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友人を失う経緯

去年に引き続きホラーを書いてみましたが、今回は怖くないです。残念。

自殺、いじめ、などがキーワードになりますが詳細は書かず、さらにザマァにはなりません。

地雷は個人認識に大きな隔たりがあるからこその地雷です。どうか覚悟を決められてお読みください。









 


 おっと、君か。またいつものように気配の薄い男だなぁ。気がついたらそこらに立ってる、みたいな足運びはヤメロって言ってるだろう? っつか、大事なことなんだぞ。うちの兄ってやつが、これまた君みたいに毎度毎度で足音の立てない男でなぁ。

 この間なんか風呂上りの脱衣所のドアのところで鉢合わせだ。とっさに私が発した言葉が何だったと思う? 『ぅぬぅっ!』だよ。しかも腰に手をやってご丁寧に、あるはずのない刀抜くとこだったっての。時代物は風呂前に読むもんじゃないやね。

 さすがにアレは私も反省案件だと思うんだけど、いやいやアンタにそこまで笑われる筋合いもないだろ。あ? 女らしくない? 

 ばっかだなぁ、私が女らしかったらこんな雨の中、人気のない自販機の傍で一人まったりココアタイムなんざ、しやしないよ。女の子ってなぁ二人三人それ以上で行動するもんなの。一人が好きな子もいるけどね、私は違うんだよ。みんなといたいんだけど、なぁ。


 なにを飲んでんのかって、だから、さっき言っただろ、ココアだよ。あったかい奴ね。今日は雨だし、夏にしちゃ寒いからちょうどいいよ。君は? ああ、いつものように飲まないのね。っつか、じゃあ何しに自販機に来てるんだよ。はは、私に会いに、とか。

 は? ……ば、ばっかじゃなかろうか。冗談だったのに、なんで素直に肯定するかな。勘弁しろよ、照れるだろ。

 んーぅ? 色気が無い? ないって、アンタ、そりゃ当たり前だろ。彼氏彼女ならともかく君とじゃないか。知り合って三か月程度の男と恋に落ちるわけがない。

 むしろ友達ですらないから。

 はぁ? じゃあ僕と君は間柄としちゃナニかって……顔見知りだよ。友達のひとつランク下。けどこのまま、あと3年くらいしたら友達にはなりたいな。ハードル高い? 高いかな?

 ま、そんなもんじゃねぇ?


 っあー。雨の音が気持ちイイな。こんな、しとしとって降る明るい雨って和むわ。

 ……なぁ。昔話をしていいか。昔ったって女子大生の私が語れるんだ、ちょいとのことだよ。

 ね? 少しだけ。

 私がさぁ、大学に来てまでも友達のいない経緯を聞いてくれよ。






 中学生のころ、同級生を失ったことがある。自殺だった。原因は公にはされなかったが想像はつく。ついても……回想でさえ、言いたくはない。

 学校においては隣の席であったし、そもそも彼女は私の家の裏手に住んでいたので家庭環境もよく知っていた。

 だからこそ、堪えた。


 棺桶に取りすがる母親。呆然自失する父親。

 神経過敏になりピリピリして泣くか癇癪を起こし続けている弟妹。


 年若い人の葬式はとりわけ辛いと言い、祖母は彼女の通夜と葬儀には行かなかった。隣班での付き合いがあるので母は裏方に駆り出される。結果として私が通夜と葬儀の両方に出席した。当時の父は間の悪いことに出張中。致し方なく私だけの出番だったということになる。

 女子中学生にふさわしい、ピンクの水晶で綴られている数珠。私のつたない字で書かれた芳名帳の欄を場違いにも苦々しく思いつつ私は同級生らと席につく。


 衝撃や悲しみというものが現実の重さとなって形を伴い会場に満ちるという体験を、私はあの夜、望んでもいないのに体験した。


 雰囲気というものが実際の重さを持つ、持てるという意味。嘆きや啜り泣きで誘発された悲しみの感情。理不尽な怒り。

 裸足で逃げ帰りたいほど、そこには強い感情が渦巻いていた。

 彼女と、特段仲が良かったわけではなかった。幼馴染とはそういうものだ。過疎化の進む町とはいえ全校生徒が600人程度はいたから、誰とでもべったりとした友人関係を築けるような感じでもない。顔見知りと友人の中間。

 私の宗派ではない通夜での読経はマジナイのようにしか聞こえず、同級生たちや、その母たちを暴力的に落涙へと誘う。

 むろん、私だって泣いた。

 だがそれよりも、そう、不思議が勝ったのだ。だって私よりも不仲であった子が私よりも泣いている。『あいつ、ケバくて、(香水)くせぇ』と唾棄していた隣のクラスの子が目を腫らして鼻水を啜っている。『うっとおしいから目の届かないところで苛められてろよ』と言い切っていた子たちが肩を寄せ合ってグズグズと鼻を鳴らす。

