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『迷宮甲子園』一巻発売記念SS 冒険者達の節分(B面)

A面の裏話になります。A面を読んでいらっしゃらない場合は、一話戻ってそちらの方をどうぞ。





ダンジョン競技の名門校・魚里高校の学生寮は、部屋の殆どがダンジョン部の学生のためにあてられている。

寮生の9割以上がダンジョン部の生徒であるこの学生寮は、別名『冒険者の宿』とも呼ばれている。



「何ですか? コレ」

 


日曜日の朝、寮の食堂のテーブルに置かれた大量の落花生と、雑魚モンスターのゴブリンを象ったマスクを、コールは見つけた。



「ああ、おめえら一年は初めてだよな。今日は節分だろ? 毎年恒例の寮の豆まき大会用……だったんだが……、ちょっと問題アリでよぉ」



コールの疑問に答えたのは、二年生のバーンである。恵まれた体格とパワーを兼ね備えた、人狼族の大男だ。バーンは大量の豆とゴブリンのマスクを前に、難しい顔で腕組みをしていた。



「節分っすか? でも、なんでそれでゴブリンと落花生なんですか?」


「おれも詳しい理由は知らねえんだがよ。ゴブリンに扮した鬼役を落花生で退治するのが、冒険者式の豆まきなんだよ」


「へー、そんなしきたりがあったんですね、あれ? コレのお面、耳が無いぞ」


「耳がないのは一割だそうだ」


「なんっすか、その一割って?」


「知らねえよ。ウィリスがそう言ってたんだからよ」



ゴブリンの面には何故か耳はなく、ハサミか何かで切り取ったギザギザの跡だけが残されていた。



「まあ耳はないっすけど、それ以外はほんと良くできてますよね、コレ」



コールはそう言って、何気なくゴブリンの面をかぶった。二つの丸い小さな穴が、世界をぐっと縮めた。

耳の穴があった場所からコールの鹿の耳がピョンッと飛び出すと、そこからバーンの慌てた声が聞こえた。



「あっ、バカ、てめえ! 被んじゃねえよ! 今年はウィリスの阿呆がとんでもねえもん用意しやがったんだよ!」



「ゴブゴブッ ゴブブブブブッ(とんでもないって? どういう意味ですか?)」



バーンに問いかけた言葉は、しかし人の言葉にならなかった。くぐもった、しわがれた意味のない言葉として、自分の耳に、響いた。



「ゴ、ゴ、ゴ、ゴブゴブブッ!?(な、な、な、なんっすかコレ?)


「あー、それなあ、ウィリスの知り合いの魔術師が作ったゴブリンの面らしい。さっき説明書読んでたんだけどな、被ってる間は人間の言葉が一切しゃべれなくなるそうだ」


「ゴブゴブブッ!? グブブブ! ……ゴブゴブゴブッ!?(なんっすかそれ!? やり過ぎでしょ! ……って、ぬ、ぬげない!?)」



コールはすぐに面を脱ごうとしたが、捻じっても、引っ張っても、お面は脱げる気配はない。まるで自分の皮膚と一体化したようにぴったりと吸い付いて離れなかった。



「おまけに一度被れば脱げなくなる呪いまでついてるらしい」


「ゴブブブゴブッ! ゴブブブゴブ! ゴブブブブ!?(呪いの装備じゃないっすか! 何考えてんっすか! ウィリスさんは!?)」


「ちょっと待ってなコール。ほら、これが説明書だからよ。てめえで解呪の方法がないか探し、し、し、……しねやぁ! ゴブリン!」


「ゴブゥッ!?(痛ってえ!?)」

 


バーンはテーブルの落花生を掴むと、コールに向かって突然それを投げつけた。

ただの落花生が、恐ろしく痛かった。



「おらおらぁッ、鬼は外! ゴブリンも外だッ!! 魔石に変わって滅びろやぁっ!!」


「ゴブッ ゴブッ ゴブブ! ゴブブブブ! (痛い! 痛い! 超痛い! 落花生が超痛い!)」

 


鬼が裸足で逃げ出すという言葉があるが、文字通りコールは、裸足で外へと飛び出した。



「てめぇ、コラ、待ちやがれゴブリン!!」



そのコールをバーンが怒声と共に追いかけて来る。

事態の飲み込めぬコールではあったが、足だけならばコールの方が幾分速い。コールはなんとかバーンを振り切ると、体育館側の倉庫へと駆けこんだ。



「ゴブッ、ゴブッ、ゴブゴブ!? ゴブブブブゴブブブゴブ!? (ハァッ、ハァッ、何だよこれ!? いったいバーン先輩に何が起こったんだよ!?)」



拳を握りしめた時に、クシャリとコールの手から音が立った。彼の手には先ほどバーンから渡された説明書が握られていた。



「ゴブブッ、ゴブブブブッ! (そうだっ、説明書!)」


跳び箱によじ上り、天窓から僅かにもれる明かりでコールは説明書を照らす。


とにかく、このお面を外す方法を見つけださなければならない。



説明書には、こう書かれていた。




【天才呪具師! プリンセス・破天荒ちゃんの節分豆まきセット(説明書)】


※一度被っちゃうと日付が変わるまで絶対に脱げないから気を付けてね!


