの侍女に攫われてしまうのではないかとちょっぴり心配になった。
しかし頑張って背筋を伸ばし、少し照れながらラティスの反応を待っているティファニアに彼は膝をつき、手を目の前の少女へ差し出した。
「可愛い姫君、では参りましょう」
まるで本当のお姫様に言っているかのように優雅で恭しいラティスにティファニアは目をまんまるにした。しかし、にっこりとなるべく上品になるように心がけてラティスの手にそっと自分の手をのせた。
「はい。よろしくお願いいたしますわ」
できるだけアリッサのように貴族らしく、と頭をぐるぐる回しながらラティスにエスコートしてもらった先は食堂だった。
ティファニアは厨房じゃないの? と思い、ラティスを見上げると、すぐに答えをくれた。
「料理はご飯を食べてからにしようか。一緒にクッキーを作るつもりだけど、それでいいかい?」
「はい! それがいい!!」
既に貴族らしい態度は抜けてしまったのである。
食堂の扉を開けると、そこにはすでに朝食が用意されていた。
ティファニアとラティスはあまり一緒に食事をとることができない。それは、ティファニアの起きている時間がまだ短く、ラティスの食事の時間と合わないからである。朝はラティスが先に登城していたり、夜はティファニアが先に寝てしまったりと時間がかみ合うことが少ない。そのため、久しぶりに一緒に食べられることにティファニアはとてもワクワクしていたのだ。
席に着き、手を合わせて神に感謝の祈りをしてからご飯を食べ始める。ティファニアも既に食前食後のお祈りは習慣になっている。
「おいしいね、お父様!」
「ああ、今日はティーと食べれるからいつもよりずっとおいしく感じるな」
「ティーも! お父様とたべるとおいしい!!」
そういって食べるティファニアは口に少しソースがついているが、それもまたラティスにとっては愛らしかった。
「あのね、お父様、このまえとなりのくににいったんでしょ? どんなところだった?」
「ん? ああ、私が行ったのはね、北にある国でここより幾分寒い気候をしているんだよ。そこにはね、広い広い草原が広がっていて、いっぱい牛がいるんだ。その国は畜産が有名でね、とてもおいしい牛乳やチーズが食べられたよ。王都はこの国ほど大きくなくて、丘の上に城があるからそこから眺めると王都のすぐ先に草原が見えてとってもきれいだったんだ」
「じゃあ、このまえのチーズってそのくにの?」
「ああ、そうだよ。おいしかっただろう?」
「うん!! ティー、あのチーズすきなの!」
「そうかい? じゃあ、また行ったときに買ってこようか」
「うん!!」
ティファニアがラティスに他国の話を聞く間、時間がゆっくりと、今までの分を埋め合わせるようにゆっくりと流れて行った。
朝食を終えると、二人は厨房に向かった。次は一緒に料理の時間だ。
この日のためにあるメイドが作ってくれた白いフリフリのエプロンをティファニアはつけてもらった。どうやら、そのメイドからのティファニアへの誕生日プレゼントだった。
ティファニアはそのメイドに抱き着き、ありがとうと言った。ちなみに、そのメイドはゆでだこのように真っ赤になり、アリッサに厨房から強制退場させられてしまった。あと数秒ティファニアといたら、きっと料理で汚す前にティファニアのエプロンに鼻血という汚れがついてしまっただろう。
ティファニアはラティスの目の前でくるんと回った。
「お父様、どうかな?」
「ああ、可愛いよ。すっごく可愛いよ。誰かに食べられちゃいそうで心配だよ」
「? ティーはおかしをたべるよ?」
ラティスの言った言葉の意味が分からず、ティファニアは首を傾げた。もちろん、ラティスの綺麗な笑顔に流されてしまったが。
今日作るのはティファニアの一番好きなお菓子であるラングドシャである。
ラティスはテーブルの上に並べてある砂糖とバターをボールにいれ、ティファニアに渡した。ティファニアは持てる腕力を振り絞るかのように一生懸命ぐるぐると混ぜ始める。
「ぐるぐるぐーる。うふふ、たのしいね!!」
上機嫌で混ぜるティファニアのボールが既に白っぽくなってきたため、ラティスが材料を足していった。途中ティファニアがつかれた為、ラティスと交換してどんどん混ぜていく。
そして絞り袋に入れ、鉄板に均一になるように丸く絞っていく。
最初にティファニアが絞ったものは縦長になってしまったが、それも愛嬌だろう。
