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第18話 救出作戦





「どうしてここに……? アイアン先輩まで!?」



ぎっちりと、まるで二枚貝のように入り口がかみ合わさっている楕円形の骨の檻。その檻の隙間から、もみじの驚きの声が漏れた。


須田タツマという名の少年の姿がそこにあった。ここは自分以外に誰も踏み込むわけがない隔離迷宮。何故彼がこんな所にいるのだろうか。

おまけにダンジョン部時代の先輩であったアイアンや、恐らくダンジョン部であろう見知らぬ二人の少女までがそこにいた。


まさか、自分を追ってここに来たとでも言うのだろうか。もう一年も前にダンジョン部をやめた自分を追って、この隔離迷宮まで……



「もみじ先輩こそ! なんで……?」



タツマも驚いていた。探していた人物の内の一人が突然目の前に現れた事に。


何故もみじが檻に閉じ込められているのか。何故バケモノに肩に担がれているのか、何故カエデと共にいないのか、カエデには会うことができたのか、

驚愕の後に疑問が次々と押し寄せる。尋ねたい事は山ほどある。


しかし二人は、それ以上言葉を交わす事などできなかった。



「ギァ・ギ・ギ・ギーー!!!」



二人の言葉は、魔物の咆哮にかき消された。

ガラスを鉄で引っ掻いた音を何十倍にも大きくしたような、空気が軋む程の咆哮だ。



バケモノにあるのは、闘争本能と、迷宮の侵入者を排除するという存在意義。驚愕に支配されていた空間の中でも、魔物にだけは驚きがない。

パーティーの最後尾、咆哮で気をやられたイリアが、膝から崩れて尻もちをついた。



それが戦闘開始の合図となる。



蛇のような鬼が、いや、鬼のような蛇と言うべきか。蛇の下半身が産むバネのような跳躍で、タツマ達へと襲いかかった。


カエデを担いでいる手とは反対の手、鬼の左手がぼこりと肥大すると、最前列のアイアンに向かって振り下ろされる。

ごう-という風切音のあと、爆弾をドラム缶の中で破裂したような硬く重い音が辺りに響いた。



「ぬぐっ……!!」



両手を交差し、攻撃をなんとか受け止めたアイアンが、喉の奥で呻いた。踏ん張る鉄の両足、その地面がべコリと歪んだ。



「(敵だ! しかも強い!)」



タツマは瞬時に頭を切り替える。呆けている場合ではない。今、タツマが成すべきことは一つなのだから。



「まずはもみじさんを助けよう! 援護を!」



精神を喰らうバケモノの咆哮にも、タツマは自分を見失わなかった。紅白戦での変異体との戦いが、タツマの精神を鋼のように強くしていた。


自分を見失わなかったタツマは、目的も見失ってはいない。


もみじを助ける為にここに来たのだ。

カエデにもう一度触れる為にここに来たのだ。

バケモノと戦いに来たわけではない。


まずはもみじを救い出す。タツマはそれだけに集中する。



タツマは駆ける。魔物へと向かって、もみじへと向かって。


そのタツマの目の前に、赤い髪の毛が躍り出た。

この場でタツマよりも速い者など、一人しかいない。



「(相当に強い! …だけど、あの変異体の方がまだ強かった!)」



カヤも、咆哮には呑まれることはなかった。


カヤは棍を握りしめる。変異体の軟骨が素材となった棍を。

タツマ達が変異体との戦いで得た物は、魔石や素材だけではない。

アレと戦って生き残ったという自信が、タツマとカヤの一番の収穫だったのかもしれない。



電光石火の救出作戦は、カヤが一番槍を務めた。

タツマに援護を求められたならば、誰よりも先に自分が応えたい。それが風坊カヤという少女なのだから。



バケモノの左腕は、アイアンに向けて振り下ろされたままの形で固まっている。

その腕の下。がらりと開いた胴に向って、カヤは棍と共に突貫する。


赤い突撃に気付いた鬼蛇は、左手でカヤを打ち払おうとした。



が、鬼の左手が動かない。アイアンががっちりと左手を掴んでいた。

鉄の肉体の巨人は心も鉄だった。鉄の心と意思はバケモノの咆哮に呑まることはない。

『仲間を守る』それがアイアンの意思であり、在り方なのだから。



「はぁっ!」



加速と気合を乗せた魔棍の一撃が、鬼のゴツゴツとした肋骨に突き刺さった。ゴキッという感触がカヤの手首に伝わる。変異体の軟骨から創りだした棍は、鬼蛇の魔物の肋骨を砕いた。


