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第16話 デス・トラップ







金太は集中していた。


元々ムラッ気の多い男ではあるが、今日の金太は恐ろしく研ぎ澄まされていた。

凶悪なトラップに満ちた迷宮の中、自分の鼻が仲間たち全員の命を預かっているというプレッシャーが、金太の神経を尖らせていた。


獣人の平均を遥かに上回る超感覚に、泥棒の神でもあるヘルメスの加護が加わった金太は最高のシーフになれる可能性を持つ選手である。


去年入学したばかりの金太のプレイを見たときに、コーチであった厳島は興奮して膝を叩いた。喜びながら、末恐ろしいと感じた。


一年も経てば高校生ナンバーワンシーフと呼ばれているかもしれないと、そう慄いた。

感覚、センス、テクニック、勝負度胸。全てにおいてルーキーらしからぬ輝きがあった。

神妙九児が引退した後は、間違いなくこの魚里高校を率いるプレイヤーになると、その器になると、確信した。



しかし金太は、一年経っても殆ど伸びなかった。

才能だけなら誰にも負けぬ金太の欠点は、傲慢と強欲、そして怠惰である。



要するに練習嫌いなのだ。何かと理由をつけて練習をサボり、練習に参加している時も、手の抜けるところを見つけては、密かに休んだ。

冒険者部に所属しながら、ただ一人ふくよかな腹をしているのは負を積み重ねた成果である。

厄介なことに、それでも才に溢れているから、魚里の一軍に堂々と名を連ねていた。ヒロシマのナンバーワンシーフとして、県下に名を轟かせていた。



真面目に練習さえすれば全国一になれたかもしれぬ男は、努力しなくとも県のナンバーワンにはなれた。

そもそもが、金太は最高のシーフになりたいなどとは思ってはいなかった。魔石を集めるのが好きだから冒険者をやっているような男なのだ。


周りの才無き人間達が必死に練習する様を見て、「あほらしい」と欠伸をしていた。

試合で負けても悔しいなどとは思わなかった。だから練習にも身が入らない。



去年の夏、強請ねだって強請ねだって、ヤマトに遂に魔剣を打ってもらった時に、金太の成長は完全に止まってしまった。

「出世払いだ」と、そう言って渡されたヤマトの魔剣。この剣に見合うだけの腕を磨けと、そう願ってヤマトは金太に渡した。



ヤマトの依怙贔屓であり、勇み足だった。

金太を贔屓してしまうほどには、ヤマトは金太が可愛かった。

小さいころから自分の工場にぶらりとやってきては、余り物の金属で適当に遊んで帰っていた悪童を、グチをいいながらもヤマトはずっと可愛がっていた。

それが完全に裏目に出た。



ヤマトから魔剣を受け取った金太は、強くなるための最後の理由を無くしてしまった。

魔剣を受け取った事で、自分が十分に強くなったと、そう思い上がってしまった。



練習は一層サボるようになった。

しかしサボっても、手を抜いても、結果だけは残すからタチが悪い。叱る理由が無いのである。


家の商売を手伝わねばならぬなどと尤もらしい言い訳をしては、練習を堂々とサボった。

練習に出ても、持てる力の五分しか振るわなかった。残りの五分で怠けていた。

それでも魚里の一軍に陣取り続けた。要領のいい男なのだ。



こうして金太は、のらりくらりと、ずる賢く、一年を過ごしてきた。輝く才は磨かれることなく、ゆっくりと錆びついていった。



そんな金太ではあったが、一週間前から少し変わった。



変わったことも、変化の理由も、金太自身は気づいていない。

紅白戦の時、チーム全員で倒した変異体。仲間と何かを成し遂げる事、勝利を分かち合う事の快感という物を初めて知った。



-もう一度あれ、やりたいのぉ-



それが金太の変化の理由であった。自分の心には気づいていないが。


相変わらず練習の参加態度は飄々としているが、サボることは無くなった。手を抜く場面も少なくなった。

絶対に行きたいなどとは思ってはいないが、一緒なら行ってもいいかと思えるようになった。



甲子園へ。



そして今、金太は誰よりも集中していた。



壁を、床を、天上を、舐め回すように目をぎょろぎょろと動かしながら金太は進んだ。トラップの僅かな痕跡も見逃さぬように。



金太の超感覚が警告していた。トラップが必ずあると。どこかにあると。

