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エピローグ 欲深き淑女は幽霊部員




「はいっ、カエデさん! うぐいすパンとビタミンエイトをどーぞっ!」





ゼッケン8番。部室の片隅にあるカエデを偲ぶその場所に、今日もカリンがお供えをする。

パンッパンッと二度柏手を打つと、むにゃむにゃむにゃと、経でもなければ祝詞でもない、誰も理解できぬまじないをする。



今日は7月9日、金曜日の朝である。



朝練の前の部室の掃除はマネージャーの仕事となっている。カリンは今日も、朝一番に部室へと来ていた。掃除の後のお供えとお祈りは、もはや彼女にとっての日課となっている。



「カエデさん、カエデさん。みんなを甲子園に連れていってください」



そしてもう一度パンッパンッと、締めの柏手を打った。

カリンにしか意味の分からぬ、そもそも意味があるのかどうかもわからぬ妙な作法であった。



「まーた、仏さんに柏手うっとんのかぁ、お前は」



カリンに続き、朝練の部員第一号がやって来る。入り口をくぐって来たのはずんぐりと丸い小柄な男だ。

カリンはまるで狸に化かされたかのように、一瞬ぽかんと口を開けると、高く喧しい声を上げる。



「あっれー!? 金太が朝練来てるよー! どういう風のふきまわしさ? しかも1番に!」



金太はふてくされながら、「ええじゃろが、別に」というと、カリンの隣へとやって来る。いや、カリンの隣ではなく、ゼッケン8番の前にやって来たようだ。


金太は8番の前で手を合わせようとして、しばらく俯いて何かを考えた後、カリンのように、二度柏手を打って、何かを祈りながら頭を下げた。

口の中でもごもごと何かを言ってはいるが、何を願っているのかは隣にいるカリンにも聞き取れない。



「本当にどういう風の吹き回しさ!? 金太がいつも言ってんじゃないのさ! 仏さんと神様を一緒にするなって!」



素っ頓狂な声で言った。金太は煩そうに横目でカリンを睨むと。



「ええじゃろが、仏様も神様も似たようなもんじゃろ」



と、いつかのカリンの台詞を奪った。



「うぇえ…、金太が気持ち悪いよぉ、熱で頭でもやられたんじゃないの?」



カリンが金太から一歩体を遠ざけながら嫌そうに言ったが、金太は「まあ…、そんなとこじゃ」と、ボソリと言った。


全く張り合いのない返答だった。

いつもの二人なら口喧嘩になるところであろうが、今日の金太にはそんな雰囲気がない。真剣に目を閉じてゼッケンの前で手を合わせる金太に、カリンはそれ以上の追撃をやめた。



