第3話 メルヒェンな作戦
その後の攻略はあっけないほど順調に進んだ。
石を投げ、魔物の有無を確認しながら慎重に進んでいく。攻略法さえ確立してしまえば恐ろしい相手ではない。
最初の広間に9体いたイソギンチャクも、それ以降は多くても一部屋に2,3体が関の山だった。
おそらくではあるが、あの魔物は外から入ってくるコウモリや小動物などを捕獲して生きていたのであろう。入口に大量に巣食っていたのは、あそこが一番餌を得やすい場所であったからに違いない。
偶に蛙や蛭のような姿をした魔物も現れたが、驚異と呼べる程の魔物は存在しなかった。
三人はゆっくりと、しかし着実にダンジョンの最奥へと向かって行く。
「シュルルッ、タツマに会いに来てみれば思わぬ幸運を授かったな。これだけでも一財産だ」
イクアラが笑いながらリュックを揺らす。タツマ達が背負うリュックの中には、大量の魔石が詰め込まれていた。
ダンジョンの魔物は死ねば魔石と呼ばれる物質に変わる。魔石は中世の時代から、冒険者達の“報酬”であった。
今ではエネルギー源といえば電気やガスが主流となっているが、魔石の需要はいくらでもある。
「人の手が入っていないダンジョンだったもの。あの魔物たち、あれでも相当に長く生きていたようね。魔素を十分に吸い込んで、分不相応に大きな魔石になっているわ」
魔石の大きさは魔物の強さに比例するのが通例ではあるが、何十年と生きた魔物はそれだけで魔石は巨大化する。魔物が湧いたそばから狩られていく管理されたダンジョンでは決して出会えぬ幸運である。
「それにしても、厳島コーチって何者なんだろうな。こんな未管理の無名のダンジョンを知っているなんて」
タツマの疑問に、カヤもイクアラも首をひねった。
考えた所で解らない。本人に聞いてみたところで教えてくれない気がした。
先頭を進んでいたタツマの足が不意に止まる。暗い通路の向こうから、薄い青色の、仄かな光を認めたからだ。
「終点、か?」
通路を抜けたその先には、体育館の広さ程の、大きな空間が広がっていた。
どこに光源があるのか、広間全体がまるで満月の光を溜め込んだように、青く白く光っていた。
二メートル程の幅の石畳がまっすぐに奥へと続いている。石畳の両側には、まるで神社の狛犬の如く、蛇をかたどった石像が二体ずつ互いに向き合う形で二列にならんでいる。
石畳の最奥には、ガレージ程度の大きさの小さな神殿があった。4本の柱に支えられた神殿は壁もなく剥き出しで、その中央に、まるで生贄の祭壇のような二メートル四方程の大きな石が鎮座していた。
石の正面に、真っ黒な短剣が突き刺さっているのが遠目からでもはっきりと見えた。
短剣は、まるでそこだけ光が届いていないような、全てを飲み込む一点の闇だった。
「おそらくは、あれが女神の社であろうな。そしてあれが、封印の石か…」
「封印なんてどうやって解くのかしら? ともかく、近くに行ってみましょう?」
「慎重に進もう、ここだけ何か、空気が違う」
三人は頷き合って石畳を進む。ここはマップも無ければ情報もない、未管理のダンジョン。
さらにはダンジョンに自らを封印したという曰くつきの女神の存在。警戒するに越したことはない。
果たして、警戒は正解であリ、無意味でもあった。
石畳を中頃迄進んだ時、後方で何か大きな物音が響いた。
振り帰れば、何処から降って湧いたのか、入口を巨大な丸い岩が塞いでいた。
「…えーと、これはつまり、閉じ込められたってことか?」
「流石は人の手の入っていないダンジョンということか。なるほど、これが噂の…」
「…ボス部屋ってやつね」
社へと続く石畳、並んでいた4体の蛇の石像が、とぐろを巻いて三人を威嚇していた。
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「イクアラ! カヤ! 手前の左だ! 先ずは数を減らすぞ!」
事態に呑まれてはならない。言葉に出すことで、タツマは自分を鼓舞し、速やかにチームの行動を定める。
タツマの指示への了を、カヤは無言の突進で返した。
冒険者としては小柄ながら、他の追随を許さぬスピードでチームの切り込み隊長であった風坊カヤ。赤い髪と、赤い棍。神速の一撃は確かに蛇の眉間を捉えたはずだった。
「硬い!?」
棍から跳ね返る衝撃で手が痺れ、カヤの綺麗な顔が歪んだ。
「俺が行く!」
退いたカヤと前に出たタツマ、二人の位置がくるりと入れ替わる。タツマの短剣が蛇の首を真横から薙ぐ。
首を刈り取るかとも思われた渾身の一撃。だが、狩られたのは短剣であった。
タツマの持つ刃渡り40cm程のショートソード、衝突に耐え切れなかった刀身が半ばからはじけ飛ぶ。
