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第14話 怒りの雷槌



公園の迷宮の道程を8割ほど踏破した。


今、タツマ達のすぐ右手にはほとんど全壊した第二病棟が横たわっている。目指す第一病棟まではあと僅か。すでに目視で、第一病棟までの正しい道順が判別できる距離にあった。


金太が第一病棟と第二病棟への分かれ道で、鼻を擦りつけるように地面を調べた後に、「もみじはやっぱり第一病棟じゃ」と断じた。

カエデが手術を受けていたのは第一病棟。もみじもカエデも恐らくそこにいる。証拠はないが、最初から確信があった。



タツマは第一病棟を睨みつける。

建物は黒と灰色の廃墟とかしていたものの、一応の体裁は整っていた。

対して、タツマ達の右手にある第二病棟はあちこちがひび割れ、歪み、所々鉄骨が剥き出していた。暴力的なまでの風化であった。



もみじが第二病棟にいないと分かって、タツマ達は安堵した。

仮に第二病棟の中に入って戦闘でも始めようものならすぐにも崩れ落ちてしまいそうな風体だったからだ。

第二病棟は、寝たきりの者や身体に障害のある患者達が中心に集められていた建物であった。その為、迷宮の産声の日には人的災害が最も多かった場所でもある。


所々飛び出している鉄骨が彼等の為の墓標のようにも見えた。まるで数百年前の朽ちた墓のようにしか思えないが、たかだか一年前の出来事である。



ただひとつ、第二病棟の地下駐車場の入り口だけが、そこだけ時から置き去りにされてしまったかのように腐食していなかった。入り口を囲む黄色と黒のストライプが、色を無くした第二病棟の中で滑稽に目立っていた。



第二病棟の地下には、巨大な地下駐車場が存在していた。千台の車が収容可能な立体型の地下駐車場だ。

駐車場にも用はない。第二病棟を素通りしようとしたタツマ達に向かって、右手から冷たい風が吹き抜けた。

風の出処は地下駐車場の入り口であった。

目線を横に向けると、地下へと続く入り口がまるで地獄の口の様に見えた。

風の音が、どこかうめき声のようにも聞こえた。



これまでパーティーの最後尾でタツマ達を守ってきたヤマトが、駐車場の入口で立ち止まった。



「おめえらぁ、ワシの巨体じゃあどのみち病院には入れん。ワシはここで待っとるから先にいけぇ」



「なんじゃあオッサン、病院の入り口までついて来てくれてもバチは当たらんじゃろがぁ」



ヤマトの突然のパーティー離脱に、金太が不服そうに声を上げた。ヤマトのすぐ前をタツマと共に歩いていたイリアも「ついてきてくれんのぉ?」と泣きそうな目で振り向いた。


最後尾を守るヤマトの存在は、何よりも心強かったのだから。



「ええからはよ行け。走れやぁ。絶対に後ろを振り返るなよ」



ヤマトの様子から、何かが可怪しいとタツマ達は気付き始めた。地下駐車場から吹き上げる風に瘴気が混じり始めていた。



なにかがそこにいる。地下駐車場から何かが湧き出ようとしている。


正体はよくわからぬが、決して出会ってはならぬ異様な物がそこにいると、タツマ達に確信させた。


本能か理性かはわからぬが、自分の中の何かがタツマに警告していた。



見てはならぬ、知ってはならぬ、戦ってはならぬ。



風に混じって吹き上げてくる気配は、巨大で、脆く、恐ろしく、憐れなものだ。

黒い穴から出てくるであろう存在から、タツマ達は逃げねばならぬと、そう感じた。



「走れい!!!」



ヤマトの声を合図に、タツマたちは駆け出した。



「オッサン! 死ぬんやないぞ!」



「あほかぁ、誰に物言うとる金太ぁ、魔物は楽勝よぉ! 絶対にふりむくな言うたろがぁ! 前を向けぇ!!」



タツマ達はそれぞれ感謝の言葉を、振り返らずに前に向けて大声で叫んだ。



「小僧ぉ!」



タツマの背中を巨人の大声が震わせた。ここには小僧ばかりだが、自分に呼びかけていることはすぐに解った。



「ええかっ! 神剣じゃあ! 迷宮の花嫁を救えるのはお前の剣だけじゃ! 迷うな! 神剣だけが花嫁を救うことができる! 狂った迷宮から花嫁を解放せい!」



ヤマトの言葉が何を意味するか、その時のタツマには全く理解ができなかった。振り返って尋ねようかとも思ったが、ヤマトとの約束を破る事になると思い、やめた。



“楽勝”だと、そう言ったヤマトの言葉を信じた。あの駐車場から何が現れるかはタツマには想像もつかなかったが、あの巨人が、神族にも近いサイクロプスが負けるなどとは思えなかった。



8人は全力で第一病棟へと駆けこんだ。以前はガラス張りであった扉は、重く部厚い鉄の扉へと変わっていた。

力いっぱい手で押そうとしたが、拍子抜けするほどあっさりと扉が開いた。観音開きの入り口は、まるでタツマ達を誘っているように見えた。


タツマ達が中へと入ると、扉が重い音をたてて閉まった。



外の音は聞こえなくなった。









「倒すだけなら、問題はないのよぉ」



地下駐車場へと続く四角い黒い穴を見つめながら、ヤマトは重い溜息を吐いた。



「コレの相手をするのは、ワシ一人で十分じゃぁ」



重い戦槌を肩に担ぐ。


ヤマトの一つ目が見つめる先、黒い闇から何かが姿を表す。


それは巨大な円盤のような形をしていた


地下駐車場の大きな穴。それをギリギリに通り抜けられるぐらいの、愚鈍で大きな図体をしていた。



「ほんにこの迷宮は、性根まで腐りきっておるわっ!!」



目の前に現れたソレを見て、ヤマトは迷宮への怒りを隠さなかった。


円盤のような、あるいはクラゲのような形をした何か、その肉体の全てが人の体の集合体で構成されていた。


絡み合い、融合し、膨れ上がった人の肉体。数十の口からうめき声が上がっていた。所々に獣人特有の角や耳も見える。


それは人の成れの果て。迷宮に取り残された人間達、ヒト族や亜人も含めた全ての人間の成れの果てである。



「こんなモン、アイツラに見せられるわけないじゃろがっ!!」



ヤマトの怒号に応えるように、槌が雷の光を纏った。



サイクロプスは火山と雷を司る種族であったと伝えられている。


火山は鍛冶の炎を、雷はヤマトの持つ戦槌を意味している。


ヤマトが持つのは雷の槌。神話の時代からサイクロプスの一族に伝わる神器である。神剣がこの世に存在するのなら、神槌も同様に存在する。



「花嫁一人じゃ足りんとでもいうんかぁッ!! この業突張りめぇっ!!!」



両手に持った怒りの槌を振り上げると、いかづちごと振り下ろす。

人の集合体であったそれを、昔は人であった魔物を、ヤマトは一撃で叩き潰した。



雷で焼き焦げた魔物の身体から、黒い煙がもうもうと上がる。


肉と血が焼ける時の不快な音と臭いをたてながら、魔物は動かなくなり、魔石へと変わった。



「こうやって潰しても、いつかまたポップされちまう」



巨人はもう一度槌を振り上げると、地に残された魔石を砕いた。



「土にすら還れん。憐れな魔物よぉ」



砕かれた魔石が、サラサラと砂のようになって風に散った。



「せめて今だけは、安らかに眠れやぁ」



サイクロプスは一つだけの目で、黙祷を捧げた。




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