「ところで金太、インフルエンザはもう治ったの? この時期にレギュラー全員インフルエンザなんて勘弁してよね、ホントーに」



「ワシのはただの風邪じゃあ。タツマやバーンはもう少しかかりそうじゃがのぉ…」



金太が腹をさすりながら言った。



金太達、魚里高校レギュラー陣が軍艦病院へと侵入したのは一昨日の夜のことである。


あの戦いの後、もはやダンジョンではなくなった軍艦病院を後にすると、迷宮の入り口には厳島と、一人の女医が待っていた。


ヤマト以外の迷宮攻略組は、全員がその女医の家へと連れて行かれた。

住宅街の中心にあるなんの変哲もない一軒家には、最新の医療道具に、いくつかのベッドもあった。闇医者のたぐいだろうと、金太は察した。


オルタの回復魔法は強力ではあるが、失った血や栄養に生命力といった物は、回復魔法では癒しきれない。

タツマやバーン達、怪我の深かった者は点滴や輸血等の治療を受けた。

怪我の浅かった金太と女性陣達は異常がないことが確認されると、厳島の車で家まで送られていった。金太が家についた頃には、既に朝焼けが始まっていた。

別れ際に、厳島が言った。



「今日は部にも学校も来なくていいわ。インフルエンザの診断書をだしてもらっておくから、一日ゆっくり休養しなさい」




魚里高校冒険者部のレギュラー陣は集団でインフルエンザに感染した。全員で話し合って決めたことだ。


あの日、何が起こったのか知っている者はこの世界で10人程しかいない。

対して、隔離迷宮が滅んだというニュースは昨日の内に全世界へと広まっていた。



全員の総意の元、魚里高校冒険者部は名乗り出ることをしなかった。


高校生冒険者達が隔離迷宮へと踏み込み、迷宮を滅ぼした。

発表すれば、タツマ達はきっと現代の英雄になれたことだろう。

プロ冒険者として、卒業後はいくらでもスカウトが来たかもしれない。


しかし、高校生の無謀な挑戦を、健全なダンジョン競技の運営を目指す全国高校冒険者協会が黙っているとは思えない。

もしもこの事実が公になれば甲子園への出場資格剥奪は確実であろう。

「どうしたい?」と聞いた厳島の言葉に、アイアンは悩むそぶりもなく言った。



英雄ヒーローなんていらないし、いない」



アイアンの言葉に全員が同意を示した。

彼等は皆、英雄になどなりたかったわけではない。そもそもあの戦いにおいて、英雄など誰もいないのだから。



こうして、空前の大手柄は誰にも明かされる事はなかった。

魚里高校の他の部員達ですら知らぬ秘密である。レギュラー陣は七夕の夜に一斉にインフルエンザにかかったと、そういう話になっている。



「タツマ君もバーン先輩も、風邪なんてひきそうにないのにねえ」



カリンはそう言うと、またパンッパンッと柏手を打った。



「カエデさん、カエデさん。早くみんなで練習できますように!」



カリンは再びカエデに祈る。部員全員が、早く揃って練習ができますようにと。

魚里高校冒険者部の神様、ゼッケン8番の御利益を信じて。



ガラリと音が立つ。部室の入り口が、開いた。



「お、おはようございます! カリンちゃん、金太君! ずっと、ずっと練習に来なくてごめんなさい! こんな私ですが、今日からまた、練習に参加させてください!」



ドアの方を振り返れば、髪を結い上げた懐かしい袴姿がカリンに向かって深々とお辞儀をしていた。



「もみじ、ちゃん……!?」



カリンが大きな顔と目で驚きを顔いっぱいに表すと、すぐにそれを喜びに変えた。

一年ぶりに帰ってきた幽霊部員に向けて、カリンは奇声と喜声を上げながら駆け寄っていく。



もみじが慌てて抜身の薙刀を壁に立てかけた。


スラリと美しい薙刀は、あの迷宮で唯一の、最初で最後のドロップアイテムであった。

姉から妹への最後の贈り物は、ドアの隙間から差し込む朝日に照らされて、金色に輝いている。



「さっそく、御利益があったようじゃのお」



カリンがもみじに抱きついてワイワイやっている隙に、金太は懐から酒饅頭を取り出すと、こっそりと棚の上に乗せた。



「ワシもちぃーと体を絞りますけぇ、どうぞ召し上がってつかあさい」



手をそっと合わせて、目を閉じた。









「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」



手を合わせて、箸を置いた。



ペコリと下げた頭に、オルタもペコリとお辞儀を返す。


朝食の器は米粒一つ残さず、綺麗に底を見せていた。


オルタの髪の手がにゅっと伸びる。空のお椀と、冷たい麦茶が交換される。


タツマは礼を言うと、ガラスのコップを手に取った。



日常が、ここにある。



金太達に遅れること一日。重症であったタツマやバーン達も、厳島に送られて今朝1番に帰宅していた。あの日からまだ二日しか経っていない。


タツマ達の回復力は驚異的であった。


タツマ達の回復を助けたのは、オルタの回復魔法だけではない。


女医の家で、オルタが台所を借りて作った栄養と神気に満ちた料理が、タツマ達の回復力を高めていた。「うまいうまい」とバーン達は味噌汁を何度もおかわりした。


鍋の中に何が入っていたかは、彼等は知らない。




女医の家で過ごしたのは、結局30時間ほどであっただろうか。今朝早く、タツマが目を覚ましてみると、体のあちこちが痛みと悲鳴をあげていた。



「痛みを感じるのは体が正常に動き始めた証拠なのさ。痛みが完全に抜ければそれが完治の合図だ。後は自分の家でゆっくり休みな」



ぶっきらぼうな女医は、礼も治療代も要らぬと言うと、『二度と来るなよ』と、追い払うように手を振った。


「もう怪我なんてするな」って意味だから。と、こっそりと厳島が耳打ちした。

厳島の目には隈が浮かんでいた。彼女は彼女で、色々と裏で動いていたようである。


もみじに眠らされていたはずの警備員が「私はずっと見ていましたが、侵入者なんて誰も居ませんでした。気が付けば迷宮が滅んでいたとしか…。本当に不思議です」と、証言しているのを女医の家のテレビで見た時には、一体何をどうやったのかと、イクアラが呆れた。