 まるで……誰か、いいや自分に向けてのアピールタイムでもあるかのように。


 葬式とは、個人の死を悼むだけの場ではないのだと、齢16の秋に、私は知った。


 いささか信じられないことに、私はそれ以降、些細な体質を新たに得た。何一つ劇的なことがないままに能力が手に入るあっけなさは、実のところ今でも馬鹿げてると言いたいところだ。なんというか、中学生にありがちな一過性の心理的落とし穴に落ちたのかと思いたかったのに浮かれる隙もなかった。

 私が得た体質とはつまりその、……残留思念というものが視認できるようになったというモノだ。

 残存思念、心残り、未練、執着。

 表現の方法は他にも多々あると思う。けれど私にしてみれば残留思念が一番しっくりきた。

 理由は、私に見える形状として靄であることが多いからだ。人型ではない。形を取れていない。心に残った思いが強ければ強いほどソレはクッキリとした輪郭を得るようだったが、時間とはすなわち薬でもある。見かけるたび、ある一定の場所から薄れていく靄に何度、安心したことだろう。

 そうして同じような経験を積むうち、わかったことがある。私の、なんというか靄への感知能力は低いようだった。判断材料としては『追い払えない』ことが筆頭だな。

 私には靄を払うことも説得して薄れさせることも、そもそも、その靄が『誰』のものなのか、わからなかった。

 当然ながら会話なんぞ出来なかった。

 ただ、……ただ。


 日によって靄が変化することに気が付けるほどには、察知感度は悪くなかったようだ。


 葬式の場で関係のない『不思議』に夢中になった私が悪かったのか。

 何がどうしての因果関係はまったく不明だけれど、とにかく私には使い勝手の悪い、使途不明な力が備わってしまった。




 ……なーぁ? 話がココで終わればよかったんだよ。あぁ? 口調が違う? そりゃそうだろ、私にとっちゃ、まだ過去じゃないんだよ。まださぁ、こんな口語じゃ語れないよ。生々しすぎて。

 あぁ、この話な。掛け値なしにガチだ。私の体験談だよ。っつかこの話がな、怪談でいう口切で終われば、やぁ不思議だね、で、済んだんじゃないかな。

 酒の上での戯言、女子の放課後こっくりさん体験で大活躍間違いなしの『ここだけの話さぁ』ができたはず。

 けどな、君。これにはまだ続きがあるんだ。残念なことにもう一波乱が。

 同級生の葬式からの一件を『所持切っ掛け』編だとすれば、『能力強化』編って言えるか。うん。漫画の章立てみたいで、わかりやすいな。

 コレについて、次は語る。いいや語らせろ。あ、時間は大丈夫? あ、そう。じゃあせめてコーヒーくらいは奢らせろよ。私のグダグダにつきあわせる詫びだ。砂糖は? ミルクは? 全部マシマシ、と。甘いの美味しいよね。

 ……ほい、ここに置くよ。

 んじゃちょいと、もうしばらく聞いておくれな。




 高校三年生のことだ。私は地元からやや離れた高校に通っていた。志望学科がそこの高校にしかなかったから、それは仕方のないことだった。男女比率は普通、工業系でもない、なのに志望する人間はソコでしか学べないから、結果として倍率とか合格点が上がる。嫌な需要と供給だった。

 頭のいい人間が基本的に通う学科だったから、私は毎日を至極平和に過ごしていた。問題があるとすれば中学生の時から見えるようになった靄についてだったが、こちらの方は正直、実害がない。見えるという事実が煩わしいだけで、高校生活も終盤、三年生の冬になるまで日常は阻害されてなかった。


 それが、ある日を境にじわじわと変わっていった。


 最初は靄だった。いいや、靄にもなっていなかった。晩秋の学校に濃い空気が淀んでいる。そんなレベルの、廊下の隅。

 受験がすぐそこに迫っていた時期でもあったので、私は当初、その靄をストレスだと決めつけた。実害がないだけで靄自体を見る機会は多くなっていたので、見分けがつく経験値もそれなりだった。そこからの判断。

 受験シーズンが終わるまでは靄は濃くなる傾向にある。今回のあれも、それだろうな、とは思っていたのだが……。

 濃くなっていくスピードが桁違いだった。

 私は靄を残留思念だと考えている。つまり靄が濃くなるということは誰かしらの感情が色濃く残されていくことに他ならない。死人の思いは薄れるものだ。時間がかかろうとも濃くなることはない。


