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『迷宮甲子園』一巻発売記念SS 冒険者達の節分(A面)

お久しぶりです。

『魚里高校ダンジョン部! 藻女神様と行く迷宮甲子園』発売記念SSです。

原作開始の三か月ほど前のエピソードになります。


「あー、もう詰め込めねえ……」



痛みすら感じ始めた頭を抱えながら、タツマはテーブルへと突っ伏した。紙がくしゃりと潰れる音が、タツマの顎の下あたりから聞こえた。



「もう、タツマ! 教科書に皺が寄っちゃってるじゃない!」


「まあ、タツマにしては頑張った方だろう。そろそろ一息いれるか? タツマ」


「ほんとか! じゃあちょっと気分転換にその辺走ってきていいか?」



タツマはうつ伏せの顔をばっと上げるとそう言った。見事なまでの代わり身だった。



「……まあ、適度な運動は集中力にも繋がるというしな。10分だけだぞ? タツマ」


「おう! ちょっと行ってくる!」



ほどなくして、何処かへと駆けていく少年が、カヤ達のすぐ側の窓からも見えた。木枯らしの吹き荒れる街を、ジーンズとシャツだけで駆けていく。



「まったく……、この寒いのによくやるわよ」



カヤの呆れまじりの溜息が、図書館のガラスを曇らせた。


年も明けきった一月の末。今は受験シーズンの真っただ中でもある。

勉学は一日にして成るものではないが、最後の追い込みに手を抜くことなどできるわけがない。

もちろんそれは、魚里高校の受験を控えるタツマ達もその例に漏れない。放課後は、市の図書館の談話室で肩を並べて勉強するのが、最近の日課となっている。



「そういえば先日の二人きり勉強会はどうだったのだ? カヤよ?」



イクアラが何かを含んだような物言いで、カヤを見た。


先日の日曜はカヤの家で丸一日勉強会をする手筈となっていた。修験系の寺であるカヤの家は、静かで広く、落ち着いて勉強できる環境にある。

三人で約束した後、気配りの男はさり気なく風邪を引いて、欠席した。



「あの日は、ちょうどお父さんが暇してたからね。厄除けに、護摩行、火渡りまで、やれることは全部やらしたわよ」


「…………他にやるべきことは幾らでもあったのではないか? カヤよ」


「仏様でも神様でも、縋りたくなっちゃったのよ。見てよコレ」



そう言ってカヤが突き出したものは、カヤの家で行った、模擬試験の結果であった。

受けっとった五枚の回答用紙に目を通すと、イクアラは「……むぅ」と唸った。


気など利かせている場合ではなかったのだ。魚里高校の一般入試の偏差値は高い。ダンジョン部の推薦入学組はともかくとして、タツマ達一般入学者には相応の学力が必要とされる。


『必ず三人で甲子園に行こう』いつか、夏のグラウンド誓い合った約束の最大の敵が、ここにいた。



「しかし国語と歴史はともかくとして、やはり数学がネックだな。因数分解系の問題が全滅ではないか……」


「なあ二人とも、イン・スー分解ってなんだっけ? 理科だっけ?」



リフレッシュ終えて帰って来た男が、紅潮した明るい笑顔でそう言った。

タツマの笑顔の奥、図書館のカウンターには、『今日は一月三十日です』という看板が立てられている。



タイムリミットは、迫っていた。





「……あー、頭がぐらぐらする」



木枯らしの吹き荒れる夕暮れ時、タツマはようやく家路についた。余程堪えたのだろう。その足取りは酔っ払いようにおぼつかない。



「グラグラするのは勝手だがな、習ったことを溢すなよ、さあ、早く歩け」



鱗付きの大きな手が、決して逃がさぬとタツマの首根っこを引っ張っていた。

もはや手心を加えるつもりはない。受験までは残り一か月。一日おきに、カヤとイクアラがタツマの勉強を見ることで、話はまとまった。



「リザードマンは睡眠の少ない種族でな、きょうはとことん付き合ってやるぞ。タツマよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれよイクアラ! なんかあそこに変なものが!」