麦茶をぐいっと飲んだ後に、テレビを付ける。

テレビ番組は、今日も同じ映像を映していた。昨日から、全国のテレビ局は繰り返し繰り返し、同じ絵を放送している。

もはや迷宮ではない軍艦病院を、上空からカメラが捉えている。廃墟であることには変わりないが、道は真っ直ぐに伸び、朝の光に輝いている。


画面の右上には『七夕の奇跡! 隔離迷宮消滅!』というテロップが掲げられている。

誰が言い出したのか、迷宮が滅んだあの夜の事は、『七夕の奇跡』と世間では呼ばれている。



チャンネルを切り替える



昨日から何度もテレビに出ている迷宮学の教授の顔が映る。

『七夕の奇跡の真実に迫る!』と、今度は画面の右上に出ていた。

自然消滅の可能性だとか、神による天罰だとか、あるいは超級の冒険者が密かに攻略したのだとか、冒険者や、芸能人、学者や、政治家が昨日と変わらぬ推論を繰り返していた。



チャンネルを切り替える。



見知らぬ老婆の顔が大きく映った。



「これでようやっとじいさんに会いにいけるけえ、どちら様のおかげかぁしらんけど、ありがたいこってぇ、ありがたいこってぇ」



ボロボロと涙を流しながらしわくちゃの手を擦り合わせていた。画面の右上には『遺族の達のよろこびの声』と、文字が打たれていた。



下唇を痛いほどに噛みながら、タツマはテレビを消した。



「知っていたんですか? オルタ様は?」



踏み台に乗り、食器を洗っていたオルタにタツマは問う。オルタが蛇口をキュッと閉じる。



「迷宮が滅べばカエデさんも滅ぶって、オルタ様は知っていたんですか?」



オルタが振り返る。振り返ったオルタは、数日前よりもさらに小さくなっていた。

カエデに切られた髪の毛は2m程。人間形態になると、小学生一年生ぐらいの大きさになってしまっている。


オルタの小さい体から、小さい口の穴から、怯えた、震えた声が生まれた。



「……ごめんなさい」



あの日以来のオルタの二度目の声は謝罪の言葉だった。


タツマは椅子を蹴るように立ち上がると、オルタに向かって叫びながら突進した。子供の喧嘩のように喚きながらオルタの小さな腰に飛びかかった。



「……ごめんなさい! ごめんなさい!! 俺が……っ、本当は俺がやらなきゃいけない事だったのに! 嫌な思いさせてごめんなさい! 俺のかわりに、あんなことを……、オルタ様にあんなことさせてしまってごめんなさい……!」