 ましてや、ほんの一か月程度で靄が人型になることなど。


 綿埃を想像すればいい。ああいうものは最初、風で散るような軽さでしかない。それが凝り、摘まみあげられるくらいまで成長すると目につきだす。放置しておくと綿埃の塊は重さを伴い始める。湿気を吸い、べったりと床に張り付いては乾く工程を繰り返すと……取れにくくなる。

 私は、いつしか靄が吹き溜っている廊下を忌避するようになっていた。凝っているソレはすでにして人型であり、凹凸から髪の長い小柄な女性であることまで判明していた。アレがもし人形になったらどうすればいいのか。私は呪い師でもなければ払い屋でもない。拝み屋なんて見たこともないし聞いたこともない。

 ただ手をこまねいて、なんとはなしに避けていた。

 それを痛切に反省したのは10月の終わりだ。どうしても靄のいる教室に置いてある鉱物標本がいると教師に言われ、取りに行った際、私は愕然とした。


 そこに『立って』いたのは、二つ隣のクラスの女子だった。


 もちろん、現実の彼女ではない。だが、この影の濃さといったらどうだ。人型どころではない。人形だ。顔の表情は悪鬼そのもの、しゅうしゅうと背中から何かを噴き上げんばかりにして憤っている。

 何に?

 …………自分の合っている、理不尽な暴力に。

 ドン引いた、というのが一番近い心情だったのだろう。私はすぐに足をひるがえした。気分が悪くなったと保健室に駆け込み、ドアを開いたところで『靄』を『通過』した。


 小さく、叫んでしまったのだと思う。


 養護教諭に背中を擦られながら、私は凝然と保健室の扉を見つめた。これは、この靄は廊下にいる彼女の、もう一つの分身だった。あからさまに類似した感情が伝わってくる。形を取っていないだけで、同じような憤怒が渦巻いている。

 初めての経験に私は歯を鳴らさんばかりに怯えた。だって残留思念とはつまり、生霊なのだ。

 生身の人間が、校内に二か所も靄を、一つは人形になるまでの強い感情を抱えていて生きていけるのか。

 その日は体調不良ということで早退した私は、次の日、校内をくまなく歩き回ってみた。

 結果としてわかったのは、生霊の彼女の靄が校内に散見される事実。しかも漏れなく残留思念は強い恨みと怒りを発していた。通りかかる誰彼かまわず攻撃するようになるのは、すぐだろう。


 生霊が、生身の人間に、縁もゆかりもない他人に報復する。


 ごくりと生唾を飲みこみ、私は震える足を宥めた。これはもう、四の五の言ってる暇はないのだと思う。このままでは私が校内で通れる廊下が無くなってしまう。彼女を救いだしたいというよりも、その歪さを解消したかった。

 正直に言う。私個人の思惑が行動原理のすべてに近かった。

 だって私、このままじゃ図書館にも行けなくなる。

 ここ、そこ、あちら。11月も半ばを過ぎるころには、生霊は日により、時間により、立ち位置を変えるようになっていた。そう、自立歩行できるほど人形になっているのだ。私が避けても意味は無くなっていた。

 増大していく、身をすくませるような純粋な悪意。それはつまり生霊を生み出している彼女がそれを作り出しているわけで、私としては気が気ではなかった。

 あんなに人を憎んでも生きていけるものなのか。

 その答えを得たのは、ある日、その生霊と『目が合った』ときだった。息が止まった。


 怖い。こわい、こわいこわい。


 理屈も理性も溶けた。私はくるりと向きを変え、一心に階段を下りてそのまま玄関から外へ出た。人形の眼窩には虚があった。人間では持ちえない憎悪と絶望。そんな単語はすべてが終わってから思いついたものであって、その時の私はただ恐怖していた。

 腕が冷たい。頬も。鳴っているのは私の歯だ。

 以来、アレがあのとき立っていたトイレの前を通ることすら出来なくなった。



 生霊が、さらに分裂したことに気が付いたのは翌日だった。隣のクラスの子の腰辺りに、なにかもやりとしたモノが見える。あぁ、アレが校内をうろつきまわってるせいで私の眼も鍛えられたかと、人につく靄まで見えるようになったのかとうっかり考察し、観察したところ、形もない靄のくせに『目が合った』気がしてぞくりとした。

 覚えのある悪意。

 彼女の物だと直感し、なれば、と結論までが一直線に浮かび上がった。

 この子たちが彼女を苦しめている奴らなのか。

 犯人が判明したと同時、恐怖で麻痺していた私の脳が急激に回転し始めた。情けない話だが、実体のない生霊だの、打つ手のわからない怪奇現象よりは現実の暴力行為から来る感情のもつれ、のほうが数億倍マシだ。