蛇はタツマに向けてギョロリと石の目を向けると、トグロを巻いた状態から、バネのように前へと飛んだ。
剣が折れたタツマに向けて、大口をあけた大蛇が襲いかかる。
「伏せろッ! タツマ!」
タツマの後ろから覆いかぶさるように、イクアラのバスタードソードが上段から振り下ろされた。
三人の中で、最強の攻撃力を誇るイクアラの一撃が、カウンター気味に蛇の鼻頭を捉える。
鉄と石、二つの巨大な物量のぶつかり合い、蛇の頭部に罅が入る。
しかし、蛇はイクアラの一撃にも怯むこと無く鉄の剣を押し返し始める。大きな石の口を剥き出しにしながら。
「風撃!」
その口に向かって、カヤの風魔法が叩きつけられた。これまでどんな攻撃にも怯むことのなかった蛇が、一瞬その身を縮ませた。
「離れよう!」
タツマの号令を合図に三人は蛇達から距離を取る。
たった一瞬の攻防であったが、三人の体から大量の汗が吹き出していた。
「手応えはどうだ…? イクアラ」
「厳しいな…、硬すぎる。アレを砕く前にこちらの剣が砕けるぞ」
刃毀れしたバスタードソードを見て、イクアラは長い舌を巻いた。
「物理攻撃にはとんでもない耐久性を持つタイプね。魔法は効きそうだけど、私程度の風魔法じゃ足止めにしかならないわ」
「せめて付与魔法のかかった武器でもあればな…」
タツマは折れた短剣を見て歯噛みした。とは言っても、付与魔法付きの武器など、タツマ達高校生が買えるようなシロモノではない。
タツマは退路を確認する。
巨体のイクアラのさらに3倍はある大きな岩。アレを動かすのは難しいだろう。テコを使えばあるいは‥といったレベルか。
しかし、そんな悠長な遁走など、目の前の4体の石の蛇が許しはしないだろう。
四体の蛇はゆっくりとタツマ達に近づいてくる。囲まれているのが分かっても、タツマ達に打つ手はない。三人は今、正に蛇に睨まれた蛙状態であった。
タツマは一度大きく深呼吸をすると、覚悟を決めた。
折れた短剣を握りしめながら、タツマは一歩、前に出る。
「撤退だ。おれが奴らを引きつける。その間に、どうにかあの岩を動かして脱出してくれ。時間は必ず俺が稼ぐ。俺を信じてくれ!」
タツマの覚悟は死ぬ為の物ではない、生かす為の物である。自分の大切な友人達に、生きてもらう為の覚悟だ。
「タツマ! お前何を!!」
「巻き込んですまなかった! お前たちは俺が必ず逃がしててて、いってええっ!?」
タツマの悲鳴の理由は、隣から千切れるほどに引っ張られていた耳であった。
「タツマ! バカなことを言ってないで全員が生き残る方法を考える! それに頼まれなくても私はいつだってタツマを信じてる!」
耳を引っ張っていた手を、そのままタツマの頬に当てると、カヤは両手でタツマの顔をぐりんと自分の方と向けさせた。
真っ直ぐな目が、タツマを見すえている。
強い瞳と溢れる信頼に、タツマの弱気は強い風に吹かれたように、どこかへと消えていく。
「…ふむ、カヤが私の言いたいことを全て言ってくれたので、そのことはもういいだろう。ところでタツマ、アーサー王の伝説は知っているな?」
「いきなり何いってんだよ! イクアラ?」
「あの抜いて下さいと言わんばかりに岩に突き刺さった黒い短剣。アレにかけてみないか? 湖の精も川の女神も似たようなものだろう?」
イクアラが親指で示す先、4体の蛇のさらに奥には、神殿の中の巨石に刺さった短剣が、鈍く黒く光りながらその存在を主張していた。
「なっ? サーガか映画じゃあるまいし、そんな都合のいい話があるわけねえだろ!」
「イクアラに賛成。脳みそ沸いてるタツマの案よりよっぽど建設的ね」
「おい! カヤまで何言ってんだ!」
「2体1だな。カヤ、そちらの2体は任せた。こちらの2体は私が引き受けよう」
「ええ、私達が時間を稼いでいる間に、タツマが黒い短剣を抜いて大逆転。作戦はこんなところね」
「はぁ!? んなの作戦とは言わねえよ!」
三人パーティーの内、二人の多数決によって作戦は決定された。三人を囲んでいた4匹のヘビたちは、弓を引き絞るように鎌首を後ろに反らして、今まさに一斉に獲物へと襲いかかろうしている。
「いくぞカヤ!」
「ええ、イクアラ! …タツマ、信じてるから」
タツマの返事を待たずに、二人は左右にかけ出して行く。赤と緑の二つの色が伸ばした手から遠ざかっていく。
現代的な作戦とは程遠いメルヘンチックな特攻に、多数決の最後の一人がようやく賛成の声を上げた。
「ああっ、畜生! 作戦はGO FOR BROKEだ! ぶっ壊れても知らねえぞ!」
最後に黒髪の少年が、奥の神殿に向かってまっすぐに走りだした。