第3話 ドロップアイテム
「改めて見ても、大したものですねえ。」
木曜日の練習前、タツマ達は部室に届けられたある物を見ていた。
部室に並ぶ3つの巨大なガラスケース。その中には変異体のドロップアイテムであった歯と、軟骨、そして皮が収められていた。
冒険者協会に一時的に証拠品として預けられていた3つのドロップアイテムは、鑑定書付きで魚里高校ダンジョン部の元へと帰って来た。ケースの開閉部分に張り付け蹴られた鑑定書には、最高ランクの素材である事を示すSの文字が記されている。
ドロップアイテムとは不可解なものだ。
魔石と違って全ての種類の魔物が落とすわけでないし、落とす事自体が滅多にない。
何よりも不可解なのは、ドロップアイテムの形状と大きさである。
例えば蟹岩石などは、『硬い石』と呼ばれるドロップアイテムをごくごく稀に落とす。
硬い石は何故か正六面体に加工された状態でドロップされる。蟹岩石の岩の部分をちょうど全部集めたぐらいの大きさの岩として。
質量保存の法則以外の全ての常識を無視したその現象は、「迷宮の粋な計らい」と呼ばれている。
タツマ達が目にする変異体のドロップアイテムも、その例に漏れない。
例えば歯。まるで象牙のように長く大きく反り返っている歯は、変異体の何十本という歯を全部一つに纏めた大きさと質量となっている。
理不尽ではあるが、ドロップアイテムとはそういうものだ。
また、ドロップアイテムのもう一つの特徴として、何故か格上の魔物と戦ったときに手に入れる例が多いという事が、統計的にも証明されている。
その理由を、迷宮が冒険者達の戦いを見ているからだと言う者さえいる。
『迷宮は生きている』とは古来より伝えられている言葉である。神話の時代には、迷宮が人を娶ったなどという嘘か真かわからぬ伝説まである程だ。
タツマ達にとって圧倒的に格上であった変異体のドロップアイテムは、数も質も破格だった。変異体の牙と皮と骨。3つものドロップアイテムは、確かに、迷宮の粋な計らいと呼べた。
「…さて、このドロップアイテムをどうするかだけど、冒険者協会の職員からは、オークションに出せば最低でも五千万円から一億円にはなるだろうって言われたわ」
「一億!?」という声が揃って上がった。企業と契約するプロ冒険者や、首都圏の超名門校のダンジョン部でも無ければ、決して扱うことの出来ない金額であろう。
「でもね、せっかくだから武器を作りたいと思っているの。部費はOBからの寄付で十分賄えているし、遠征費なら今回の魔石を換金したお金もあるしね。甲子園に備えて、強力な武器を作っておきたいのよ」
変異体のドロップアイテムなど、そうそう手に入るものではない。
魔物のドロップアイテムは、魔剣や魔槍などの材料になることで知られている。変異体のドロップアイテムならば、強力無比な武器を作ることが可能だろう。
「そこで、誰の武器を作るべきかを相談したいのだけれど…」
部室には変異体を倒した9名が集められている。
変異体のドロップアイテムは3つ。小振りな武具を作るのであれば全員分行き渡らせる事も可能であろうが、それでは折角のドロップアイテムの価値を最大に発揮できない。
誰の武器を作るか、権利は9人平等にある。
彼らが高校生でなければ、その権利を金銭で補償する方法もあったのであろうが、そのような行為は全国高校冒険者連盟により固く禁じられている。厳島は頭を悩ませていた。
「あ、俺はいいですよ。オルタ様の剣がありますから」
「……私も、魔法と槍があるし」
「お父さんからもらった杖があるけん!」
「わしの匕首も無事じゃったしのぉ」
既に十分な武器を持っているタツマ、ウィリス、イリア、金太の4人がまず辞退した。
これで残るは5人となった。
「厳島監督、そのドロップアイテムで、イクアラ君と風坊さんとバーン先輩の装備を新調してはいかがでしょうか?」
そう提案したのは、鹿族の獣人コールであった。
「いいのコール君? 貴方の剣も折れてしまったのでしょう?」