 手が打てる。


 恐怖ならずとも、強すぎる感情というものは一周回ると冷静さを呼び起こす。私はインターネットの海をさまよい、何例かをモデルケースとして参考にし、行動への準備を始めた。ノートを買い、溜まっていたバイト代でいくつかの機器を買った。両親や祖母には心配を掛けたくなかったのでとりあえず一人で行動することにし、のっぴきならぬ事情だと自分に言い訳しながら、ソコに足を踏み入れることにした。



 靄の位置を参考にして隠しカメラを仕掛けていった。取付についての詳細は省くが、苛めの現場たりえそうな位置はわりあい楽に推測できた。校内で私が通れないところに仕掛けていけばいい。

 記録を取り始めてすぐに彼女と、彼女に暴行を日常的に加えている彼女たち……生霊と、グループAにしようか。……の行動パターンは把握できた。

 割り出した行動予測にしたがって仕掛けた録画と録音システムはキッチリと仕事をしてくれる。

 たった一週間だ。一週間のうちにグループAを告発できるくらいに私のノートには暴行現場の時系列がログとして残り、電子データも溜まった。ぞっとするという表現ではおこがましいくらいに劣悪で、吐き気のする行為たち。グループAの動機や生霊の事情なんぞ知りたくなかったから、私は裏付けを探ったりもせず徹底して淡々と証拠だけを集め、そして告訴の準備をした。

 密告、そして隠し撮りをしたということの呵責は、確保できた最悪な光景でチャラだ。

 表だって助けないことへの後ろめたさは、呑み込めないほどに大きかったが私が呑むべきものだろう。ここは将来の後悔材料として後に回すことにした。


 校長及び教頭、教育委員会と同時に県の教育委員会。


 卑劣にも匿名希望にしたのは、内部告発のしっぺ返しを恐れたからだが、実のところ一抹の不安もあったせいでもある。私の底辺だった未来予測は、けれど、現実のモノになった。

 私の計画は少々人の善意に頼りすぎていたらしい。学校側は何一つ手を打たなかった。自分たちなりの裏付けとやらをするつもりなのか、教師からの雑談に混じるようになった『いじめ』という単語に私は失笑した。その程度で怯むようならば、はなっからグループAはこんな真似はしていないだろうに。

 彼女たちはあくまで被害者の彼女を『指導』してやってるつもりなのだ。

 少なくとも、私はそう見ている。

 呆れたことに教師陣は双方の親を同時に呼び出すことすらしていなかった。私は腹を括り、事を公にする覚悟を決めた。同時に、徹底して私の身元を隠すことも決意した。


 生霊持ち主の机に『2、3日隠れろ』というメッセージを送り、グループAの親、それから彼女たちの祖父母の家、下世話な雑誌、再度、市と県の教育委員会に告発文を送りつけた。

 今度は反応があった。むしろ激化した。彼女たちのいじめが激しくなったのだ。

 逃げろと言ったはずだが生霊の方には信じてもらえなかったらしい。生霊の大本は登校しており、傍目につくほどあからさまに悪意にさらされるようになった。

 たぶん、校内の人間の大多数が気が付いたのはここら辺りだと思う。

 言い忘れていたがグループAは感心するほどに狡猾だった。まぁ、だからこそ教師陣が動かなかったのだろうし、それを見越して動画と録音データまで先に用意してやったのだが。

 ともあれ、生霊はますます濃い影を纏うようになり、グループAの中にも体調を崩す人間が出始めた。一方の私はといえば、すでにして登校できるかギリギリのラインになっていたのだから救われない。

 人を呪わば穴二つというが、とばっちりでも穴は掘られる。

 生霊が見えるなんて言うコアすぎる事情は家人に言ってもどうしようもない。確かに覚悟を決めていたが、ぶっちゃけると『見えないものと一人で戦う』私の精神状態はかなり追い詰められていた。


 私の日々は孤独で、報われなく、そして救いのないものでないとならなかった。


 いじめをさっそうと救えないのだ。ヒーローになれないのなら、その分、泥臭くありたい。

 私のそんな勝手すぎる自己欺瞞のせいで、私は心情的にアウトのライン上にいたのだと思う。絶え間ない吐き気と冷気、校舎内のそこかしこに満ちる悪意の空気を吸いながら、私はグループAに自身の署名付きで警告文を発した。ついでに、以前よりももう少し具体性を増してみた。