「その手には乗らんぞ、タツマ。不意を突きたいならばもっと上手い嘘をつけ」


「いや、本当だって、何か怪しい袋がベンチに」


「袋だと?」



タツマの指さす先、公園のベンチ上には、大きな白い袋があった。ベンチ脇の外灯が、袋をオレンジ色に染めている。

何が入っているのだろうか、大きなふくろは、子供一人をすっぽりと収められるほどの大きさはあった。

辺りに人気はなく、持ち主らしき人物もいない。


強烈な木枯らしのせいか、それとも別の要因なのか、袋の形が崩れ、ガザリと奇妙な音が立った。



「……下がっていろタツマ、私が中を確かめる」



不審物は警察に連絡するのが正しくはあるのだろうが、あるいは一刻を争わぬ事態とも限らない。注意深く袋を開けたイクアラが、中を覗いて、言った。



「…………ふむ、ゴブリンと、落花生だな」


「ゴブリン!? なんでそんなものが!?」


「ほら、これだよ。ゴブリンのお面だな」



イクアラが掲げたものは、ダンジョンの代表的な魔物であるゴブリンの顔をかたどったゴム製のマスクであった。

タツマが中を覗くと、イクアラの言葉通り、中には大量の落花生が詰め込まれていた。



「なんなんだ、これ?」


「そういえば……、節分が近かったな」


「いや、節分って……、なんでそれでゴブリンと落花生なんだよ?」


「冒険者式の豆まきというものがあってな、冒険者の豆まきでは鬼役はゴブリンの面をかぶるのさ。これだけの落花生の量だ、きっとどこか大きなダンジョン部のものだろう」


「へー、そんな風習があるのか、じゃあ落花生は?」


「ゲン担ぎだよ。落花生は地中に潜って実を着けるだろ? ダンジョンの中で良い実をつけることができるようにと、そういうことだ」


「冒険者式の豆まきか……、なあっ、イクアラ?」



どこかうずうずとしているタツマに向けて、イクアラがシュルルと笑った。



「今度の節分は日曜だったな、三人でやってみるか? ゲン担ぎもたまには必要だろう?」


「さすがはイクアラ、話がわかるぜ!」


「まあ、それ以外はみっちりと勉強してもらうがな」


「わかってるって! じゃあ、とりあえずこれは警察に持っていこうぜ」


「ああ、早く家に帰らねば、そろそろ雪が降りだろう。」



タツマは大きな袋を担ぎあげると、夜の公園を駆け抜けて行った。




 ◇ ◇ ◇




「……すみません」



交番の一室に一人の女性がやってきた。

すらりとした長身に、氷像のよう白い肌と整った顔。長いまつ毛の上に載った新鮮な淡雪が、女に艶を添えている。

あるいはこれが雪女という種族だろうか? 幻のような美しさに、警官は思わず息をのんだ。



「落し物……、しました」



「あっ、は、はい! ではどうぞこちらにお座りになって、この紙にご記入お願いします」

 女性はすらすらペンを走らせる。まだ独り身の警官は彼女の真っ白で細い指に見とれていた。



「(字は、汚いな……)」



と、若干失礼なことを考えながら。



「ゴブリンのお面と落花生が5キロ……、ああ、これか! ちょうど一時間ほど前ですかね、中学生の男の子が二人、こちらに届けてくれたんですよ。……ええっと、ちょっと待ってくださいね……、はい。これで間違いはありませんか?」

 


差し出された袋の中身を見て、女性はコクリと頷く。しかし何を思ったか、警官の机の上に突然、落花生をざーっとぶちまけた。



「ちょっと君! いったい何を!?」


「拾ってくれた人に……、一割」

 


女は顔色も変えずにそう言った。顔は美しいが、どこかズレた女性だった。



「……あ、ああ。そういうことか……。その必要はなかったのだけどね。まあ、彼の住所は預かっておいたから、折角だから届けておくよ」



女性は再びコクリと頷くと、今度はゴブリンの面を取り出し、デスクの上にあったハサミでバツンと両耳を切り落とした。ゴム製の三角形が二つ、机に落ちた。



「ちょ……、だから君は一体!?」



「これも……、一割」



そう言うと、女は揃えた耳を差し出した。



「あ、ああ……。落花生と一緒に、届けておくよ」



警官は引き攣った顔で二つの耳を受け取った。作り物にしては妙にリアリティーのある、良くできた耳だった。



「……っと、そうだ! すまないが一応君の身分証明を確認させてもらっていいかな? 一応、これも決まりだからね」


「……これで、いいですか?」



女が取り出した身分証明書は、学生書と、冒険者用のパーソナルカードだった。



「ほお! 君、魚里高校のダンジョン部なのか! 君の落し物を届けてくれた二人もね、今年魚里高校を受験するって言ってたよ。来年には君の後輩になるかもね!」



警官の気さくな世間話にも、女性はさしたる興味を浮かべず、「そう」とだけ、答えた。



女は袋を抱えると、ぺこりとお辞儀をして席を立つ。しかし去り際に、ふと、何かを思い出したように足をとめた。



「……その、荷物届けてくれた子、ツンツン頭?」



女性の問いは、やはり言葉足らずで、難解だった。



「ツンツン頭って、髪型のことかい? 一人はリザードマンで、もう一人は私と同じぐらいの長さだから、ツンツン頭ってわけじゃあなかったね」



女は、「……そう」と暫く何かを考え込んだ後、胸元から黄色い紙をとりだした。

そして、警官のまえで、すらすらと、なにかよくわからぬ文字を描き込んでいく。何語かもわからぬが、何故かこちらは綺麗な文字だと、彼は思った。



「それはなんだい?」


「魔女のまじないです、合格祈願の。これも……、お礼」


「ああ、そういうことか。必ず渡しておくよ!」



突き出されたまじないを、警官は笑顔で受け取った。




そのまじないが効いたのか、あるいは友人達の必死のサポートが実ったのか。桜の花が咲いた頃、少年は彼女と再び出会う。




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