ドロップアイテムから作る武器は強力な魔剣となる。冒険者を志す者であれば、魔剣は誰もが手にしたいと考えているはずだ。
しかしコールは、厳島の方を向いて迷いなく頷いた。
「俺が魔剣なんて持ってても宝の持ち腐れですよ。それに、俺の一番の武器はこの足です。まずは足で、誰にも負けなくなる事を目指します!」
コールは力強く気を吐くと、一瞬だけタツマの方へと目を遣った。
二年生であるコールは、紅白戦以降練習の仕方を大幅に変えていた。ただ走るのではなく考えて走るようになった。フィールドアスレチックの自主練も始めた。
獣人という才能に溺れず、守護神を持たぬ不運に腐らず、コールは今、本当の意味での真剣な練習に取り組み始めていた。
「私も! カヤさんや、イクアラ君の武器を作って欲しいです!」
金敷がコールに続いて辞退した。まずは一軍昇格。それが金敷の今の目標なのだから。
「…ありがとう、コール君、金敷さん。みんなもそれでいい?」
6人が「はい!」と力強く返答した。武具を受け取ることになったイクアラ、カヤ、バーンは、
「それはありがたいのですが、本当に良いのでしょうか?」
「みんなで勝ったのに、私達だけ…」
「俺なんて今年で最後なのによぉ。コール、金敷。あんがとよぉ」
一年生二人は只々恐縮していた。バーンは後輩二人の頭をがしがしと撫でた。
「決まりじゃのお。ほいで厳島コーチ、魔剣の発注はどこにするか決めとりますか?」
話は纏まったとばかりに金太はそう切り出した。タヌキらしい、変わり身の速さであった。
「ここだと決めているわけではないけれど、トウキョウかオオサカの一流の武具装具メーカーに受注するつもりよ。折角のドロップアイテムだもの、奮発して、ドワーフ製の最高の武器を作ってもらうつもりよ!」
トウキョウやオオサカには、プロの冒険者達御用達の魔剣武器メーカーがいくつもある。
そして魔剣の鍛冶師と言えば、中世の昔からドワーフたちと相場は決まっている。
しかし金太は、ちっちっと人差し指を左右にふると、こんなことを言い出した。
「わざわざそんなとこに注文せんでも、このヒロシマにニッポン最高…、いや、世界最高の魔剣鍛冶師がおりますわい」
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「呉プロペラ製作所?」
部のマイクロバスから降りた厳島が看板の名前を読み上げた。
ヒロシマ県はクレ市の郊外、町の中心部から30分ほど車を走らせた場所に、標高400mほどの岩山がある。岩山の頂上付近に、大きな文字で“火の用心”と書かれているのが間抜けに目立っていた。
その岩山の裾野、荒れ地か畑ばかりの土地に、灰色の町工場がポツンと立っている。
ブリキのトタンで周囲を覆われた外観は無骨で無頓着。工場というよりも巨大な倉庫のような外見である。建物の正面には高さ5m程の大きなシャッターが聳え立っている。
入口らしき物は他に無い。
「ねえ金太君。ここ、プロペラの工場って書いているけれど?」
厳島の疑問は全員の代弁である。マイクロバスから降りたのは金太にイクアラ、カヤ、バーンに運転手の厳島、そして一度オルタの神剣見てもらえと薦められたタツマの5人である。
彼等の目には、ここが世界一の魔剣工房だとはどうにも思えなかった。
金太は首だけで振り向くと、ぬたりと笑い、こう言った。
「そうじゃあ。船のスクリューからヘリコプターのプロペラまで、おまけに魔剣まで作ってしまう、ニッポンイチの町工場じゃ」
金太はシャッターの側の壁をどんどんと叩く。伝わる振動でシャッターが小刻みに揺れる。
程なくして、工場の中から物音が聞こえた。中の人間が気付いたのであろう。
シャッターの下から、巨大な手がぬっと生えてきた。
分厚く、黒く、汚れた手であった。その大きさは通常の人間の5倍はあるだろうか。
巨大なシャッターがガラガラと音を立てながら、一気に持ち上がる。
その奥から現れた人物も、また、巨大であった。
「なんでえ金太かぁ。何度来てももう魔剣は打たんぞぉ。とっとと帰ってニセモンの壺でも売っとれやぁ」