 お前らが罪のない子をいじめてるから、因果応報、自分の体調不良となって帰ってくるのだと。


 結果として、私は放課後の教室で彼女たちに殴る蹴るの暴行を受けた。


 挑発したので流れ的には間違ってはいないのだが。彼女たちには学習能力に著しい偏りがあるようだ。見えないところに傷をつける知恵は回るのに録画されていることは失念している。最初にきちんと録画録音を宣言したのにも関わらず、自分たちの数々の犯行も得意げに語ってくれたが頭は大丈夫なんだろうか。日本の未来は暗いのかもな、と私は歩けるようになってから足を引きずりつつ医者に行き、暴行の診断書を取った。

 その足で警察に行き、全く役に立たない相談とやらをする。

 お母さんには内緒で、の呪文はある種の人間には狼煙と同じなのだろう。

 ついうっかり録音のスイッチを切り忘れていた私は、お前がいじめグループである彼女たちの逆鱗に触れたのではないか、身内切りなのではないかという凄まじい邪推を受けた問答を保存することに成功した。これもまた、ついうっかり婦警さんと上司さんの名前を聞いておいたおかげで、そちらも録音できた。何の役に立つとも思われないが、無礼極まりない対応をしてもらえた証拠にはなる。


 私は湿布臭い体に眉をしかめつつ、帰宅した。

 さすがにこれは放置してもらえなかった。私の家というのは基本、愛ある放置が根底だ。けれどもそれは、ヘルプを出さなくてもある一定ラインを越えてしまえば踏み込まれるのと 同義にもなる。

 両親や祖母からうるさいほどに心配された。温かいスープに柔らかいご飯が腫れた頬に染みた。ささくれていた心にも。

 私は淡々と一連の流れを語り、明日は休むと宣言した。

 当たり前のように激怒され、宥め、すかされたが決心は変わらない。人間、痛みがずっと体内にくすぶっている間は切れ続けるものなのだと、私はまたここでいらない学習をした。


 全ての準備を終えてから、私は生霊の彼女に電話を入れ、明日は欠席するように伝えておいた。


 学校というところは内部においてはセキュリティの甘いところだと思っている。

 翌日、私は構内のいたるところにいる生霊トラップを避けながら職員室に辿りつき、放送室の鍵とマスターキーを借り受けた。朝一の理科室移動がありがたい。カモフラージュに資料室の鍵も借りておいた。

 放送室に入り用意のレコーダーを設置する。音が鳴り始めるまでは1分を用意しておいた。最大ボリュームに設定して部屋を出る。

 放送室の鍵をかけるころには荒い息が構内中に鳴り響いていた。私は、放送室の鍵を職員室に返しに行った。

 またもやついうっかり、生霊トラップのせいで回り道が長くなったことは純粋に残念だ。



 それからしばらくの騒ぎは、まったく小さなものだった。教師は私の母を呼び、むろん両親がそろって即座にやってきた。私がまとめておいた経緯書を携え。

 苛めを目撃した年月日、私が巻き込まれた経緯、録音録画のデータ、市教委と県教委に2度訴えた日時、医者に行ったこと、診断書、警察に行ったこと、その時の担当者の名前を書いてあるファイルだ。

 私が伊達や酔狂で行動を起こしてないと知れたのだろう。教諭陣は顔色を悪くしていた。私に対して気味悪そうな目を向けていた者もあった。大人が頼りないから私がしっかりするしかないのですよとやんわり言うと彼らは激怒した。

 まったく、大人というものは。

 グループAの親も呼ばれたようだが、たかを括っていたらしい。私のファイルを見て顔を引きつらせていた。今日は無理ですが近々日中に弁護士を入れお伺いいたしますと私が言うとヒステリーを起こす。


 ヒステリーではなく恫喝及び恐喝であり、苛めなのではなく集団による暴行事件なのだと淡々と指摘した。

 結果、またも白い眼と現在を上回る絶叫、である。


 まったく、大人というものは。


 まぁ、なんといっても受験が目前である。めでたく示談が早々にまとまり、苛められていた彼女をまったく蚊帳の外に置いた私のささやかなる交渉はなんとか収束した。

 頭の悪い人間というのは何を言い出すのか理解できないと思ったのはこの後だ。転校しなくてもいいと再三にわたり断言したのだが、彼女たちは全員、いなくなってしまった。示談金も払ってもらえないようだ。門前払いというか、電話を拒否されている。

 いささか面倒になり、和解文書に紛れ込ませていた『支払いのない場合は会社経由で督促し、給与天引きで落とす』という文言にマーカーで印をしたモノを内容証明付きで送り、同時に彼女たちの両親の会社にそれぞれ手紙を書いた。近所の交番に事前根回しをしたのだが信用してもらえず、担当者の名前を聞きだしたうえで手ぶらで帰る。しょうがないので玄関に録音録画の準備だけしておいた。


