第6話 開戦ののろし
図書館の談話室から外へと出た三人を、一人の女性が車のフロント部分にもたれかかる形で待っていた。
「あれ、厳島さん? なんで?」
そこにいたのは、昨日タツマにオルタの存在を教えた、厳島ミヤジその人であった。
「なんで、とは随分じゃないかしら? タツマ君。私は貴方に呼ばれたからここにきたのだけれど」
「ああ、そういえば…って、そうだ、厳島さん! 貴方アソコにいる女神がオルタ・リーバ様だって知っていたでしょう!」
確かに、タツマは厳島ミヤジを呼び出していた。オルタ・リーバの伝承を聞いた時に、どういうつもりだったのかを問いただしてやると、イクアラに電話をかけるように言った事を思い出した。
勢いから出た言葉ではあったのだが、それをきっちりと実行している所がイクアラらしかった。
「ええ、知っていたわ。そしてそれを知っているという事は、おめでとうと言っていいのね? タツマ君」
笑顔で祝福の言葉を送った厳島ではあったが、タツマ達三人。特にタツマとカヤは微妙な表情をしていた。
「おめでとうと言ってもらうべきなのかどうかは、俺にはわかりませんよ、本当に‥」
「厳島コーチ、タツマに守護神を付けてくれたことには感謝してますけど、本当に…、余計なマネを…」
「あ、あら…? 何かワケあり? …なのかしら?」
タツマは無言で自分のパーソナルカードを厳島に突きつけた。
「…えーっと、…藻女神? …極大? …結婚を前提? …髪? …ずーっと一緒? へ? え? …何、コレ?」
タツマ達は、詳しい事を説明するために、厳島の車でファミレスへと移動していた。
もちろん、今回の出来事の恩人にして、張本人でもある、厳島ミヤジの奢りである。
全国チェーンのどこの町にでもある某ファミレス店。マニュアル通りの接客と、ほぼ冷凍食品が原材料の、至って普通のファミレスである。
しかし今、その店内は異様な空気に包まれていた。一つのテーブルが周囲の注目と驚愕と恐怖を一心に集めていたのだから。
「ほーら、たーんと食べてくださいね、オルタ様。厳島先生の奢りですからねー。ここぞとばかりに食いだめしといていいですよー」
「お願いだからもうやめてー! 財布も痛いし、心も痛いの! ずるずるとパフェを髪の毛で次々と吸い込んで行くのはもうやめてー!」
長い一日は、まだ終わらない。
「…ま、まあ、色々と手違いはあったみたいだけど、悪くない結果じゃあないの。ねえ、タツマ君?」
「厳島さん。まずは人の目を見て話しましょうよ」
食後のコーヒーを飲みながら、タツマ達4人は今後の方針について話し合っている。
今日起きた出来事については、タツマ達は、存分に飲み食いする傍らで、全て厳島に説明し終わっている。
髪が生える剣については、厳島も全くの予想外だったらしい。とりあえず、故意の犯行ではなかったということで、タツマもカヤもその怒りを収めた。
「それにその能力、遊撃手としては非常に使い勝手がいいはずよ。元々のタツマ君のセンスと身体能力に加え、オルタ様の攻防自在の能力を持った加護と武器。試合での活躍が楽しみだわ」
「その事なんですが、これって、オルタ様を武器として認めてもらえるんでしょうか? なんだか、二人で一人みたいでずるい気がするんですが…」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、要するにインテリジェンスソードみたいな物でしょ? 生物を使役するならアウトだけど、基本的には剣(?)なわけだし。喋る剣とか炎を吐く杖とかも甲子園では使用可能なんだから、泣きだしたり、髪の毛吐いたりするぐらい問題はないわよ。………まあ、他の人の見てるところで一人でに動いたり、ご飯食べたりするのはやめた方がいいけどね」
「ギリッギリじゃないですか! それ、擬態っていうんですよ!」
「まあまあ、心配しなくても、ちゃんとタツマ君のアビリティーに『遠距離攻撃(髪)』ってかかれているんだから、それがタツマくんの能力だと審判の神もきっちりと証明しているわ。パーソナルカードは絶対なのよ。………まあ、タツマ君とオルタ様が一心同体だと判断されている可能性もあるけれど」
「だから最後にボソッと本音をまぜないでくださいよ! なんですか、その一心同体って!?」
一心同体という言葉を聞いて恥ずかしかったのだろうか。テーブルの上に乗っかっていた女神オルタの本体である髪の毛は、ワインの空ビンの中へ、まるでタコがタコ壺に潜り込むように、ずるるっと姿を隠した。
入口に入りきらなかった剣だけが、ワインの注ぎ口にひっかかっている。
オルタは恥ずかしそうに瓶の中で髪の毛をくねらしながらも、ズズズッと、瓶の底に僅かに残っていたワインを吸い上げていく。
そんな光景から目を逸らすように、イクアラとカヤが口を開く。
「厳島コーチ。タツマの能力が問題ないのはよくわかったのですが、結局の所、タツマは部に戻る事ができるのでしょうか?」
「ええ、タツマが守護を獲得したといっても、あの監督がタツマを再び受けいれるとは思えないわ。タツマが活躍すればするほど、タツマを退部にした自分の無能が証明されるだけだもの」
「問題はそこなのよねー。一応、タツマ君が守護を獲得すれば部に復帰させるという言質はこっそりと録音してあるのだけど、タツマ君が部に復帰したところで、試合に出す出さないはアイツが決めるのよね」
厳島が溜息を吐く。アイツこと五井監督。魚里高校のOBにして、選手時代はそれなりに優秀であった熊族の獣人である。
徹底した亜人上位主義者の彼が、守護を手に入れたとはいえ、タツマを試合で使うとは思えなかった。復部しても、どんなに優れた能力を手に入れても、試合に出られなければ意味は無い。
やはりタツマは甲子園には行けないのだろうか?
重くなり始めた空気の中。厳島は軽い口調でこんなことを言い出した。
「手札もそろったことだし、ここはやっぱり下克上かしらね? あなた達三人にオルタ様がいれば、どうにかなるかな?」
「へっ? 下克上って、どういうことですか? 厳島さん」
厳島はタツマの質問には答えず、ピッポッパと携帯電話を操作する。ほどなくして、短縮ダイヤルで『バカ』と書かれた番号に繋がった。
「こんばんわ監督、夜分恐れいります。ええ、おかげさまで、‥あらあら、いやですわ。監督には奥さんがいらっしゃるでしょう? ‥ええ、…それでですね、そろそろ色々と白黒つけさせていただこうと…、ええ、…話が早いことで結構ですわ。…ええ、そちらが一軍、私達が二軍、問題はありませんわ。…はい、そちらが勝ったら、愛人でも性奴隷でも、私をどうとでもしていただいてかまいませんわよ。‥はい、もちろん二言はありませんわ。その代わり、私の指揮する二軍が勝った場合には、五井監督にはきっちり引退してもらいますから。二度と魚里高校の校門をくぐる事のないように。‥はい、あとでちゃんと一筆書いてもらいますね。…はいそれでは、そういうことで。…ええ、6日後の土曜日に、‥ええ、お休みなさいませ」
厳島は電話を切った後、ぺっと、ナプキンに唾を吐きつけた。そして、タツマ達に向き直った後、こう宣言した。
「…というわけで、いまから一週間後、一軍と二軍の練習試合を行うわ。私の貞操と、あなた達の一軍昇格がかかっている大事な試合だから、絶対に勝つわよ!」
「「「あんた、いきなり何言ってんだー!!」」」
厳島ミヤジ。爆弾を落とすのが得意なボマー系女子である。