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第10話 始まりの勇気


「もみじさんはあの人に…、お姉さんに会いにいったんだ…。軍艦病院に……ぐっ」



タツマの言葉が途切れる。胸ぐらがバーンによってきつく掴みあげられていた。タツマの言葉はバーンには聞き逃せぬことばかりだった。



「おいタツマ! どういうことだ!? なんでもみじが軍艦病院にいるんだよ? 姉さんってカエデさんの事か!? おい! 説明しやがれ!!」



「お…、俺の、コンビニにいつも来ていた人が、カエデさんで、昨日、もみじさんが来て、死んでるって、モンスターだって。おれ、触れて欲しいっていわれて……」



タツマは泣き出しそうな声で、全てを語った。

海平に語った時と同じ、要領を得ない無駄の多い語りではあったが、それでももみじとかえでの両人の事を知っている部員たちには、タツマの意図するところはしっかりと伝わった。



「クソぉっ! 何だよそれは!? ええっ! なんでカエデさんがモンスターなんだよ!!」



八つ当たりのバーンの叫びが、夜の闇に響いた。



「…もみじちゃんはカエデさんに会いに行ったの?」



ウィリスの質問に-たぶん-と、タツマは頷いた。



「冒険者協会と警察に連絡しましょう。動いてくれるかどうかは、わからないけれど……」



厳島は自信なさげに言った。通常の迷宮で起こった事故ならば冒険者協会は必ず救助チームを編成してくれる。しかし、隔離迷宮ではそうはいかない。

事故が起きぬ為に世界から隔離している迷宮なのだから。隔離迷宮に自ら赴いたのならそれは自己責任。自殺志願者を助ける義理は、冒険者協会にはない。



「タツマ、もみじさんが迷宮に入ったという確証はあるの?」



カヤの問いにタツマは首を左右に振った。もみじがそういったわけではない。もみじとタツマは殆ど互いの事を知らないのだから。タツマが知る少ない情報で、そう予想したに過ぎないのだから。



「いーや、やりかねんなぁ、アイツなら」



やりかねない。そう言ったのはもみじと同学年の金太だった。



「あれはおとなしそうに見えて芯は頑固じゃからのぉ、まあ、探索するだけならアイツの能力でどうにかなるかもしれんが……」



「ふむ…、軍艦病院への入り口は確か一つだけのはずです。もみじ先輩が島に侵入したのであれば、橋を封鎖している警備員がその姿を確認しているはずでしょう。厳島先生、まずはそこを確認するのが先決かと」



「そうね。イクアラ君の言うとおりだわ。今から私が車で軍艦病院まで行ってくるわ。もみじさんが侵入した形跡があれば、すぐに冒険者協会と警察に救助を要請します。それでいいわね、みんな? 金太君、もみじさんの匂いは今でも覚えてる?」