「あとはこれを焼くだけだね。」
そうラティスが言って、ティファニアの方を向くと、ほっぺたを擦ったのか小麦粉で白くなっていた。ラティスはにっこり笑ってそれをハンカチで拭いてあげた。
「あっ、お父様、ありがとう!!」
鉄板をオーブンに入れ、おやつに食べようかとラティスはティファニアに言って、後片付けを任せた。
「うふふ、たのしみ!! みんなでたべようね!」
ティファニア達はエプロンを外すと、厨房を後にした。
向かった先は庭だ。今日はこの時間にアドリエンヌがお茶会に誘われているため、ティリアが庭で待っているのだ。
薔薇園は相変わらず美しく、色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。そこにたたずむのは小さな可愛いティファニアの弟だ。
「おねえさま!!」
ティリアは大きく手を振り、ティファニアの方へ駆け寄った。そして、ティファニアに飛びつく。しかし、体格が変わらないため、ティファニアは後ろにころんと転がってしまった。
いつもラティスに飛びつくのと同じようにしたのにと目を丸くするティリア。そんな可愛い顔を見て、ティファニアはうふふと笑った。
「リアはせっかちだね。ティーはにげないよ?」
目を少しぱちぱちするとティリアも笑いだした。
二人の天使が芝生の上にゴロンとなりながら、笑う姿にラティスも便乗した。服が汚れるのも全くいとわず、二人を抱くように寝転がる。そして、三人で意味もなく笑いが止まるまでぎゅうぎゅうと抱き合った。
「ああ、私は幸せ者だね。腕の中に天使が二人もいるなんて」
「ティーもしあわせ!」
「ぼくも!!」
そういうと、また三人で笑いあう。
しかし、突然ティリアがあっ! と声を挙げた。
「おねえさま、これ」
そういって、ティリアはティファニアに手を差し出した。その小さな手に握られていたのは紫のコスモスだった。
「きれいだったから、おねえさまに! おたんじょうび、おめでとう!」
「ありがとう、リア!」
ティファニアはティリアがずっと握っていたため少し萎れている鮮やかなコスモスを受け取った。そして嬉しくなり、ぎゅっともう一度ティリアにぎゅーをする。
「ああ、もう! 二人とも可愛いなぁ!」
結局薔薇園までは行かず、三人で芝生に寝転がり、ティリアの時間がくるまでずっと話し続けた。初夏の太陽は暖かく、3人を包み込んでいた。
アドリエンヌが返ってくる時間だからという知らせを受け、ティリアとまた遊ぶ約束をして別れる。軽い昼食をとると、二人が向かった先は曇りの館にある図書室だ。
図書室の中に入ると、本のにおいとひんやりとした空気が広がっていた。
ティファニアはラティスに読んでほしいと言っていたので、彼が選んだのは比較的簡単な騎士物語である。お姫様を騎士が守り抜き、生涯忠誠を誓うという定番ものだが、女の子にはちょうどいいだろうと思い、ラティスはティファニアを膝の上にのせて読み始める。
「昔、とある国にそれはそれは美しいお姫様がいました。そのお姫様の隣にいるのは苦に一番の騎士です。彼は――――」
そう読み続けると、ティファニアがうふふと笑ってラティスを見上げた。
「ティーね、ずっとお父様にほんをよんでもらいたいとおもってたの」
「そうなのかい? ティーはもう難しい本を読めるって聞いたけど?」
「それでもね、やっぱりお父様によんでもらいたかったの!」
「あはは、それは嬉しいね。ティーはいつもどんな本を読むんだい?」
「うーんとね―――」
「やっぱり騎士物語や恋物語かい? 一番最後には何を読んだんだい?」
「えーっとね、たしか、かこ20ねんにおけるウルタリアこうしゃくりょうのしゅっせいりつおよびじんこうぞうげんにかんするしりょう、かな」
ラティスはピシッと固まった。アリッサに報告を受けていたものの、本当にそういう資料を読んでるとは半信半疑だったのだ。
ティファニアは固まったラティスを見て、しまった! と思った。また同じ過ちを犯してしまったのかとあわあわする。
そして、ラティスから延ばされた手にビクッとした。
「やっぱりティーは賢いなぁ! さすが私とフィアの娘!!」
そういって、ティファニアの頭をラティスはやさしく撫でた。
ティファニアの目頭が熱くなる。少し泣きそうになったが、それを耐えて頭の上にあるラティスを見上げた。
「お父様、ありがとう」