ヂリヂリと、うなじが弱い炎で焼かれているような感覚があった。ヘルメスから与えられた金太のアビリティー“直感”が警告していた。


もみじが通りぬけた筈のルートに、まだトラップが隠されているという疑惑と、確信があった。

もみじが見つけ、自分がまだ見つけられていない。何かのトラップが。



エントランスホールから通路を15m程進んだ。



そこまでは、トラップは無かった。



後攻隊のタツマ達に進んで良いと、合図をするために振り向いた。



振り向いたその時、巨体のバーンとイクアラの肩越しに、赤い何かが光った気がした。



床も、天上も、壁面も、隈なく注意して進んで来た。しかし、既に通り過ぎた後方には、金太は全く注意を払っていなかった。



部に来なくなるまでは金太とは正反対に勉強熱心であったもみじ。そのもみじが気付いて、金太が気付けなかったトラップの引き金が、そこにあった。



赤外線センサー。

目に見えぬ筈のそれを、金太のアビリティー“直感”が感じた。

出処は、受付カウンターの奥で磔にされていたケルベロスの銅像の目だった。

現代建築で、電気まで生きているにも関わらず、クラシックな迷宮と同じ感覚で進んでいた事が金太にとって、心の死角になっていた。



なんでアレを見過ごしたのか。

3つの首が交代で眠るという伝説があるケルベロス。首が一つだけ後ろを向いていたことに、何故自分は違和感を持たなかったのか。

左右の二つの首が二本の通路を見下ろしていたことに、何故自分は気が付かなかったのか。



気付いた時には、全てが遅かった。



地獄の門番の口が裂けて、吠えた。



金太の超感覚が見せた幻覚であり、幻聴である。



仲間達に向け、もはや間に合わぬ警告を、金太は叫ぶ。



「はし……」




先行隊の最後尾にいたのがバーンであった事は偶然で、幸いだった。



バーンと金太は仲が悪い。



種族的な相性もあるが、熱血を押し売りするような性格のバーンと、聡くずる賢く生きる事が信条の金太は、性格からして相性が最悪なのだ。


二人はこれまで、何度も顔を突き合わせてはいがみ合ってきた。

何度も顔を突き合わせてきた故に、金太の表情の変化の意味をバーンはすぐに悟った。



「はしれや」その「は」の音で既に、バーンは前へと駆け出していた。



バーンの右前方にいたウィリス。振り向いた金太に合わせ、足を止めていたウィリスを、右手に抱えこんだ。


さらに左前方、ようやく動き出したイクアラに並ぶと、その背中にラリアットを食らわせて、左腕で押し出し加速させる。



警告を発するため、振り返ったまま大口を開けていた金太と目が合った。



-どうよ?-と、バーンが勝ち誇って笑った。



金太が目線を逸らすように、ぐるりと前を向いて走った。

息を吐いた音が、「すまん」という言葉に、バーンには聞こえた。



バーンは駆ける。さらに二歩進んだ所で、上空から降ってくる何かの気配をバーンは感じた。


圧倒的な死の気配。

死から逃れる為には、もっと前に行かねばならぬと、そう感じた。



バーンは右手にウィリスを抱えたまま、イクアラを巻き込みながら頭から前へと飛び込んだ。


横っ飛びになった自分の真上。上から落ちてくる巨大な何かを、バーンは背筋に感じていた。獣人の本能が警告する。振り返る余裕など、無い。



イクアラとウィリス。二人を巻き込んだ渾身のヘッドスライディングは正に紙一重のタイミングだった。

バーン達の体が地面と接地するその寸前、すぐ後ろで凄まじい破砕音が響いた。



バーン達三人は、もつれあって地に落ちた。



倒れこんだ後、まずは恐る恐る足首を動かした。動いた。自分の足がちゃんとそこにあった。

バーンは息を吐き出しながら、そこで初めて後ろを振り返った。一体何であったのかと。



巨大な歯が、バーンのすぐ足元に生えていた。



岩としか思えぬ巨大な、巨大な歯であった。

歯だとわかったのは、醜く黒ずんだ歯茎が見えたからである。3mの道幅をすっぽりと埋める大きな歯が、つい先程までバーン達がいたその空間を、噛み潰していた。


バーンのフォローが、先行隊を死のトラップからギリギリで救っていた。



「セーフじゃ」



声の元を見上げると。金太が泣きそうな顔で笑っていた。







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