「ああ、多分大丈夫じゃろ」



金太の鼻であれば例えもみじの姿が警備員に見られていなかったとしても、軍艦病院への門を越えたかどうかはすぐにわかるであろう。



「それじゃあみんな、今日は残念だけどお開きよ。タツマ君も今日は帰りなさい。後は大人の仕事なのだから」



厳島の意見に反対する者は誰もいなかった。



『大人の仕事』その通りだ。管理外迷宮に挑むなど子供のやることではない。

もみじの無事を案じてタツマに詰め寄っていた女生徒も、厳島の判断にコクリと頷いた。



最適の判断である。あるはずであった。



もみじを救うために救助チームを編成することも大人の仕事であり、救助するかどうかを判断するかも大人の事情次第である。

今日、一日中呆けているタツマですらわかる道理であった。もみじを助けるのは大人の役目だと。自分の出る幕は無いと、そう思った。



そう思ったはずなのに。



タツマの心には何かがひっかかっていた。

-もみじを助ける-それだけで良いのだろうか。

何か大事なことを忘れている気がしたが。タツマには思い出せなかった。

昨日からずっと胡乱にしか働かぬ脳では、何が正しく、自分が何をするべきなのかわからなかった。

厳島の提案にしこりを残したまま、ぼんやりと頷くことしか出来なかった。



タツマを目覚めさせたのは、人の道理に囚われぬ者の言葉だった。

長く生きた癖に世間知らずで、大人の事情という物を解さぬ者の言葉だった。






「カエデさんに、れてあげて下さい」






小さな小さな、鈴のような声だった。





「カエデさんも、助けてあげて下さい」





自信のない、か細い声が、タツマの鼓膜を僅かに震わせる。





「迷宮って、暗いんです。冷たいんです。カエデさん、一人できっと寂しいと思います。昔の私と同じで」





その声はタツマの腰元から聞こえていた。奮えた、小さな、でも、とても優しい声だった。





「だから、触れてあげてください、助けてあげて下さい。貴方が私に触れてくれた時のように」





その声がオルタのものだとようやく気付いた。確かにその声は、オルタの啜り泣きの声と同じものであった。



喋った。



恥ずかしいと言って、今まで一度も喋らなかったオルタが、喋った。

自信なさげな、絹の糸のように細い声ではあったが、タツマの耳に、心に、はっきりと響いた。

大事なことを思い出させてくれたのは、守護神の初めての勇気だった。





「はい、助けてきます」





頷いて、顔を上げた。



「もみじさんも、カエデさんも、両方」



タツマの目に、光が蘇る。



れてきます。あの人に」



胸を張る。息を吸い込む。



「あの人の最後のお願い、俺はまだ果たしていないんです!」



それがあの人の、自分の、望みなのだから。



「もう一度だけ触れてくれって言われたのに、俺はまだ、触れていない!」



やるべきこと、やりたいがあるのだから。



「死んでいようが! 腐っていようが関係ない!」



イザナギとイザナミの神話では、黄泉の国で妻の変わり果てた姿を見たイザナギは妻を置いて逃げ出したらしいが、タツマは、追いかける。



「俺はもう一度、あの人に触れる!!」



やるべきことは決まった。それはタツマしか出来ぬこと。大人の道理では出来ぬこと。



「心配しないでください! もみじ先輩も俺が助けます!」



もみじを心配していた女生徒に力強く言った。



「絶対に! 絶対に! 俺がもみじ先輩も、カエデ先輩も、助けます!」



オルタがしゅるるとタツマの右腕に絡みついた。

自分だけではないと、思い出した。



「俺とオルタ様で、助けてきます!」



ようやく目が覚めた気がした。昨日の夜からずっと眠っていた心と頭が、ようやく蘇った。

タツマの覚めたばかりの頭に、ゴツンと拳が振り下ろされた。

見上げればバーンの大きな拳があった。



「おうおう、一人で行くとか思っちゃいねえよなあ。カエデさんとの付き合いは俺の方がなげえんだ。俺もいくぜ、軍艦病院!」



頭に振り下ろした拳で、そのままグシャリとタツマの髪を撫でた。



「私も行く。カエデさんももみじちゃんも、大好きだもん!」



ウィリスがぎゅっと、タツマの腕を痛いほどに強く掴んだ。相変わらず、魔法使い離れした筋力だった。



「まあ、もみじとは同級のよしみじゃしのお。ワシもいくわ」



金太がポリポリと頬を掻いた。



「俺もだ!」



誰よりも短く強い言葉で、アイアンが意思を示す。



「わ、私もいくけん! タタ、タツマ君を助けたいけん!」



イリアは震えながらも、杖をしっかりと掲げた。



「シュルルッ。お前といるとこれだから楽しいのだ。当たり前のことだが、俺もいくぞ、タツマ」



合理的な判断よりも、結局は友情を大事にするリザードマンが楽しげに笑った。



「タツマが行くと決めた場所なら、甲子園だろうが地獄だろうがついていく!」



そして一途な天狗に想い人を見捨てるなどという選択肢はない。タツマが全力で決めたことであれば、何であろうとも肯定する。



人間の道理が解らぬ一柱が、大人の道理の解らぬ8人の子供が、覆らぬ意志を示した。

やれやれと、この場で唯一の大人が降参した。



「仕方ないわねみんな! 二人の幽霊部員を助けに行くわよ! 全員、更衣室に戻って戦闘準備!!」




-はい!-と、きかん坊達が元気よく返事した。



武器と防具を取りに、部室へと踵を返そうとした8人を、巨大なトラックのヘッドランプがまぶしく照らす。

逆光の中からのっそりと、巨大な影が現れた。




「おおう、おめえらぁ。まだ学校にいたかぁ。出来上がったばかりの魔剣、持ってきたぞお」




「「「「「「「「「ナイスタイミング!!!!」」」」」」」」」





・・・・・・・



・・・・・・・



・・・・・・・





軍艦病院へと続く橋。巨大なトラックの荷台から8人は降り立った。装備は万端。気合も十分、中華ではなくテイクアウトの牛丼ではあったが、食事も採った。

見上げれば、空には銀色の天の川が流れている。



「そういえば、一年前のあの日も七夕だったわね」



カヤの言葉で、目の前の迷宮が生まれたのがちょうど今日から一年前であった事を思い出す。

埋立地へと続く橋の門の前には献花が大量に捧げられていた。その中には何本か笹も混じっていた。

「安らかに眠って下さい」とか、「お父さんの孫が生まれました」など、小さな短冊に、ありったけの想いが書きこまれていた。



七月七日、この日は病院に取り残された犠牲者達の命日である。

もはや会えなくなった人達が、思い出の中で蘇る日だ。


門に隔てられた橋は封鎖されている。海をこえて行けぬから。せめて一番近いこの場所に、思いを捧げに来たのだろう。

防波堤と埋立地。二つの陸地に切り取られた海は、川のように見えた。



水面に天の川を映すその川を、タツマは今日、越えるためにやって来た。



門の物陰で眠っていた警備員を厳島が発見した。



「間違いないわ、もみじさんの夢魔の技ね」



「あいつの匂いもバッチリ残っとるわい」



もみじがそこにいるという確信も出来た。助けるべき幽霊部員は、二人。



8人は円陣を組む。

最凶の迷宮に挑むために。

幽霊部員を助けるために。



「いいかぁ! 隔離迷宮だ! 気合いれろォ!」



「カエデさんももみじちゃんも、迷宮なんかに渡さないもん!」



「トラップも手強い筈じゃあ、魔物ばっかに気はとれんぞ!」



「こ、こ、怖い魔物でもがんばるけん!」



「俺が皆を、守る!」



「ヤマト殿の魔剣、初陣の舞台には丁度いい!」



「どんな魔物が来ても、速さでは誰にも負けない!」



「もみじさんを助ける! そして俺はもう一度、あの人にれる!」



円陣の締めの掛け声を上げたのは、タツマであった。



「魚里ー!!!」



「「「「「「「「ソー! エイ! オー!!!!」」」」」」」」





空を二つに引き裂く天の川へ、地上の円陣から八人の声が打ち上げられた。





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