「今日は商売じゃあないわい。話しぐらい聞かんかい。ヤマトのオッサン」
シャッターの向こうから現れた男を見て、厳島は目を瞬いた。
「まさか…、サイクロプス? 本‥物‥?」
シャッターから現れた人物は、灰色の作業着を着た単眼の巨人だった。
厳島が驚いたのには理由がある。この世界には神話の時代より様々な種族が存在しているが、その全てが現代まで生き残っているわけではない。
他種族から迫害を受けたり、戦火に巻き込まれたり、長い歴史の中で沢山の種族が滅び、種の保存が困難な程にまで数を減らしてしまっているのだ。
その内の一つがサイクロプスである。
神話の時代、サイクロプスは鍛冶神ヘイパイストスの弟子であったと伝説では伝えられている。
他のどの種族よりも鍛冶に長けていたサイクロプスではあったが、一つ目という醜悪な外見故に蛮族として長い間虐げられ、現代ではほぼ絶滅し、片手で数えられる程も生き残っていないと言われている。
魔剣作りに関しては、ドワーフよりも優れた技を持ちながらも、ドワーフと違い繁栄することはなかった。鍛冶神より直に受け継いだ鍛冶の技術は、種族とともに消え去ったという。
その生き残りがいたと言うのであれば、金太の言う「世界一の魔剣鍛冶師」という言葉も、あながち嘘ではないだろう。
「なんだぁ? おめえらは」
一つ目巨人の巨大な目が厳島達の方へぐりんと動いた。
巨人の身長は4Mに近い。巨躯のイクアラやバーンが子供にしか見えない。
「おう、ヤマトのおっさん。そいつらの武器を作って欲しいんじゃあ。使い手の腕はワシが保証するわい」
「あぁん? こいつらがぁ?」
巨人は膝を折ってぐっとかがむと、一つ目だけの目でバーン達三人を見渡した。大きな独眼がぎょろぎょろと動いたが、暫くすると目を閉じて、首をゆっくりと左右に振った。
「だめだ、だめだぁ。確かにそれなりに使えるようだがな、こいつらじゃあ魔剣に振り回されるのがオチよぉ」
「んだとぉ? オッサン。」
血の気の早いバーンが眉を釣り上げた。年上には敬意を払う男ではあるが、面と向かって半人前扱いされては不機嫌にもなろう。
「なんだぁお前、自分が一人前だとでも思うとるのか? ワシがいっぱしの魔剣打てるようになるまで何百年かかったと思うとる?」
巨人は右手の平をバーンの方へ向けると。バーンの怒気をどっしりと受け止めた。目の前に現れた巨大な手の平の圧力に、バーンは「ぐぅっ」と口を噤む。
手に刻まれた深い皺と、元の形が変わるほどに膨れ上がったタコ。巨人の言葉が誇張でもなんでもないことは、バーンにもわかった。
「プロペラの注文ならいつでも請け負ってやるがのぉ、魔剣は別じゃあ。10年…、いや、あと5年か、必死で頑張ってからもう一遍来いやぁ。わしに魔剣を打たせたいと思わせる程の使い手になってからのぉ」
そういって巨人は立ち上がった。
門前払い、というわけではない。そうでなければ5年後に来いなどとは言わないだろう。
バーン達の力を正しく見極めた上で出した数字に違いなかった。
これならば門前払いの方がまだ取り付く島もあるというものだ。
経験と自信に裏付けされた言葉を翻意させるのは無理だと、タツマ達は感じた。
「悪いがのぉ、武器の使い手を選ばしてもらうんはぁ、サイクロプス唯一のわがままよぉ」
-格が違う-と思った。
純血の巨人族は神族に近い、故に寿命も極端に長い。
その長い寿命の中で虐げられ、それでも生き続けてきた者の重みがそこにはあった。
「わかったか? わかったなら三人共5年後にまた来いやぁ。金太ぁ、お前はもう二度とくるんじゃねえぞ。おめぇに匕首打っちまったことをワシは今でも後悔しとるんだ」
巨人はくるりと背中をむけると、金太に向けて子犬を追うように手の甲を払った
大きな、大きな、手の甲だった。
「そう言わんとヤマトのおっさんよぉ、ワシらが倒した変異体のドロップアイテムがあるんじゃが…」
「それを早よ言えやぁ金太ぁ。よぉしまかせろぉ。何だって打ってやるぞぉ」
金太を追い払っていた大きな手の甲。巨人は文字通り、手の平を返した。