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第2話 三人だけのチームメイト


「おかえり、タツマ」



少女の顔は、言葉とは裏腹に憮然としている。おかえりと言った言葉も皮肉であろう。


タツマをじろりと見下ろす目は、深い森のような黒い緑色をしており、短めで軽い癖のある赤髪が、タツマのヘッドライトの光を浴びて燃える松葉のように輝いている。


風坊カヤ、タツマの中学時代のチームメイトである。

タツマにとって、もはや見慣れた物である彼女の冒険者姿は、ニッポン古来の山伏のような恰好をしている。

風坊カヤは天狗の血を引く一族だと言われている。守護神は韋駄天。

天狗の血による風を操る魔法に加え、韋駄天の加護を受けた俊足により、タツマの中学では無敵のリードオフマンとして君臨していた。

タツマにとって、血筋と守護神を合わせ持つ者の不平等さを最初に教えてくれた人物でもあった。



「シュルルッ…、我々を置いて行くからそうなるのだよ」



もう一人、長い舌を巻きながらタツマに非難を浴びせたのがイクアラ・スウェート、全身が硬い鱗に覆われ、尖った顎にワニのような鋭い歯が並ぶリザードマンである。

元々はアラビア方面で放牧を中心に生活していたリザードマンの一部族であったそうだが、もう30年以上前に両親が戦乱を避けてニッポンに定住したらしい。ニッポンで生まれた彼は、戸籍もニッポン人で登録されている。

体に纏うのはカーボン製のハーフプレート。内蔵などの重要な器官だけを守ってしまえば、後はリザードマンの硬い鱗が攻撃を難なく弾いてくれる。

砂漠の民に祀られている戦神の守護を、弱めのものではあるが受けており、リザードマンの卓越した贅力も相まって、強力なアタッカーとして中学時代は活躍していた。



「カヤ‥? それにイクアラも‥、どうして?」



タツマは地面に仰向けに転がったまま尋ねる。

何故二人がここにいるのだろうか。どうやってこの場所を知ったのだろうか。どうして俺なんかを助けにきたのだろうか。

短い言葉には、色々な意味が込められていた。



「厳島コーチが教えてくれたのよ。もしタツマからヘルプの要請がなかったら、タツマを助ける為にここに行ってくれって、地図まで貰ったわ」



「シュルルッ、厳島コーチはタツマの考えることなど全てお見通しだったぞ。タツマは私達にいらぬ引け目を感じているだろうから、多分一人で行くのではないかと、そう言っていた」



タツマは久しぶりに、自分が冒険者部を去って以来二ヶ月ぶりに、二人としっかりと目を合わせた。

二人の目は、タツマのよく知っている強く優しい目だった。二人は中学の頃から何一つ変わっていなかった。


変わっていたのは自分だけだった。一人で、臆病になっていただけだった。



「ごめん‥カヤ、イクアラ‥、俺のせいでお前たちが二軍に……ゴメン、一緒に冒険者部に入れなくて…ゴメン、力が…足りなくて‥ゴメン」



言葉と共に、ボロボロと涙がこぼれ始めた。

二ヶ月間、心のなかに溜めていた澱としこりが溢れ出ててきた。

タツマの所為で二軍に落とされた二人、そして一人だけ約束を果たせずダンジョン部に残れなかった自分。

情けなくて、悔しくてタツマは涙をとめられなかった。



「それこそ気にする必要はないさ。あれは我らの意思でやったこと、あの監督の元で甲子園に行っても何も嬉しくはないからな。それにタツマはまだ冒険者部だそうじゃないか。流石は厳島コーチ、思い切ったことをやってくれる」



