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短いお話したち

ご先祖がジャンパー

作者: marron

 僕が住んでいるところは冬になると雪がたくさん降って、体育の授業はスキーをやる。それもゲレンデを滑るただのスキーじゃない。山の林の中の斜面を使って、木々の間に作られた真っ直ぐな細い斜面を滑り降りるやつ。そんで斜面の最後は小さな崖になっていて、どうしたって飛んで越えなければならないという・・・ジャンプスキーのそれだ。

 ガクガクと震える足を揃えて、下を向く。枝につかまった手が離れないほど怖いのに、先生は無情にも背中を押した。

 僕のスキーはすごいスピードで滑り始めた。前の人が滑った2本の跡に乗り勝手にスキーは滑って行く。僕の怖いという意志などお構いなしだ。狭い細い滑り台の脇の、葉っぱの落ちた枝にぶつからないように、僕はできるだけ身をかがめてひきつりながら滑って行った。

 スピードが最高に達したとき、足元が崖になっているのが見える。このまま突っ込んだら死ぬだろ!必死になって崖の手前で上に飛んだ。スキー板は思ったほど重くはない。僕の跳躍と一緒に空中に飛び出すと、その隙間から崖の下が見えた。ここでバランスを崩すとどこを打ち付けるか知れたもんじゃない。なんとしても足から着地しなくちゃならないと、僕は足のことばかりを考えた。ていうか、身体の方は硬直しちゃって動きゃしない。

 無意識に着地地点がわかる。そこを目指して僕は降り立った。降りた後も板は勝手には止まってくれない。僕はスキー板をなんとかなだめて、やっと新雪に突っ込んで止まった。

 怖かった。まだ身体がブルブル震えている。足もガクガクだ。

 それなのに、僕の前に滑ってそこで待っていた奴も、僕の後から飛んできたやつも、みんな同じように興奮した顔をして

「気持ち良かったー!」と言い放つ。

 信じられない!こんな怖いスポーツどうして体育の授業に組み込まれてるのか考えられない。一歩間違えれば死人がでるぞ!?良いのか!?

 とは思うものの、意外にも誰も転びもしなかった。僕以外の人は楽しんでいるようでもあった。

「お前、一番だって!」

 ポンと背中を叩かれた。驚いて振り向くと、みんなが称賛とも憧れともつかない顔をしてこっちを見ていた。

「来週の試合、出られるんだって!」

「マジで―!?」

「いいなー!」

 マジでー・・・試合ってなんだ?体育の授業だけじゃないの?僕の驚きは顔にも声にも出なかったみたいで、みんなにしきりと褒められたり羨ましがられたりして体育の授業は終わった。



 その日の夜、僕は考えた。

 今度ジャンプスキーの試合に出るということを。

 嫌だ。絶対にイヤだ。怖すぎる。だいたい、体育のあの林の中のコースだって怖いのに、試合になったら、もっと開けたところを滑って、きっと高さももっとあるはずだ。

 無理だ。絶対怪我する。何より、怖い。

 だいたい、どうしてあんなに怖がっていたのに、僕一番飛んじゃったんだ。

 だって、怖かったんだ。崖の近くにはとても落ちられない。それだったら、もうちょっと向こう側に下りようと思っちゃったんだ。それがいけなかったんだ。怖いのに、怖いのに!

 誰かが「いいなー」と言っていた。変わってやるよ。変わって欲しい。変わってよ。

 そうだ、その日はなにか用事があることにすれば良い。えーっと、ばあちゃんの病院につきそわなきゃならない、とか。弟の勉強みてやらなきゃ、とか。

 そんなことを考えながら眠ってしまった。



 僕は夢の中にいた。夢の中で僕は誰かに声をかけられた。

「おい」

「誰?」僕は答えた。

「俺はお前のご先祖だ」

「ご先祖?」

「そうだ。お前、ジャンプスキーの試合出るんだぞ」

「嫌だ。あんな怖いの、絶対嫌だ」

「嫌だと言っても、お前にはジャンパーの血が流れている」

「ジャンパーの血?」

「そうだ。お前のご先祖の俺は、ジャンパーだった」

「どういうこと?」

 僕は夢の中で、ご先祖様とやらの前にきちんと正座をした。ご先祖の顔はぼんやりしていたけれど、きこりのような恰好をしていた。

「良いか。ジャンプスキーってのはな、昔は処刑の一つだったんだ」

「処刑って、死刑とかの?」

「そうだ。それで、囚人にスキーを履かせて滑らせて、崖を越えられて無事降り立ったら無罪にするという処刑だった。ほとんどの場合は崖から落ちて死んだ。大けがをしても誰も助けてはくれないからな」

「うわ」恐ろしい。

 でも、納得した。それくらい怖いもん。

「それで、俺は、その崖を飛び越えた。そしてそのまま逃げのびた。どうだ、俺がすばらしいジャンパーだったってのがわかるだろ」

「うん」

 ショックだった。ご先祖がすごいジャンパーだったということより、処刑されるような罪人だったというのがショックだった。ま、しょうがない。

「お前にもそのジャンパーの血が流れている。それは才能だ。誰よりも飛べる。必ず試合に出ろ」

 そう言って、ご先祖ジャンパーは消えてしまった。

 僕も夢から深い眠りに入って行った。

 次の朝、僕は調べてみた。ジャンプスキーは本当に処刑の一つだったのだろうか。

 パソコンを開けて検索。

 『ジャンプスキーの発祥はノルウェー』ノルウェーって日本じゃないよな。僕、ド日本人だけどな。ちょっとご先祖?

 『処刑法だったというのはあくまでもウワサ。根拠なし』

 なしかーい!

 ということは、僕にはジャンパーの血が流れてるってのはなしだ。僕は僕の血で飛ばなければならないらしい、ということが分かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めの部分はこちらまでドキドキしてしまいました。 怖いのに上手く出来ちゃう。褒められて、嬉しくないのに期待されて、試合に出なくちゃならない。解りますぅ。 逃げる訳にもいかないから、なんとか…
[良い点] ご先祖がジャンパー 拝読させていただきました。  ご先祖様がジャンプスキーを推奨。確かに飛ばなきゃならないですね(^^♪ しかし、処刑に使われていたという説があるのをはじめて知りました!…
[良い点] スリルある(?)秀逸なオチで終わる楽しい作品でした!競技が競技だけに安心からすとんと落下するオチはまさにジャンパー小説! [一言] わたしも霜月さんと同じく、あのジッパーついてるジャンパー…
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