 恐怖を覚えたのは、うちに怒鳴りこんできた彼女たちの両親の形相に、ではなく、彼らの『腰にぶら下がっている』『たくさんの』禍々しい靄について、だった。

 あれは怖い。私は対人間なら面倒なだけだが形のないものは追い払えない。というか正味、怖い。


 私の恐怖の表情をなんと取ったのか、いい年をした大人たちはたいそうな暴言を吐いてうちの玄関をめちゃくちゃにしていった。写真を撮ってから片付ける。その間も、私は怖くてならなかった。

 だって、犯人たちの腰にぶら下がっていたのは、すでにして靄ではない。

 学校で話し合ったときには彼らの身辺はクリーンだった。ならば、いつ、どこで、あそこまでクッキリとした悪意を纏わりつかせるようになったのか。深く考えなくても、それは実にぞっとしない推測をしか呼ばない。


 純粋な悪意は伝染する。


 私の家に生霊がつくようになれば、私は正気ではいられないだろう。

 私は迅速に動いた。弁護士と交番と警察にデータを提出してもらった。一度でも大人を代理人にすればその後の全部の手続きが大人を経由しなければならない。それが、これだけ面倒で時間のかかるものだなんて思わなかった。あいつらガチで使えない。

 私の家には生霊らしき靄が漂い始めた。一計を案じ、私は家人にある程度の事実を告げてから二、三日外泊することを許可してもらった。ビジネスホテルを取ってもらう。

 足をガタつかせながら生霊に自分から目を合わせていったときの冷気は忘れない絶対に冬の気温とかじゃなかった。

 靄の注意を引き、ことさらゆっくり歩いて私はホテルに移動した。ほんのちょっとした好奇心から彼らの家の前を通ったあと、靄は一気に人型を取った。服さえも着ている。


 感動すればいいのか歯を鳴らせばいいのか戸惑ううちにチェックインした。


 驚くことに、ホテルの中へは生霊は入って来られないようだった。私は目を凝らし、自動ドアの横に盛られた塩を発見する。マジか、これ、本当に役に立つもんなんか。

 半信半疑でコンビニで塩を買い、ホテルの自室ドアのところにも盛ってみた。実のところ公共の場というのは靄が多い。それが、ぴたりと見えなくなった。

 これは便利な知識を手に入れたと私は安堵し、久しぶりにゆっくりと風呂に入り、長々と眠った。


 朝になり、カーテンを開けた私はドン引いた。ガラス一面に手のひらの跡がびっしりと付いている。フロントを呼び、今日も一泊する予定だが部屋を変えてくれるかと交渉してみた。向こうも現場を確認した後は恐々だったようだ。是非もなく私の要求は通り、私はひっそりと滞在部屋を変えてもらえた。


 高校というものは行かねばならぬモノに相当する。クリスマスが目前の日、私はホテルから通学した。学校は私を腫れもののようにして扱うが私は自分をそこまで要注意人物ではないと思う。大人しく授業を受け、大人しく放課後まで好奇の視線をやり過ごした。

 友達というものはこの件以来、無くすだろうと予測していたので一人で帰る。

 帰るはいいがホテルへだ。これはいただけない。早急になんとかして欲しい。具体的に言うと、クリスマスイブまでには生霊たちの行き場を無くしてしまいたい。


 むろん、そんな便利な手立ては知らない。


 私はフロントに挨拶をし、鍵を受け取った。ものすごく何か言いたそうだがあえて突っ込まず部屋へと上がる。理由はすぐに分かった。Faxが来ていたのだ。フロントでくれればいいものを、と思いかけたが罵詈雑言の嵐なので迷ったのだろう。さもあらん。

 私はコピー用紙を丁寧にファイルし、風呂を溜めた。宿題をして湯につかり、コンビニで買ってきたお握りで夕飯にする。そろそろ受験もスパートかなぁと思いつつ、何の気なしに目をやった窓に驚愕した。


 べったりと、手、及び顔が、一面に。窓ガラスに。


 これは怖い。私はとりあえずカメラで写真を撮ってみた。フロントに告げ、窓から一瞬たりとて目を離さずに誰かを寄越せと懇願する。他人を巻き込むな? いやいや怖いだろうコレ。