そういってイクアラはもう一度シュルルッと笑った。爬虫類特有の三日月のような瞳孔が、楽しそうに揺れていた。



カヤはタツマの顔の直ぐ側にしゃがむと、まるで、母親が熱を出した子供にするように、タツマの額に手をおし当てた。


そして先ほどの言葉を、今度は柔らかな微笑みを浮かべながら繰り返したのだ。



「おかえり、タツマ」










「…イソギンチャクの化け物か。咆哮つきとなると厄介だな」


「多分だけど、恐慌のステータス異常付きだ。鼓膜が破れなかったのが不思議だぜ」


「耳栓をすれば威力は抑えられるけど、聴覚が不自由になるのは痛いわね。ステータス異常までは防げないし、魔物がそのイソギンチャクだけとも限らない」



ひとしきり泣いて落ち着いた後、タツマは二人と作戦会議を開いていた。

先程遭遇したイソギンチャクの魔物についてカヤ達と情報を共有する為だ。

こうして三人でダンジョン攻略についてあれこれ話し合うのは、タツマには随分と懐かしい気がした。



「ふむ…、その化け物はどうやってタツマが近づいてくるのを判断したのか…」


「視覚ではないだろうな。光のないこのダンジョンでは視覚は退化している筈だ。それに最初に襲ってきた位置は向こうからも死角だった」


「だとすれば聴覚か触覚だけど、聴覚は考えづらいわね。そんな咆哮を出せる生き物が聴覚を発達させていると自爆攻撃になるもの」



三人集まれば文殊の知恵とはこのことであろう。タツマ達は少ない情報を元に、魔物の特性を推測していく。

限られた情報を吟味しながら未知の魔物の対策を練る。中世の時代から、冒険者たちが培ってきた手法である。



「…試してみるか。二人共、念の為に耳を塞いでおいてくれ」



タツマは河原のような地面から手頃な大きさの石を2、3拾い上げると、広間への通路を睨んだ。そしてゆっくりと振りかぶると、小石を全力で投げた。


魔物がいた広間までの通路は、距離にしておよそ30メートル程、大きさは直径3メートル。

円筒型の空間を、子供の拳程の大きさの石がまっすぐに広間へと向かって飛んで行く。


ほどなくして、石がダンジョンの壁にぶつかり転がり落ちる音が僅かに聞こえた。

その後2秒ほど遅れて、魔物の咆哮が通路越しに轟く。トンネル状の通路に反響した轟音は、30メートル離れたタツマ達にも十分な威力で届いた。



「これはこれは…、聞くと体験するでは大違いだな」



「洞窟が崩落しないのが不思議だわ。ここがダンジョンじゃなきゃとっくに生き埋めね。あの生き物ごと」



「ああ、でもこれでわかったな。あいつら触覚で獲物の位置判断しているんだ。獲物が歩く振動か何かで。あとは…」



そういってタツマは再び石を広間へと向かって投げつけた。やはり、通路の向こうから再び咆哮が轟く。

咆哮が鳴り止んだ直ぐその後に、再び同じように石を投げつける。しかし、今度は咆哮が起きない。

それからまた石を投げる。その後、さらに二度石を投げた所で、再び化け物の咆哮がダンジョンに響き渡った。



「シュルルッ、なるほど、連発はできないと」



「最初の咆哮から次の咆哮までの間隔は、およそ20秒といったところね」



「イソギンチャクは確認しただけでも7体はいたはずだ。もっと多いかもしれない。最初の咆哮が止んでから15秒。その間に一人頭ノルマは1匹、できるなら二匹! 15秒後に再び通路に退避する。ヒット&アウェイだ!」




