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コラボor二次創作

奇異で平凡な

作者: 風白狼

 フライパンで野菜を炒め、菜箸で焦げ付かないようかき回す。水分が爆ぜる音を聞きながら、焼き加減を見る。野菜がしなりと油を吸い、火が通ったところで、二人分のお皿に盛りつける。簡単な野菜炒めだが、朝の時間にできる準備はこれくらいだ。あとはゆでた卵の殻を剥き、スライサーで切って盛りつける。そして温めたご飯と、夕べの残りの味噌汁を盛りつければ朝食の完成だ。

 二人分の朝食をテーブルに載せ、私――(せき)俊巳(としみ)は一人で食べ始めた。空席を気にせず、自分で作った料理を口に運ぶ。もう一人の席はいつもこうなのだ。おそらく、もうそろそろ――

「ふわぁ、おはようございますぅー」

 ダイニングのドアが開いて、一人の少年が入ってきた。まだパジャマ姿で、眠そうに目をこすっている。彼がこの家のもう一人の住人、つまり私の同居人だ。精悍さより女性的な印象のある容姿だが、彼は普通の男子中学生である。

「ようやく起きたか、弓塚。ほれ、顔を洗ってこい」

「ふぁーい…」

 私が指示すると、彼、弓塚(ゆみづか)真人(まさと)はまだ寝ぼけた声で返事した。それでも彼は言われたとおり洗面台に向かう。素直なものだと確認しながら、私はまた箸を持つ手を動かした。やがて弓塚はダイニングに戻り、席について朝食を食べ始める。野菜炒めを一口含み、嬉しそうに頬をほころばせた。

「関先生の作るご飯はいつも美味しいです」

「そうか、それはよかった」

 彼の褒め言葉に、私は素っ気ないのを装って答えた。だが内心ではまんざらでもなく思っていた。そこまで凝ったものではなくとも、美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。

 そんな他愛もない会話をしつつ食べ終え、私は食器を水に沈めて出かける準備をする。

「弓塚、遅刻せずに行くんだぞ」

「わかってますよ」

 もちろん彼が遅刻するはずなどないとわかっている。それでもこれは、いつも言っておかないと気が済まなかった。弓塚の返事を確認した私は、いつもの通り仕事に向かった。


 縦書きの教科書を開き、生徒達を見回しながら声を張る。

「――と、ここには理由が列挙してある。これを大まかにまとめてもらおうか。では、答えがわかる者?」

 問いかけると、まばらに手が上がる。この上がり方だと、おそらく大半の人はわかっていても恥ずかしいか自信がないかで黙っているパターンだ。中学生だと周りを妙に気にするからな。そんな風に思いながら、私は手を挙げた中で指名した。

「じゃあ森田。黒板に答えを」

 森田という男子生徒は返事をし、黒板に答えを書いていく。書き終えるのを待ち、確認して解説を述べていく。生徒の中には一生懸命書き写している人もいて、私は重要なところは繰り返した。

 私の仕事は見ての通り、中学の国語教師だ。教え子の中には、同居している弓塚の姿もある。今回の質問では彼は手を挙げていない。弓塚は答えがわかるときはよく手を挙げるから、今回は彼にとって少し難しかったのかもしれない。無論、身内で同居しているからといって、わかりやすいかわいがり方はしない。あくまでも他の生徒と同じように接する。この年頃の子供というのは妙に敏感で、かつ多感だから、下手な詮索はさせない方がいい。事実私たちの関係を知っている者などほとんどいないのだから、誤解は訂正されぬまま拡大していってしまうだろう。


「ただいま」

「あ、おかえりなさい関先生」

 仕事が終わって帰ると、先に帰っていた弓塚に迎えられる。彼は居間でお菓子を食べ、くつろいでいた。それを見やり、部屋に荷物を片付けてから隣に座る。

「先生、今日は変身しないんですか」

 同じようにくつろいでいると、弓塚が不意に尋ねてきた。その質問の意図がわかっている私は、眉をひそめて彼を見る。

「好きだな、お前は。だが、先に宿題を済ませてからだ」

 私はそう突っぱねてお菓子を手に取る。と、弓塚はにいっと誇らしげな笑みを浮かべた。

「今日はもう終わらせたんだ」

「もう終わらせただと? それは偉い」

 いつになく真面目に頑張った彼に、私は目を見開いた。弓塚は照れたように頬を潤ませる。

「だから、ね? いいでしょ?」

 何を、かは聞かなくてもわかる。私はわずかに苦笑して、“変身”した。ヒトの骨格はそのままに、全身に灰色の毛並みが生えそろう。耳は尖って頭の上に行き、口先もすっと細長くなって口からは牙が覗く。さらにふさりとした尻尾も現れ、私は狼に、より正確には狼の獣人といった姿になった。

 その姿で弓塚の膝に乗っかると、彼は変身した私のお腹を撫で始める。特に柔らかい毛の生えた箇所を重点的に、指を潜らせるように動かしてくる。その感触がこそばゆく、思わず耳や尻尾が動いてしまう。ふと見上げれば、弓塚はとても幸せそうな顔をしていた。その顔を見ると、なぜだか悪い気はしない。

 私は人狼の一族らしく、知らない人が見れば恐れて逃げていくだろう。物語の中ならば、不当な扱いを受け続けるかもしれない。しかし私に限ってはそういう不幸もなく、むしろ平凡な日常が過ぎていく。人狼という奇異な存在であるはずの私が、こうして平凡に過ごせていることこそが、一番奇妙ではないかと、時々思うのだ。

 蠱毒成長中さんからのリクエストで「関と弓塚のコンビ(?)を主役に据えた短編」でした。

 書くのはいいとしても、完全にオチを見失いました。ごめんなさい

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