「うん? ……ああ、ティーもありがとう。私の娘に生まれてきてくれて」
それから本を読んでもらい、ティファニアは満足だ。
夕飯になり、食堂に行くと、そこには豪華な料理が用意されていた。テーブルの横には使用人たちがずらりと並び、誕生日ソングを歌ってティファニアを驚かせた。あるメイドからは短い髪でも似合う手作りの髪飾りをもらい、ある司書からは新しい本をもらい、ある料理人からは新作の料理を食べさせてもらった。
ティファニアはこんな風に祝ってもらったことは無かった為、目にうれし涙をいっぱい溜めてみんなにありがとうとお礼を言った。
(本当にありがとう、お父様、みんな。わたし、この屋敷に来れて、お父様の娘で世界一幸せだよ)
その後、ティファニアがうとうとしたため予定よりは少し早く解散になったが、ティファニアは十分楽しめた。
ティファニアが去った後に、ティファニアが作ったラングドシャ争奪戦が使用人たちで行われたのは余談である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ティファニアは部屋に戻ると、ティリアのコスモスを花瓶にさしてもらい、直ぐにアリッサにお風呂に入れてもらう。そして、気がつけば寝間着になっていた。
「さあ、お嬢様、もうお疲れでしょうから寝ましょう」
「うん…」
目をこすりながら、うつらうつらとティファニアは答えた。
「お嬢様、今日はもう終わってしまうので、私からのプレゼントをお渡ししてもよろしいですか?」
「アリッサから!」
ティファニアはカッと目を開けた。その先にあったのは、小さな綺麗なエメラルドがはめ込まれたピアスが二つ箱に並べられていた。ティファニアは恐る恐るその箱からピアスを取り出す。その宝石はアリッサの瞳のように澄んだ緑色だ。
「これ…?」
「私の子供に渡すはずだったものです。一度も使っていませんが、お嫌でしょうか?」
「ううん。うれしい!」
この国では家紋が入ったピアスをする習慣があるため、生まれて比較的早い時期に耳にピアスの穴をあけるのだ。ティファニアの耳にももちろんピアス穴があり、両耳に紫色の宝石がはまった小さなピアスをしている。
ティファニアは思いがけないアリッサのプレゼントを喜び、明日からつけるね、と言った。
頑張って意識を保とうとしているが、ティファニアはうとうとしているため、アリッサはティファニアをベッドに促した。
ベッド中に入ると、ティファニアはまどろんだ声でアリッサに話しかける。
「ねえ、アリッサ、ねるまでてをつないでいい?」
「もちろんでございます」
「えへへ、ありがとう」
ティファニアはアリッサの温かい手をぎゅっと握った。
「ねえ、アリッサ、ティーはアリッサがお母様だったらよかったのにな」
母親が誘拐されたため、自分を捨てたわけじゃないとわかっていてもやっぱりティファニアは寂しかった。アリッサに優しくされるたびに、褒められるたびに、頭を撫でてもらうたびにティファニアは思った。シャルルが言っていたお母様ってこんな感じなのかな、と。
「……そう、でございますか?」
「うん」
「私もお嬢様が娘でしたら毎日が幸せですわ」
「うふふ、そしたらティーもだね。……ねえ、アリッサ、アリッサのこどもはかわいかった?」
「………はい。とても」
「おとこのこ? おんなのこ?」
「女の子、でしょうか…」
「おんなのこだったら、アリッサみたいにやさしくなるね。ねえ、アリッサは、アリッサはその子といてしあわせだった?」
「………はい。とっても」
「じゃあ、その子はアリッサの子どもでしあわせだったんだね」
「………えっ?」
「だって、ティーはアリッサにかわいいよっていわれたりするとね、すっごくしあわせなんだよ。だからね、アリッサの子どもはティーみたいにしあわせだったんだね」
「そう、でしょうか?」
「…う、ん」
「…………ありがとうございます、お嬢様」
アリッサの掻き消えそうな声は暗闇に溶けてしまったが、アリッサの心は晴れていくようだった。彼女はすでに目の前で眠る可愛い可愛い娘のような子どもの手から自分の手を離すと、先ほどまでずっと握りしめていたぬくもりをなくならないようにとまた手を握って閉じ込めた。
ちょっとだけアリッサの過去ですね。
1万pt本当にありがとうございます!
まだまだ少し幼少期が続きますが、どうぞお付き合いよろしくお願いします。