タツマの言葉に二人が頷く。作戦は決まった。











セーフティーゾーンに、三人が横一列に並んでいる。



「せーのっ!」



タツマの合図で三人が同時に振りかぶる、そして同じタイミングで、一斉に通路に向かって石を投げつける。

三つの石はまっすぐに飛んでいくと、ほとんど同時に広間の壁へとぶつかる。


その数秒後、昏い通路の向こうから。まるで巨人が悲鳴を上げたかのような凄まじい咆哮がダンジョンにごうと響き渡った。


三人は耳を防ぎながら咆哮を耐える。

ステータス異常の恐慌も、来るタイミングさえわかっていれば凌ぎきることはできる。

何より今は一人ではない。恐怖に心は支配されない。



そして魔物の咆哮が収まった時、タツマは反撃の、人の咆哮をあげるのだ。



「GO!」



三人が一斉に飛び出す。


広間までの距離は約30メートル。視界は悪いが足場はそれほど悪くない。

この状態ならタツマは4秒もあれば駆け抜けられる。

タツマより足の遅いイクアラで5秒。韋駄天の加護を受けているカヤは僅か2、5秒だ。


同時に走りだしたかけっこは、赤髪の少女が一番乗りでゴールへと駆け込むのをタツマは見た。

タツマが遅れて部屋に入った時には、すでにカヤは一体目のイソギンチャクを鉄製の六角棍で叩き潰していた。



タツマはカヤの向かう方向とは反対方向へ舵をとる。

一番間近にいたイソギンチャクには手をつけず、さらに先へと進んで行く。捨て置いた魔物は、遅れてやって来るイクアラの獲物になるだろう。



全力で走りながらも、素早く視界を動かし魔物の姿を確認する。

咆哮を放ち終わり、弛緩しきっている魔物達は、先程まで恐れていた自分が馬鹿馬鹿しくなる程に弱々しい姿だった。



この勝負は俊足を尊ぶ。タツマは視界に映る魔物の姿を線と線で結ぶ。



「(二つ…、いや、三ついけるか!?)」



イメージするのは最適の軌道。身体能力で劣るヒト族のタツマが、亜人達と渡り合うために自然に身につけた武器である。


まずは一匹。ぐるりと大回りの進路をとると、壁に張り付いていた一体を、真横から薙ぐような形で斬った。イソギンチャクの魔物は、不愉快な体液と悪臭を辺りに撒き散らしながら、べちゃりと音を立て地に落ちた。


地に横たわる魔物には目もくれず、タツマは壁を駆け上がるように天へと跳ぶ。黒い双眼が狙うのは天井にぶら下がる二匹目の獲物だ。


魔物の胴体に、タツマは両手に持った短刀を深々と突き入れる。そのまま慣性の法則と引力に導かれ、タツマの軌道が弧を描きながら魔物を縦に切り裂いていく。軟体動物特有の、粘りつくような手ごたえに、タツマはわずかに顔をしかめる。不快な手ごたえから抜け出した時には、魔物は裂かれたキノコのように、きれいに二つに分かれていた。

二つになった魔物は、吸盤で天井に張り付いたまま、ブランと力なくその身を揺らした。


渾身の跳躍の後に待っているのは、硬い地面へのランディング。

タツマは両足を折りたたみ、衝撃を吸収しながら着地すると、勢いは殺さずに前へとさらに数歩進む。

目指す獲物は三匹目。地面の窪みに潜む一匹だ。

魔物は再び咆哮を上げるための準備をしているのだろう。空気を吸い込み、体を膨らませ始めていた。

醜い魔物の体を、駆け抜けながら、片手で掬い上げるように下から切り裂いた。



「ゲゥェゥッ」



魔物の醜い叫び声は咆哮ではなく断末魔。


三匹の魔物を一度に躯に変えたタツマは、素早く仲間たちを視界に納める。


カヤは何体目かのイソギンチャクを葬り去った直後であり、イクアラは次なる獲物を探しているのだろう、首を左右に振っている。



液晶時計を確認する。13秒。15秒までには後二秒



―潮時だ―



タツマはそう判断する。



「GET OUT!」



短い撤退の合図に、二人は即座に反応した。三人は再びセーフティーゾーンへと全力で駆け戻る。

速やかに安全圏へと帰ってきたタツマは、息をつく暇も惜しみ、荒い声で二人に問いかける。



「何体やった!? 俺は3だ!」



「…むっ、1だ」



「カヤは!?」




最速の少女は、薄めの胸を張るとこう答えた。





「5よ」





咆哮はもう、起きなかった。







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