※人間の言葉は話せません。(ゴブリンの口だもんね、言葉なんて喋れるわけないよね!)


※人間の言葉は聞き取れません。(ゴブリンの耳だもんね、言葉なんて解るわけないよね!)


※お面には無性に豆をぶつけたくなる呪いがかかってるから、不用意に被っちゃだめだぞ!


※ゴブリンのお面かぶってる子は、呪いのせいで落花生が超痛く感じるはずだよ。具体的には人狼族の本気のデコピンぐらい。鬼も裸足で逃げ出すぐらいの痛みじゃないとリアリティーないもんね!



「ゴブゴブッ! ゴブブゴブゴブブブブッ! (ふざけんなよッ! 何てモン作ってんだ!)」



時計を見る。時刻は未だ朝の8時。日付が変わるまでは残り16時間。



「ゴブッ ゴブゴブブ……(ここに、隠れてるしかないか……)」



マスクの呪いにあてられてしまったバーンに、話し合いなどは通用しないだろう。

そしてゴブリンの面は、何をどうやっても脱ぐことも、破り捨てることもできなかった。

魔法には明るくないコールではあるが、この面が一流の呪い屋の仕事だということだけはわかった。魔力を持たぬ獣人のコールでは対処のしようもない。

コールにできるのは、日付が変わる深夜の0時までこの場でじっと身をひそめることだけなのだ。



(……まあ、耳だけはちゃんと聞こえるのが、唯一の救いかな……)



恐らくはお面に耳がないせいだろう。説明書では人の言葉は聞き取れないとあったが、バーンの発していた言葉の意味は、ちゃんとコールにも理解ができたのだ。



たとえば、こんな言葉でも。





「ゴブリンの、臭いがするぜぇ?」





倉庫の外から聞こえて来た低い声に、コールの体が跳ねた。


コールは大事なことを忘れていたのだ。


追跡者バーンの種族は人狼。そして人狼は、鼻が利く。


バーンを振り切ったと思っていたコール。しかしバーンは、コールの臭いを辿って、ここまで来ていた。



ここは体育館倉庫、密室である。唯一の出口には身長2メートルを超える狼男。


逃げ場は、なかった。



「おらぁ! 開けやがれゴブリンッ! おらぁ!!」



バーンが扉を蹴り上げる。鉄の扉がけたたましい音を立てながら歪んでいく。人狼の破壊力の前にはこんな扉はベニヤ板同然だ。もう数秒も持たないだろう。


隠れていても状況は打破できない。

コールはついに、覚悟を決める。



「ゴブッ、ゴブブッ(俺は、弱い)」



鹿族の獣人、コール・スクワルトは弱い。獣人ではあるが、取り柄といえば足の速さのみ。バーンのようなパワーも、金太のような才能もない。アイアンのような頑丈な体も持っていない。

名門、魚里高校ダンジョン部の中では、コールはまさにゴブリンのような弱者なのだ。



「ゴブブ……(だから……)」



「オラぁッッ!!!」



鉄の扉が吹き飛ぶ。巨漢の狼男が襲い掛かっている。その大きな両手に、片手づつ、数十の落花生が握りしめられているのが、コールの目にもはっきりと見えた。



「ゴブブッ ゴブブブブゥッッ!! (俺は、逃げるんだぁッッ!!)」



コールが手にするのは石灰のたっぷり詰まったラインカー。

体育倉庫の隅で見つけたそれを、コールはゴブリンの奇声を上げながら、思いっきり投げつけた。

まき散らされた白粉でバーンの目と、鼻がやられた。



「ぐッ、てめえ! ゴブリンがぁッ! 待ちやが……ゲホッ! ゲホッ!」



生まれた一瞬の隙をついて、コールはバーンの側を駆け抜けた。コールは振り返ることなく、真っ直ぐに校舎に向かって行く。


隠れ場所を変えるわけではない。バーンの鼻ならば学校のどこに隠れようとも意味はない。

彼が探していたものは別の物だ。



「(先生ー! 助けてー!)」



この事態は、学生の自分があらがえるようなものではない。バーンから逃げ出すためには、大人に頼るしかない。

学生として最善の判断を、今のコールはしたといえよう。

廊下を最速ラップで駆け抜けると、コールは職員室へと飛びこんだ。



「ゴブゴブッ! ゴブブブブー!(監督! コーチ!)」



頼るべきは監督の五井か厳島、贅沢を言えばそれが厳島ならばなおよかった。

五井は監督であるが、好きな人間ではないし、一軍半の自分のことなど気にも留めない。

しかしコーチである厳島ならば、きっと親身になってこの問題を解決してくれるだろう。



「ふぇっ!? ひゃ、ひゃひ!? (へっ? な、なに!?)」  



はたしてコールの願いはかなった。ダンジョン部のコーチである厳島は、休日である今日も、朝早くから学校に出勤していた。食事をとっていたのだろうか。口の中に何かをいっぱいに詰め込んでいたが。