オルタにしがみつきながら、タツマはわんわんと泣いた。タツマが顔を埋めるオルタの水色のワンピースがみるみると青色に変わっていく。


小さなオルタがそろりと、タツマの髪を撫でる。


大きなタツマがいっそう大きく泣く。小さな子供のように、泣き続けた。









タツマが目を覚ました時には、既に夜の帳が降りていた。


いつの間にかタツマは布団の中で眠っていた。時計は夜の8時半を回っている。まるまる12時間は眠っていた事になる。



思い切り、うんと伸びをした。


身体の何処にも痛みを感じなかった。


大怪我をした胸をトン・トンと叩いてみる。同じく痛みはない。傷跡も筋一本残っていなかい。

痛みがないことに、綺麗な素肌に、タツマはどこか空しさを覚えた。



タツマが起き上がった気配を感じたのだろう。台所からオルタがひょっこりと顔をのぞかせた。


オルタはヒロシマ銘菓の箱を両手で抱えていた。秋の落ち葉を象った、誰もが知っているあの有名な饅頭である。



「どうしたんですか、それ?」



か や さ ん た ち が お み ま い に き ま し た



オルタが五十音順表を一文字ずつ指し示す。


タツマが寝ている間に、カヤとイリアとウィリスがお見舞いに来ていたそうだ。タツマが寝ていると知ると、暫く寝顔を眺めた後に、土産を置いて帰っていったらしい。

家が近いカヤやイリアはともかく、寮生活のウィリスまで来ていたというのは意外だった。後で礼を言わねばと、タツマは思う。



「いただきます」



柔らかいカステラと甘い餡が口に広がっていく。素朴で優しい味だ。

ヒロシマに住む者には、誰にも馴染み深い味であろう。


2つ目の饅頭に手を伸ばした時に、ふとタツマは思った。あの人の名前と同じ形をしていると。



ご は ん に し ま す か



オルタの問いに、タツマは「あとでいいです」と断った。


身体の痛みは抜けている。完治したということだ。パジャマから私服に着替えると、バシャリと顔を洗う。

冷たい水が、気持ちいい。



「バイトに行ってきます。カイさんも心配してるだろうし」



オルタが



い っ て ら っ し ゃ い



と手を振った。









9時59分。



タツマは店内の時計にちらりと目を走らせる。店内には誰も居ない。


何の前触れもなくバイトに復帰したタツマを、海平は大いに喜んで出迎えた。


海平の「本当に大丈夫か?」という問いに、タツマは「はい」と力強く答えた。海平はそれ以上は何も聞かずに、「じゃあ飯食ってくるからな」と、裏の自宅へと引っ込んでいった。



タツマはもう一度、時計を見る。



長針が12の数字を垂直に突き刺した。店内放送が10時を知らせる。



同時に自動ドアが開く。外の生暖かい風が、店内に吹き込んでくる。



ウェーブかかった髪が翻る。綺麗な顔の彼女が入ってくる。タツマの知っている、綺麗な姿のあの人が。



思わず大声で叫びだしそうになって、思いとどまった。

よく似た、とてもよく似た別人なのだから。

口まで出かけたその名を呑み込んで、別の名を呼ぶ。



「もみじ先輩……」



「こんばんわ、須田さん」



綺麗な顔には、泣き黒子はついていなかった。






「合計で980円になります」



もみじが購入したのは文芸誌と、フランクフルト。18禁雜誌でもなければ、フランクフルトを手づから食べさせることを要求することもない。紙袋に入れたフランクフルトを雜誌と共にナイロン袋に入れると、タツマはもみじに手渡した。



