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第13話 蟲の魔物



ゴブリンやオークなど、いわゆる“一般的な”魔物が生息する階層式のダンジョンとは違い、フィールド迷宮ではその迷宮でしか見られない固有種のモンスターが存在することがある。

山であったり、川であったり、砂漠であったり、フィールド迷宮ではその土地だけの、オリジナルのモンスターが出現するのだ。

その現象には様々な推測がある。

迷宮が生まれた時にその地にいた生き物が魔物に変わってしまったのだとも、その地に順応すべく新種のモンスターが新たに生まれたのではないかとも。

真偽の程は定かではないが、要するにフィールド迷宮においてはそこでしか見られぬご当地モンスターという物がしばしば観測されるのだ。

例えばここ、一年前まで緑に溢れていた軍艦病院の公園内においては、様々な種類の“虫”の魔物が、タツマ達の前に立ちふさがっていた。



「ム、ム、ム、ムカデー!! ムカデとヤスデは嫌いじゃけぇえ!」



蜘蛛のバケモノを殲滅し、前へと進んでいたタツマ達の前に次なる魔物が現れる。

ムカデは百の足と描く。ならばこれぞ百足であろう。

黒いゴムのような胴体の側面から、オレンジ色のにょろにょろとした何かを百本近く生やしたバケモノが、迷宮の道をまるで列車のようにうねりながら進んでくる。



「ムカデは顎に毒を持つ! 気をつけろ!」



魔物に一番近い位置にいたイクアラが叫んだ。ムカデが毒を持っているからと言って、ムカデの魔物も毒をもっているとは一概には言えないものだが、新種の魔物相手に油断はできない。

噛まれる前に一撃で断たねばならぬ。迫り来る巨大ムカデの矢面に立ったイクアラが、剣の柄を強く握りしめる。

しかし大ムカデがイクアラに襲いかかる寸前、背後からイクアラを追い越した氷柱がムカデの危険な顎を貫いた。

遠距離からの正確なコントロールによる一撃が魔物の最大の武器を無効化した。


誰の仕業など考えるまでもない。イクアラはズンと前に踏み込むと、赤い牙剣で魔物の頭を氷柱ごと縦に切り裂いた。

ムカデの化け物は道の上で激しくのたうち回ると、道から外れ、灰土の沼へと沈んでいく。


援護の主にイクアラは軽い会釈を返したが、ウィリスはすでに次の詠唱を初めていた。ムカデは一匹ではない。先のムカデが辿ってきた道をなぞるように数匹のムカデが続いているのだから。

それに敵は、ムカデだけではない。



「カ、カ、カ、カマキリも苦手じゃあ! た、た、卵が引き出しの中で孵って、わさわさーって! わさわさーってなるけえ!」



エースの更なるトラウマの発見と共に、タツマ達は新たな魔物を発見する。

今、タツマ達が立っているのは三叉の道の分岐点である。大ムカデとは別の道に、ムカデよりもさらに巨大な魔物が姿を現した。数は一匹ではあるが相当な大物である。

カマキリとそれを評したイリアではあったが、確かに見た目はカマキリと殆ど同じであった。違いといえば鉄のように真っ黒で艶のある体色と、両手のカマの部分にある文字通りの鎌であろう。

三日月のように長く大きく反り返った黒いカマはまるで死神の鎌そのものに見える。


カマキリは昆虫の中でも相当に大きな部類であるがこの魔物も同様に大きい。

4本の足で地を踏み込み、体を反り返らせるように起こしたカマキリは、巨体のバーンよりも頭二つ分は大きかった。

三角形の頭、その口をギチギチと鳴らしながら魔物は死神の鎌を振り下ろす。



-カキン-という、高い金属音が鳴った。



死神の鎌は鉄巨人の左腕一本に阻まれていた。プロテクターをつけていない剥き出しの腕で、アイアンは魔物の強烈な一撃をあっさりと受け止めていた。

カマキリには驚くような感情も考える為の知能もない。獲物を狩る為の本能だけだ。

一本目の刃を防がれれば、もう一本の鎌をアイアンに向けて振り下ろす。カキンと高い音が鳴ると、やはり二本目の鎌もアイアンの鋼の腕に止められていた。


肘を直角に、両腕で相手の自慢の攻撃を受け止めている鉄巨人の今の姿は、まるでガッツポーズをしているようにも見えた。もちろん、勝ち名乗りを上げるにはまだ早すぎる。アイアンは鎌の刃を迷わず両手で掴むと、それを外に向かってぎりぎりと捻り始めた。