 後ずさりしてドアストッパーだけを解除しておく。どれだけの時間が経ったのか、そこらは曖昧だ。深呼吸が30回程度。

 それくらいの時間で、私の背中の扉がノックされた。

 返事をすると、入れてくださいと落ち着いた声がする。男の人だ。フロントには女性しかいなかったので支配人が来たのかと後ろ手に錠を解除した途端。


 私は、部屋内部へと吹っ飛ばされた。


 走馬灯のように、というのは慣用句だとばかり思っていた。だが違う。

 あれは、不特定多数の人間が同じ体験をしたからこそ慣用句たりえている。


 手をついて絨毯の上に転がる、はずが、高校の授業は侮れない。受け身を取ってくるりと、私は半回転していた。たった今まで私の背中が接していたところに包丁が刺さる。いや嘘だ。その時は包丁だなんて思わなかった。銀色の刃物だとしか。

 ベッドカバーを握りしめ、乱入者へと投げつける。同時にベッドの上に走り上がり、蹴った。ぴょんと反対側、つまり出入口側の方に飛び降り、今度はそちらからシーツの塊を蹴る。目的はバランスを崩させることであってやっつけることじゃない。ぐわっとか、ぎゃっとか声を立てたようだがろくに聞けなかった。身をひるがえし、私は靴下のまま廊下に飛び出す。女性にかち会ったのはその時だ。ぶつかった。

 すみません、と言いかけて、それがグループAの誰かの母親だということに気が付いた。向こうもハッとしたようだ。手が伸びてきて、胸倉を掴まれる。


 人間は、頭に血が上ると何をしでかすかわかったものじゃない。そして、繰り返すが高校の合気道の授業は偉大だ。


 私は胸倉をつかんだ手を掴み、ぐっと引き寄せた。壁に向かって背中から倒れ、ぶつかる前に体を入れ替える。自重と私の体重を全て壁と自分の体で受け取った女性は目を剥き、ぐはりと息を吐いた。叫ぶつもりだったのかもしれない。そんな余裕もなかったようだが。

 ずるりと体勢が崩れ、私の体重を乗せたまま女性は廊下に倒れる。肘を差し込む隙はなかったが結果として変わらない出来になった。女性は動けない。


 火事場の馬鹿力というほかはない俊敏さで立ち上がり、廊下を非常階段へと駆けた。間一髪、男性の悪態が聞こえる。

 この怖さ、ハリウッド級。

 私は階段を駆け下りた。たかが三階だ。走った方が早い。

 上からは男女の混声で素晴らしいバリエーションの脅し文句が降ってくる。息を切らしながらフロントに駆け込み、私は警察を呼べと言い張った。外に出ることも考えたがナイフをかざした男女に外で追いかけられてみろ、一生モノのトラウマだ。


 それも悪くない。


 混乱しきってガタガタ震えているとフロントの内側に入れてもらえた。警察が来たのは早かったらしい。ホテルだもの。外聞もある。

 口もきけないくらいに怯えきっていた女子高校生、つまり私を保護したあと、警察は当然のように両親を呼び出した。私の親も驚愕しただろうが私も引いた。刃物沙汰である。

 罪状処罰の桁が違う。

 事情聴取の人間も違った。生活保全課ではなく刑事課だ。私が未成年であることを考慮して前面には出さなかったが、両親の方では刑事課が担当したらしい。

 犯人はやはり、いじめの加害者の両親だった。私が会社に向けてアピールしたせいで職場を失い、信用も失い、娘は家で泣き叫ぶ。なるほど全て訴えを起こした私が悪い、となったようだ。


 家庭内不破による心神耗弱を理由とした未成年への暴行未遂。

 長い長い夜は、相当数の時間を経てそう決着した。





 ……それから、だから、そんなに時間は経っちゃいないんだよねぇ。私はこうして無事、大学へと進学してる。おかげさまで二年生。あ? そんな騒動のあげく受かっただなんて肝が太すぎ? いやいやンなことはないよ。アレだよ、逆に眠れなかったから勉強がはかどったってことだよ。

 センター試験が正月になかったら、それまでにぶっ倒れてたハズさ。

 そうだよねぇ。

 いいや、当時の当初、最初に苛められていた女子生徒がどうなったのか、私は知らないんだ。っつかね、ぶっちゃけた話、今じゃ名前すら覚えていない。

 私が相対したのはあくまで生霊であって、同級生でもなけりゃ知り合いでもなかった。……ことに、したいんだよ。

 中の人なんていなかった。

 そうしたいんだ。

 事件のあと? ご期待に添えず申し訳ない。そこからは問題は発生しなかったよ。徐々に薄れていった生霊の陰に一番ホッとしたのは私で間違いないだろうね。え? 靄のその後? 

