春男の夢(4)
春男はきゅうりを味噌につけながら言った。
「あのねぇ、私は別に本で売れて、一生食べて生きたいわけじゃないんだ。だからそんなに売れなくてもいいんだよ。賞も一度もらったし。名前も覚えてないけど。」
「そ、そうなんですか?」
「うん。僕は本屋さんになりたいんだ。でもねぇ、中オジが、いっぱい書けって言うから・・・・・・。冊数が多いほうが本屋らしいだろう。」
秀子の顔にははてなマークが広がった。そうれはそうだろう。春男が言っているのは、オレと春男の家を三角形にむすぶことができる本屋屋の主人のことだ。
本名は、中山だが、春男は中山とおじさんをくっつけて中オジと呼んでいる。古い本屋で、オレからすると、おじいさんが一人でやっている。
「そこの店の名前、変わってるんだぞ。西岡矢島円堂中ってなっているんだ。」
「・・・・・・なんて読むんですか?」
「知らない。代々、継いだ人の名前が一文字づつ増えていってるんだと。で。今の中おじの中で、止まってる。あの本屋、変でさぁ。家系で継いでいっているんじゃないんだよ。経営に失敗すると、名前は入れてもらえないんだって。」
「まて、入れてもらえないって・・・・・あれ、誰の店なんだ?」
オレも初耳のことに目を丸くした。
「さぁ?誰かの道楽らしいよ。経営者だけが知っている秘密なんだとさ。」
「お前、そんな怪しい話に夢を乗せているのか?」
「うん。」
春男はにこやかに微笑み、オレはため息をついた。
辻村さんは、まさかマキさんの息子がこんなやつだとは思わなかったのだろうか、少々遠くを見るようにしていた。結局この日は、なにも言い返せず、きゅうりだけをもらって、帰っていった。
それから三ヶ月は彼女の姿を見ることはなかった。どうやら、春男を乗せるのは断念したようだ。マキさんのイメージダウンになるとでも思ったのだろうか。決してアップすることがないだろうくらいは、わかったことだろう。
しばらくして、また雑誌担当の辻村がオレのところへやってきた・・・・・・のだが。
「あ、あのさ。」
オレの言葉を彼女は制した。
「いい!言わないで。わかっているから。会う人、みんなに言われるの。あたし、もうすぐ、マキさんの担当下りるわ。春男さんの事は載せないわ。それだけ言いにきたの。」
「下りる?なんで?」
辻村は少々泣きそうに言った。
「なんで?なんで、聞くのよ。この体系見れば分かるでしょ!なんで、彼女太らないのか、わかる?代わりに周りが太っていくからよ。他の担当者にも会ったわ。会う人、会う人、みんな丸いのよ。それもなかなか戻らないんだから。」
そう。彼女の体型はたった三ヶ月で、なにかあったのだろうか?というほど丸くなっていたのだ。
オレは言葉に詰まった。春男もだんだん丸くなっていっているからだ。春男のオヤジさんが太らないのは、ほかに仕事をしているせいだろう。
またしばらくして、春男の母親である、マキさんの笑顔が特集記事雑誌の表紙を飾った。売上もなかなか良く、増刷も決まり、なかなかの評判だ。
しかし、春男のほうはといえば、結局名前も顔も職業もペンネームも載らず、有名になる事はない。そんなことはわかりきっていることだった。それにしても。
「お前、その本屋、もうちょっと詳しく聞いておいたほうがいいんじゃないか?」
「そう思うんだけど、まだダメだって。書いている冊数が足りないんだって。」
そういう問題かとオレは疑問に思う、今日この頃である。