「そのままだ! アイアン!」



両手の動きを封じられていたカマキリへと、バーンが横から割り込んだ。飛び蹴りだ。

バーンの高い打点のハイキックが、カマキリの頭を稲穂のように刈り取った。カマキリの三角の頭が、ころころとおむすびのように転がっていった。

会心の手応えにバーンはニヤリと笑った。が、その笑っていた横っ面が何かに強かに打ちのめされた。



「んなぁっ!?」



血反吐混じりの驚愕の声をバーンが上げた。カマキリの4本の足が、頭を飛ばされてなお、暴れていた。



「あほぉ! カマキリは頭とばされても簡単には死なんのじゃあ!」



金太はカマキリの背にまたがると、4本の足を付け根から切り落とす。支える足を失ったカマキリの大きな腹が、ぼとんと地に落ちた。両手鎌は依然としてアイアンに封じられている。完全に無防備となったカマキリの背を、金太の匕首がスルメでも割くように縦に真っ直ぐに引き裂いていった。

最後に胴の部分に深く刃を突き刺すことで、カマキリはようやく魔石に変わった。



残された上質の魔石をつまみ上げながら、金太はバーンに向けてぬたりと笑う。



「てんめぇ……!」



バーンも金太を睨み返す。やはり二人の相性は最悪なのだ。金太にトドメを奪われたバーンは相当に気分が悪い。

金太の勝ち誇った顔と、バーンの怒り顔が対照的であった。

しかしその対照的な二人の顔が、次の瞬間には仲良く嫌そうに歪んだ。



「毛、毛、毛、毛虫ー! ぶっち大きな毛虫ぃー! イモムシはええけど、毛虫は嫌じゃ!」



長い毛をぬらぬらと揺らめかせながら、数匹の巨大な毛虫が三本目の道から湧きだしてきた。毛針まで合わせると、牛ほどの大きさはある毛虫である。


緑色にぬらりと光る針の先端は、それが毒持ちの種であることを解りやすく警告していた。

本体はそれほど大きくないようであるが、毛針の長さが厄介である。金太の匕首やバーンの拳では本体を攻撃する前にあの針にやられてしまう事だろう。



「カヤ! 俺が先に行く!」



面倒な魔物にむけて、今度はタツマとカヤが駆け出した。中学時代から培ってきた二人の連携と信頼は強固である。タツマならきっとどうにかしてくれる、カヤは信じて背中を追った。