『あの変異体の方が強かった』

カヤの気合と強気に、赤い棍が『当然だ』と答えたような気がした。



魔物が吼える。今度の咆哮は痛みから来る叫びだ。



魔物はぐるりと首を捻ると、カヤを血走った両目で睨む。渾身の突進の後、離脱しようとしていたカヤに向けて拳を振りあげようとした。

小さな存在を、怒りに任せて叩き潰す。そのつもりだったに違いない。



しかし鬼の左手はやはり動かない。

鬼の左手を掴んでいたアイアンは、凹んだ地面に杭を打つようにつま先を突き刺し。全身で踏ん張っていた。鬼の力ですら、持ち上げる事も振りほどくこともできなかった。



まずはこいつを倒さねばならない。バケモノはそう思ったに違いなかった。

再びぐるりと首を捻って鉄巨人を視界に捉えると、-があ-と大きく口を開けた。


大きな口だ。顔の形が変わりきってしまう程に巨大に裂けた口だ。


蛇のように顎の関節が外れていた。目や鼻といった顔のパーツが、まるで額によせる皺のように上部に集まっている。

バクリと裂けた口に、獰猛な牙が並んでいる。それはアイアンの頭をかみちぎり、飲み込むための口である。



しかいそれが、バケモノの隙となる。

額の上の部分まで追いやられてしまった目と鼻。バケモノの視界は今、完全に天井を仰いでいた。

故に、もみじを担ぐ右手の方へと回り込んでいた少年には、バケモノは全く気が付かなかった。



タツマの狙いはあくまでももみじだ。

鬼蛇がガッチリと右手で掴んでいる、その檻にあった。



奇妙なことに、タツマ達と戦いながらも、鬼蛇はもみじの檻を手放そうとも、放り出そうともしなかった。

タツマ達を侮っている故なのか、あるいは何か理由があるのか、それとも深く考える知能がないのか。

それはタツマには分からないし、今はどうでも良い。



タツマが考えるべき事は、いかにあの右手をもみじから離し、檻の中のもみじを救い出すかという事だけなのだから。


神剣を握る。そして考える。

魔物に生まれた完全な隙。渾身の一撃を何処に見舞うべきかを。



「(肘だ)」と思った。



バケモノの巨体の中で、タツマの手の届く場所でもっとも打撃を与えられる可能性がある場所。

刃渡り僅か20cmの剣で、もっとも有効な一撃を生み出せるであろう場所。


肘は硬い。腕の中でももっとも重要な機関であるため、何処よりも硬くなっている。並みの攻撃では刃が立たぬだろう。


しかしタツマの持つ剣は神剣だ。刃渡りこそ極端に短いが、タツマ次第で何でも切れる。

そう、ヤマトは言った。

「(必ず斬る)」その意思をタツマは込めた。



「ぉぁあっ!!」



気合の一声と共に、上に向けて突き上げるように剣を振るった。

確実な手応えを感じる。タツマの一撃が、魔物の肘の腱を絶った。



「オルタ様!」



そのままバケモノの後ろへと走りぬけながら、上半身だけで振り返るとタツマはオルタをもみじへと振るった。タツマの意図を正確に読み取ったオルタの髪が、もみじの檻に絡みついた。



「(このまま、ぶっこ抜く!)」



短剣の柄を通して、タツマの意思と力がオルタに伝わる。体を前方へと捻ると檻に絡みついたオルタごと、まるで一本背負いのような格好で、背筋の力で思い切り前へと振りぬいた。