「身体の具合はどうですか? 須田さん」



「あっ、はい。おかげ様でもう大丈夫ですよ。明日には練習にも参加できそうです」



タツマの返答を聞き、もみじは「よかった」と、安堵した。


そして、タツマに向かって深々とお辞儀をする。



「このたびは、ご迷惑をお掛けして本当に申しわけありませんでした。私がもっとしっかりしていれば、タツマさんが怪我をすることも……」



「そんな、気にしないでください! あれは誰の責任でもありません。もみじ先輩のせいでも、ましてやカエデさんせいでもありませんから」



両手を振りながらもみじの謝罪を押しとどめるタツマに、もみじは「ありがとうございます」と言って、今度は感謝のお辞儀をした。



客は他に誰も来ない、居心地の悪さを感じ、タツマは話題を無理に変える。



「もみじ先輩の家はここから近いのですか?」



「隣の駅ですね、それなりに近くはあります」



隣の駅。5キロ程であろうか。近いといえば近いが、コンビニに行くのにわざわざ向かう距離ではない。



「今日はどうしてここに?」



「ひょっとしたら会えるかなって……、そう思ったので……」



誰になどと聞く必要はないだろう。タツマは目線を下に落とした。


タツマと同じ理由で、もみじはここに来たのだろう。



なんとなく、ここでまた彼女に会える気がした。


いつものように、夜10時に、ひょっこりと姿を表わす気がした。


いつもの時間、いつもの場所。夜10時のコンビニに。



「私、今でも大好きですから」



そう言って、もみじは綺麗に微笑んだ。あの戦いの時、大好きだと互いに確かめ合っていた姉妹の姿を思い出す。

一人っ子のタツマにはわからぬことだが、きっと幸せな事なのだろう。

タツマは結局、カエデに返答する事が出来なかった。好きだと言えたもみじが、羨ましかった。



「カエデさんは……、幸せにいけたのでしょうか」



「はい。間違いなく、幸せでした」



もみじが迷いなく、我が事のように答えてくれた。タツマの心が少し救われた気がした。


何も出来なかった不甲斐ない自分ではあるが、カエデが幸せにいけたのならば、少しだけ役に立てたのかもしれない。



「そうだ。追加、いいですか?」



もみじはそういうと、清涼飲料水の棚からビタミンエイトを取り出した。カエデが好きだったというビタミンエイト。

会計を済ませると、まるでいつかカエデがそうしたように、タツマの目の前で飲み始める。

カエデよりも少し控えめな飲み方で。白い喉がこっこっと鳴った。



「やっぱり、美味しいですね。これ」



幸せそうに笑うもみじは、カエデにそっくりだった。



「空き瓶、捨てておきますよ」



「あっ、すみません、お願いしてもいいでしょうか」



コトリと空き瓶をカウンターに置くと、頭を下げた。



「では、そろそろ私は帰りますね。あまり長居するわけにもいけませんし」



時計を見ると、もみじが来てから15分以上経っていた。15分間、客は誰も来なかった。



誰一人、来なかった。



「ありがとうございました。またお越しくださいませ」



タツマがマニュアル通りの礼を言う。



自動ドアが開く。ポッカリと開いた黒い長方形。


彼女は足を止めると、タツマの方をもう一度振り返る。




「ねえ」




その言葉に心臓がはねる。



「女って、欲の深い生き物なのよ」



声音がガラリと変わっていた。

どこかで聞いたことのある言葉だ。



「おまけに嘘つきで、演技だってしちゃうのよ」



そこにいるのは先ほどまでとは別の誰かにしか見えなくて、



「その上馬鹿なのよ。どの面下げて会いに行けばいいのかもわからないクセに、すぐに会いに来ちゃうんだもの」



彼女は両手を後ろに組んで、バツが悪そうに、顔をうつむかせる。



「幸せになったくせに、満たされたはずなのに、それでもまだ足りないなんて、欲が深くて、嫌になっちゃうわ」



懐かしい自虐の後に、彼女は小さな小さな声で言った。



「ねえ……、また来てもいい……? 私の夏」



その言葉を最後に、彼女は逃げるように走りだしていった。



自動ドアが閉まる。



一瞬見えた横顔が、楓の葉のように真っ赤に染まっていた。



自動ドアが開く。



休憩を終えた海平が帰ってきた。



「どうしたんじゃあタツマ? 幽霊でもみたような顔して」



惚けるタツマに声をかけた後、海平があるものに気付いた。



「おい、タツマ。それ、お客さんの忘れ物じゃあないんか?」



空になったビタミンエイトの瓶。その側にパーソナルカードが裏返しに置かれていた。

それを見たタツマは、カードを手に掴んで駆け出した。



「忘れ物です!! すぐに届けにいってきます!」



海平の呼ぶ声を置き去りにして、タツマはコンビニから飛び出した。







タツマは駆ける。



忘れ物を届けに行くために。



欲深い彼女の、最後の願いをまた叶えに行くために。



きっと今度も終わりのない、最後の願いを叶えに行くために。



今度も、何度でも、彼女の願いは終わらないだろう。



だって彼女は、誰よりも欲が深いのだから。



夏はまだ、終わらない。



タツマが手に握りしめているのはもみじのパーソナルカード。



もみじのパーソナルカードには、アビリティーの新規獲得を示すマークがいくつか輝いていた。






【名前】万十もみじ


【種族】夢魔の末裔(混血)


【称号】守護霊以上、守護神未満のカエデに見守られる者 NEW!


【守護】欲深き女神見習いの守護(大) NEW!


【アビリティー】 


夢魔の技(中級)


もみじおろし(守護霊を口寄せ・一日20分)NEW!
















第二章・欲深な淑女は幽霊部員 おわり









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