「フライ返しです! オルタ様!」



毛には毛を、ケムシにはオルタを。タツマの意図を正しく理解したオルタの髪がフライ返しのように平たく広がった。

タツマはオルタを地面スレスレに振るうと、広がった髪の毛で毛虫を足元から掬いあげる。

鉄板の上のお好み焼きのように綺麗に裏返った毛虫に、体勢を整える暇をカヤは与えなかった。魔棍の一撃に毛虫の肉が弾ける。



「次だ!」



タツマの声に、一柱と一人が行動で応える。オルタが魔物をくるんと上手に裏返すと、続くカヤが次々と料理をしていった。



こうしてタツマ達は、互いの得手不得手を補いながら進んでいった。

もみじの足あとはもはや消えうせ、金太が臭いをたどることで複雑に絡み合う細い道をテンポよく進んでいた。


タツマ達の快進撃の理由はヤマトの手による魔装だけではなかった。

迷宮の細い道がこれまではタツマ達に味方をしていた。

タツマ達にとってのデッドゾーンである土の沼地は、魔物たちにとってもデッドゾーンであった。

魔物の猛攻は断続的に続いたが。一度に襲いかかってくる数は少ない。

もしも、タツマ達が一度に360度の猛攻にさらされていたなら、きっとなすすべもなく魔物に飲み込まれていた事だろう。


無傷の勝利とはいかなかったが、前衛が怪我をする度にオルタが癒やした。


パーティーの最後尾はヤマトが守っていたため、前の魔物にだけ集中できた。迷宮に生きるサイクロプスの鍛冶師は戦士としての力量もとんでもなかった。

時折、稲妻がすぐ側で炸裂したような音に振り返ると、ヤマトの巨大な戦槌が一撃で魔物を叩き潰しているのをタツマは見た。


前へ前へと、複雑な道をタツマ達は進む。


第一病棟への道を中程まで制覇した時に、パーティーを先導していた金太が不意にその足を止めた。



「なんじゃあ、この音は?」



チューニングの合っていないラジオのような、高く震える不愉快な音が、タツマ達の耳にもはっきりと聞こえた。



「植物園の方!」



カヤの示す方へとタツマは目を凝らす。ガラスが割れ、鉄骨がむき出しになっている植物園。その中から、黒い煙のような物が立ち昇っていた。

いや、煙ではなかった。それは複数の生き物の集合体だ。最初はコウモリかとタツマは思った。

しかし羽ばたき方が明らかに違う。空気を震わせる低い振動音は、昆虫特有の羽ばたきの音である。



「ハチだ…」



近づくにつれて、タツマはその正体を知った。コウモリどころではない、カラスほどはある大きさの蜂である。カマキリやムカデのような巨体というわけではないが、おびただしい数だ。



タツマの汗が凍る。

最強の昆虫はアリかハチだと言われている。人間を含め、社会性を持つ生き物というのは何よりも恐ろしい。一匹一匹は脅威でなくとも、それが集まると数の暴力へと変わるのだ。

彼らは自分よりも大きな獲物に向けて命知らずの特攻を繰り返す。個としての生よりも、群れとしての勝利を選ぶ為に。

人間の頭程あるハチの群れなど、最悪の脅威と言っても良い。


ずんぐりとした身体はミツバチに似ていたが、花のないこの世界で集めるものは蜜ではない事は明らかである。ミツバチのように温厚な性格など望めるわけもない。

群れに囲まれれば足元意外の全てが敵となる。いかに優れた武器を持とうとも、空をとぶ群体の魔物には効果が薄い。


タツマ達は知らぬ事ではあるが、一年前にプロの冒険者チームを壊滅寸前にまで追い込んだのもこの蜂の魔物であった。あらゆる方向から集団で襲い掛かる毒針つき魔物たちに、プロの冒険者達はなすすべもなく散り、敗走していった。



何百匹という数の蜂の群れが、死の羽音を上げている。

蜂の飛ぶ速度は早い。400m、300m、200m。黒い死の固まりがみるみる近づいてきた。



そしてそれらがタツマ達から150mほど離れた空に差し掛かった時、群れの中心で突然太陽が咲いた。



真っ白な光のエネルギーの奔流だった。

閃光の後に轟音が響き、最後に爆風がタツマの達の髪を後ろになびかせた。

強烈な光に焼かれ、黒い蜂の魔物達がボトボトと雨のように地に落ちていった。



「よかったぁ、ミツバチじゃったら怖くないけん。スズメバチは怖いけど…」



杖を下ろしたイリアがほっと息を吐いていた。これまで散々怖い思いをしてきた涙目が金色に輝いていた。

イリアが全力で加護と魔法を使った証である。

冗談か悪い夢のような魔法の威力に、タツマは「そうなんだ」とだけ答えることが出来た。


一仕事終えたイリアは、再びタツマの服の裾をきゅっと握る。



沼のような土に飲み込まれていく大量の魔石を見ながら、金太が「ああー」と名残惜しげな声を上げた。





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