「……ひゃへ? ひょーふふん?(あれ? コール君?)」



コールはブンブンと頭を縦に降ると、厳島の元へと駆け寄った。コールにとって幸運だったのは、彼がジャージを着ていたことだ。小豆色のジャージの名札には、「コール・スクワルト」と大きな文字で名前が刻まれていた。

今までは「高校にもなって名札かよ?」と、何度か校則を呪ったことがあるが、今日、この日だけは、魚里高校の校則に感謝した。



しかし、コールの幸運はここまでだった。



コールはここに至るまで、呪いの本当の意味を理解していなかった。

そしてお面で狭くなった視界は、厳島が今何を食べているのかを、はっきりと認識できてはいなかった。

コールが近づくにつれ、厳島の眉間に皺が寄る。そしてコール厳島の目の前にたどり着いたと同時に、厳島はそれを吐き出した。



「ひょほ、ひょふひん!(この、ゴブリン!)」



「ゴブゥウウウウッ!! (ぐがぁあああああっ!!)」



厳島が口いっぱいにほおばっていたピーナッツ。彼女は、それを毒霧のように吹きだした。

例え細かく砕かれたピーナッツでも、呪いの効果はてきめんだった。

顔中に浴びたピーナッツは、燃えるような痛みと熱を、コールに与えた。



「鬼はー外! ゴブリンもー外!!」



「ゴブブブーッ!!」



顔中に浴びた細かいピーナッツの欠片を両手で払い落しながら、コールは職員室から逃げ出した。



「ゴブブ! ゴブブゴブブブブブッ!!(誰か! 誰か助けてくれよ!) 



校舎から外へと飛び出したその瞬間、コールは頼もしい背中を見つけた。

全身鉄の大男が、しゃがみこんで小鳥達と戯れていた。心優しい鉄巨人は、毎朝飛んでくる鳩にパンくずをやるのが日課なのだ。



「ゴ、ゴブゴブゴブブッ!! (ア、アイアン先輩!!)」



「むぅん? ……ゴブリンか! 鬼は外ッ!」



「ゴブブーッ!」



但し今日この日に限っては、鳩のエサは落花生であった。


あるいはこれも呪いの効果の一部だったのだろうか。今日のコールはとことん落花生に見舞われた。



「ふんふーん。今日のカリンベーカリーはこってりたっぷりピーナッツバターパンだぞー。……って、ゴブリンがいたよ! 鬼は外―!!」



「あー、練習サボって喰う柿ピーは最高じゃのぉ……っお? ゴブリンがおったぞぉ、儂の魔石じゃ、鬼は外ぉ!」



「マッサージオイルにピーナッツオイルを買ってみたんです……はっ! ゴブリンがいるわ! 鬼は外!」




こうしてコールは次々と迫りくる仲間達と落花生から逃げながら、それでも最後の望みを託し、一つの場所を目指していた。


最後にコールが飛びこんだのは、魚里高校ダンジョン部の魔法演習場ブルペン

ここが駄目ならば、コールにはもう、希望はなかった。



「ゴブブゴブゴブッ!!(ウィリス先輩!!)」



そこにいたのはウィリス・野呂柿。今回の出来事の張本人でもあり、救世主となりうる人物でもある。

今のコールは言葉が喋れない。しかし、呪いのマスクを用意したウィリスであれば、喋れなくともきっと事情は理解してくれるはずだ。

そして周りの人間の心を惑わす問題の呪いについては……



「……???」



魚里高校ダンジョン部の中ではただ一人、ウィリス・野呂柿だけは呪いが効いていなかった。

魔力の高い人間というのは、往々にして呪いへの耐性も高いという。

そして魔法に長けたウィリスならば、この事態をどうにかする方法も知っているかもしれない。



「ゴブブゴブゴブ、ゴブゴブゴブブッ!(ウィリス先輩、助けて下さいッ!)



ウィリスは暫く何かを考えた後に、何かに得心したように頷くと。





「豆撒き、始まったの?」


「ゴブゥーッ!!(ちがーうッ!!)





結局その日のコールは、魚里高校ダンジョン部の部員70名から、一日中逃げ回ることとなった。

正攻法で力任せに投げつける者もいれば、落花生のマキビシや、座った椅子の上に落花生、風呂場に浮かべた落花生、枕の綿の代わりに落花生など、コールは一日中落花生に怯えることとなり、彼の一生消えぬトラウマとなったという。

ただ一つ。コールの100Mのベストタイムが、この日を境に0,2秒ほど縮んだのが彼にとっての唯一の慰めかもしれなかった。




お久しぶりです。

長い道のりでしたが、迷宮甲子園、一月三十日についに発売します。

最初で最後の本となるかもしれない迷宮甲子園の書籍版。皆様、どうかお手にとってくださいませ。m(_ _)m


詳細は私の活動報告へ。いい本ができましたよー!

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/262783/blogkey/1076478/

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