 消えたよ。ゆーっくり、薄れていった。冬が春になるように時間をかけて、人形は人型になって靄に戻って……散って行った。


 ホテルの窓一面にべったりしていた生霊の画像をね、長らく私の携帯待ち受けにしてたんだよ。はは、そうかな。そんなに変わってるかな。

 自己反省のための恐怖心煽りアイテムって奴だって。まぁね、うっかり怖がり過ぎて長いこと電話が使えなかったけどね。うん。本末転倒は自覚してる。持てないよねぇ、あんな画面の携帯ねぇ。

 っあー、そっちは良かったんだよ。後始末は上々。示談金も無事に引き落とされた。後顧の憂いなし。


 良くないのはね、普通ならこんなことがあった場合、失ってしまうだろう『見える』能力に磨きがかかったことだ。


 ふざけんなって話だよ。私にとって最悪にして最低な事態って奴だ。アレは最初から靄ではなく人型を取って見えるようになった。

 しかも悪意なんていう、形のないものも視認の範疇に入ってきやがった。こっちは靄だ。

 ふわふわとした雲状の何かは『強い感情』で、プラスなら空気が濃くなるような感じなんだけどマイナス感情だと色が載る。

 歩きにくいこと、この上ない。

 そう。何を長々と語ってたかってつまり、これを言いたかったんだって。






「考えてもみろよ。もはや私には君が普通の人間かそうでないのかパッと見じゃわかんないんだ。今日の構内の廊下は至る所がブルーグレーだし、階段の降り口は霞んでる。まったく不便な体質になったって言うのに障碍者認定なんざあるわけがないし、誰に話しても同意が得られないし、くそったれ、何が一番イヤだってなぁ、この体質改善の方法すらわかんないってことだよ。そうだろ?」


 つらつらと熱く語りつつ、友人へと私は視線を向ける。大学に入ってから得られた彼は男前で、モテるんだろうなと予測することはすなわち、やぶさかではないといった風情を持っている。

 伝われ、このリア充への妬み感。

 ともあれ、なんとなくだが出会ってから三か月程度の付き合いをして『何を話しても否定はされそうにない』彼に、私は愚痴をぶちまけることにした。

 中学の一件来、初めて他人に全ての事情を包み隠さず語ってみたわけである。

 うっかり手際が良すぎて思いがけなく短くまとまったが、つまり私の恐怖は伝わったかと聞くと、ふんわり笑って首を横に振られた。


「なんだよ。どこが伝わんないんだよ、このキモチの」

「あんたの苛立ちとすっげぇ面倒そうなのは、うん、把握した。けど、どうかなぁ。本当に、あんた、見えないはずのモノを見ることに怖がってる?」

「もちろん」


 じゃあさぁ、と彼は愉しそうに立ち上がった。自販機の前の安テーブルに座っているのは私たちだけだ。夕方の雨は傘なしではしのげないほどに激しくなってしまった。憩いスポットと呼ばれるこの場所には簡易の屋根はついているけれども、決して長居したい時間と気象じゃないから。

 かたりとプラスチックの椅子をずらして両手を広げた彼は私に宣言する。


「じゃあ、俺のことも怖がって」


 そう言って。

 彼はふつりと宙に溶けた。そう言えばコイツ、ゼッタイに私の前じゃ飲み食いしなかったなと気が付いたと同時、私は目を強く閉じる。

 今までは。

 喋る、会話できるような靄たちは存在していなかった。悪意は伝わっても言葉自体は聞こえてこなかった。


 なのに私は、ずっと彼と会話していた。


 明日から、もし彼に会ったときにどう反応しようか迷い、匙を投げた。処理できる範囲を軽く逸脱しすぎだ、あの野郎。

 頭に来て、テーブルに置かれた彼の分の紙コップを地面にぶん投げてみる。茶褐色の液体はみるみる透明な水と混じり側溝に消えた。初めての友人も宙に消えた。チクショウ。



 雨はただ、私の呻き声すらも吸い込んでザァザァとひどく、降っている。

















はい、そういう話でした。もう少しうまくまとめられなかったのか。女性一人称語りで全部、追いかけることは出来なかったのか。

迷った痕跡が、ホラーです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼が霊だろうと思いながら読み進めたので、生霊本体とこれから恋愛が! 友人失って恋人に! 展開妄想してしまいましたがそういえばホラーでした。 残念無念。 いやあ、生きてる人間が一番怖いですね…
[良い点] まさか、話相手の男の子も幽霊、残留思念だったとは。 サスペンスとホラーがうまく混ざり合ってゾッとする感覚と、ハラハラする感覚が続くのに、最後はなぜかホッとしてしまう。賢い主人公で、私はすき…
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