肘の健を絶たれた鬼は、握力を手に伝えることができない。

鬼の手からすぽんと、大きな檻は、カブのように抜けた。


マグロ程はある檻を、タツマはオルタで釣り上げた。一本背負いの格好で、見事な一本釣りを成し遂げた。


そのまま釣り上げたもみじを、部屋の隅にあった朽ちたソファーに向けて、振り下ろす。



手荒過ぎるランディングにもみじは息をつまらせ激しく咳き込んだが、ソファーのスプリングがクッションとなり大事には至っていないようだ。



「もみじ先輩! 今助けます!」



そして間を置かず、タツマがもみじの元へと駆け寄っていく。

あとは神剣で檻を切り裂いてしまえばもみじは解放される。

戦闘開始から僅か数秒、タツマ達の電光石火の救出作戦は、成功したかに思われた。



結論を言えば、未熟だった。

もみじを救い出した。そう思った事で、タツマに油断が生まれてしまった。


もみじに駆け寄りながら、タツマはバケモノに背を向けていた。

それはバケモノも同じであったはずだ。アイアンに左腕を取られ、カヤに気を取られ、バケモノはタツマに背を向けていた。



タツマは無防備だった。しかし鬼は無防備ではなかった。



「スダさん!」



もみじが咳き込みながらも警告を放つ。タツマに後ろを振り返る暇はなかった。


次の瞬間には宙を舞っていた。痛みは遅れて感じた。

何かの強烈一撃に、タツマの体が鞠のように吹き飛ばされ、宙を舞っていた。

完全な不意打ちに、神剣とオルタがタツマの手から外れて、床に落ちた。



ぐるぐると回転する視界の中で、タツマは自分を打った物の正体を見た。



蛇の尻尾だった。

まるで鬼の金棒のように先が膨らんだ尾の先がタツマの体を打ったのだ。

バケモノと目が合った。ソレは後頭部にも目があった。2つ目だと思っていた鬼蛇は三つ目のバケモノだった。

タツマにとっての死角は、鬼にとっては死角ではなかった。



「タツマー!!」



激しい痛みの中、カヤの叫び声が聞こえた。壁が目前に迫っていた。

「(まずい……)」

空の上で、上の空で、タツマは本能的に頭を抱えて小さくなった。それがタツマの命を、生のギリギリで踏みとどまらせた。

ぐしゃりと壁に叩きつけられる。背中から何かが軋む音と折れる音が聞こえた。

視界が一瞬緑に染まり、白くなった。

タツマの意識の糸はそこで切れた。



どさりとタツマの体が地に落ちる。床に転がっていたオルタが、タツマに一も二もなく駆け寄った。



「タツマァー!!!」



カヤもタツマへと駆け寄った。怒りに沸騰した頭と視界の片隅で、カヤはオルタの回復魔法の光を見る。



そして一つの事だけを思い、頭を冷やす。



タツマを助ける。オルタの回復魔法の時間を稼ぐ。自分の全てを投げ出してでも。

振り返って鬼と対峙する。タツマを庇うように立ちふさがる。




鬼が狂気の咆哮を上げる。




怒りの源は、タツマに傷つけられたことか、あるいはもみじの檻を奪われたことか。

今の鬼蛇には、侮りも、自制も、存在しなかった。

全身全霊で全てを破壊してやると、猛り狂っていた。



まずはアレからだと、瀕死の獲物目掛けて飛びかかろうとした。獲物の前に赤髪の少女が立ちふさがっていたが、関係無い。


全てを潰して、全てを飲み込んでやる。それだけが魔物の頭を埋め尽くしていた。



赤髪の少女に向かって、その奥の黒い小さな獲物にむかって、鬼蛇は跳びかかったつもりになった。



が、魔物の体は全く動いていなかった。





鬼蛇の左腕は、今なおアイアンにガッシリと掴まれていた。







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